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 シーリン過去編39:報告

 わしはトリの寝息が穏やかな事を確認し、安心して彼女のもとを離れられると判断する。

 そして自分がやるべき事をやらねばならぬと決心して立ち上がる。

 わしが立ち去る気配を感じたのか、トリが目を覚ました。

 彼女の勘の良さに迷宮では助かったと言え『この場は彼女に気付かれぬまま立ち去りたかった』事がわしの本音である。


「坊主ぅ。いっちゃうのぉ?」

「そんなに心配そうな顔をするな。用事を済ませたらすぐ戻る」

「トリもぉ付いていくっ」

「駄目だ。おぬしは今、魔力が枯渇したまま戻らない状況だ。ゆっくり養生せねばならぬ」

「ぶぅぶぅ」

「おぬしは絶対安静だ」

「ぶぅぶぅ」


 彼女に命の危険を諭しても理解が出来ぬ、もしくは自分の命を軽く見ておるな。

 ここは『北風と太陽』作戦だ。

 優しい言葉で彼女をいさめる他なかろう。


「お主を失うとわしの新たな人生設計が狂うでな。ゆっくりしていてくれ」

「どういうことぉ?」

「知らぬ。少しは自分の頭で考えぬか」

「トリはぁ考えるの苦手だよぉ」


 そう言いながらも素直に思考を巡らすトリの意識から、わしの存在が外れた。

 わしは自分の言葉に羞恥を覚えつつ、トリが養生している部屋から退出した。

 自ら『太陽』になったからか、身体中が火照る。

 トリは追ってこぬな。

 もしもの事を考え半刻(約一時間)ほど食堂で時間を潰した。

 トリは三歩歩けば色々と忘れる……わしの出先に付いて来る事を忘れたようだ。

 そんな彼女だが、わしは決意したのだ。


 トリと共に生きていく。


 わしの新たな人生設計は口に出そうとすれば、先に恥ずかしさが溢れ出す。

 だが、まずは上司に報告しなければならない。

 上の許可を得ねば、わしとトリはヒト知れず闇へと葬られる事も考えるからだ。


「では行ってまいります」

「すぐ帰って来てあげてね。旦那様」


 モモ様は今も昔も姿も心根も娘のままだ……彼女に見送られて斡旋屋を出る。

 わしは行方不明となったサルを思い出し、緩んだ気を引き締め、神殿へ向かう。

 道中、様々な考えが頭の中を駆け巡った。



 最終的に『何を言われようが半端な妥協だけはすまい』と決意し神殿の入り口をくぐる。

 心臓が咽喉のどまであるかのような激しい鼓動で脈打つ。

 こんなに緊張してここを通るのは出家する時以来か?

 そんな中でも、わしの脚は通い慣れた上司の部屋へ真っ直ぐと歩みを進める。

 前室の護衛へ面会の許可を求めると即座に上司の元へ通された。


「久しいな。何ぞ、新たな情報を手に入れたのか?」

「はっ」


 わしはフクロ城の迷宮で発見した事全てを上司へ告げる。


「そうか。長らく城を放置した結果、独自進化した魔物がそれほど増えておったか」

「はっ。鬼姉妹が居らねば討伐は難しかったと思われます。また帰路において固有種と遭遇して居らぬ事から、固有種は一度討伐すれば再度出現する可能性が低いのではと推測できます」

「まだ確定ではないのだな?」

「はっ」

「引き続き任務を続けてくれ。迷宮深部へは遠いか?」

「はっ。先ほどの報告の通り、迷宮内で発見された『矢印の謎』次第であります」

「うむ。それについては後日の報告を待つとしよう」

「はっ。最後に私事ですが、報告があります」

「申せ」


 わしは一切の隠し事をせず正直に、神殿の職を辞し、トリと共に生きる事を告げた。

 上司が最後まで一言も口を挟まなかった事が逆に怖しい。

 彼は最後まで話し終えると普段通りの声音でわしへ語りかける。


「すでに手遅れか?」

「いえ、まだ夫婦の契りは交わしてはおりませぬ」

「ならば考え直す気はないか? おぬしは生涯を掛けて聖人を目指しておったはずだ」

「すでに覚悟は決めました。どこか僻地の教会で二人静かに生きていきたいと願っております」

「覚悟を決めたか。今まで神殿へ尽くしてくれた礼だ。二人静かに生きる僻地の教会とやらはこちらで手配しよう。ただし全て今ある任を終えてからの話だ」

「温情へ感謝いたします」

「今日は下がって良い。いや待て。魔力を計ってみよ。大きく成長しておるはずだ」

「はっ」

「計り終えたのち、再訪を命ずる」

「はっ」


 わしは上司の部屋を去り、魔力検査室へと向かう。

 街の斡旋屋で『握力を計る』ような、いい加減な検査ではなく、専門の【魔力測定魔法】を使う者に計ってもらう為、正確な魔力が判定できる。

 そして半刻後、わしは驚きと共に再び上司の元へ向かう事となった。



「どうであった? だいぶ魔力が上がっておったのではないか?」

「はっ。以前と比べるとほぼ倍の数値となっておりました」

「倍であるか……隠すと思えぬが既に聖人へ至っておるまいな?」

「はっ。聖人へ至る事は未だ叶っておらず、道半みちなかばであります」


 わしの瞳を上司が険しい瞳で覗き込む。

 聖人への道は自らの意思で閉ざしたのだ。

 わしは息が止まる思いで上司の瞳から目を逸らさずにおると、彼の瞳が優しい光を放つ。


「道半ばであるか。だからこそだ。その魔力はなかなかのもの。今のおぬしならば、この神殿で更なる出世も望めると思うが、それでも考えは変わらぬか?」

「はっ。新しき人生を歩みたく考えております」

「僻地の教会でおぬしほどの回復魔法の使い手は滅多におるまい」

「ならばこそ。神の威光が僻地まで届く一助になると言えるのではないでしょうか?」

「なるほど。確かに『ならばこそ』だな。誰もが望む栄達の道を捨て、我が道を行くおぬしを誇りに思う。では行け。最後の任務を全うせよ」

「はっ」



 上司の仕事部屋を辞した足で、自室へと立ち寄る。

 窓も無い狭い部屋だが、ひたすら聖人になる為、長年修行の日々を重ねてきた場だ。

 今も昔も、部屋には使い古された毛布が一枚しか無い。

『少し滞在していこうか?』

 と頭をよぎるが、それは未練だ。

 わしの命は本来ならばフクロ城の迷宮で尽きた。

 トリが新しい命をわしに吹き込んでくれたのだ。

 ならばわしも新しい道を歩むと決めたでは無いか。

『立ち寄るべきではなかった』

 とわしは自分の弱さを再確認して神殿を去った。

 今思えば、この心の弱さがわしを聖人へ至らせなかったのであろう。



 斡旋屋へ戻ると鬼姉妹の二人は迷宮へ潜っており、モモ様とイヌがわしを出迎えてくれた。

 トリは大人しくわしの帰りを待ってくれていたようだ……忘れているだけかも知れぬが。

 わしは二人へ帰還の挨拶だけ済ませトリの元へ向かおうとした。


「トリちゃんのところへ行くなら、ついでにモモ印の特製ご飯も持っていってね」

「はい」


 わしはモモ様がトリの飯を用意してくれている間、イヌと今後の話をする事にした。


「トリの回復にはまだ時が掛かりそうだが、おぬしはどういたす?」

「このままでは鬼姉妹の足手纏いとしかなりませぬので、スーンプ城で鍛え直してきます」

「そうか。無理はするでないぞ。トリが回復したら連絡するが、おぬしの帰還は一区切りつけてからで良いぞ。世話になった者へ不義理だけはするでない。あえてわしのわがままを言うならば、満月の夜はこちらへ来て欲しい、と言ったところだな」

「心得ました。銀の満月はこちらで過ごします」

我儘わがままを言うがよろしく頼む」


 かたく握手を交わして別れる。

 イヌは荷物をまとめに二階へ、わしはトリの食事ができるのを食堂で待つ。

 料理を待つ間に、イヌが斡旋屋を後にした。

 そしてわしは随分と待たされたが、噛む必要が少なく、それでいて滋養が高そうな、今のトリへ与えるにはしっくりとくる内容の食事を用意してもらえた。

 わしはモモ様へ礼を述べ、モモ様印の特製ご飯をたずさえて、トリの元へ向かう。



 トリは死人のような顔色の悪さで寝台へ横になっていた。

 出掛けた時よりも悪くなっておるのか?

 心配になり顔を近づければ呼吸が安定している。


 安心した。


 命の心配は無いだろう。

 顔色が悪さは魔力の低下によるものだろう。

 ヒトは自分の体を治す為に魔力が無意識で働く時、いつも以上に熱が上がったり、逆に下がったりすると習った覚えがある。

 ゆっくり休めているのだ。

 無理に起こす必要はない。

 むしろ無意識で魔力が使えるほど回復したと喜ぶべきだ。

 わしは『モモ様の用意してくれた食事も冷めたら自分が食べ、もう一度トリへ新たな食事を作って貰えば良い』と考え、彼女の枕元へ座り、今後の方針を思考する。


 現在サルが行方不明となり、パーティーは定員割れをしている。

 わしはパーティー人員の補充をどうすべきかを考えた。

 モモ様が見逃してくれているとはいえ、わしらが迷宮での規則を破っている事は事実だ。

 イヌへ頼み、良い人材を見つけてきてもらうべきであろうか?

 だが、スーンプ城からフクロ城の迷宮へ自ら来る冒険者などそうそうおるまい。

 もし奇特な冒険者が最初からおるならば、フクロ城の所属冒険者がわしらだけという状況は生まれておらぬはずだ。

 

そんな事を考えておると、扉の外から入室許可を請う声がわしの耳へ入ってきた。

『知らぬ女性の声だ』

 と少し警戒を強めてから「どうぞ、お入り下さい」と入室許可を出す。

 入室してきた女性は成人して間もないであろう十代の可愛らしい女性であった。

 おかっぱ頭につり目が印象的な小麦色の肌をした背の低い少女だ。

 武装は軽戦士らしく、対人用革製の防具と小剣、小盾を装備している。

 わしは驚きを隠しつつ少女へ問いを投げかける。


「この辺鄙へんぴな城にはどういった用件で来られたのだ?」

「神殿からの依頼で定数を満たす為に派遣されました。通り名も無い新米冒険者ですが、パーティーの一員へ加えて頂けませんか?」

「神殿からフクロ城の噂を聞いてはおらぬか?」

「スーンプ城を基準にすれば『危険は大きく、利益は小さい』と聞いております」

「それでも来たのか。最悪ソロになるとは思わなかったのか?」

「先程も申し上げましたが、定員割れをしている補充を神殿から依頼されましたので、やってまいりました。ソロになるならば帰還するだけです」

「そうであったな。わしらの方でも定員割れは『どうしたものか』と悩んでおったところだ。わし本人は歓迎するが一存では決められぬ。パーティーメンバー全員の賛意が得られるまで正式な返答は保留とさせていただけぬか?」

「はい。それまでこの斡旋屋で待機させていただきます」

「すまぬな。路銀に不足はないか? こちらのわがままで待ってもらうのだ。ここへ逗留する間はわしが宿泊費を出そう」

「いえ。大丈夫です。お気持ちだけいただきます」

「そうか。足りなくなった時は遠慮なく言って欲しい。次にパーティーメンバーが全員集まるのはおそらく満月の夜だ」

「それではフクロ城所属の冒険者にだけはなっておきます」

「それが良いな。今なら人材不足ゆえ、無条件で所属冒険者として登録されるだろう」

「はい。では一度失礼します」


 彼女の実力は未知数だが、迷宮経験は少ないだろう。

 防具の軽さを重視している為か、小手などは片面側しか護っていない。

 ヒト族が振るう武器を想定している防具で、魔物に噛まれた時などを想定されていない。

 つまり上顎の歯は防げても下顎の歯が防げない。


 ふと、そのくらいの事を考えられる程には自分が冒険者として成長しておると感じた。


 それでも彼女の鎧は鬼姉妹のビキニアーマーと比べれば、はるかに防御面積は大きいのだ。

 どんな鎧であれ使いこなすのは冒険者の技量次第という事だ。

 彼女には申し訳ないが、鬼姉妹の二人が居れば、戦闘に限れば大概の事はどうとでもなる。



 新たな出会いもある中、わしはトリの看病をしながら銀の月の満月を待つ事とした。

 今のわしにとって、トリの容体に比べれば、他の事など些事と言えた。

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