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 シーリン過去編36:フクロ城四層目

「「見張っていて良かったわ。予想通り迷宮へ一人で行ったのよ」」

「片腕が利かぬまま迷宮へ向かったのか? 無謀と言うべきか短慮と言うべきか」

「「護符の加護を試してすぐに帰って来るところまで予想通りね」」

「怪我は無いか? 魔法は必要か?」

「「怪我は両脚肉離れを追加ね。あとは頭が良くなる魔法をお願い」」

「それはおぬしらにも必要な魔法だな! 師弟揃って無茶をしおるわ!!」

「「わたしはシーリンちゃんほどじゃないわ」」

「わしから見たらどっちもどっちだ」

「頭も体も治療の魔法は要りません。自力で治すのが家訓ですから。存在するならば頭の良くなる魔法は掛けて欲しいとは思いますが」

「そんな魔法があるならわし自身へ使っておるわ! それと安易に魔法で回復せず自然治癒した方が能力は伸びると言う者もおる。そしてわしもその説を支持する」

「「それはわたしも同意するわ」」

「だが反面、能力の伸びを犠牲にしてもわしは冒険者に万全の体制で迷宮へ挑んで欲しいと思う気持ちが大きいのだ」

「「助祭様の意見は正しいわ。けど今のシーリンちゃんは一文なしなの。魔法で治療どころか今日の食費を稼いでもらわないと。これから朝食の支度を手伝ってもらう予定よ。命の危険も無いし良いでしょ? 朝なら衛兵さん達もおとなしいし、貞操の危険も無いからね」」

「衛兵達も朝は酒が入っておらぬからな」

「はい。料理の下処理は任せてください」

「「配膳する気は無いのね。仕方ない。下処理は任せたわ」」

「勿論、配膳もしますから」

「「そう? なら任せるわ」」


 たぃ姉は食堂の準備を、ちぃ姉とわたしは朝食の支度に取り掛かります。

 わたしを迷宮へ迎えに行った為、日の出までの時間は残りわずか。

 日の出と共に衛兵さん達が朝食を召し上がるので急がないといけません。


 自分でも意外でしたが、わたしが仕事のためここの台所へ入ったのは初めてです。

 台所の隅に重石の乗せられた大きな壺があり、そこには生きたかえるが折り重なって詰められていました。

 わたしの最初の仕事は蛙の下処理です。

 いつもわたしがいただいているフクロ城名物の蛙です。

 そんなわたしが壺の中にみっちりと詰められた蛙へは気味悪さを感じてしまいました。

 まずは自分の心を殺してから仕事へ取り掛かりましょう。

 今後も美味しく蛙をいただくためにも!



 生きた蛙のはらわたを取り除き、両脚を切断。

 蛙の腑を取り除き、両脚を切断。

 腑を取り除き、両脚を切断。

 むしつ、裂く毟る断つ、裂く毟る断つ……



 いつしか無心となったわたしは作業を続けました。

 ちぃ姉から声を掛けられた時には少しばかり蛙肉を作り過ぎてしまったようです。

 ですが心配ありません。

 出汁だしを取った後、内臓他要らない部位は迷宮へ捨てるそうです。

 一日経てば綺麗にしてくれる迷宮は本当に便利です。

 迷宮が片付ける前にモグリの子供達の腹を満たしているかも知れませんが。


「多少さばき過ぎたわね。そうね。今日は蛙大盛りで朝食を出すとしましょう。衛兵さん達もきっと喜ぶと思うわ」

氷室ひむろを使い昼食や夕食用に保存しておく事は出来ないのですか?」

「ここに氷室は無いわ。あれは維持費が凄く掛かるもの。必要な時、必要な分だけ捌くまでは生かして保存する方が安上がりなの。氷室を使ったら十二文で蛙は出せないわ」

「ごめんなさい。うちに氷室があるので生かして保存と言う概念はありませんでした」

「むしろ氷室がある斡旋屋の方が珍しいわ。氷はどうしているの?」

「毎年秋頃不死山ふじさんの氷穴へ採取に出かけます」

「自分達で氷を運ぶの?」

「はい。自前の帆船がありますので、臨時の船員と運搬員を募集して運びます」

「いつか氷室と帆船を見てみたいわ」

「是非来て下さい」

「そうね。いつか行けたら素敵ね」


 ちぃ姉の表情が少し陰ったように見えました。


「何も考えず作り過ぎてしまってごめんなさい」

「何度も謝る必要はないわ。捌く量を先に指示しなかった私が悪いの。シーリンちゃんの手際の良さも計算していなかったし……片手でこんなに速く捌けるなんて思わなかったから」

「これからは衛兵さんの人数を考えます」

「言われる前に気付けるのはさすが斡旋屋の娘ね。次はお野菜をお願いするわ。ここでは蛙よりお野菜の方が貴重品だから、先に蛙を捌いてもらって正解だったわ。今度は切りすぎないでね」

「はい。量に気を付けて用意します」

「出すのは一般的な野菜スープだから。全部任せるわ。蛙出汁も自由に使って良いからね」

「はい」

「シーリンちゃんが作ったのを知ったらみんな喜ぶわ」

「味でも喜ばせて見せます」

「ふふっ。私のスープに勝てるかしら?」

「頑張ります」


 ちぃ姉がわたしの手際を見て一品任せてくれました。

 家でやっている事と同じなのですが、緊張しているのか、少しばかり勝手が違います。

 それでも作った野菜スープはちぃ姉から合格をいただき、朝食の一品となりました。

 野菜スープは朝食の定番です。

 我が家でも朝のスープは人気で、家との違いは出汁が魚か蛙かだけですね。

 自分では美味しくできたと思います。

 あとは衛兵さん達の舌に港町の味が合うかどうかだけですね。



 朝食は夕食時とは別人だと思うほど黙々と食べる衛兵さん達の配膳を終え、少し運動をと思ったところでお姉さん達から「「肉離れが酷い時に修練して変な癖を付けるとタチが悪い」」と言われ抱きつかれて止められ、今日も助祭様の所へ連れて行かれました。

 わたしの胸部を器用に二人で分け合い、手の内へすっぽりと収めたのは流石と言うべきか……呆れたと言うべきか……

 とにかく今日も助祭様の昔語りを聞く事になりそうです。

 欲しい情報は手に入れたも同然なので、これ以上は聞く必要を見出せないのですが……今後の人間関係の為に付き合うとしましょう。

 助祭様のところへ行くまで二人は手を離してくれそうにありませんし。



 簡易の礼拝所へ入ると助祭様はお祈りの最中でした。

 はっきり言って、ここの扉を開けた時にお祈りをしていない助祭様を見た覚えがありません。

 そのくらい助祭様は常日頃から神へ祈りを捧げています。

 わたしは助祭様ほど熱心な神殿関係者を見た事がありません。

 親しい神殿関係者そのものが他に居ませんけど。


「「助祭様。来たわよ」」


 助祭様の祈りを気にせずお姉さん達が声を掛けます。

 助祭様も気にする事なく、最後まで祈りを捧げてからわたし達と相対しました。

 お姉さん達は最後に一揉みしてわたしを解放してくれました。


「さて、どこまで話したのだったか……」

「迷宮内の三角形の謎が分かりかけたところです」

「そうであったな。怪我が治るまで迷宮へ向かうでないぞ」

「はい。ですが三番の護符の効果が神殿の言う通りではない事はわかりました」

「こらこら。何度も同じ事を言わせるでない。神殿の教えは絶対の真理だぞ」

「はい。気を付けます」

「うむ。皆が皆、わしほど寛容では無いぞ。気を取り直して続きを話すとしよう」




…………………




 第四層目に突入した我々は鬼姉妹と対等に戦うおそろしい魔物達と対峙した。

 その魔物達は神殿の図鑑に載っていない特技や魔法を使った。

 迷宮で独自進化した単独の魔物であれば良いのだが、新種だとしたら脅威が増す。

 わしは「一度地上へ戻り報告も含め出直す」案を出したが鬼姉妹に一蹴され、色々とぎりぎりの中、四層目の探索を続けている。

 探索速度は明らかに落ちたが、白地図が少しずつ埋まっている事も事実だ。


「コウ!」

「ソウ!」


 互いの名を呼ぶだけで連携が取れるのは双子だからと言う単純な事ではあるまい。

 二人が共に積み重ねた修練の結果だ。

 だが赤鬼は一対一で青鬼は多対一で主攻を担当している事が見えてきた。

 よりたのしんでいると言った方が真実に近いやも知れぬ。

 今回の巨人族もソウが膝を潰し頭が下がったところをコウが頭を叩き潰し勝負を着けた。

 いつも通り流れ作業と言っても過言ではないよどみが無い連携であった。


「コウ。気にしていない?」

「私もちょっと嫌な感じね。ちょこっとだけど」

「順調に見えるが何が困っておるのだ?」

「「心底楽しむ為には貴方達が邪魔なの」」

「どういう意味だ?」

「「いちいち敵味方を区別するのが煩わしいの」」

「わしらは確かに足手まといだ。だがお主達はお互い邪魔にならぬのか?」

「「わたしにられるなら単に修練が足りないって事よ」」

「お互いを攻撃しても構わぬと言うのか?」

「「避けられない方が悪いわ。他を全部叩き殺して、互いにぶつかり合うまでが本気の戦闘ね」」

「……お主ら……」

「「お互い途中で『なかなか手強いな』と思っていたら相方だったと気付けるから平気よ」」

「…………」


 二人の心情を深く考える事は無駄だから止めよう……わしには理解出来ぬ。

 互いに見事な連携を取ってきた二人だが、申し合わせた連携ではなかったと言うのか?

 混乱するわしの耳へ更なる言葉が届く。


「「せっかく本能のままに戦える相手が増えてきたのに、貴方達が居ると冷めるの」」

「どうすれば良いのだ? 何か一案はあるのか?」

「「最初はわたし達だけで新たな区画へ入る」」


 わしとイヌとトリの三人で互いの身を守れと言う事か。

 不安が大きいな。

 考えるだけで胃が痛い。


「賛成です。お二人の事は命を懸けて護ります。鬼姉妹の二方ふたかたが居る場所までのときは稼ぎます」

「イヌよ。わしはお主を失いたくない」

「その気持ちで十分に報われます。退治後の区画へ残った方が不意の遭遇を考慮に入れても、鬼姉妹の二方が暴れる区画よりも安全です」

「確かに想像すると鬼姉妹の二人の方が怖いな」


 鬼姉妹の暴風雨のような暴れっぷりに巻き込まれた時を想像すると魔物が可愛く見える。

 ここはイヌの案に乗るべきだな。


「「大丈夫よ。そっちにはトリちゃんがいるから」」

「トリは何もできないよぉ」

「「自分で気付いて無いだけで、トリちゃんの索敵能力は隣の区画まで把握しているはずよ」」

「そうなのか?」

「トリにはぁわかんないよぉ。だけどぉ嫌な感じはぁ分かるかも……」

「「それそれ。皆でトリちゃんの『嫌な感じ』を信じれば良いの」」


 確かにトリの勘は鋭い。

 彼女が無自覚で索敵魔法を使っていた可能性も否定出来ない。

 魔法は本人が強く望み、魔力が足りれば自然と身につくものだからな。



 その後わしらは「区画移動後は合流してから次の区画へ向かう」と規則を一つだけ決め、実質二つのパーティーとして死の気配が漂う四層目を探索する事となった。

いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。

今年の掲載予定は2・5・8・11月です。

どんどん掲載間隔があきますがよろしくお付き合いください。

今年中に本編を進めたいと努力目標を掲げて挨拶にかえさせていただきます。

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