55.寝不足
うす暗い劇場。片手にコーラ、反対側にはポップコーン。
…………。あと、機嫌のよさそうな茶髪の男。
やっぱ、まだコレがまーちゃんの中身だと、脳が認識してくれそうにもない。
ならばもう考えないでおこう。
なぜかその辺でナンパされて、なぜか一緒に映画を観ることになった。
そういうことにしておこう。
いやまてよ……? まーちゃんは、むしろ俺がナンパしたのでは……。
はい、強制終了! 今のあれこれは無かったことに!
長い長いCMが終わり、劇場は完全に闇に落ちる。
スクリーンに映し出された映像を眺めるだけで、この拷問のような時間は終わるのだ。
もちろんポップコーンを食べることは忘れない。
食べ物があれば食べてしまう、そういう性格がこの体型を作り上げたのだ。
コーラとポップコーンの、甘いとしょっぱいを交互に繰り返す。
いつもなら、ただの作業のように反復させるだろう。
けれど今回に限っては、幾度となく中断させられた。
ポップコーンに手を伸ばすたび、当たってしまうのだ。同じく手を伸ばす、隣の男の手が。
そりゃ、もちろん二人で買ったのだから文句はない。
けど、全てが一人分の生活をしてきた俺にとって、それは違和感でしかない。
気まずくて、恥ずかしくて……。なかなか手が伸びなくなるのだ。
しばらく手を付けず、映画に集中することにした。
それなのに、隣の男は俺の袖をくいくいと引っ張る。
何があったのかと目をやれば、食べないのかと尋ねるように、ポップコーンのバケツを傾けくる。
気まずい……。気まずいけど、これで食べないのは、逆に変だよな……?
映画が気になるフリして、目を合わせないように手を伸ばした。
2、3口ぽりぽりと食べれば、隣からも同じように音がする。
気を使わせてしまっただろうか。なにより、俺は今、多分仏頂面だ。
きっと、愛想のない男だと呆れただろうな……。
えっ、いや、男に愛想尽かされたって、なんにも問題ないけどな!?
なんか今、思考がバグってたぞ!?
あー、もう全然映画の内容が頭に入ってこねえ……。
別に興味はないけど、映画のこと考えてないと、またわけわかんねえことになりそうだ。
俺、なんでこんなにギクシャクしてるんだろう?
ギクシャク? ギクシャクなのか……?
気付かれぬよう、そっと隣を見た。
スクリーンの反射した光に映し出されるまーちゃんは、とっても嬉しそうで、幸せそうだった。
…………。まあ、いいか。
俺なんかと一緒にいても嫌がらない、そんな相手なんだ。色々考えるのが馬鹿らしい。
いまはただ、楽しそうにしているのを邪魔しない。ただそれだけでいいのかもしれないな。
少し肩の力が抜けて、俺は深く椅子に座り直した。
ふっと視界がぼやけ、俺はいつしか眠りに落ちていた。
「……ちゃん、トンちゃん」
つんつんといったようすで、肩をつつかれ目が覚めた。
ぼんやりと、俺を覗き込む男は……。誰だっけ?
「あれ……? 映画は……?」
「終わっちゃったよ。出よっか」
「えっ……。ごめん、寝ちゃってた」
「ううん、いいよ。ほら、立てる?」
「あっ……。そういや、初めて喋ったね」
「うん……。今は、大丈夫みたい」
相手は恥ずかしそうに、優しく微笑んだ。
その笑顔は、ゲームの中のまーちゃんと少し似ていた。
「ごめん、こっちから誘ったのに……」
「気にしなくていいよ」
「それで……。えーっと……」
ふと、あのネズミの言葉を思い出す。
『そんでお礼に、ご飯ぐらい奢っちゃいなYO!』
いや、さすがにもう十分だろ。
というか、これ以上は俺の精神が持ちそうにない。
映画館の出口で立ち止まり、沈黙が俺たちの間に寝転がる。
「トンちゃん、もしこの後時間あるなら……。ご飯行かない?」
「えっ……」
「あっ! ごめん、無理ならいいから!」
「いや、あの……。大丈夫」
なんで思ってもないこと言っちゃったんだろうね。
テンパると、ロクなことにならないな。




