シーリン過去編37:撤退
いくつかの区画を移動する間、鬼姉妹達は何度か戦闘を行い、二人と合流後戦利品を漁る事がわしらの仕事となっておった。
わしは俗に揶揄される「司令塔」と言う名の一番護符の持ち主と同じ行動を取った。
わし自身は不名誉な称号も我慢できる。
だが戦利品漁りなど真っ当な冒険者のイヌにはさせたくない行動。
汚れ仕事はわしが責任を持って一人でやった。
わしが漁り、トリがお茶を沸かして皆の労い、イヌが周囲の魔物を警戒をする。
迷宮内で休憩は重要な行動の一つだ。
こまめな水分補給はパーティーの戦闘力維持に大きく関わってくる。
体が『喉が渇いた』『腹が減った』と訴えてきた時は既に手遅れの状態なのだ。
その時、体は万全な力を発揮する事はできない状態となっている。
そうなる前に喉を潤し腹を満たす事が大事なのだ。
先に先に進もうとする鬼姉妹をなだめながら小休憩を多めに取る。
わし、イヌ、トリの精神的疲労は尋常でない。
理由は明らかで、わし達三人は魔物と戦えば避けられぬ死が来ると体で感じているのだ。
わしは休憩時間を伸ばす為、鬼姉妹を留めるべく、彼女達が興味を示しそうな話を振った。
「Gスポットには向かわぬのか?」
「「??」」
何やら二人揃って怪訝な顔をしたと思ったら揃って笑い出した。
赤鬼は豪快に、青鬼は淑やかに、姉妹にしては珍しく大きく行動が違う。
口から出る言葉は同じであったがな。
「「Gスポットはスーンプ城の第四層目にあるの。ここにあるかは分からないわ。巨人族は居たからあるかもね」」
「そうだった。わしの勘違いだ」
「「仕方無いわ。迷宮は深く潜るほど正常な判断を狂わすと言われているもの」」
「そう言ってもらえると助かる」
「「たんに怖いから気が狂うのだと思うけどね」」
「それは間違いないな」
「「わたしはまだまだいけるけどね」」
「わしは限界だ。何も言わず我慢をしてくれておるが、わしはイヌもトリもきつい状態だと思うておる。正直に答えてくれ。おぬしらはどこまで潜る気なのだ?」
「「いけるとこまで」」
「予想通りの答えであったわ」
「「坊主も分かってきたじゃない」」
「分かりたくないがな。迷宮内は時間の感覚も狂うし、そろそろ戻らぬか? わしは既に今が昼か夜かすらも分からぬ」
「「心配無いわ。寝たい時に寝て起きてる時にぶっ殺せば良いの」」
わしは鬼姉妹の言葉へ二の句が継げられなかった。
「「次寝るまでに五層目の大階段を見つけるわよ」」
鬼姉妹達のやる気はまだまだ衰えていない。
だが思わぬところから鬼姉妹を止める一言が飛んだ。
「すみませぬが、そろそろ飲食物が枯渇してまいりました」
「「迷宮ならいくらでも魔物の血肉が手に入るじゃない」」
「いや。そのような物を食して腹を下したら、この場から生還できぬ」
「そうですな。魔物には血肉が毒を持っておる者も居りますから」
「トリもぉ一度ぉ青ぃ空のぉ下へぇ帰りたぃかなぁぁぁ」
「「トリちゃんのお願いなら聞かないとね! じゃあ探索はこの階でお仕舞い。さぁ大階段は見つけるわよ!」
「すぐには帰れぬか……分かった。大階段を見つけ次第、地上へ帰還だ。皆もそれで良いな?」
イヌとトリが首を縦に振り出発の準備に入る。
皆の合意を取り付け、鬼姉妹たちはトリの茶を飲み干すと「最後の一仕事」と肩を回し気合を入れて、次の区画へ向かう。
不満を口にしながらも、さりげなくこちらの出発準備が整うまで待ってくれる事は、彼女達の優しさかも知れぬとわしは思った。
いつも通り隣の区画が静かな事を確認し、移動しようとしたところで、トリがわしを止めた。
ここまでトリが拒否反応を示した事があっただろうか?
「坊主ぅ。トリは隣へ行きたくないよぉ」
「区画の結界越しで絶対と言えぬが隣は戦闘音もなく静かだと思うぞ」
「坊主が行くならぁトリも行くけどぉ」
心配するトリを振り切り、わしが区画の結界を越えた瞬間、右肩へ違和感を感じた。
見れば鎧を貫き穴が穿たれ体の中がはっきりと見えた。
肩の熱さに反比例し思考は他人事のように冷たい。
自分の体の中が直接見える事は、あまりに現実離れした光景だった。
「囮ナイスよ!」
青鬼がわしに礼を言うや空を殴り……いや見えない何かを殴りつけた音が聞こえた。
肩の違和感が突然なくなり、同時に穿った穴から血が噴き出す。
この出血量……太い血管をやられたやもしれぬ……致命傷だ。
右肩へ新たな心臓が出来たとばかりに拍動し、それに合わせ穴から血が吹き出る。
肩も血も信じられないくらい熱かった。
「「イヌ! 坊主を護って。トリちゃん。何か見える?」」
「見えないけどぉ見えるよぉ。なんかぁトリの目がおかしくなったぁ」
「「どこがおかしいの?」」
「二人のぉ後ろのぉ足元がぁ嫌な感じぃ!」
「「ナイスよ!!」」
次の瞬間、区画内に大きな打撃音が響き渡り、その後は静寂に包まれた。
静寂の殻を破ったのは鬼姉妹の高揚したやりとりだ。
「「何あれ。何あれ! 攻撃してくる時にしか気配を全く感じないじゃない」」
「そう興奮するな。インヴィジブルストーカーだ。多くの一流冒険者達を見えぬ一撃で屠っておる。わしも見ての通りだ。まずは治療に専念させてもらえるか?」
「「初討伐は坊主とトリちゃんのおかげだし。ちゃっちゃと治しちゃってね」」
「簡単に言うでない。わしの魔法では傷を塞ぐだけで手一杯だ。それと自分自身への回復魔法は傷が治っても魔力が枯渇して死ぬ危険もあるからな。ここは集中させてもらいたい」
「「わかったわ。トリちゃんの為にもこんな所で死ぬんじゃないよ」」
「もとより迷宮で死ぬつもりは無い」
細心の注意を払って魔力を魔法へと変換していく。
魔力は生命力でもあり、魔力が尽きれば命も尽きる。
わしは「ここが自分の限界」と見定めて魔法を止めた。
傷は小さくなったが完治はできなかった。
傷が完全に塞がる前にわしの魔力が尽きたのだ。
正確にはこれ以上魔法を使ったら魔力が尽きるのだ。
塞がりきらなかった傷口は青鬼が慣れた手つきで縫い合わせてくれた。
縫跡から滲み出る血と共にわずかだが魔力は体の外へ漏れ続けている。
これは計算外だった。
傷口が塞ぎきらず魔力漏れを起こす事などわしは考えもしなかったのだ。
魔力が枯渇するとヒトは死ぬ。
追い詰められ似たような言葉が頭を巡る。
だが結論を言えば自分の魔力を過信していたにつきる。
わしは止めきれなかった魔力の流出に死が近づいていると実感していた。
そしてわしの魔力は限界を迎え暗闇へ堕ちていった。
………
……
…
……
………
「トリの魔力ならまだあげられるから!」
「「これ以上は無理よ。坊主の代わりにトリちゃんが死んじゃう」」
「大丈夫だよぉ。トリはぁまだまだ元気いっぱいだよぉ」
「「自力で立てないヒトの言葉じゃないわ。あとは坊主の生命力を信じなさい。彼はトリちゃんを残して逝くような薄情者じゃないでしょ」」
「こんな時に役に立てず申し訳ない」
「「坊主はこんなでも魔法使いだからね。ヒトに魔力を渡し慣れていないイヌちゃんがやったら魔力を吸い尽くされる危険があるわ。わたし達も魔力の譲渡は苦手だし……と言うより魔力の量は一般人とあまり変わらないの」」
信じられぬ言葉が聞こえてきおる。
魔力で増幅されていないのならば二人の人並外れた身体能力はどこから来るのだ?
何か別の力……やはり二人は黒の月関係者と言うことか?
だが二人が黒の月の者ならば厄災はこんなもので済まないはず。
ぼやけた頭で皆の言葉を聞き考えていた。
いや。
今は鬼姉妹よりもトリだ。
まずはトリを安心させねばならない。
彼女は魔力が尽きる事を厭わずわしへ与え続ける可能性を否定できないからな。
神職が他人の命を犠牲にして生き延びてはあべこべだ。
少なくともわしはヒトの命を救う存在でいたいと思う。
「トリよ。心配掛けたな。おぬしのおかげで命拾いした。どんな礼をすれば良いか思い付かぬほど感謝しておる。ありがとう」
「じゃあ結婚しよっ!」
「待て待て。わしは……」
わしはとっさに続く言葉を吐けなかった。
わしは今、人生の岐路におる。
トリと一緒になるならば、わしの出世の道は完全に閉ざされる。
しかしそれが何だと言うのだ。
トリの献身がなければわしの命は尽きていた。
本来、わしの人生は本来ここで終わったのだ。
神殿での出世は諦める。
残りの人生はトリと共に生きよう。
神殿を出て、どこか田舎の教会で神父をするのならば家族を持てる。
トリと共に過ごす暮らしを想像すると悪くない希望が見えた。
「わしは……この仕事が終わったらトリとの結婚を神殿へ報告しようと思う」
「やったぁ。嘘吐いたらぁ魚の骨を千本飲ますよぉ」
「脅し文句が地味に怖いな。大丈夫だ。約束しよう。イヌが証人だ」
「脅しじゃぁないもんっ。本当にぃやるんだからねっ!」
「ではせめて『しらすの骨』で勘弁してくれ」
「「坊主は約束を破る気なの?」」
「いや。破る気はない。わしなりの冗談だ」
「坊主のぉ冗談はぁつまんないっ!」
「お二人ともおめでとうございます。喜んで証人者となります」
「「トリちゃんを泣かせたらわたしが坊主を始末するから安心してね」」
「やだっ。だってぇ。トリはぁ。今から泣くもんっ。幸せすぎてぇ泣くもんっ!」
「トリよ……」
「「今回泣かした事は見逃してあげるわ。それじゃあトリちゃんの為にも坊主の仕事をちゃっちゃと終わらせようよ。この迷宮の最下層へ行けば良いのかしら?」」
「いや違う。わしの本当の仕事はおぬしら鬼姉妹の監視だ」
わしは迷うことなく正直に神殿から与えられた任務の内容を皆へ明かした。




