29.襲撃
まーちゃんは、ゆっくり、ゆっくりと蔓を伝い、崖を降りてゆく。
やはり、下を見なくたって怖いのだろう。
手は力んで震えているし、なにより黙ったまま、話をする余裕もなくなっているのだ。
けれど、性格の悪い製作者は、そんな相手に追い討ちをかけるようだ。
「まーちゃん、もうちょい早よ降りられへんか?」
「うぅ……。そんなこと言ったって……」
俺を見つめる目は、今にも泣きそうなほどに涙を貯めていた。けれど相手は待ってはくれない。
バサバサという羽音は、次第に大きくなり、必死で周りを警戒する、余裕のないまーちゃんの耳にも届いたようだ。
「なにか聞こえない……」
「手は止めたらあかん。そういうんは降りてからや」
「う……、うん……」
恐怖に体を震わせながらも、止めていた手を再び動かし、ゆっくりながらも降りてゆく。
このペースなら、途中で襲われることはないだろう。
けれど、降り立った後隠れる余裕があるかは、微妙なトコロだ。
「よっと。やっと降りれたね」
「それはええから走るで!」
「えっ? なに?」
「こっちや!」
先を行く俺を追い、駆け出すまーちゃん。
けれどその背後には、獲物に狙いを定めたガーゴイルの群れが迫っていた。
「なっ、なにこのモンスター!」
「はよ走り! そんなん戦って勝てる相手ちゃうで!!」
「なっ、なんでもっと早く教えてくれなかったの!」
「まーちゃん怖がって動かれへんようになるやろ!?」
「だからっていきなり走るなんてっ! あっ!」
ドサっという音とともに、まーちゃんは盛大にすっ転んだ。
それはもう、そういうイベントが発生したかのように。
そしてもちろん、追っていたガーゴイルたちが、それを見逃してくれるはずもなかった。
コウモリのような羽と、2本の短い角、そして肉食獣のような牙を見せる、餓鬼のような動く三体の石像。
それを前に、まーちゃんは立ち上がることもできずにいた。
「早よ立って! 逃げるで!!」
「あ……、あぁ……」
手に持つ三叉の槍は、まーちゃんに狙いを定めている。
今装備している防具では、どうやっても防ぎきれない攻撃だ。
そう、たとえ強力な武器を持ち、攻撃では十分に渡り合える相手であっても、防具はそうもいかない。
装備レベルの制限によって、レベル相応の防具しか付けられない。
今のまーちゃんは、到底この場に相応しくない、貧弱な装備なのだ。
「あかん! 避けるんや!」
「うぅっ!」
まーちゃんは俺の呼びかけ虚しく、ただ腕で顔を隠すのが精一杯だった。
そして避けたとして、ゲームシステムに干渉できる行動ではない。
回避率などの数値に応じて、ただ機械的に判定されるだけだ。
けれどそれでも、俺は助かる可能性を信じたかった。
それが、俺がまーちゃんに付いている理由だったから……。
「まーちゃん!!」
「っ……!」
ガーゴイルの槍が突き刺さる、そう思った瞬間、相手の動きは寸前で止まった。
ミシミシっという音と共に、ガーゴイルの腕には亀裂が走る。
その動きを止めさせたのは、荒廃しきった山には似つかわしくない、瑞々しい葉を茂らせる、長い蔓。
所々に小さな白い花を咲かせ、動きを止めるほどの力強さ無縁に見える、可憐さを感じさせる花だった。
何事かと思い、まーちゃんに駆け寄ろうとした瞬間、赤い旋風が巻き起こる。
視界の外から疾風のごとく現れたそれは、目にも留まらぬ速さで、ガーゴイルを縛り上げた蔓ごと、その鋭利な爪で石像の魔物を切り刻む。
後に残ったのは、バラバラになったモンスターと植物の残骸。
そして何が起こったのか分からず、呆然とするまーちゃんだけだった。
「やぁやぁ、危機一髪ってところだね」
「あー、ホンマ今のは危なかったわ。
ありがとな、二人とも」
声のする方に振り向けば、見知った二人が立っていた。




