34.けーさつのほうからきました
「愛理先輩っ!! なにやらかしたんですかっ!?」
「はい?」
静かなオフィスに叫びに似た声がこだますのは、数日に一度くらいはあることだ。
けれど、その発信元が石切であることは、今までなかったことだった。
「先輩に来客なんですけどっ!!」
「普通。叫ぶほどのこと?」
「警察の人なんですよっ!!」
「はい?」
彼女は再び呆けた声で聞き返した。
焦るでもなく、ただ聞き返すだけなのは、普段の仕返しに驚かせてやろうと彼が考えているのだと、たかをくくっていたからだ。
「で、実際は誰が来たのよ?」
「だから警察の人ですって!」
「はいはい。とりあえず行ってくるね」
「信じてませんね?」
「身に覚えないもん」
「そうですか。それじゃあ僕は『先輩ナラ、イツカヤルト思ッテマシタ』って、インタビュー受ける練習しておきますね」
「声は編集で変えるから、そんな練習しなくていいと思うんだけど。
まあいいわ。待たせても悪いから、もう行くから」
「これが、僕が最後に見た先輩だった……」
「変なナレーションをセルフで付けなくていいから」
軽く笑いながら、ひらひらと後ろ手に手を振って立ち去る愛理を、石切は少し不安げに見送る。
そして彼女の向かった先にいたのは、30代くらいの二人の男。
しっかりと身分を証明するために、手帳を開いていた。警察手帳を。
「えっ、マジ?」
「生駒愛理さんですね? お話を伺ってもよろしいでしょうか」
二人のうち、険しい表情を浮かべた相手は、その雰囲気と同じく、低く落ち着いた声でそう切り出した。
「私に何の用? 警察のお世話になるような事はないと思うのだけど?」
「あー、もしかしてちゃんと見てない? ほらこれ」
「何よ……」
もう一人の、温和な笑みを浮かべる、人当たりの良さそうな男は、広げたままの手帳をよく見るよう指し示す。
「森口一?
ってことは、こっちは……。赤目雄二……。
え? マジ?」
「マジもマジ。久しぶりだね」
「嘘でしょ……」
そこに存在しないはずの人物に、続く言葉は浮かばなかった。
困惑を隠せず固まる愛理に、森口は続ける。
「まー色々聞きたいことも、話たいこともあるだろうし、あるんだけどさ。
今日は仕事なんで、手短に済ましたいな」
「…………。わかったわ、こっちへどうぞ」
二人を案内したのはオフィスの一角にある会議室。
そこに招き入れ、人払いしたあと、彼女はしっかりと扉に鍵をかけた。
「まさか夢だと思ってたのに……。
でも、アンタたちが居るってことは、本当にあったことなんだね?」
「そう。そして今回も、前と同じく面倒なことになってるんだよね」
「前と同じ? まさかまた、誰かゲーム内に転生したとか言わないよね?」
「そのまさかだよ。数人行方不明者が出てる。
僕たちは昔から行方不明者の担当でね、いつものことではあるんだけど」
「普通なら、信じろってのが無理な話だけど……」
「僕たちがここに居ること自体が、信じざるを得なくしてるでしょ?」
「アンタたちは逆じゃない。元々ゲームキャラのくせに」
「へへへ、まぁね」
その返事に、自身の勝手な思い違いでないことを確信し、それが事態の深刻さを彼女に思い知らしめた。
「で、今回もウチの会社のゲームなの?」
「君が担当してるVRゲームだよ」
「はぁ……。なーんで、アタシばっかりそういうの引くかなぁ!?」
「まぁ、まだ可能性があるって段階だけどね。
けど僕たちは、あやしい人物にもう目星を付けてる」
「へぇ、意外と仕事が早いじゃないのさ」
「でもね、確証がないんだよ。だからこうして君に会いに来たんだ」
「へぇ……。で、アタシにどうして欲しいのさ?」
「目星を付けた相手の、氏名と住所を提供して欲しいんだ」
「なるほどね。それが行方不明者なら、確定ってワケね?」
「そゆこと」
愛理はすっと椅子に座り直し、うつむきゆっくりと考える。
そして、静かな一言を放った。
「令状を出しなさい」
「あー、やっぱり騙されてくれないか」
「当然でしょ? ウチみたいな零細でもね、法令遵守はちゃんとしてんのよ」
「残念。まだ事件だと確定してないからね、令状は出てないんだよ」
「なら無理ね。残念だけど協力できないわ」
「そっか。それじゃ、目星付けた相手のリスト渡しておくから、何かあったら連絡してくれるかな?」
「こっちで確認しろってこと?」
「いんや、でも注意はしてほしい。このリストの人たち、ホンモノならゲーム内で死んじゃったら……」
「危ないってことね?」
にこりと笑ったまま、森口はコクリとうなずく。
愛理は、再び降りかかる理不尽に頭を抱えるのだった。
前回の事件に関しましては、過去作「爆死まくら」をご参照ください。
(URL→https://book1.adouzi.eu.org/n9392fa/)
読んでなくても、この先問題ないですけどね!




