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 シーリン過去編45:最下層

 進んだ先の区画で見た物は、迷宮内では珍しい、わしにとって迷宮内で初めて見たと言える天然人工物であった。

 天然人工物と言うのもおかしな言葉だが、要するにヒトならぬモノが造ったであろうモノ。

それは『豪華過ぎる両開きの扉』だ。

神殿の正面扉に勝れど、決して劣ることが無いと言えるほどの絢爛けんらん豪華さ。

絢爛豪華というよりも神が創造したとしか思えぬ荘厳さを醸し出していた。

皆がしばしの間、鬼姉妹さえも、言葉を失っていた。

 最初に口を開いたのは意外にもイヌであった。


「いくつかの迷宮最深部にも同じような扉があると聞きました」

「わしも神殿の文献でなら読んだ覚えがある」

「おそらく扉の向こうに迷宮主が居るでしょうな」

「間違いなく居る。ここしばらく誰も入った形跡が無い迷宮であるしな」

「「迷宮主……それは楽しみね……」」


鬼姉妹が「迷宮主が居る」と聞いて静かに威嚇に似た笑みを浮かべる。

そして錯覚であろう…彼女達の周囲が揺らいで見える事は…


「「じゃあ、さっそく入りましょ」」

「待て待て待て。そこの『迷宮主』が居るであろう区画へ向かうのは、この区画を調べあげてからだ。先ほど使った昇降機では地上へ帰れぬのだ。まずは帰る手段を確保してから探索だ」

「「迷宮主を倒せば帰れるわよ」」

「誰が決めたのだ? ここは【未知の区画】だ。確定した事など一つとて無い」

「鬼姉妹殿の話は冒険者の噂話ではよく聞く話ですな」

「イヌまで鬼姉妹の肩を持つのか!?」

「補足したまでです。そもそも迷宮主を倒した冒険者がほとんどおりませぬ」

「トリはぁいつでもぉ坊主のぉ味方だよぉ」

「自分も退路を確保してからの探索へ賛成です。報告が出来ねば探索の意味はありません」

「「地図に載っていない一方通行なのよ。退路の確保と探索は一緒の行為じゃないの?」」

「それは認めますが、いきなり『迷宮主』が居そうな区画へ進入する事は容認出来ません」


 放っておけば、いつまでも言い争いが収まりそうに無い三人。

 この区画に今は我々しか居ない。

 だが時が経てば魔物の湧く可能性は低いと言えど無いと断言も出来ない。

 このまま何もせず留まる場合ではない事は間違っていないはずだ。

 腕にまとわりつくトリを押し退けながら、わしはパーティーリーダーとして結論を出した。


「定石通りの行動をするぞ。鬼姉妹は魔物襲撃に備えていてくれ。トリは拠点の確保。残りで徹底的に区画を調べるぞ」

「「そこまでする必要あるの?」」

「何せ迷宮最下層と思われる【未知の区画】だ。まずは調べ尽くす。その後、昇降機がある区画へ戻り同じく調べ尽くす。わしは昇降機しか調べていなかったからな。もしかしたら区画のどこかに昇降機を昇りへと変える絡繰からくりがあるやも知れぬ」

「それが良いと思いますぞ」

「トリはぁ食事のぉ支度するぅ」

「あぁ。頼む。鬼姉妹よ。トリを護ってくれ」

「「勿論よ。味見もばっちり任せておきなさい」」

「貴重な食糧だ。食べ過ぎるなよ」

「「信用ないなぁ」」

「君達の何を信用すれば良いのだ? 待たせたな。わしらは探索を始めよう」

「はい。思い返せば前区画で徹底的な探索を怠った事は痛恨の極みでした」


 どちらかと言えば楽観的に感じる他の者達と違い、みっちゃんは苦虫を噛み締めたような顔をして悔いている。


「みっちゃん。そこまで悲観する事はない。退路こそ見つかっておらぬが、致命的な傷を負った者もおらぬ。安全第一でじっくりと調べていこう」

「分かりました」


 トリ達が拠点を築いている間、わし、イヌ、みっちゃんの三人で外周の壁は勿論、床と天井も調べ尽くす……天井は目視だけであるが……

 一刻(約2時間)ほど探索した結果、この区画には『豪華過ぎる両開きの扉』と昇降機へと続く元来た通路しかないと判明した。

 加えて魔物がリポップする事も無く鬼姉妹は暇を持て余す事となる。

 彼女達にとっては不幸かも知れぬが、他の者達にとっては幸運だ。

 まだ断定は出来ぬが完全な安全地帯となれば、退路が見つかるまでの間、ゆっくりと休息を取れる拠点が出来るのだ。

 次の問題は飲食だ……手持ちが尽きる前に退路か物資を何としてでも見つけねばならぬな……


「「おーい。坊主ー。トリちゃんが泣くぞー」」


 鬼姉妹の声で我に返る。

 視線を上げるとトリが椀をわしへ差し出している。

 いつからなのか……トリの腕が小刻みに震えていた。


「すまぬ。考え事をしており気付かなかった。ありがたくいただこう」

「美味しくぅ召し上がってぇ下さぁい」

「いただきます」


 心配性のイヌが見張りに立つ中、他の者達はトリの用意した肉入り野菜汁を食べつつ、今後の行動を話し合う。

 無駄話の方が多いと思われる話し合いの結果、予定通り昇降機のある区画を調べる事となる。

 痩せ我慢やも知れぬが、この状況に誰一人として絶望していない事が救いに思えた。




 休憩を終えるとわしらは昇降機のある区画へと戻った。

 前回より念入りに昇降機を調べたが新たな発見は無く、探索を昇降機周囲の床へ広げる。

 だが、床にも天井にも不審な物は無かった。

 無い事を無いと証明する事は不可能なので、次に周囲の壁を探索し始める。

 結果、豪華すぎる扉がある区画と反対側の壁に新たな隠し通路が見つかった。

 この区画を探索しきった後、鬼姉妹が率先して隠し通路へと歩を進めた。




 隠し通路の先に敵は居らず、区画の中央に看板が一つあるだけであった。

 通路自体は先へと伸びておるが、この区画も念入りに探索する事となるだろう。

 ワシは鬼姉妹の「「またハズレなの」」とこぼれた愚痴を無視してイヌへ相談する。

 彼女達の『はずれ』とは魔物が居ないと言う事なのだから。


「イヌよ。あの立札、君はどう思う?」

「罠かも知れませぬが、どのみち調べる必要があるものです」

「いや。わしが聞きたかった事は最下層へついてから『人工物がやけに多くないか?』と言う事なのだ。他の迷宮でも最下層は人工物が多いのか?」

「最下層へたどり着いた事が初めてで、他の最下層の事は分かりませぬが、迷宮内でこれほど頻繁に人工物を見た事はありませぬ。無論、冒険者が地上から持ち込んだ物は除きますが」


 トリもみっちゃんもわしと同じで実際の迷宮についてはあまり知らぬであろう。


「鬼姉妹はどう思う?」

「「人工物なんて気にした事も無かったわ」」

「君達らしい答えだな。まずは立札に何が書いてあるか読んでみるか」

「トリがぁ読むよぉ」

「君は文字が読めぬだろう?」

「読めなくてもぉ罠はぁ働くよぉ」

「自分は賛成です。彼女は戦力として数えられません。せめて金糸雀かなりあとして使うべきです」


 金糸雀とは要するに己が身を使い安全を確かめる生贄的存在だ。

 迷宮ではパーティー人数が一人、二人、六人と決まっておるが、一度に戦える人数は五人。

 神殿が定めた迷宮の規則でパーティーを組むと、余剰戦力が一人でる。

 故に『荷物持ち兼金糸雀』とした編成がある事もわしは知識として知っておる。

 罠がありそうな所では、その者をまず一人で送るのだ。

 その多くは【未知の隠し通路】を潜る時だろう。

 わしらのパーティーでは率先して鬼姉妹が潜ってくれるので問題とならぬが、【未知の隠し通路】へ行く時、いつかどこかで必ず、その先が即死級の【罠部屋】へ当たるのだ。

 その為に多くの冒険者達が金糸雀を未知の区画へ送り安全を確かめる。

 だが【未知の隠し通路】へ進む時であっても、鬼姉妹達は躊躇ためらわない。

 わしは金糸雀と言う存在が嫌いだ。

 故に鬼姉妹がやらぬのならば、わしがやる。

 しかし、今回の立札はどうやら鬼姉妹へ興味を持たせる事が無いようだ。

 ならばとわしはみっちゃんの制止を振り切り、立札へと向かった。

 そこへトリが当たり前のように付いてくる。

 わしはトリへ「付いて来るな」と言い掛けて……やめた。

 どのような結末となってもトリが共に居るのなら本望だ。

 悪いがトリよ。

 わしのわがままに付き合ってもらうぞ。




………などと意気込んでいた時もあったな………




 立札に罠は無かった……とわしは思った。

 それには一文の警告が書いてあるだけだったからだ。

 だが警告文は『読む』と言うより『聞く』と言うべき感覚で脳へ届いた。

 いわく「昇降機は昇りにしたけどネ。ここまで来てボクに逢わず帰っちゃうノ? そんな事したら殺しちゃうゾ」だ。

 わしは『ボクとは誰だ』『先とは次の区画の事か?』『どう殺すのだ?』と疑問が浮かぶ。

 その疑問に『ボクは迷宮主ダゾ』『違うヨ』『最期を楽しんでネ』と答えが返ってくる。

 その恐怖は冷や汗どころの騒ぎでは無かった。

 脳と心臓を直接掴まれたような感覚。

 わしは『どのような結末になっても……』などと思い上がった事へ後悔した。

 この恐怖こそが立札の罠なのかもしれない。




 その後、立札から目を離すと気持ちが落ち着いてくる。

 他の者に立札を見た事で起きた事象を説明し注意喚起をしたが、鬼姉妹達はむしろ嬉々として立札を見に行き、身をもだえながら喜んでいる……としか見えない行動を取っていた。

 他の者で区画を隅々まで探索し、立札と入ってきた通路以外に何も無いと結論付けた。

 探索の間に魔物が現出する事も無く、昇降機が備わっている区画へと戻る。



 区画移動後、ざっと安全を確認すると昇降機の確認作業から始めた。

 先程までとは違い確かに昇降機の装置が昇りへと切り替わっていた。

 だがその装置は硝子ガラスと思われる透明な板の裏側にあり、板の表面には「割るな危険」と注意書きがあった。

 わしの脳へ先程の立札の文言が浮かぶ。

 やはり迷宮主と会わねばならぬのか?

 迷宮主と会う事と一度地上へ戻り神殿へ報告する事のどちらが正解なのだ?

 わしが悶々としておると、他の者達が言い争いを始めていた。


「昇降機に『昇り』が現れたのです。一度神殿へ報告。判断を仰ぐべきです」

「「迷宮主と会わないなんて駄目よ。警告もあったじゃないの」」

「一度帰還したいところですが、硝子板に書かれた『割るな危険』は気になりますな」

「「イヌちゃんも迷宮主に会うって言うのだからほぼ決定ね」」

「いえ。迷宮主と会う事は昇降機を使う以上に恐ろしい感じがしますぞ」

「「男ならはっきりしなさいよ!」」

「ここは坊主殿が決める事と思います」

「トリもぉそれでぇ良いよぉ」

「「トリちゃんは坊主の味方だからね。坊主決めなさい。会うの? 帰るの?」」

「少し時間をくれ。正直、どちらを選んでも不正解としか思えぬのだ」

「神殿への報告が最優先です」

「そなたの言う事も分かるが、わしは最悪『パーティー全滅』を考えておるのだ」

「「閃いた! 4人は帰れば良いのよ。わたしは迷宮主へ会いに行くから」」

「それも一つの選択肢だな。ゆっくりと考えたい。拠点の区画へ戻り、まずは心身を休めよう」

「「仕方無いわね。従うわよ」」

「自分も今は従いますが、あくまでも帰還が優先です」


 他二人からは、特に反対無く拠点の区画……つまり豪華な扉の前の区画へ移動した。




 区画移動後それぞれが休憩を始めた。

 イヌは変わる事なく歩哨へ立ち、鬼姉妹は武具の手入れを始め、みっちゃんは【卓袱台ちゃぶだいへ変形する小楯】を展開し報告書と思われるものを書き始めたいた。

 わしは食事を作るトリの横へ座り答えが出ない選択を延々と考え続けた……




……トリの「ご飯がぁ出来たよぉ」との言葉で自我を取り戻した。

 答えはまだ出ない。

 わしは『パーティー全滅』を避ける方法を自力で考えつかなかった。

 現状、鬼姉妹が提案した『パーティーを二つに分ける』事が唯一の道だ。

 だが分かれる事で、より危険が増す可能性も捨て切れない。

 無意識で食事を受け取り、口へと運び、いつの間にか食事を終えていた。


「………坊主ぅ………」


 トリがわしの体を揺さぶってきた事で再び自我を取り戻す。


「どうした?」

「いただきますもぉごちそうさまもぉないのぉ?」

「すまぬ。忘れてはいけぬ事であったな」

「そうだよぉ。坊主がぁ教えてくれたんだよぉ。いただきますはぁいただくぅ命のためにぃ。ごちそうさまはぁ作ってくれたヒトへのぉ感謝のためにぃ」

「そうだったな。トリよ。ご馳走様。いただいた命よ。無意識に食べてしまった事を詫びる」

「えへへぇ。トリはぁ役に立てたぁ?」

「あぁ。大事な事を思い出させてくれたよ」


 トリの頭を愛おしい気持ちで撫でながら感謝の意を伝える。

 わしの気持ちは決まった。


「まずは大休憩を取ろう。魔物が現れる可能性は低そうだが念の為だ。歩哨は三交代で他の者は仮眠を取る。のちにパーティーを帰還組と接見組の二つに分ける。接見組は鬼姉妹の二人。すぐにでも行きたいと思うが我々の帰還を見届けてから迷宮主と接見してくれ」


「「分かったわ」」

「分かりました」


 大きな争いもなく、今後の方針は決まった。

 束の間の休息。

 わしは仮眠のつもりでいたが深い眠りへ落ちていった。



 眠りから覚め、各々が支度を始める。

 迷宮へ残る鬼姉妹達の為に残ったほとんどの物資を置いていく。

 彼女達を残し、四人は昇降機へと乗った。


「一日に二度は物資を持ち上げるのだぞ」

「「分かっているわ。貴重な物資を迷宮へ食べさせたりしないから」」

「ではしばしの別れだ。神殿へ報告したらすぐに戻る」

「「神殿でトリちゃんと結婚式を挙げてからでも良いのよ?」」

「トリもぉ賛成ぇ!」


 手を挙げて喜ぶトリを見て、わしも緊張が和らぐ。


「それはいずれな。その時はここにいる全員を招待する。不参加は認めぬ」


 反応は無い。

 だがわしの意図は伝わったと思う。


「イヌよ。出発だ。昇降機を作動させてくれ」

「分かりました」


 イヌが硝子板を破り装置を作動させる。

 その瞬間だ。

 昇降機が急上昇し、床へと体が押しつけられた。

 そして、わしは静寂の中、少しずつ迫る天井の水墨画を一枚一枚見ていた。

 天井が鼻先まで到達した時、不意に世界が色と音を取り戻した。


「あまり持ちませぬ! 皆様は脱出して下され!!」


 見れば天井と昇降機の間へ自分の体を支え棒の如く使い上昇を留めていた。

 床に押し付けられる感覚は無くなり、体は自由に動くようになった。

 それでも昇降機はわずかながらに上昇しようとしておる。

 限界まで酷使されたイヌの筋肉が赤く色付き異様なまでに隆起している。

 その姿は異教徒の崇める邪神『仁王』を想起させた。

 だがその姿はすぐに崩れる。

 白い骨が筋肉の鎧を突き破り膝から突き出た。

 その瞬間、天井が一気に近づく。

 わしは再び静寂と色を無くした世界へ引き戻される。

 その中で何者かに突き飛ばされ昇降機から転落した。

 先ほどとは逆に少しずつ遠くなる天井の水墨画を見続ける。

 そして痛みと共に再びわしの世界が色と音を認識した。


「坊主ぅ。トリの分までぇ生きぇ………」


 何度目の静寂だろう?

 イヌとトリは色と音を共にして、わしの前から姿を消した。

 天井に張り付いた昇降機が降りてくる気配は無い。

 わしにはそれをただ……ただ眺めている事しか出来なかった。




 遠くからみっちゃんと鬼姉妹達が言い争う声が聞こえてきた。

 彼女達は無事だったのか?

 どれほどの時間が経ったのだろう。

 わしのなかほうけた頭が少しずつ働き始め、周りを認識しだした。


「ああいああっいういえあいああういお?」

「「おいいぁんうあいあうえあえあえいぉ!」」

「ああああいあっえいうえあいぁあい!」


 彼女達の言葉が言葉として認識出来ぬ。

 みっちゃんは自力で脱出したのか?

 そしてイヌは自らの命で刹那の時間を稼ぎ、トリは自らの命と交換にわしを助けた。

 わし以外の誰もが皆、危機に対して行動を起こしておったのだ。

 わしだけが大事な時に呆けておったのだ………

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