28.滑落
「ぱっと見わからんやろけどな、ちゃんと道はあるんや。あれやな、獣道ってやつ?
ここ来るんは、自然とみんな同じ道歩くから、よお見たらわかんねや」
「へー、すっごいなぁ。私もわかるようになるかな?」
「何回か来たら、自然と覚えるやろ」
ふよふよと浮かぶ今は、道なんて考えなくても適当に登頂できるだろう。
なにより、この状態だとモンスターに襲われることもないのだ。
だが、そうはいかない人を連れているのだから、慎重に行動しなければならない。
なにせこの場所は、まーちゃんには少しどころか、かなり背伸びしたマップなのだから。
「とりあえず、ワイがモンスターおらんか確認してるけど、もし見つけたら隠れるんやで?」
いつもなら、気の抜けた「はーい」という声が聞こえるのに、返事がなかった。
はっと後ろを振り向けば、まーちゃんは崖に咲く金色に光る花に手を伸ばそうとしていた。
「待て! 触んな!!」
「へっ……?」
俺の言葉にこちらを向くも、すでに遅かった。
伸ばされた手は花に触れ、それを合図とするように、まーちゃんの立っていた地面は崩壊し、崖を転がり落ちてゆく。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
「まーちゃん!!」
飛んで地形を無視しても、その転がる速度には追いつけない。
勢いは増すばかりで、止まる気配はなかった。
「クッソ、どれだけ落ちんだよっ!!」
憎々しげに言葉を吐いたって、それは指定された場所まで確実に落とす、そういうふうにできているのだ。
そして、用意された場所こそが、たどり着いた場所だった。
崖の中腹に生える、葉を落とし、完全に枯れ果てた木、それがこのトラップの終着地点だ。
「おい、大丈夫か!?」
「うぅ……」
うめき声を上げるが、ぐったりしている。
もちろんゲームだから、実際に怪我をしたわけではない。
だから、多分転がる映像のせいで、船酔いみたいな状態になったのだと思う。
けれど、それでも動けないことには違いなく、そしてこの場所は、かなり危険な場所だった。
バサバサと聞こえる羽音、問題のモンスターは近くまで迫っていたのだ。
「おい、起きろまーちゃん! とりあえず逃げるぞ!」
「うぅ……、トン……ちゃん?」
無理やり背中を押して起こそうとすれば、ゆっくりとまーちゃんは起き上がった。
そして座りこみながら、俺の名を呼ぶ。
「あっ……、あれや! とりあえず逃げなな!
ほら、見えるやろ! アイツらに見つかったらヤバいで!」
「ん……。うん。でも、どうやって降りれば……」
引っかかった木の枝は、崖から生えている。
そして、そこから降りるには、飛べないまーちゃんからすれば、無理だと思うのは当然のことだ。
けれど、降りる方法が用意されていないはずはなかった。
「これや、この蔓を伝って降りるんや」
「えっ……。こんな今にも千切れそうな……」
「しゃないやろ? これしかないんやから」
「うう……」
木の根元から垂れた蔓は、木と同じく完全に枯れていて、見るからにすぐ千切れそうなものだ。
これこそが、製作者の性格の悪さが滲み出しているトラップだと思う。
まーちゃんが取ろうとしていた花は、かなり効果な薬の材料であり、それを取ろうとして転落するというのは、いやらしいとは思いつつ普通のトラップだ。
けれどそこからの復帰手段が、ぱっと見た感じだと使えそうもない、いわゆる背景のような、そんな蔓だなんて、誰が気付けるだろうか。
そして、これに気づけないと、復帰はできず、あの羽音を響かせるモンスター、ガーゴイルたちの餌になるという二段トラップなのだ。
「と、途中で千切れたらどうしよう……」
「心配しな。そん時はワイが引っ張ったるさかい」
「うぅ……。怖いなぁ……。高いし……」
「下見るから怖いんや。ワイだけ見とき」
「う、うん……」
俺はまーちゃんが下を見なくていいように、しっかりと握り締められた手元の蔓の近くで、ふよふよと浮かびながら応援するのだった。




