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 シーリン過去編38:矢印

「鬼姉妹よ。わしがお主らに近づいたのは神殿の意向だ」

「「薄々そうだと思っていたわ」」

「やはりばれておったか。わしは神の威光が届かぬ者、つまり二人がヒト族であるか魔族であるかを調査していた」

「「そう。それで坊主はどう思っているの? わたしは魔族かしら?」

「ヒト族だ。『一般的』とは口が裂けても言えぬがな」

「「それは良かったわ。わたしと話す気力があるならまずは傷を塞いだらどうかしら」」

「そうしよう。トリから預けられた魔力を無駄にできぬ」


 わしは自分の体内を魔法で詳しく探り出血点を見極めて最小限の魔力でこれを塞ぐ。

 魔力の漏洩は完全に止まり、わしは一命をとりとめた。

 だが帰りの道のりに加え司祭様への報告を考えると暗澹あんたんたる気持ちとなる。

 先の事は考えず、今できる事を一つずつこなしていこう。

 まずは生きて迷宮を出ねば次の事を考える必要などないのだから。

 この結論は思考と行動を単純化し、少しだけわしの心的負担を軽くした。


「「どうする? これ以上の迷宮探索は用無し?」」

「神殿はおぬしら鬼姉妹を利用してこの迷宮の秘密を少しでも知ろうとしておる事も事実だ」

「「つまり?」」

「わしがトリと共に生きる為、神殿を納得させる為、何か大きな手柄が欲しい」

「「手柄ねぇ。俗物的だけどトリちゃんの為なら頑張っちゃうわ」」

「その為にもまずは全員生還が必須ですな」

「イヌの言う通りだ。このまま探索を続ければ、おぬしらは大丈夫でも、わしらが死ぬ」

「「仕方ないわね。今回の探索はここまで。地上を目指すわよ。イヌちゃん、道案内ヨロ」」

「心得ました」



 魔物と戦闘を避ける為、イヌの地図とトリの勘を頼りに、時には遠回りや、時には隣の区画へ避難してやり過ごすなど、安全第一で地上を目指す。

 トリが二区画先を見通し事前に行動する為、魔物との遭遇が全くない。

 彼女の勘が冴えに冴えているのは瀕死ゆえか?

 彼女は口で「わぁい。坊主がずっと抱いていてくれる」と言って喜んでおるが、瀕死の二人が互いを支えあって歩いておるだけだ。

 わしの名誉の為に言っておこう。

 トリの乳がどれだけ煩悩を誘惑してきても、わしの理性は聖人への道を諦めなかったと。



 結果として地上への帰還はわしが想像していたよりも容易に達成した。

 鬼姉妹が行きに強敵を殺しまくった事とトリの勘が冴えていたのが大きな理由だろう。

 戦闘は、その道を必ず通らねばならず、かつ鬼姉妹が瞬殺できる魔物の時だけだった。

 彼女達は文句も言わず、わしらの為に戦闘を極力避けてくれたのだ。


 斡旋屋へ着くと、モモ様が満身創痍のわしらを見て、すぐ寝所を用意してくれた。

 無論「無茶しすぎよ。報告は後でゆっくり聞くから今は休みなさい」と魔王の怒り顔より怖い天使の笑顔でモモ様から脅されたが、わしは彼女の怖さに怯える間も無く意識を失った。


………

……

……

………


「ここはどこだ?」


 見慣れぬ天井を見つめ、わしは傷病者が目を覚ました時の定型文とも言える言葉を吐いた。

 答える者は誰もおらぬが、隣の寝台を見ればトリが穏やかな寝息を立てている。

 もっと様子を伺おうと体を起こそうとした時、肩に激痛が走った。

 致命傷までは治したが、傷口は完全に塞がっていない。

 しかしこれで思い出した。

 どうやらわしらは迷宮から無事生還したのだ。

 五人パーティーの二人が重体の状態を無事とは言えるか疑問だがな。

 他に大事な約束をトリと交わした気もするが思い出せないのだから大した事ではなかろう。

 ゆっくりと寝た事で魔力は十分回復している。

 あとは腹を満たせば体調も万全と言える。

 わしは起き上がり、今一度トリの無事を確認し、一人食堂を目指す。



 弱った体で階段を踏み外さないよう降りるとそこは食堂だ。

 鬼姉妹、イヌにモモ様を加えた四人が地図を広げた卓を囲み、思案をしていた。

 皆がわしに気付いたようだ。

 わしの無事を笑顔で迎えてくれる者達の輪の中へ入る。


「皆に迷惑を掛けた。生き残れた事へ感謝する」

「「カタイコトは置いて置いて。坊主もイヌの描いた地図を見てよ」」

「何か分かったのか?」

「二階以降の地図に書かれた矢印が一階の地図と合致しそうなのです」

「「少ないけど矢印の先が壁って場所もあるし、そこに迷っているのよ」」

「行けば良かろう。壁に隠し通路があるやも知れぬ」

「「さすが坊主! わたし莫迦ね。なんでそんな簡単な事に気づかなかったのよ」」

「駄目よ。迷宮へ行く事は坊や達の傷が癒えるまで認めません」

「「斡旋屋の主人に冒険者を止める権利はないと思ったのだけど?」」

「お望みならば実力行使も辞さないわよ」

「「そっちの方が迷宮より楽しそうだねぇ!」」

「弱い方からかかっていらっしゃい。いつでもどこでも相手をしてあげるから。自信が無いなら二人一緒でも構わないわよ?」

「「…………」」


 前にも三人で同じようなやり取りがあったな。

 もう何年も前の事のように感じる。

 それよりも地図だ。

 ちなみにわしは『治る傷は自然治癒派』だ。

 魔法による治療は最小限。

 それは自分自身であっても変わる事はない。

 相手が「どうしても」と言うならば【神殿へ属する者】として治療は行うが。

 今回はわしとトリの体調が整うまでパーティーはしばらく解散と言う事となった。




…………………




 助祭様が一息付くように茶で喉を潤します。

 そこでわたしは彼へ質問をする事にしました。


「その地図は今もこの斡旋屋にあるのですか?」

「「シーリンちゃん焦りすぎよ。あっても見せないけどね」」

「何か勘付いたのか?」

「はい。おそらく矢印を辿れば秘密の通路が現ると」

「「教えませぇん。なぁんにも教えませぇん」」

「誰でも同じ結論へ辿り着くと思います」

「そうであろうな。まぁわしがこのまま話を続ければ真相も語る事となるのだがな」

「「と、に、か、く、今の状態のシーリンちゃんが迷宮へ行く事は禁止だから」」

「斡旋屋の主人に冒険者を止める権利はないと思いましたが?」

「「弱いと思う方へかかっていらっしゃい。きっちり次の満月まで動けなくしてあげるわ」」

「…………」

「「大丈夫。食事も排泄もお世話をするわ。加えて1日1回隅から隅まで体も拭いて綺麗にしてあげるし、リハビリ……機能回復訓練も手取り足取りじっくり付き合うわ」」

「…………」

「「是非、わたしを選んでちょうだい! わたしの方が弱いわよ!」」


 お姉さん達の瞳は本気だ。

 普段はどちらが強いかで争っているのに自分から「わたしの方が弱い」と言うなんて。

 助祭様のされたモモ様の時と全く違う反応ね。

 どちらか片方を弱いと選んだ瞬間、確実にわたしは寝台の上の住人となり、人形遊びの如くお姉さん達にもてあそばれるだろう。

 たとえ「二人が戦い勝った方と」とわたしが提案したところで結末は全く変わらないわ。

 どちらも選べないのだから、わたしには『沈黙する』他の選択肢はないって事ね。


 だけどその地図を絶対に見たい。


 彼が偶然でも隠し通路へ行き着く事が出来るのかだけでも知りたい。

 護符が返ってきていないのだから彼の生存している可能性はきわめて高く、自力で帰還できない状態でも、知恵を絞って生き抜き、わたしの救助を待っているかもしれない。

 わたしは「彼の事が好きか?」と問われれば「否」と答えるだろうが『ペア』なのだ。

 たとえ不本意な『ペア』であろうとわたしはわたしの義務を果たす。

 彼の護符が戻らないかぎり、わたしは彼の救出を諦めない。

 そう。

 すでに決めているのだ。

 彼を救った後、直接「ペアを解消しましょう」と提案すると。

 勿論、彼からの異論は認めない。

 わたしはわたしの為に彼を全力で助けるのだ。

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