36.どっちが現実?
風呂から上がり、レトルトの晩飯を食べ終え、玄関先に届けられたネットスーパーで買ったお菓子と飲み物をVRデスクの周りにセットすれば、仕方なく戻ってくる現実とはお別れだ。
いつもの流れ、いつものパターン。何も考えなくても、全ての行動を体が覚えている。
もう何年この生活を続けているのだろうか、そんなことを考えるのすら、最近は少なくなってきたように思う。
やり残しのないことを確認して、俺はヘッドセットとコントローラーグローブをはめ、再びログインした。
『待たせたな、まーちゃん。今どこおる?』
『さっきの場所で、レベル上げ続けてるよ〜』
チャットを飛ばせば、いつものように返事が返ってきた。
休憩にならない休憩を終えた俺と違って、まーちゃんはずっと狩りを続けていたらしい。
『まーちゃん、ずっと続けてたんか? 疲れてへん?』
『全然大丈夫! だって早くレベル上げたいし……』
『そうか。とりあえず戻るけど、無理しなや』
『は〜い』
これが若さというものかと、その体力に恐怖さえ感じる。
まぁ、俺もまだ24……、ん? あれから何年たった? 26だっけ?
なんかもう、忘れてしまった。
ずっとゲームばかりしていて、時間の感覚なんてものはない。
けれど、このゲームほどハマったのはなかったな……。
もうほとんど、この世界の中で生きているといってもいいくらいだ。
そんな俺ですら、まーちゃんの集中力というか、体力には驚かされる。
それに、異常なまでの執着は、俺の効率主義が移ってしまったのかと思うほどだ。
もしかしたら、俺も自分が狩りしている様子をはたから見たら、あんな風に映っているのかもしれないけど。
「おっ、おったおった。おーい、まーちゃん!」
「あ、トンちゃん! おかえり〜」
「ただいま。それで、どんなもんや?」
「うん。今はレベル38だね。結婚できるのは、レベル50からだから、もっと頑張らないと」
「そうか。でもまぁ、無理せん程度にな。
レベル制限なけりゃもっと楽なんやけど、こればっかりはなぁ……」
「そうだねぇ……。なんでレベル制限あるんだろ?」
「それは……。わからん!」
思い当たる事はあるものの、まーちゃんに説明するのはちょっと微妙な内容だ。
なにせ、運営のメタ的な事情だろうからな。
そりゃ、レベル制限がなければ、作ってすぐのなんのスキルも取っていないキャラと結婚できてしまう。
そうなると『スキル習熟度は両親の平均値を受け継ぐ。ただしスキルを取得していなければ、平均の計算を行わない』のルールで、育っているキャラの数値を双方受け取れてしまうのだ。
わざわざスキルレベルを落とすシステム入れた運営が、そんな裏技的にスキルレベルを上げられる仕様にするはずもないのだ。
まぁ、それでも基礎レベルも双方の平均値だから、そちらのレベルを落とすことはできるんだけどな。
「あれや、決まりに文句いってもしゃーないし、ちょっと休憩してから続けよか」
「あ、それなんだけどね……。その……」
「なんや? 今日はもう終わりにするか?」
「そうじゃなくって……。武器がね……」
「なんや? 武器になんか問題が?」
「全部売れちゃったの……」
「マジか!?」
コクコクとうなずいて、まーちゃんは背負っているリュックを開く。
まぁ、そういう行動で表すだけで、実際はインベントリをこっちに見せてくるってことなんだけど。
それでも一応俺も付き合って、カバンの中を覗き込むと、その中はモンスターのドロップ品ばかりで、回復アイテムも替えの武器もほぼなくなっていた。
「そうか、またあの山登るしかないな」
「あの、でも……」
「ん? あー、もしかして前のことあって、行きたくないんか?」
「そうじゃなくてね……。実演販売だから、武器は売れたんだけど、お金が……」
「売れたならあるやろ?」
まーちゃんが遠慮気味に差し出した、お金の入っている袋の中には、確かにそれなりの金額が入っていた。
けれど、武器作成に使用するアイテムと、作業賃を考えると、必要な額の三分の一程度しかなかったのだ。




