38.商人ギルド
「いらっしゃいませ。御用件をお伺いいたします」
「…………」
はつらつとした商人ギルドの受付に立つ女性のNPCに、緊張からかまーちゃんは言葉を出すことはなかった。
いや、多分今の状態で喋ると、何を言い出すかわかったもんじゃないから、声にするのを寸でのところで止めたのだと思う。
「あー、クエスト受けたいんやけど、ちょうどええのある?」
「クエストですか? あなたが受けられるんですか?」
「いや、こっちのまーちゃんが受けるんやけどな、ちょっと口下手やから」
「はぁ、そうですか。ええと、どのようなクエストをお望みですか?
資材調達、製造、大口オーダー、運搬などがありますよ」
「製造系はまだでけへんから、運搬やな。
こう見えて強いから、レベルよりちょい上くらいで頼みたいんや」
「かしこまりました。では現在レベル38ですので、適正レベル45くらいを探してまいります。少々お待ちくださいね」
テキパキとメモをとり、受付のNPCは奥へと引っ込んだ。
それにしても、NPC相手でも緊張するとは、まーちゃんはかなりのあがり症のようだ。
前の魔導士ギルドの時も俺が対応してたし、考えてみればずっと俺以外と話している所なんて見たことがない気がする。
俺も基本的に人と話すのは得意ではないし、むしろ黙り込んでしまう方ではある。
けれど、どうせ相手はNPCだと思えばそうでもない。だからゲームは楽だ。
NPCじゃない相手だって、NPCだと思ってしまえばいいのだから。
「おい、お前ら。無視か?」
「ん? なんや?」
カウンターのNPCが帰ってくるまでぼーっとしてた俺たちに、声がかけられた。
振り向けば、短い茶髪の男……。あまりに特徴がなくて、量産型かと思うような男が立っていた。
ただ、見覚えはある。全然思い出せなさそうだけど、見覚えだけはある。
「えーっと、えーっと……」
「お前、まさか……」
「待って、もうちょっとで出てきそうなんや……」
「それ、絶対出てこないやつだろう」
「そう! あれや! チョロ先輩!」
「おいこら! 誰がチョロ先輩だ!!
というかお前、裏でそんなふうに呼んでたのか!!」
鋭いツッコミが入る。まぁ当然といえば当然か。
実演販売の時以来、会ってもなければ連絡も取っていないのだから。
というか、まーちゃんに連絡する時「コイツ誰だっけ」と思って、連絡先を非表示にしてたくらいだしな。
「あー、すまんすまん。もっかい名前聞いてええか?」
「まったく……、不動だ。連絡先交換しておいて、名前を忘れるわ、連絡もないわ……。
その後、ちゃんと商人としてやれているんだろうな?」
「あー、心配せんでええで。うまいことやれてるからな」
「そうか。商人は厳しいからな、挫折してないかと気になっていたのだ」
「へー、それはすまんかったな。ところで……、隣の人は誰や?」
不動と名乗る男の隣には、NPCが一人立っていた。
まだ若く、黒髪の長い女性型のNPCだ。
女性型ってのは、見た目の話で、この世界には性別がないのでそう表現するしかないからだ。
といっても、服装も涼しげな白のワンピースで、これで男キャラですと言われた方が違和感で目を回しそうな見た目だ。
もろもろの事情もあって、見た目で彼女だと断定できないし、なによりNPCとは結婚システムを使えないので、彼女だという可能性はないだろう。
万一そうだった場合、少しチョロ先輩への見る目が変わってしまいそうだ。憐れみという方向で。
「あぁ、彼女はうちの従業員候補だ」
「従業員候補?」
「…………。まさか、お前たちは販売員システムも知らないのか?」
「もちろん!」
「胸を張って言うことじゃないだろう!?
はぁ……。今回も講義してやる必要がありそうだな」
「お願いします! チョロ先輩!」
「おい、その呼び方はやめろ」
「はーい」
なんだかんだで面倒見がいいのだから、良い人なのだろう。なによりもちょろい。
それが俺にとっては、非常にありがたいことだった。




