32.秘密
「寿命? 結婚?」
ネズセンセの助け舟があって、少し頭が冷えてきた。
そうだ、寿命の話はしたのだから、その流れで説明すれば問題ないだろう。
「せや。ワイはもうな、先は長くないねん。
だから、誰かと結婚して、次の世代を作らなあかんねん」
「えっ……。それって……」
まーちゃんは、湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にして、頬を押さえる。
これは、完全に誤解されてるな……。
「トンちゃん、それはちょっとR指定入りませんかね?」
「いや、そうやなくて! いや、そうなんか?
ともかく、ワイがこの先生きのこるには、それしかないねん!
てか、ネズセンセもわかってんやろ!?」
「もちろん。寿命が来たら終わりだけど、結婚していれば、自分の子供に転生できるってヤツでしょ?」
「わかっとんなら茶化すなや!」
「で、なんで相手がマコちゃんなの?」
「それは……」
「それは?」
まだ真っ赤なまーちゃんと、ネズセンセの目が、俺を刺すように見つめてくる。怖い。
「相手の条件が、戦闘スキル取ってないことやったんや……」
「へー。それであんなに商人を推してたんだ?」
「せや……。すまんなまーちゃん、騙して」
「あの……。どういうこと?」
当のまーちゃんは、よく分かってないらしい。
そうなれば、説明してやらなければならない。その結果、嫌われるとしても。
「あのな、子供にはレベルとスキルの熟練度が受け継がれるんや。
そんで、その数値はな、両親の平均値になるんや。
けどスキルの熟練度は、取得してないモンは0ではなく、計算外になるんや」
「つまり、剣術スキル1と剣術スキル49なら、平均値の25になるんだけど、剣術スキル未取得と49なら、49で受け継がれるってワケだね?」
「せや。ネズセンセの言う通り、取ってなかったら高い数値が受け継がせられるんや。
だからワイは、新人が出てくる場所で、ちょうど良い相手を探してたんや」
「それで……、見つけたのが私……」
「せや……」
まーちゃんの顔の赤さが、スッと引いていくのがわかる。
そして、同時に手の力が抜けるのを、感覚ではなくウィンドウが数値で表していた。
「スマン。今までずっと、ワイの目的のために、騙しとったんや」
「…………」
まーちゃんの腕は、すでに動きを封じるほどの力はなく、解放された俺はゆっくりと空へと飛び立つ。
そして振り返った先には、暗い表情でうなだれる、まーちゃんの姿が映るだけだった。
「スマン、謝っても許してもらえるとは思とれへん。
もう十分一人でやっていけるはずや、あとは好きにしたらええ。
ワイもまた、一から出直すわ……。ほなな……」
こんな下心のあるヤツを、ゲームとはいえ一緒にやっていける人なんていないだろう。
それに、好きにやれるなら、もっと楽なキャラ育成もできる。
きっと、俺がいない方がまーちゃんはこの世界を楽しめるだろう。
それこそ、ネズセンセみたいな、暴言を吐かれたって飄々としている人の方が、俺よりずっと一緒に居て楽しいはずだ。
だから俺は、まーちゃんから離れようと思う。
また一人で、一からゲームを楽しめばいい。
ただただ効率を追い求める、レベル上げという名の作業を。
「まっ……、待って!」
「なっ! なんや!?」
離れようとする俺を、がばっとまーちゃんの腕が掴んだ。
それは今までにない強い力で、ぎゅうぎゅうと締め上げているのが、モニターの数値を見るまでもなく感じ取れるほどだった。
まさか、今までの仕返しか!?
「トンちゃんならいいよ……。トンちゃんとなら、結婚する!」
「へっ!?」
「だって、ずっと一緒に居てくれたんだもん。
私の秘密、知っても嫌がらなかったもん。
それとも……、それが嫌だから行っちゃうの……?」
「んなわけあらへんわ! あの程度の口の悪さ、ワイの戦闘中に比べたら可愛いモンやわ!」
「じゃあ、一緒に居てくれる……?」
「…………。しゃ、しゃーないなぁ! まーちゃんは手ぇかかって、ホンマしゃーないわ!」
「えへへ……。これからもよろしくね。トンちゃん」
「あぁ、これからも頼むで、まーちゃん」
締め上げていた手を離し、俺の小さな前足と、まーちゃんの可愛らしい手で握手する。
そんな姿を、ニヤニヤとしながらも、ネズセンセはなにも言わず見つめていた。
けれど一人、空気の読まない、空気のようなヤツが居たのだった。
「ところで、そろそろガーゴイル退治もつらくなってきたのだが……」
そこには、元ガーゴイルであっただろう箱が足元に散乱した、赤い狼が立っていた。




