50.ご招待
ゲートをくぐれば、その先は静かな農村の一角だった。
村の中心地から外れたそこには、小さなログハウスが建っている。
庭なのか、もしくは勝手に使っているだけなのかわからない場所には、薪割り途中なのか、斧と割られた薪が積まれていて、近くには井戸と小さな畑がある。
醸し出される生活感は、逆にわざとらしく、そのように配置されたものだと感づいてしまう出来だ。
「なんやここ、えらいとこに飛ばしたな」
「ん? ここは僕たちの家だよ?」
「はっ!? センセら、家持ちやったんか!?
しかもちょっと外れてるとはいえ、村の中なんて、なかなか取られへん立地やで!?」
「まー、色々あるんだよ。色々とね」
もしや、見た目に反してこの獣たちは、古参プレイヤーなのかもしれない。
俺も結構、古参だと思ってたんだがな。
「ま、入って入って」
「ほな、遠慮なく。邪魔するでー」
「おじゃま……します……」
さすがのまーちゃんも、ここでは言葉を発するようだ。
とはいえ、かなり無理やりに絞り出したような、小さな声なのだが。
木造の家の中は、暖炉が置かれ、その中ではパチパチと薪が燃えている。
もちろん熱など感じないのだが、家具も飾り付けも、全て木の温もりあふれるもので、獣の姿の見た目に反して、意外と洒落てるものだと感心するばかりだ。
俺のアイテムをしまうだけの、収納箱だらけの倉庫と呼ぶにふさわしい、巨大なだけの家とは大違いである。
「飲み物は何がいい? コーヒー? 紅茶? ココア?
あと、ホットミルクとか、ハーブティーなんかもあるよ」
「なんやそれ、喫茶店かいな」
「まぁ、お客様を招くにはね、色々準備するもんなのさ」
「へー。てことは、ワイら以外にも人を呼んどんか?」
「うん。まぁ、全員ハズレだったけど」
「ん? なんて?」
「なんでもないさー」
小さな声で何か言ったような気がしたが、なんくるないさーというノリで、ごまかされてしまった。
「それで、何がいい?」
「ほんなら、カフェオレで」
「選択肢から選ぶ気なしっと」
「できるやろ?」
「できるけどね」
「ほなよろしゅう。まーちゃんも同じでええか?」
コクコクとうなずくまーちゃんを見て、ネズミではなく狼の方が準備をし始めた。
あぁ……。二人はそういう力関係なのね。
「それじゃ、こちらへどうぞー」
その声に誘われるまま、俺たちは部屋の真ん中にある丸テーブルを囲む、4つの椅子へと腰掛ける。
まーちゃんを、俺とネズセンセが挟み込む形になる。
まーちゃんが、少しネズセンセから距離をおいているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
気のせいではないな、ぴったり寄り添うような体勢になってるし。
ちなみに、俺は今全長30センチほどの黒ブタ状態なので、実際には椅子に座っているというよりは、テーブルに座っている状態だ。
行儀が悪いと言われそうだが、椅子に座るとテーブルの脚しか見えないのだから、これは仕方ないことだ。
「お待たせしました。お熱いので、お気を付けて」
ことりと、それぞれの目の前に、湯気立つブラウンの液体の入ったカップが置かれる。
それはおそらくカフェオレなのだが、VRの世界には、香りもなければ、温かさも、舌を火傷する熱さもない。
なので、これが本当にカフェオレなのか、それはアイテム説明欄を見るほかない。
そんなカフェオレらしき液体の入ったカップを、まーちゃんは両手で持ち上げ、ふぅふぅと可愛らしく冷ましている。
本当に、まーちゃんはこの世界が現実であるように振る舞うのだ。
その姿は、見た目の愛らしさも相まって、頬と目尻が緩んでしまう光景だ。
そんな俺の至福のひと時を、空気の読めないネズミはぶち壊すのだった。
「ところで、昨日の話はもうしたの?」
「…………。まだや」
「えー、答え聞きに来たのにー!
このチキン! 根性なしめがっ!!」
本当に、本当に空気の読めない奴だ。




