48.ネズミの正体
通話を終えた森口一は、VRのヘッドゴーグルを外す。
そして、コントローラーグローブをつけたまま、少し冷めてしまったマグカップのココアを飲み干した。
「それで、相手の反応は?」
「んー、乗り気ではなかったね」
「どうするんだ? あの子が当たりじゃなければ、全滅だぞ?」
「まぁまぁ、赤さん。焦んなさんなって」
口の周りについた、甘く茶色いひげを舌で舐めとりながら、彼は笑う。
虚構の世界でネズミの彼は、現実の世界では、失踪事件を捜査する犬だ。
しかし、そのよく効く鼻も、今回は空振りばかり。
共に行動する赤目も、少しばかり焦っていたのは否定できない。
「そうは言うが、ゲームに転移した人間を一人でも見付けない限り、生駒の協力は得られないぞ?」
「一人いればいいんでしょ? あの暴言少女が当たりなら、それで十分じゃん?」
「それがハズレだったらどうするんだ、って話をしているんだ」
「まー、その時はその時で。ウチの組織動かすしかないっしょ?」
「…………。それには賛成しかねるな」
彼らが不可解な事件を追うのは、警察の関係者だからではない。むしろ逆だ。
このような超常現象を追う組織の一員であるから、彼らは警察に潜入しているのだ。
失踪者はゲームの世界に取り込まれている。その情報もまた、組織からもたらされたもの。
だから確実に対象を見つけられると、森口は踏んでいるのだ。
そのためのゲームへの潜入であり、運営会社への訪問だった。
「まー、そだねぇ。万一違ったらさ、もっかいナンパから始めよっか?」
「何を悠長な事を……。そのせいで貴様は、掲示板サイトで『出会い厨のご飯奢ってくれるおじさん』などと呼ばれているんだぞ?」
「マジ? そんなことになってんの?」
「目立ちすぎだ。これ以上同じ手を使うのは、今後に支障が出るだろう」
「そうじゃなくて! おじさんはないでしょうが!
ちゃんと『お兄さん』と呼びなさい!!」
「…………。さすがにその歳でお兄さんは、無理があるだろう」
「無理も無茶も通すさ。必要ならね」
どこにどのような必要があるのか。そう聞き返したいところだが、彼に何を言っても仕方ないと赤目は知っている。ならば黙するしかない。
「それでだな……。映画に誘わせる事で、乗ってきたならハズレだな?」
「うん、そゆこと。んでもって『ここは異世界じゃないのか』と言い出したら……。当たりなのかな?」
「貴様もわかってないのか……」
「うーん……。ロールプレイガチ勢としての『リアルの話をするな』って意味にも、取れなくなくはなくない??」
「どっちだ」
「んー、やっぱ様子見に行こうかな。
二人がモメて別れてたら、当たりの可能性大ってことだし?」
「貴様……。人の交友関係を壊しておいて、その程度の反応なのか」
「うん。実際、他人事だしね?」
「サイテーだな」
ため息混じりにこの言葉を漏らすのも、今に始まったことではない。
場合によっては非情に、そして人を騙すこともいとわない、そのような性格であることは百も承知なのだ。
そして、それらの心無い行いが、彼の良心と信念に基づいているものであり、自己の利益でないこともまた、赤目はよく知っている。
そんな森口が、暴走しないように制御する。それこそが赤目の役割。
彼らもまた、ゲームの外に居ようとも、ロールプレイしているに過ぎないのだ。
もしくは、人間は誰しも、そうなのかもしれないが……。
そのような考えを巡らせる赤目に、森口はいつもの調子で笑いながら言ってのける。
「よしっ! 明日は二人に会いに行こう!
そんでそんで、進展調査もしちゃうよっ!」
「それは、事件の捜査に必要だから行うものなのだな?
決して、面白半分ではないと誓えるな?」
「もちろん! 面白半分じゃないよ! 面白全開だよ!!」
「もしや、日本語が通じていないのではあるまいな……」
「ん? 通じてるよ?」
一体何を言っているんだと言いたげな森口に対し、逆に何を言っているんだという顔をする赤目。
どこまでもズレながら、なぜか噛み合う二人は、失踪者を探し続けるのだった。




