35.過去と今と
「みて! みてみて!!」(515)
「この切れ味!」(535)
「見事でしょう!?」(551)
「この剣が!」(509)
「今ならなんと!!」(503)
「なんとなんと!?」(489)
「あ、倒せた」
「値段の発表、めっちゃ引っ張るやん!?」
いつもながらの実演販売の言葉に、俺はいつも通りのツッコミを入れてしまった。
この文言は、どうやら自分で考えないといけないらしく、まーちゃんは普段から事前に頭を悩ませながら、どういったのがいいかと俺に聞いてくるのだ。
おかげでゲームしていない時は、勉強のためにずっとテレビ通販専門チャンネルを見るようになってしまったくらいだ。
「うーん……」
「なんや? どないかしたんか?」
「えっとね、気のせいかもしれないけど……。
昨日の方がダメージ多かった気がするの」
「んー? そうやっけ?」
「うん。それにね、何を言うかによって、ダメージが変わってるような……?」
まーちゃんの言葉は、ピピピピというアラーム音によって遮られた。
俺のセットしている、夜7時のアラームだ。
「あっ……。スマン、時間や」
「うん、いつものだね。その間、一人でやってみるよ」
「ホンマすまんな、すぐ戻ってくるさかい。ほななー!」
「急がなくて大丈夫だからね。ゆっくりしていってね」
「ありがとなー!」
そう言って俺は狩場を離れ、安全な場所でスリープモードに入る。
そしてヘッドセットと手袋型のコントローラーを外し、小さく息を吐いた。
「さ、風呂入ろ」
唯一現実に戻ってくる時間、それがこの一時間だ。
風呂と夕食、それ以外はVR専用デスクから基本的に離れる事はない。
食事は周囲にお菓子や栄養補助食品、飲み物を用意してある。
トイレの時は一応離れるけど、VR画面を現実と重ねて表示するモードで、ヘッドセットを付けたまま、つまりゲームしながら行くのだ。
それでも、残念ながらリアルの時間がなければゲームができないという、クソみたいな仕様のせいで、俺は渋々この一時間だけはゲームを中断するのだ。
まぁ、最近は残り時間の兼ね合いで、できる限りログイン時間を減らしているので、テレビを見ることもあるのだが……。
ちゃぷんと水滴の落ちる湯船には、デカい肉塊が浮いている。
そう錯覚するほど、今の俺はあの小さな黒いブタ姿がしっくりきているようだ。
「…………」
一人静かな生活。
モンスター相手に鬱憤を晴らしていた生活。
そして今、誰かがいる生活。
「そういえば、まーちゃんはいつご飯を食べてるんだろ?」
ふと浮かぶ疑問。いつも夕方ごろから一緒に行動して、日が変わる頃に解散する生活。
相手はロールプレイングガチ勢。だから私生活の話なんてしない。
集合時間も、解散時間も、いつもなんとなくその時間というだけ。
そんな生活でわかる要素なんて「同じように時間を刻む、時計というものを認識できている」ということだけだ。
回線の向こうに存在する相手、それは本当に存在する人物なのだろうか。
もし本当は、ただただ高度なAIが、俺のために演じているだけなら……。
きっとそれを知ったら、俺はもっとずっと……。安心するだろう。
『マジ受けるwwwコイツ本気で付き合ってたと思ってたんだってwww』
『んなわけねぇってのwww常識的に考えろってwww』
『楽しかったよコイビトゴッコwwwあー、お腹痛いwww
いやでも、まさにチーカレってカンジ???』
『なんだよそれwwwチーズ臭えカレシってか?www』
『ちげーし! チーズカレー食ってそうな根暗ってコトwww』
「…………」
こうしていると、余計な事を思い出してしまう。
頭の中にこびりつく、いや記憶を洗い流すように、俺は必死に、必死に体じゅうをゴシゴシと洗う。
こんなことをしても、過去は変わらない。そして、今も変わらない。
それを分かっていても、必死に、必死に洗い流そうとしていた。




