56.準備は念入りにするタイプ
重い沈黙が再び降りる。
まさか、相手から食事に誘われるとは思っていなかった。
だからって、とっさに大丈夫と答えてしまうのは、迂闊というほかない。
そんな空気を変えるように、俺はカバンから、色とりどりの付箋が付いた、紙の束を取り出した。
「あの……。一応この辺の店調べてあるんだ。
何か食べたいものとかある? 逆に苦手なものとか……」
「えっと……。特にはないけど……。
あまり、人が多くないところの方が嬉しいな」
「うん。それは俺も同じ」
ぎこちない……。互いにものすごくぎこちない。
それでも一応希望は聞けたし、答えもある程度予測していたので問題ない。
なんだかんだで、あのネズミの話どおりの準備をしておいて良かった。
ここで一から調べるとなると、俺の素のコミュニケーション能力じゃ無理だ。
なんたって、喋る内容すら予習したくらいなんだから。
そう思いつつ、自らの計画性というか、効率主義からくる用意周到さに、今回は助けられている。
その成果である紙の束の、青い付箋の付いたエリアから一枚取り出した。
紙には、半個室のイタリアンレストランのレビュー内容が印刷されている。
まさか、男二人で行くことになるとは思わなかったので、無駄にオシャレさ重視で選んだ結果だ。
だが、それでも注文がタッチパネル式の店にしたのは、俺のこだわりだ。
できるだけ人と関わりたくないという、コダワリ。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
ぎこちないけど、一応笑顔だ。
こんな俺とでも、どうやら嬉しいらしい。正直言って、その感性は謎だ。
まー、うん……。
男同士で食事行くくらい普通だし、ちょっと見栄張った店ってこと以外は、違和感ない……。よな?
◆ ◇ ◆
店に入ると、レビューどおりいい雰囲気だ。
店員も愛想よく、奥の席へと案内してくれる。
通路側がカーテンになっている以外は仕切られていて、間接照明が洒落た壁紙を照らす。
これならば、少なくとも隣の客がうるさいなどということはないだろう。
もちろん、俺たちがうるさくしてしまうなんてことは、気まずい空気からしてもありえないだろうけれど。
事前に決めていた通り、付箋に書いておいた、レビューのオススメメニューをタッチパネルに入力すれば、再び沈黙が落ちる。
この間を持たせる話題は、さすがに考えていなかった。
手の震えを悟られないようにしながら、水を口に含むのが精一杯だ。
「あの……。いつもと話し方、違うんだね」
「へっ!? あーっと、えっと……」
遠慮気味の言葉。突然振られて、すぐに答えられるほど、俺は会話慣れしていないんだぞ!
もうちょっと気を遣ってくれとは言わないが、事前に何を話すか書面で渡してくれ!
って、それどこの形式だけの会議だよ。
そんなテンパった頭で、ぐるぐる頭の中を探り、答えを探す間、また場が静まりかえってしまった。
「ごめんね。聞かれたくなかった?」
「あっ……。あの……。あれ、です……。
えーっと……。まーちゃんと同じ……。みたいな」
「僕と同じ?」
コクコクとうなづく。まるでこれじゃ、ゲームと立場が入れ替わったみたいだな。
そうじゃない、ちゃんと答えないと……。
「あの……。上手く喋れないから、その……。
親戚のおじさんのまねしてる……。みたいな」
「それって、僕と同じなの?」
「あーっと……。ほら、あの……。なりきりってやつ……?」
「ああ、そういう……」
「なんか、ごめん……。うまく喋れなくて……」
「いいよ。僕も同じだから」
「あの……。やっぱり、いつも通りの方がいい……。かな?」
「んと、トンちゃんの楽な方でいいよ」
楽なほう、か……。
楽なのって、どっちなんだろうか。
そう考えるまでもなく、答えは決まっていた。
「それやったら、やっぱこっちの方がええな」
「ぷっ……。ふふっ……」
「なっ、なんや!? 笑う事ないやろ!?」
「ごめんね。ちょっと、いきなりだったから」
そう言いながらも、口元を押さえ、笑いを堪え切れないまーちゃん。
まったく、楽な方でいいって言ったのは、まーちゃんの方なのにな。




