シーリン過去編42:再びの一層目探索
フクロ城名物である水の暖簾を潜り迷宮へと進入する。
迷宮最初の区画は満月の明けた日の朝も変わらぬ光景が繰り返されていた。
モグリの子供達が元気に蛙を狩っていたのだ。
昨夜あれだけ騒いでいたと言うのに、若さが眩しい。
みっちゃんが子供達へ何か言うべく口を開けた刹那、彼女の手を取り、彼女の視線がわしに移ったと確認した後、わしは自分の首を横へ振り彼女の行為を無言で止めた。
確かに『もぐり』は違法行為である。
彼女の言いたい事も分かるが、わしには、この場に居る子供達から今日を生きる糧を奪う事など出来ぬ。
彼女の渋い顔に子供達が怯えていないかを確認する為、わしは彼らの様子を見回す。
幾人かは昨夜も斡旋屋で働いていた顔を見知った者で、普段に比べ三割増して元気の良い「おはよう」の挨拶がきた。
こちらは笑顔で「蛙と言えど油断して怪我をせぬ様にな」と挨拶を返し「分かってらぁ」と軽口の返事を耳にすると、わしはみっちゃんの手を握ったまま、彼女を引きずるようにして次の区画へと向かう。
みっちゃんと繋いだわしの手へトリが本気の手刀を何度も打ち付けてきおった。
子供達は余程の事が無ければ入口の区画から先の迷宮内へ入って来ない。
区画を移動したところで、みっちゃんから「もぐり」に対して文句が出ると思ったが、意外な事に彼女の口が開かれる事は無かった。
真っ赤に染まった顔が不満たっぷりと雄弁にわしへ語ってきたけどな。
みっちゃんから手を離すと、今度はトリがわしの手を握ってきた。
わしは「離さぬか」と言ったがトリはそっぽ向いたまま、何も答えない。
仕方無いので、わしは彼女が飽きるまで放置する事にした。
念の為、更に奥の区画へ一つ移動したところで、わしらは作戦会議を始めた。
作戦会議など迷宮へ潜る前に斡旋屋ですべきと言う者もおるだろうが、機密の事を考えれば迷宮内に勝る会議場など存在しない。
わし個人的には『神殿』よりも『迷宮』の方が機密が守られると考えているほどだ。
特に今回の『矢印』の謎、わしはフクロ城の最重要案件とみている。
ゆえに、わしは『自身の安全』よりも『情報の機密』を優先し、作戦会議を迷宮で行う事に決めたのだ。
「では今までの分だけでも矢印を一層目の地図へと重ね合わせようか」
「すでに準備しておきました。無論、他の誰にも見せておりませぬ」
「流石はイヌよ。仕事が早いな」
「満月までの手が空いてしまいましたので、手慰みを兼ね、必要になると思い制作しました」
「やらねばならぬ作業が一つ進んでいて話が早い。それで矢印はどのくらい埋まったのだ?」
「半分と埋まっておりませぬ。通路へ続く矢印もあれば、壁へと向かう矢印もあり、現地へ行かねば真偽の確かめようがありませぬ。ただ一つ。同じ区画の矢印が違う方向を示した事だけはあありませんでした」
「ふむ。トリよ。地図を見たいからそろそろ手を離してくれぬか?」
わしの呼び掛けにトリは何も答えず、地図の端を持つ。
仕方なく反対側を持って二人作業で地図を広げた。
想像よりも矢印で埋まっていなかった地図を確認した後、イヌと話を再開する。
「同じ区画の矢印が全て同じ方向を向いていた事は重要な情報だ。あとは手数をかけるがこの地図を複製して欲しい。迷宮で得た確定情報と、これからの調査で確認する情報を分けたいのだ」
「分かりました。しばらく時間をください」
「「どの位掛かるの?」」
「少なくとも半刻(約1時間)、出来れば一刻(約2時間)は欲しゅうございます」
「「それじゃあ、半刻でどこまで潜れるかタイムトライアルしてくる!」」
「たいむとらいある? 何をする気か分からぬが無理だけはするでないぞ」
「「坊主達こそね。帰ってきたら全滅してましたなんてやめてよ?」」
「基本は逃げるから大丈夫だ。この区画に居らぬ時は迷宮の外の階段に居ると思ってくれ」
「「了解! じゃあ行ってくる」」
「じゃぁ、トリはご飯作っているね」
「パーティーがばらけてもよろしいのですか? 規約に違反しています!」
「わしも冒険者が多いスーンプ城ならば鬼姉妹を好きにさせぬ。だがここはわしら以外誰も冒険者が居らぬフクロ城。ここだけの話だが下手に鬼姉妹を待たせるよりも自由にさせておいた方が色々と楽なのだよ」
「あなた様は堕落しました! 神の理を破る事を聖人として恥ずかしく思わないのですか? 先ほどは黙っていましたが『もぐり』達をなぜ容認するのですか?」
「何度も言うが、わしは聖人ではない。『聖人』と『聖人に近き者』の間には大きな隔たりがあるのだ。わしは未だ天使様と逢っておらぬ。『もぐり』の子らも同じだ。神は今日の糧を用意してくれぬ。今日の糧を用意するのは、どんな時でもヒトなのだよ」
「それに……自分も含め女子の手を簡単に握るなど聖人の道から遠のく行為です!」
「その程度で聖人の道から遠のく者は、最初から聖人には至れぬであろうな」
「それは……」
どうやらみっちゃんを論破出来たようだな……いかんいかん、わしまで最近の風潮にはまってしまったな。
論破はされた者が使う言葉であって、した側が使う言葉では無い。
心の底から持論を破られた時に使う言葉だ。
他人に対して使う言葉ではない。
わしは決して「はい論破」などと軽々しく言わぬぞ。
先ほどは危うかったな。
心の中の呟きを『みっちゃんを論破した』から『トリと言う名のヒトの姿をした天使と逢ってしまったがな』へ改変する。
何にせよ、わしの心とみっちゃんの心は別の方向を向いているようだ。
いや、わしの心が神殿と大きく方向を違えてしまったのやも知れぬな。
そして、再起動したみっちゃんは尚激しくわしを責める。
そう。
これだから「はい論破」などと軽々しく言ってはならぬのだ。
彼女は折れておらぬ。
わし個人の考えは「はい論破」と言った側が議論から逃げ出した者、負けた者なのだ。
「神を批判するなんて……ここまで聖人へ近づいておきながら、あなた様は本気で全てを捨てる気なのですか?」
「わしは『聖人にどこまで近づいておるのか』と聞かれた時の答えは一つ。『分からぬ』のみ」
「皆が間も無く聖人へ至ると申しております」
「そう言われながら一生聖人へと至らなかった者も数えきれぬ。逆に聖人を目指しておらぬ者が突然聖人へ至る時もあるのだ。わしには分からぬよ」
「他の者は関係ありません。あなた様が目指すのをやめるのかと聞いておるのです!」
「くどいよ、みっちゃん。今、君が言った通りだよ。まさにわしが決める事だ」
「……」
苦虫をすり潰した顔とは今のみっちゃんのそれだな。
これだけ顔に出るのだから、彼女が密偵だとは思わない。
だが彼女がこれほどくどいのは、高位の神殿関係者から何か密命を帯びておるやも知れぬな。
上司はわしをよく理解してくれておるのだな。
わし相手ならば、下手な密偵よりも、彼女のような正直者の方がわしの心動かせると見ているのだろう。
そんな上司をはじめとした高位のヒトたちから惜しまれる位には、わしは頑張っておったと言う事なのだろう。
それは自分の中でだけ、少し誇っても良い事と思おう。
何せ今での人生ほとんど全てを聖人へ至る為に捧げてきたと言っても過言では無いのだから。
みっちゃんの口が閉じたところで閑話休題だ。
わしは地図の謎へと思考を戻し、イヌへ今後の方針を伝える。
「まず矢印が行き止まりの区画へ向かい、隠し通路となっておるか確認しようか」
「分かりました。ここから一番近くの区画はここですな」
「案内はおぬしに任せた。鬼姉妹の事は案ずるな。奴らは放っておいても問題無い。加えて、おぬしの力があれば一層目の探索も問題無かろう?」
「居付きの強力な化け物は鬼姉妹方が討伐しておりましょう。通常通りのリポップでしたら問題ありませぬ。では付いてきて下さい。案内します」
「地図は完成したのか?」
「皆が区画を探索している間に作業を進めます」
「確かにその方が効率は良いな」
みっちゃんが「迷宮内で四人の行動は認められていない」とまだ言うので「ペアが二組と思いなさい」と返しておいた。
彼女が気づいておらぬ様子なのでお札の事は黙っておく。
厳密に言えばペアがお札を持つ事は禁じられておるからな。
移動中、先に区画が続く矢印は確認にとどめ、矢印が壁に向いている区画へとやってきた。
途中で【コボルド】と呼ばれる魔物数体に襲われたが、イヌとみっちゃんが二人だけで難なく撃退した。
イヌが強いとは知っていたが、みっちゃんもなかなかのものだ。
無論、鬼姉妹と比べてはならぬが。
余談だが、イヌとみっちゃんの戦闘力はわしとトリのそれとも比べようが無い。
そんな戦闘力皆無のわしの手を引きトリが区画を区切る壁へ移動していた。
戦闘後じっくり考えてみると、二人お手手を繋いで壁の花が一番良い行動だったと思う。
わしがうろちょろするより、イヌとみっちゃん二人だけで戦った方が楽なのは間違いない。
直感で正解を導く事がトリの凄いところだと、改めてわしは彼女を尊敬した。
「着きました。矢印が壁に向かっている区画です」
「ふむ。ではわしらは探索しておるのでイヌは引き続き地図の作成を進めてくれ」
「心得ました」
戦闘力は皆無なわしとトリ。
だがトリはパーティーに欠かせぬ人物だ。
探索や索敵の分野で最も役に立つのはトリなのだから。
洞察力なのか、勘なのか、それは分からぬが、とにかく様々な事に気付く。
探知能力に限れば鬼姉妹以上と言って過言ではない。
そんなトリですら、こう言ったのだ。
「どこもぉただのぉ壁だよぉ?」
「まことか? 見落としとかはあるまいな?」
「無いものを探す事は不可能です」
「確かにみっちゃんの言う通りだな。わしが焦っていたようだ。済まぬ。別の何かを考えねばなるまい」
「矢印が誤情報、または罠とは考えないのですか?」
「ふむ。わしの考えでは誤情報の可能性は低い、罠では無いとは言い切れぬが」
「よろしければ、考えをお聞かせください」
「わしの考えなど、聞いてもつまらぬぞ」
一言断りを入れてから、わしは自分の考えを三人に聞かせる。
まず、誤情報を切り捨てた一番の理由は、ここが迷宮である事だ。
迷宮に放置して一昼夜経ても消えぬものがヒトの手で造られた記録をわしは知らぬ。
加えてイヌの『重なった矢印は全て同じ方向を向いている』事実。
罠の可能性は捨てきれないが、矢印の先に必ず何かがあると確信しておる。
この区画の矢印も条件が整えば『壁を突破する』もしくは『通路が生まれる』なり、何らかの変化をするやも知れぬ。
色々と試さねばならぬ。
やるだけやって何もなかったら『一層目ではなかった』と思うべきだ。
何せわしらは最下層へ到達していない。
最下層も一層目と同じく、矢印が一つも無い階層である可能性を否定出来ぬのだ。
矢印が無い階層は最下層とも限らない、到達した階層の中で、未だ一層目だけが『矢印』が一つも無い階層というだけなのだ。
何の確証もなく、今は可能性を探っているだけなのだ。
などなど一通り語ったところでみっちゃんが口を開いた。
「可能性ですか。あなた様に可能性を探す具体策はあるのですか?」
「今一番はイヌが地図の複製を待つ事だな。完成したら空白部分を試しながら埋めて行く。書き込めば書き込むほど、分かりづらくなるからな。確定の矢印だけの原本を取っておきたいのだ」
「なるほどです。では地図複製はイヌ様とトリ様に任せて、自分とあなた様で適当に探りを入れてみませんか?」
「駄目だ。何通りあるか分からぬ順路を適当にやったとしても成果は上がらぬ」
みっちゃんと二人きりになる事の不安が大きいと言う本音は心のうちに留めて置く。
「そうだヨォ。坊主とぉ行動するのわぁトリだよぉ。そうだ! 坊主ぅ肩車してぇ」
「待て! 何を言い出すのだ!」
「だってぇ壁の上の方はぁ届かないもんっ」
いや。
これは渡に舟と言うものだ。
ここはトリの提案に乗り、みっちゃんと二人きりになる事を避けよう。
「確かに壁の上部は確認しておらなんだな。トリよ。頼めるか?」
「もちろんっ!」
腰を屈めたわしの肩にトリが躊躇なく乗ってくる。
安定をさせる為であるが、わしの顔を挟む、彼女の少し冷たい太腿が、何とも表現しにくい柔らかさが、蕩けるほど気持ち良い。
聖人を目指した多くの若者が失敗した理由に『女人』と言われる所以が分かるな。
トリの「坊主ぅ左ぃ、次は右ぃ」との指示と共に、わしは右往左往する。
背中に刺さるみっちゃんの視線と小言は無視だ。
しかし「バカップル」はなかろう。
語源は迷宮で役に立たない『ペア』を揶揄した言葉だと記憶しておる。
だがわしの肩の上ではしゃぎ過ぎなトリをはたから見たら、わしも同じ感想を抱くだろう。
そんなこんなで迷宮の壁の届く範囲は確認した。
迷宮の壁は高い為、全てどころか、四半も確認出来ておらぬのが現実なのだが。
結論から言おう。
わしとトリに成果は全くなく、イヌの地図複製が完成する事を待っていたかのように、区画を移動していたわしらと鬼姉妹の二人が当たり前のように合流した。
そして背後霊のようにわしの背中にぴったりと付いて来たみっちゃんからのはっきり聞こえぬ小言は、わしへの悪口と何故か分かる。
その小言は、呪詛か念仏のように、わしの耳から一時も離れなかった。
いかん、いかん、彼女に言ったら半殺しにされかねぬな。
呪詛も念仏も神殿の教えから見たら、どちらも異端の者が使う言葉だ。
「「坊主ぅ。準備はぁ終わったのぉ?」」
「鬱陶しい! おぬしらまでトリと同じような喋り方をするでない!」
「坊主はぁトリがぁ嫌いなんだぁ」
トリが世の終わりとも思える哀しげな顔をする。
「そんな事はないぞ。鬼姉妹がトリと同じ喋り方をする事が鬱陶しかったのだ」
「トリはぁそんなぁしゃべりかたぉしてないよぅ」
「そうだな。閑話休題だ。こちらの準備は整った」
その後、二度手間とは思ったが、みっちゃんへした説明を鬼姉妹へ言って聞かせる。
鬼姉妹二人からも「「面倒だけど、それしかないわね」」と一応の賛同を得た。
そしてわしらは子供達がいる最初の区画へ戻り、総当たりで順路を試して行った。
何度も何度も迷宮内を行き来し、気力が尽き始めた頃、イヌから成果の声が上がった。
「手が壁をすり抜けましたぞ!!」
それは『一層目』と『矢印』に因果関係がある証拠と確信出来る成果であった。




