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フクロ城迷宮探索:三番の護符その貮(シーリン視点)

「シーリンちゃん。シーリンちゃん」


 遠くから私の名を呼ぶ声が聞こえます。

 誰でしょう?

 たぃ姉でもちぃ姉でもないけど、私を本気で心配してくれているであろう声音。

 助祭様、たぃ姉、ちぃ姉の姿が次第にぼやけていき、代わりに大柄な男性一人と小柄な女性二人の姿が鮮明となってきました。

 それと同時に私の意識も切り替わっていきます。


「意識が戻ったのね。良かったわ」

「どこか体に異常はありませんか?」

「目玉だけがギョロギョロと凄い勢いで動いていて気持ち悪かったですよ」

「すみません。心配をお掛けしたみたいですね。大丈夫です。体に異常は感じません」

「そう。良かったわ」


 意識がはっきりとしてきました。

 私の名はシーリン。

 名前は昔から変わりありませんが、年齢はユークリット達が言うところの「アラサー独身女子」で成人したばかりの小娘ではありません。

 私は長い白昼夢を見ていたと言う事でしょうか?


 周囲の確認もしましょう。

 ここは斡旋屋の主の執務室。

 フクロ城の斡旋屋ではなく、ドカチーニの斡旋屋の厨房の奥にある小部屋。

 現在地特定の理由は窓一つ無い部屋の中が迷宮内のように明るい事。

 こんな部屋は私が知る限り、ドカチーニの執務室だけ。

 次は人物の確認です。

 私へ声を掛けてくれている女性はフィーナさん。

 彼女の隣にいる少女はマリー。

 私の隣に座り私の顔を覗き込んでいる大柄な男はユークリット。

 差し当たっての脅威はありませんね。

 目障りなのでユークリットは目の前から排除しておきましょう。

 流れるような所作で彼の腕関節を極めます。

 手首、肘、肩を完全に殺します。


「シーリンさん! それ以上は腕が折れます! 少し動かそうとするだけで激痛ですよ!」

「抵抗しなければ折れません。たとえ折れても今ならフィーナさんが治してくれますよ」

「あらあら。冒険者さんからは沢山治療費をもらうわよ?」

「治療費は心配しないで下さい」

「私の腕を心配して下さい!」

「関節の限界を知りたい気持ちは否定しきれませんね」

「既に限界ですからぁぁ!!」


 今思えば、この関節技もたぃ姉とちぃ姉に教わった技です。

 今のユークリットの状態を経験し、そこから学んだと言った方が正確ですが。

 彼も私と同じく技を掛けられて学べば良いのです。

 それにしてもこんな大事な思い出を私は今まで忘れていたと言うのでしょうか?

 自分自身の記憶力の低さへ呆れてしまいます。

 その一方で、今日昔語りを始めてから自分でも異常と思える程、思い出が蘇ります。


 今回私はどれ位の時間呆けていたのでしょうか?

 昔語りをする程、呆けている時間が増している気がします。

 そして今、私は自分の時間感覚を全く信用出来ていません。

 ユークリットがおかわりをした紅茶からは湯気が立ち昇っていますが、無遠慮に三杯目をおかわりした事も考えられます。

 平静を装い話を続けようとした時、自分が今まで何を話していたのか自信が無くなりました。

 懸命に記憶を探ります。

 そして現在、私がここに居る理由は何とか思い出せました。

 フィーナさんの依頼でユークリットへ冒険者としての教育をしていたはずです。

 ですが最近の出来事が、私には数ヶ月も前に起きた事に思え、記憶が曖昧となっています。

 言い換えれば、今私の頭の中で最近の記憶よりも十年前の記憶の方が鮮明なのです。



 まるで『過去と現在がひっくり返った』かのような感覚。



 いえ『過去を思い出す』を越え『過去へ戻り再び生きた』と感じた鮮明な記憶の再生。

 今見ている世界が『夢である』と言われて信じられるほど、二つの世界に差異がありません。

 今が白昼夢を見ている最中なのでしょうか?

 いえ、違いますね。

 こちらが白昼夢だと否定する記憶の方が数多く存在します。

 成人したばかりの私では経験していないであろう記憶が多すぎます。

 故に私の年齢は二十代……後半で間違いありません。

 正確な言葉は忘れましたが「あと数年でおばあちゃんの年ですね」と吐いた莫迦の関節を更にねじります。

 良い悲鳴が聞こえてきて私の溜飲は少し下がりました。


 落ち着くと様々な疑問が湧いてきます。

 なぜ私はフクロ城へ行かなくなったのでしょう?

 一体いつから?

 たぃ姉とちぃ姉達のその後は?

 私は当時ペアだった『もぐりの彼』を救う事が出来たのでしょうか?

 思い出そうとすると耐え難い頭痛が襲ってきました。

 全く先を思い出せません。

 思い出そうとするたび、頭痛がひどくなります。

 驚くべきは今日思い出した事を昨日の私は全く覚えていなかった事実です。

 私の頭の中で何が起こっているのでしょうか?

 得体の知れぬ不安が頭をよぎります。


「シーリンちゃん。本当に大丈夫なの? 顔色が悪いわ」

「すみません。しばらく休憩をいただけませんか? 少し疲れが出たようです」

「そうね。少し早いけど、四半時ほど休憩としましょうか」

「ありがとうございます。ではユークリット。私へついて来て下さい」

「どこまでもついて行きますから手を離して下さい!」

「手を離す理由がありますか? このまま行きましょう」

「あら。あらあら。あらあらあら」


 実年齢と大きくかけ離れた少女の様な好奇心丸出しの瞳と本物の少女二人に見つめられ、少しばかり羞恥心を覚えた私は彼の手を離しました。



 フィーナさんの提案で散会となり、私はユークリットを連れ一度自室へ戻ることにしました。

 私の頭に異常がある事は明確です。

 忘れられた記憶を強制的に見せられている感覚。

 いえ、生まれ変わり再び少女時代を生きたというべきでしょうか?


 私の現状を上手く表現出来る言葉が思い浮かびません。


 実際は思い出したくない記憶を自ら封印していたのでしょうか?

 ヒトは「記憶を封じる事で自らを護る」と誰かが言っていた気もします。

 それとも何らかの『呪い』を知らずに受けたのでしょうか?

 物思いへふけっている私の意識をユークリットの声が現実へ引き戻しました。


「本当に入っても良いのでしょうか?」

「部屋の主が招いているですから遠慮無く入って下さい……何をしているのですか?」

「いえ。扉に何らかの罠が無いかを確認しておりました」

「確認の必要はありません」

「初めて触るドアなのですよ!?」

「自室に罠など仕掛けません」

「……シーリンさんならやりかねない……」

「ではご期待を裏切らないよう罠を仕掛けましょう。心配要らないですよ。あなたの身長に合わせて罠を張りますから。幸いあなたより背が高いヒトは館長もベルガーも罠に引っ掛かる間抜けではありませんし……ネモが居ましたか。しかしあなたと違い彼は単独で『三本角』を倒した英雄です。あなた程ぬけてはいないでしょう。安心して下さい。命を取るような罠は仕掛けたりしませんから。命だけはですが。大丈夫です。港の子供達に好かれているようですし、腕の一本や二本失っても彼らの魔力供給があればフィーナさんが治してくれますよ。アルフィアさんのように」

「怖い怖い。腕の1本とか普通に怖いので勘弁して下さい。それとネモの背は私よりも高くありません。身長は引き分けです。股下の長さは奴に負けていますが、体重は私の方が勝っていますよ。1勝1敗1引き分けです。重要な事なので忘れないで下さいね!」

「どうでも良い情報なので明日には忘れそうです」

「忘れないで下さいね!」

「……」


 ユークリットの国には『大事な事は二回言う』慣習がある事を聞いた覚えがある気がしつつ、どうでも良い情報を二度言った彼に呆れながら自分の手で扉を開けます。

 思わぬ用心深さに評価を上げ、会話で呆れて評価を下げ、結局彼の評価は横ばいです。

 今の私は、記憶が混濁していて『もぐりの彼』と『ユークリット』を同一視しがちですが『ユークリットの方が怖がりな点だけは迷宮探索へ向いていそう』などと考えてしまいます。

 むしろ『もぐりの彼』がもう少しでも慎重であったなら私も少しは楽でした。

 どちらとも『ペア』は組みたいと思いませんが。


「どうしたのですか? まだ入らないのですか?」

「扉に罠が無かった事は、部屋に罠が無い証明にはなりません!」

「罠も物も何もない部屋ですがまずは入って下さい」

「私の唯一入った事がある女子の部屋は罠で溢れていましたよ? 腕が無くなりはしませんが」

「そのヒトが特殊なだけです。一般的な女性は罠を仕掛けたりしません………そう言えば、私も自分以外の女性の部屋へ入った記憶がありませんね……何を言わせるのですか! 時間もありません。これ以上不必要な問答を続けるなら私にも考えがあります」

「ユークリット。逝きます!」


 と勢い良く答えながらも彼は部屋へ入らず、少しでも死角が無くなるよう確認しています。


「早く入って下さいませんか?」

「いえ。最悪はドカチーニさんが隠れて待ち構えてやしないかと疑っております」

「館長は留守です」

「後でシーリンさんの部屋へ入った事がバレたら私の体がバラされますよ!」


 確かに館長ならりかねませんね。

 ですが過剰な用心深さも時には腹立たしく思うものです。

 四半時しか時間が無いのです。

 ここは脅して無理矢理入室させましょう。


「では館長の代わりに私があなたをバラしますね? 右腕と左腕、好きな方を選んで下さい」


 私は壁に掛けてある戦闘用の小剣を手にしようと先に入室し真っ直ぐ向かいます。

 彼は「ベスとアンにもご内密に」と言いつつ凄い勢いで私の後を追って来ます。

 入室後も油断なく辺りをくまなく確認しております……がどことなく呆けた顔をしています。

 なぜでしょう?

 彼が安全確認をしている様に見えないのは私の気のせいでしょうか?


「何か危険物を見つけましたか?」

「……シーリンさん……」

「何か言いましたか?」

「いえ。幼馴染の部屋を除くと女性の部屋へ訪問する経験はほとんど無い為、思わず見惚れてしまいました。結果、ベスとアンの為に鏡を買わなくてはと思ったところです。今まで鏡の事など考えもしませんでしたが、娘を持つと視点が変わるものですね」

「そうでしたか。彼女達も年頃の女性ですから鏡くらいはあった方が良いかも知れませんね」

「はい。出来るだけ早く用意しようと思います」

「冒険者としてある程度独り立ち出来れば手鏡くらいならすぐ購入出来ますよ」

「冒険者としてですか……」


 ユークリットが「冒険者」と聞き悩まし気な顔をします。

 現在の記憶と少女時代の記憶が混線していて自信はありませんが、彼は冒険者へ転職する気だったと思ったのですが……そう言えば彼の『娘達』が一番の反対勢力でしたね。

 今は他人の事を気にしている時ではありませんね。

 寝台の上で安全を確保し『過去の続きを見なくてはいけない』と本能が告げています。

 これが呪いの一種で私の身に何かあった時、フィーナさんの方が頼りになりますが、彼女に知られる事は館長に知られると言う事。

 ベルガーは執務室に秘密の入り口がある地下へ引きこもっていますし、アルフィアさんは付き合いが浅く、ネモは真の変態ですし下手に興味を持たれたら厄介事が増えそうです。

 今、斡旋屋に居るヒトから選ぶならユークリットしか居ません。

 消去法に近い事を否めませんが……


 私の現状をなるべく大事にしたくありません。


 ユークリットならば意外にも口は固いですし、もっと驚く事に、いざと言う時は自分で考えて動く知恵も最低限持ち合わせています。

 彼の手に負えないと判断した時はフィーナさんを頼るかも知れませんが、その時はその時。

 そこは彼の判断に任せましょう。

 私は半分自分に言い聞かせる事を兼ねつつ、意を決して彼へ告げました。


「現在私は何らかの【呪い】に掛かっている可能性があります。先程、現実でどれほどの時間が経ったのか分かりませんが、私は夢の中で数ヶ月の時間を過ごしました。私は再び夢の中へ行こうと考えています。その時、私の体に何が起こるか分かりません。ですが出来るだけ大事にしたくありません。あなたの出来る範囲で私の体の面倒を見てもらえると助かります」

「数ヶ月ですか? それが本当ならば物凄い速さで過去を辿ったのですね。私達には1分程シーリンさんの様子がおかしかった程度の認識です」

「いっぷん?」

「我が国の時を表す単位でゆっくりと60数える程度の時間です」

「前々から思っていたのですが、ユークリットさんもネモさんも時間に細かいですよね?」

「これでも以前と比べれば大らかになったのですよ。依頼は分かりました。命の危険が無いうちはフィーナさんにも秘密と言う事ですね?」

「話が早くて助かります。フィーナさんだけでなく、あなたの胸だけに留めて置いて下さい」

「心得ています。やはり先日会った魔人の仕業でしょうか?」


 ユークリットの言葉で「もしかしたら」と言う気持ちが湧きます。

 館長も魔人の呪いで右眼を失いましたし。

 ですが私は魔人から全く相手にされず、河へ放り投げられただけです。

 明確に呪いを受けた感覚は無いと思います。

 実力差がありすぎて私が気付けていないだけの可能性は否定出来ませんが。


「今のところ正解は分かりません。現在私は夢の中で強制的に昔の出来事を見させられている状態ですが、飛ばしてその後を思い出せません。昔語りを追っていかないと先を思い出せない【呪い】の一種と推察しています。それを考えると魔人が何かをした可能性も捨てきれません。ですが因果関係を思いつきません」

「原因は分からないで了解しました。次の疑問は『思い出す必要がある記憶なのか?』です」


「はい。正確には私自身が思い出したいと願っている記憶です。なぜ今まで忘れていたのか不思議なくらい大切なヒト達との思い出なのです」

「分かりました。シーリンさんの体は私が護りますので後顧の憂いなくタイムリープをしてきて下さい」

「たいむりぃぷ?」

「すみません。祖国の言葉です。この場に合わせると『良い夢を見て来て下さい』ですね」

「ありがとう。後は頼みますね。四半時経ったら無理にでも現実へ引き戻して下さい」

「分かりました。いざとなったら乳首をひねってでも引き戻しますね」

「その時はお返しに自分の背中が見えるまで首をひねって差し上げますね」

「冗談です。本気で冗談ですからね! 場を和ませたかっただけです!」

「大丈夫です。冗談と分かっていますよ。いざとなったら挑戦して下さっても結構ですよ。私の報復は本気ですけど。後はお願いします。では行ってきます」

「いざと言う時が来ない事を祈っています。では行ってらっしゃい」


 ユークリットに後を任せて寝台へよこたわります。

 軽口も含めて、彼と出会ったばかりの頃を考えれば、とても出来なかった行為。

 少しは彼を信用している自分を感じながら、私の意識は再び過去へ遡って行きました。

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