シーリン過去編40:再び過去へ
「「シーリンちゃん、シーリンちゃん!?」」
「たぃ姉? ちぃ姉?」
「「急に反応が無くなったから驚いたわ。考え事でもしていたのかしら?」
「少し疲れたようです」
「「助祭様の話は無駄に長いからね」」
「昔から坊主の説教は長いと決まっておる」
「「自分を平気で『坊主』なんて呼ぶから、こんな僻地へ飛ばされるのよ」」
「何を言う。この地には自らが望んで着任したのだ。お主らも知らぬ訳ではなかろう」
「「そこは坊主の言う通りなのだけどね」」
四人も居れば決して広いとは言えない斡旋屋の一室に礼拝所で三人の掛け合いが続きます。
三人の憂いを帯びた顔が少し気になります。
ですが『心配』よりも『懐かしい』想いがよぎり、私の心が少し温まります。
同時に違和感が自分の中へ広がりました。
今の私は十代の私ではありません。
二十代、この時代より未来を生きた私です。
その証拠と言うべきでしょうか?
私は最近知り合った『ユークリット』の事を覚えています。
これだけ鮮明に記憶が蘇っても、これは『過去』なのだと実感出来ました。
三人は今どうしているのでしょうか?
なぜ今まで彼女達を忘れていたのでしょうか?
今までの『過去』を振り返れば、かなり私の人生へ影響を与えている人達です。
少なくとも、二十代の私が使っている戦闘術の一部は『鬼姉妹』から習った技でした。
関節技を他人へ掛けた事がないわけです。
お姉さん達から体へ覚えさせられたにも関わらず、お姉さん達が私の関節技を受けてくれた事はなかったのですから。
館長には隙が無く、赤の他人へ掛けるには危険が過ぎます。
その点、ユークリットは頑強な上に関節の可動域が広くて技を試すのに最適ですね。
こんな状況でユークリットの事すら思い出せるのに……
これほど大切な人達の記憶を私はなぜ失っていたのでしょうか?
そしてなぜ今、彼女達を急速に思い出しているのでしょう。
今日たどって来た『過去』を観た私にとって、この三人と私の関係は十年経っても忘れるような絆と思えません。
この大きな疑念を晴らす為、口を開こうとした時、私は再び『過去』だと実感させられました。
私の意思に反して言葉が出てこなかったのです。
それだけではありません。
体も全く思い通りに動かせません。
そこに私の意識はあっても意思が無いと言うべきなのでしょうか?
私が『過去』へ関与出来る事は何も無く、観る事と思考する事を許されているのみです。
そして二十代の私が関わり始めたからでしょうか?
十代の私の意志を読み取る事が出来なくなっていました。
私であって私ではない、そんな不思議な感じです。
そんな私の葛藤など構う事なく、助祭様の話は続きます。
「さて、どこまで話たかな?」
「神殿が新たな冒険者を送ってきたところまでです」
私の口から私の意志と関係なく言葉が勝手に出てきます。
十代の時、私が喋った言葉なのでしょうか?
残念ながら二十代の私にこの『過去』の記憶はありません。
ですが、この『過去』を観た後は本当に十代の私が経験した事だと確信するのです。
そして二十代の私がこの『過去』へ干渉する事も出来ないであろう事も確信出来ました。
「正解。キミはこの夢へ干渉する事は出来ないよ」
「どちら様でしょうか?」
体の右半分が十代の頃の夢を、左半分が突然現れた道化者と会話をしている。
私の認識が二つになった。
そんな不思議な感覚を覚えます。
「もう忘れてしまったのかい?」
道化師がどこから出したのか、上を仰ぎながら団子を舌で絡め取りながら口へ入れました。
その動きを見て、先日の事件を思い出し、私の心がざわつきます。
「魔人!」
「キミに思い出してもらえて嬉しいよ。そういう呪いを掛けたのもボクなのだけどさ」
「河へ投げた刹那で私を呪ったと言うのですか?」
「いやいや。もっとずっと前の話さ。キミがボクと再び出会った時、この頃の事を思い出す呪いを掛けたのさ。どちらかと言えば前回の接触で過去の呪いが発動し始めたんだよ」
「私には全く覚えがありませんけど」
「本当はキミが眠る度に少しずつ思い出させていく予定だったんだけどさぁ。ユークリット君と早く遊びたくなってね。ちょこっとだけ過干渉させてもらう事にしたよ。この夢の中でキミ自身が能動的に意識を自覚出来た事は驚愕したけどね。こんなに成長してくれてボクはとても嬉しいよ。10年待った価値があったってね」
「十年待った? あなたと私にどんな因縁があると言うのですか?」
「それもこの先を見ていけば分かる事だよ。じゃあボクは行くね。ボクの詮索よりも懐かしいヒトとの一時を楽しんで欲しいな。最後に一言。キミとボクが今会った事をキミは起きたら忘れると思うけど心配ないよ。忘れてもボクには何も影響はないからね。キミは必ずユークリット君をボクの城へ連れて来てくれるさ」
その言葉を最後に魔人の気配が意識から消えました。
しかし魔人の言葉に反して、私の記憶から魔人の記憶は消えていません。
魔人の言った通り『起きたら忘れる』のかもしれません。
実際、私の記憶にフウロ城の迷宮を探索した記憶があっても、突然行く事をやめた理由が思い出せませんし、今日まで助祭様、たぃ姉、ちぃ姉をはじめとしたフクロ城で会ったヒトを忘れていた事も事実です。
それも【魔人の呪い】と考えれば一応筋が通ります。
そして二十代の私は十代の私に飲み込まれないよう意識を保ちながら助祭様の話の続きを聞き始めました。
悔しいけれど「先を観れば思い出す」と言った魔人の言葉を信じて。
そして二十代の私の葛藤を感じる事無く、十代の私は助祭様の物語へ耳を傾けるのです。
………………
パーティーメンバーの集合は予想通りと言うべきか予定通りと言うべきか『銀の月の満月』を待たねばならなかった。
理由はわしの予想通りだ。
イヌはイヌらしく律儀にも前日には斡旋屋へと来てくれたのだが、鬼姉妹が満月当日の日没寸前まで迷宮から戻って来なかった。
むしろ昼か夜かも分からぬ迷宮へ潜りっぱなしの中、どうやって鬼姉妹は刻を認識したかの方が気になるがな。
彼女達へ聞いた所で「「勘」」としか答えてはくれまい。
一部の達人は迷宮内で昼夜が分かると言われておるから、彼女達の勘もこれかも知れぬ。
もしくは、噂で聞いた話だが【黒の月の住人】も半刻も待てぬほど酷く刻にうるさいらしい。
その末裔である彼女達も同じなのだろうか?
だが、そんなわしの個人的な疑問は今目の前で起きている事に比べれば些末な事だ。
神殿から何を言われてたのか、新たに来た少女が鬼姉妹へ嫌悪感を隠そうとしないのだ。
鬼姉妹の二人が歯牙にもかけぬから争いとなって居らぬが、これからパーティーを組むと考えれば、頭が痛くなる案件だ。
「一応紹介しておく。わしらが五人パーティーゆえ、神殿が一人冒険者を派遣してくれた。本人は本名を名乗る事を拒んでおる。なんぞ良い愛称などないものか?」
「「みっちゃん」」
「ほぉぅ。おぬしらにしてはまともな愛称だな」
「「密偵のみっちゃん」」
「…………」
「密偵である事は否定しません。むしろ隠す必要がなくなり助かります」
「「正直なところがグーね」」
三人のやりとりに、イヌは動揺し、トリは首をかしげ、わしは頭痛が増した。
わしは「裏でこそこそやられるよりはましであるか」と諦観し本題へ移る。
「今夜は満月の夜だ。滅多にある事ではないが、フクロ城から魔物が溢れ出す可能性は否定できない。寝ずの番となるが、皆の者、よろしく頼む」
「「大物はあらかた退治してきたから小物が溢れたりしないと思うけど」」
「うむ。あくまでも念の為だ。でなければ冒険者が罰金も払わず満月の夜に街へ居られる意味を問わねばならなくなる」
「「坊主。固い!」」
「固い方が坊主らしいよぉ」
「「トリちゃん。坊主の息子も硬いの!?」」
「まだぁ何もぉしてくれないのぉ」
「卑猥ですね」
「おぬしらやめぬか。わしらはまだ婚約だけで結婚したのではない。手を出す訳なかろう」
「あなた様が情報通りの方でこちらも安心です」
「……おぬしは諜報機関に向いておらぬから、人事異動を願い出てやろう」
「なぜですか?」
「それが分からぬからだ。イヌでも分かるぞ」
「そうですな。諜報機関で働くには正直者すぎます」
「イヌの言う通りだ。ヒトとして正しいが、諜報機関には向いておらぬ。何より……いや、待て! 一見諜報機関に向いておらぬからこそ、良いのやも知れぬ……」
「「坊主は口が軽い事を問題視しているのでしょ?」」
「敵の拷問で命を落とそうと口を割らない覚悟です」
わしは「今のような決意を平気で口にするからだ」と言う言葉を飲み込む。
本人に自覚が無いのだから言っても理解はできまい。
わしは彼女のような未熟者を送ってきた上司の意図が気になった。
上司の考えは分からぬが彼女ならば余計な情報を漏らすかも知れぬ。
「他に神殿から指示を受けておらぬか?」
「はい。あなた様とトリ様を夜は二人きりにさせるなと」
「心配するな。もとより二人は別室である」
「ぶぅぅ。トリはぁいつでもぉ準備出来てるよぉ」
わしはトリの言葉を無視した。
どうやら上司はわしを聖人へ導く事を諦めておらぬようだ。
だが上司は嘘を吐かぬおヒトだ。
引退後に田舎の教会を用意してくれている事も間違いあるまい。
早い話、わしがトリと祝言をあげる前に聖人となる可能性を摘ませないと言ったところか。
鬼姉妹と行動を共にしてからの魔力上昇は著しいとわしも感じておるからな。
正直、トリか聖人か、気持ちが揺らぐ時もある。
その時は、迷いが生じた時は思い出すのだ。
わしはトリに命を救われたのだと。
「神殿がわしをどう思っておるかは知らぬ。だがわしは戒律を破る気など毛頭無い」
「「髪の毛は最初から無いと思うけど」」
「横槍を入れるでない。これは剃っておるだけだ」
鬼姉妹の存在など無かったように『名も無き新米冒険者』改め『みっちゃん』が話を続ける。
「分かりました。それでも自分は自分の仕事をするだけです」
「うむ。それで良い。おぬしの成長を期待しておる」
「上の席が一つ空くと皆が口にのぼらせておりました。自分があなた様の席を継ぎます」
「ならばわしもおぬしを後継者として育てる義務があるな」
「学ばせていただきます」
「「坊主から学ぶ事があるの?」」
「失礼ですね! このお方は聖人を目指し修行を続ける尊きお方ですよ」
「「地上でどれだけ偉くても、迷宮へ潜れば全く関係無いけどね」」
「その通りだ。命が懸かっておる。みっちゃんも迷宮内では彼女達の指示に従って欲しい」
「では彼女達の言葉に従ったあなた様の指示へ従います」
「「その刹那の時間差で命を落とすけどね」」
みっちゃんが無言で鬼姉妹と睨み合う。
肝が太いのか、感覚が鈍いのか、どちらにせよ頭痛の種が増えた事は間違い無い。
わしが『どうしたものか』と考えておるとトリが動く。
「とりあえずぅ、トリはぁご飯がぁ食べたいなぁ」
「そうだな。今宵は夜通し城を見張らねばならぬ。まずは腹ごしらえをしよう」
「準備は出来ているわよ」
「流石モモ様。冷めぬうちに皆でいただくとしよう」
食事をしつつ、今後の方針を皆で話し合いをしていると、瞬く間に夜は更けていくのだった。




