表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/68

54.中の人

 チャラそうな男と、意識高そうなキャリアウーマンに挟まれ、かれこれ10分。

待ち合わせの時間まで、あと5分を切っていた。

まーちゃんはもう、このまま来ないだろう。

ゲームでは、待ち合わせギリギリになることなんてなかったのだから。


 氷の溶けた薄いカフェオレを一気に飲み干し、ため息をつく。

期待しないなんて誓っておいて、やっぱり期待している自分に、バカバカしくなった。

これでよかった、想定通り。

そんな言い訳じみた考えも、虚しくため息と共に霧散してゆく。


 席を立とうとした瞬間、隣の男と腕がぶつかる。

声にならないほど小さな「スミマセン」という言葉と、動いたかもわからない会釈で誤魔化そうとすれば、彼の書いていた手帳の文字が目に入った。



『トンさんですか? 私がマコです』



 その瞬間、時間が止まる。

正確には、止まったのは俺の思考だ。


 何度見たって相手は男で、しかもチャラそうな茶髪と服装。

顔もイケメンと言って差し支えないレベル。

明らかにゲームなんかより、合コンとかの方が慣れてる雰囲気。

いや、これは俺の偏見かもしれないけどさ!


 ただ、書かれた文字は何度見ても変わることはない。

これが、あの、まーちゃんの中身……?



「え……? は? マジで?」



 あっけにとられた俺の言葉に、男は静かにうなづいた。

騙したつもりが騙された、なんてな……。

騙したつもりもないけどさ。


 戸惑いながらも、椅子に座り直す。

えーっと……。どうすればいいんだ?

会ったらどうしようと考えていたのに、会った後を考えていなかった。

そう! とりあえずアレだ! 自己紹介、的な?



「えっと、俺が……。トントンです……」



 恥ずかしい! もうちょっとマシな名前にしておけばよかった!

そう思ったって、今さらもう遅い。

それに、それ以外の名前、つまり本名で自己紹介したって通じないだろうし……。

そんなぐるぐると目を回しそうな俺に、手帳には新たな文字が刻まれていく。



『挨拶が遅くなってごめんなさい。

 何度か声をかけようとは思ったんですが……』


「あの……、なんで筆談なんですか?」



 途中に言葉を挟んだせいで、彼の手は止まった。

そして、少し離してまたペンが走り出す。



『汚い言葉を発してしまうので……。

 文字なら、考えてから書けるんです』


「あぁ……、それで……」



 走る文字は速いのに、俺に読みやすいようにと、整ったものだった。

そして、しばらくペンが止まる。

あっ、ここは俺がリードしないといけないよな?

それは相手が「まーちゃんの中の人」だからではない。喋れないからだ。



「えっと、それじゃ……。店、出ましょうか」



 再び小さくうなづく。

少し恥ずかしそうな表情のイケメンと目が合う。

文字ばかり見ていたせいで、ほとんど顔を見ていなかった。

やっぱり、改めて見ると……。俺とは住む世界が違うと思う。


 コイツは、俺とは違う。

誰もが仲良くなりたがり、誰もが放っておかないだろう。

俺のように、ゲームに逃げるしかなかった人間とは違うんだ。


 そんなドロりとした感情が、腹の中で渦を巻く。

けどよかった。このあと行くのは映画館。

何も喋らなくてもいい。相手の顔を見て、自己嫌悪に陥らなくていい。

ただ静かに、流れる映像を二時間程度見ていれば済むのだ。


 終われば別れ、またいつもの日々が戻ってくる。

たった数時間、今日という時間を無為に過ごすだけ、それだけでいい。


 相手の機嫌を損ねないよう、ただ静かに立ち回るだけ。

それだけで、俺のゲームライフは続けられる。

嫉妬も負い目もない、ゲームの世界。そこへ再び戻ることができるのだ。


 会話もなく歩き続ける俺の腕が引っ張られた。

相手は当然、まーちゃんの中身だ。



「なに?」



 指差す先は、映画館にはつきものの売店。

大きなポップコーンと、二つのドリンクが付いたセットメニューを指さしていた。



「ポップコーン食べたいの?」



 コクコクとうなづく。

どうやらこの先は、無心でポップコーンを食べる時間になりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ