シーリン過去編35:三番の護符は限界を知らない
「「シーリンちゃん。どこへ行く気なの?」」
「厠です」
「「夜は危ないから付いて行くわよ?」」
「一人で行けます」
「「連れションしようよぉ」」
「一人で行きます」
「「そう? 残念ね。行ってらっしゃい」」
二人がどこまで本気かわかりませんが、自分の音を聞くのも他人の音を聞くのも嫌です。
完全に寝静まったと思っていましたが、出し抜く事は出来ませんでした。
厠は我が家と同じで建物外にある為、斡旋屋の外へ出る必要があります。
咄嗟の言い訳にしては我ながらよく出てきたと思います。
ついて来ようとした時は本気で背中が寒くなりましたが……
どうにかわたしはお姉さん達を部屋に残し、一人廊下へと出る事が出来ました。
おはようございます。
わたしはシーリンと申します。
現在左腕を骨折中で治療中の身ですが、今日はフクロ城の迷宮へ向かうと決めました。
受付で勝手に三番の護符を手に入れると斡旋屋から外へ出ました。
空は満天の星で輝き、見張り台の衛兵さんがはっきりと分かるほど明るく照らします。
あの衛兵さん達ですが仕事を真面目にこなすヒトも少数いるので油断は禁物です。
酒さえ入っていなければ皆さん優秀で真面目な衛兵さん達なのです。
見つかれば声を掛けられ迷宮へ行けなくなる可能性があります。
いえ。
間違いなく止められるでしょう。
幸い日の出まではまだ一刻(約2時間)以上ありまだ薄暗い状況です。
わたしは物陰を上手く使い見張りの目を掻い潜り迷宮の入り口まで来ました。
もう一度自分へ「戦闘の為に来たのではない。戦闘を避ける為に三番の護符を選んだ」と言い聞かせ狭い階段を降り始めました。
そして迷宮本体の広い階段を降り始めた時、後ろから突然声が掛けられたのです。
「「シーリンちゃん。迷宮に厠は無いわよ? どこでしても迷宮が綺麗にしてくれるけど」」
「……お姉さん……」
「「予想通りね。黙って行くのは駄目よ」」
「止められると思いました」
「「選んだ護符次第ね。何番を選んだの?」」
「三番です」
「「正解! 気をつけて行ってらっしゃい。無理だけは駄目よ。危ないと思った時は手遅れだから。その前に帰っていらっしゃい。無理は禁物よ」」
「止めないのですか?」
「「選んだ護符が正解だったから。魔物と戦う気は無いのでしょう?」」
「はい」
「「だから送り出すの。本音は行かせたく無いけど、シーリンちゃんは冒険者だからね」」
「お姉さん。危ないと思う前にどうやって危険を察知するのですか?」
「「シーリンちゃんにも分かる日が必ず来るわ。それまで生き延びてね」」
「ありがとうございます。必ず生きて戻ります」
「「それは冒険者の最低条件だから」」
「はい」
「余計な怪我を増やさないでね。シーリンちゃんとこの館長と戦う事になったら大変よ」
「やはり館長は強いのですか?」
「むしろどうやって倒すか、あたしがシーリンちゃんへ聞きたいわ。弱点とか」
「館長は隻腕です」
「あたし相手なら全く問題にならないわね」
「そうなの姉さん?」
「会った瞬間に分かるわ」
「そう」
「わたしを人質に取るのはどうでしょう?」
「シーリンちゃんを捕まえる前に飛んだ首が胴体を眺める事になるわ」
「館長はそんなに強いのですね」
「化け物ね」
「たぃ姉に言われるなら相当ですね」
「「シーリンちゃん。行くのは良いわ。けど一つだけ約束よ。隠し通路の先には絶対に行かないでね。何があってもよ。約束して」」
「分かりました。約束します」
「「まぁわたしの予想通りならすぐ帰ってくるからね」」
最後に謎の言葉を残して二人が斡旋屋へ帰ります。
二人の真剣な眼差しにわたしも真剣な気持ちで応えました。
彼が使用していた四番の護符は未だ帰ってきていません。
わたし達の他に冒険者がいないので、迷宮内で亡くなれば護符だけ帰ってくるはずです。
護符が帰って来るまでは生存の可能性があるのです。
わたしと彼は決まった区画を巡回していました。
迷宮には袋小路が無数にあります。
行方を探して全ての区画を一回りしましたが行き違いになった可能性もわずかにあります。
まずはそのわずかな可能性へ賭けます。
その後は未探索地へ。
わたしでは相手にならない魔物が多数出てくるでしょう。
戦わずに逃げる為の三番の護符です。
お姉さん達は正確にわたしの考えを見抜いたのでしょう。
先日死ぬ思いで這い出た迷宮ですが遠い日の出来事に感じます。
日の出前だからでしょうか?
最初の区画に『もぐり』の子供達が居ません。
丁度良いので三番の護符をここで試しましょう。
幸いな事にこの区画は蛙しか出現しませんから。
三番の護符の加護は【敏捷度】で身体能力を倍に高めてくれます。
迷宮内へ入った途端、体が勝手に倍の速さで動かなくて安心しました。
ではどういう事でしょうか?
現在修練で使っている基本の動きで確認しましたが、普段と全く変わりません。
では考えられる事は……?
やはり『限界の先』を考える事でしょうか?
頭で考えるよりも体で試してみる方が早いですね。
結論から言うとわたしの両脚は共に肉離れを起こしました。
護符の加護は二倍では済みませんでした。
求めれば求めるだけ体は素早く動けるのです。
ただ……体そのものが付いてきませんでした。
足の筋肉が「ぷちぷち」と切れていく音が聞こえました。
倍の動きくらいがヒトの筋肉の限界なのでしょう。
それゆえに三番を使いこなす為には修練が必須のようです。
普段時と迷宮時で意識も変えなくてはならないでしょう。
跳躍魔法は大きく跳躍力を高めますが肉離れを起こした覚えはありません。
私見ですが身体強化の魔法とは根本的に違う力を護符で引き出されていると思われます。
ともあれ護符で引き上げられた身体能力に負けない体作りが必要ですね。
そして片腕が使えず、両脚肉離れの状態で迷宮の踏破は困難です。
館長が「他人を救助したければ自分は絶対に死んではならない」とおっしゃっていました。
わたしは本日の迷宮探索を諦め、水の暖簾を潜り迷宮を後にしました。
「やっぱり戻ってきたわ」
「姉さんの言う通りだったわね」
「絶対にシーリンちゃんならやると思っていたもの」
「普通ならば怖くて倍が限界なのに行けるところまで試すのだからシーリンちゃんらしいわ」
「……お姉さん……」
「「歩ける?」」
「意地でも自分で斡旋屋まで戻ります」
「「うん。それが良いわ。見護っていてあげるから」」
斡旋屋へ帰ったと思ったお姉さん達が迷宮の入口で待っていました。
彼女達は間違いなく護符の本当の加護を知っていて、わたしへ教えなかったのでしょう。
腹立たしい気持ちが半分、感謝の気持ちが半分。
ただ斡旋屋へ辿り着くまでは手を貸す事無く後ろから無責任に騒がしく応援だけをするお姉さん達へ心の中で呪詛を唱えながら怒りを原動力に変えて歩ききりました。
こうして現在、わたしの足はお姉さん達に弄ばれています。
正確には治療の一環なのでしょうが遊ばれているとしか思えません。
「「どう? これは痛い? 同時に聞かないでよ。どちらが痛いか分からないでしょ!」」
左右の足、一本ずつお姉さん達が担当してくれているのですが、正直どちらも痛いです。
「喧嘩しないでください。どちらも同じように痛いですから」
「「結構深刻ね。腿の裏表に脹脛、足の裏に指までやっちゃうなんて。もう三冠王に盗塁王まで取った感じね」」
「三冠王に盗塁王ですか?」
「「うちの村の言葉だから気にしないで。要約すると『とんでもなく凄い』って事よ」」
「家まで帰るのが大変そうです」
「「出来るなら、ここで養生する方が良いわね。それとも治療魔法使う?」」
魔法を使っても自力で帰っても館長からお叱りを受けるのは変わりなさそうですね。
それでも多少無理しても自力で帰る方が良い選択でしょう。
「いえ。一度自宅へ帰り、養生しようと思います」
「「それは認めないわ」」
「姉さん。背負って届けてあげてね」
「勿論よ」
「それは館長が一番怒ると思われる行為です」
「「シーリンちゃんが嫌がっても無理矢理でもおぶって送るわ」」
普段から全く敵わないお姉さん達を相手に今のわたしが何を出来ると言うのでしょう?
自分の足で歩いて帰る事は現実的に不可能となりました。
選択肢は最初から一つしかなかったのですね。
「迷惑をおかけしますが、お世話になります」
「「迷惑なんかじゃ無いからね。いつまでもいてくれても良いのよ?」」
「そんな訳にはいきません。ですが館長へ帰れないと連絡を入れたいです」
「あたしが行ってくるわ」
「姉さんにお願いするわ」
「では館長へ報告書を書きますので、羊皮紙を売ってください」
「「真面目ね」」
そこでわたしはとんでもない事を思い出しました。
所持金がありません。
お姉さん達に告げると「「働いて返せば良いから」」と笑顔で返ってきます。
わたしが『働かせるなら家へ帰して』と心の中で叫んだ事は秘密です。
いつも拙作をお読みくださりありがとうございます。
次回投稿は来年二月になります。
少し早すぎですが良いお年を。




