シーリン過去編34:おさわり解禁
「姉ちゃん! こっちもおかわりだぁ!!」
「こっちもなぁ。今宵は雀の涙の給金なんて全部呑み尽くしてやるぜ!」
「姉ちゃん。毎晩居てくれても良いのだぜ!?」
食堂のあちらこちらから絶え間無く声が掛かります。
こんばんは。
わたしはシーリンと申します。
今夜は自分の家の斡旋屋と別の斡旋屋のような所で給仕をしております。
本来、迷宮の斡旋屋であるはずのこの場は衛兵さん達の溜まり場となっています。
二階が宿舎になっているようですし、冒険者もいないので、当然の成り行きです。
ただ昼間の衛兵さん達と夜の衛兵さん達はまるで別人です。
昼間の勤勉さは姿を隠し、どこにでもいる酔っ払いへ変貌しています。
早い話、わたしへおさわりの手があちらからもこちらからも伸びてくるのです。
怒りを笑顔で隠しながら動き回るわたしへたぃ姉から駄目出しが出されます。
「シーリンちゃん。笑顔。笑顔」
「自分では笑顔のつもりなのですが」
「どちらかと言えば威嚇に見えるわ。瞳に怒りの炎が宿っているもの」
「……皆さん体を触ろうとしますので……」
「サービスサービスゥ」
「片腕で普段通り動けませんし、配膳が遅れて、どうしても嫌悪感が沸々と……」
「良い修練になっているようね。さらに増し増しよ。みんなぁ今夜は新人給仕さんをもっと可愛がってあげてぇ。おさわり解禁よ! 触れるものなら触ってみなさい」
「よっしゃ! 今宵はおさわり祭りじゃぃ!」
「おれはお姉さんの豊満なお胸様が大好きです!」
「青き蕾を愛でる事もまた一興」
と異口同音、結局は「もっとお触りするぞ」と衛兵さん達が色めき立ちます。
わたしの機嫌が悪かった事は確かです。
昼間、真面目に汗を流し訓練へ励む衛兵さん達が壊れています。
酒は恐ろしいですね。
たぃ姉も昔「鬼」と呼ばれた一流冒険者。
それが今現在は普段から酒を手放せない酔っ払いとなっています。
その酔っ払いが千鳥足で酔っ払いのお触り攻撃を紙一重で回避しながら給仕をするのです。
祭り状態で狂戦士と化した衛兵さん達相手でも変わりません。
いつ見ても未来が見えると思えるほど素晴らしい技術です。
見えない所から伸びる手をどうやって回避するのでしょうか?
わたしも目に映らなくとも、ヒトの気配を感じる事は出来ますが、ヒトの細やかな動きまで正確に感じ取る事は出来ません。
簡単に説明すればわたしが「この辺りにヒトがいる」と大雑把も感知することに対して、たぃ姉は「ヒトの指先まで動きが分かる」ほど精密に感知しているといえるでしょう。
たぃ姉の所作は以前見た時よりも自然に衛兵さん達の攻撃を避けます。
対してわたしは身体中を触られまくりです。
酒場の給仕は『これは回避運動の修練』と心の中で繰り返し唱えて給仕に励みました。
この祭りを引き起こしたたぃ姉に対して少しばかりの恨みを溜め込みながら。
その時です。
「捕まえたぁ。ありゃ。若いお姉ちゃんと思ったのにお兄ちゃんだったかぁ。おじさん間違えちゃったよっと。ありゃりゃ。胸も無いけどこっちも無いぞ。やっぱお姉ちゃんかぁ」
やられました!
配膳中、かがんだ前方から服の中を覗き込まれる事を気にしていたら、警戒が疎かになった後ろから胸を揉まれ、股の間を掴まれました。
わたしから湧き上がった殺意を上回る殺意をたぃ姉から感じ冷や汗と共に殺意を堪えました。
衛兵さん達も感じとったのか、煮えた湯へ水を注したように、ひと時静かになりました。
その後、たぃ姉の高笑いが食堂へ響き渡り、すぐ元の喧騒に戻りましたけど。
長い夜が終わりました。
わたしは今、衛兵さん達の宴の後始末をした後、お姉さん達の部屋で一人反省会です。
胸を揉まれた回数十回、股を掴まれた回数二回、臀部は数えるのをやめました。
普段より三倍は手が伸びてくるから、とか、港で働く一般人ではなく衛兵が相手だから、とか、左腕が使えなから、とか色々言い訳が頭へ思い浮かびますが、自分が未熟と思い直します。
復讐を果たす為、一番の屈辱を再現して心へ刻み込みましょう。
わたしが復讐をする相手は胸と股をまさぐった衛兵のおじさん?
そんな訳ありません……復讐すべきはたぃ姉に決まっています。
今回の祭りの原因はたぃ姉の一言なのですから。
師匠に勝つ事が弟子一番の恩返しなのです。
間違いました。
たぃ姉へ恩返しではなく復讐をするのです。
そう自分へ言い聞かせても、腑が煮えくり返る気持ちは消えませんが。
臥薪嘗胆。
今現在も不必要にまとわりつく、この化け物達を相手にする為。
わたしが終わったと思った『長い夜』は前座に過ぎなかったのです。
遅れて部屋へ帰ってきたたぃ姉とちぃ姉が今夜の訓練内容を相談し始めました。
同時にわたしの一人反省会も終わります。
「館長さんと約束したし、しっかりと・あ・た・し・が・鍛えるわね」
「姉さんでは駄目よ。理論的に教えられないわ。戦闘中片腕が無くなると戦いにくくなるのはどうしてか説明できるのかしら?」
「手足の一本や二本失くしても戦っている最中に慣れるわ。全く問題無いわ」
「ほら。何も考えていない」
「考えているわよ。三本失くすと流石にきついわ」
「姉さんの場合、本当の事だから嘘吐きとは言わないけど。みんながみんな、姉さんのようには出来ない事を知って欲しいの」
「シーリンちゃんなら出来る! 今までもあたし達が出した課題を乗り越えている」
「シーリンちゃんの何を見てきたの? 彼女は創意工夫してたゆまぬ努力で乗り越えたのよ。姉さんみたいに『こんな感じ』だけで何でも出来るヒトには一生分からないわ」
わたしから見たらちぃ姉も十分『こんな感じ』で何でも出来るヒトに見えるのですが。
二人の睨み合いがしばらく続いた後。
二人が揉めた時のお決まり『正座したまま相手を転がした方が勝ち』の勝負が始まります。
無言で約束を交わしたのでしょうか?
互いに右腕一本での勝負となりました。
この勝負でたぃ姉がちぃ姉に勝ったところを見た覚えは無いのですが……
それでもちぃ姉はたぃ姉の方が自分より遥かに強いと思っているようです。
命のやりとりが関わらないとたぃ姉は本気を出さないだけなのでしょうか?
そんな事を思っている間に、いつも通りちぃ姉が勝ちました。
「姉さんは猪突猛進過ぎるの。少しは頭を使ってよ」
「あたしが闇の力を解放したら小賢しい目論みごと叩き潰してあげるわ」
「それは冗談でも赦さないから。さてシーリンちゃん。中二病の姉は放っておいて、まずは完全一体化するように左腕を体へ固定しましょう」
そういうとちぃ姉が三角巾で吊るしただけだった左腕を長い布で胴体へ縛りあげます。
無理な力が掛からないようにわたしへ痛みを確認しながら左腕を完全に固定しました。
固定するさい耳にした荒い息と意味の分からない言葉は無視します。
考えても更に混乱しそうですから。
わたしはちぃ姉もたぃ姉と同じ変態だと言う事を再確認しました。
「シーリンちゃん。一応武器は持ってきているわね」
「はい。小刀だけですが」
「それを使い本気で私へ攻撃してきなさい。当たったら優しく抱きしめてあげる。当てられなかったら朝まで抱き枕の刑ね」
「ずるい! あたしもやりたいわ」
「姉さんも私の後でね。まずはシーリンちゃんに片腕が無い状況を確認してもらわないと」
「そうね。本来なら切り落としちゃう方が分かりやすいけど」
「そこは同意するけど、今回はこれで十分よ」
二人は時々常軌を逸した言動をします。
本気な事が怖いです。
腹に刺さった小刀から血を垂れ流しながら笑顔で優しく抱きつくちぃ姉の姿が想像できます。
今のわたしの腕では想像通りの結果にならないことも確定しているのですが。
そして今までのやりとりでお姉さん達が言い出したら訂正しない事は学んでいます。
わたしは大きく息を吐くと、後ろ腰から小刀を抜き、臨戦体制を取りました。
「戦場はこの狭い部屋で良いのですね? あと当たった時に抱きしめるのは一瞬だけですよ」
「それで良いわ。どうせ朝まで抱き枕が決定しているのだから」
わたしはたぃ姉を流し見てちぃ姉の視線を誘導します。
見事に釣られたちぃ姉がたぃ姉を見た瞬間、本気でちぃ姉の腹を突きました。
しかし既にちぃ姉の体はそこになく次の攻撃へ移るには重心が前に行きすぎていると気付いた時はちぃ姉に右腕を掴まれ床へ引き倒された後でした。
「なかなか良かったわ。特に本気で突いた事と目線の誘導は良く出来ました。本気じゃないと片腕を失った訓練にならなかったから」
「必ず避けるとちぃ姉を信じていましたから本気で刺せました」
「信じてくれてありがとう。誰が相手でも、最終的には親を相手にしても眉一つ動かさず殺せるようになるのが理想ね。冒険者として生きるならば出来ないといつか自分が死ぬ側になるわ。後は今の一連の動きを自分の口で再現できるかしら?」
「はい。本気で突いたから分かりました。わたしは右腕だけで攻撃をしているつもりでしたが左腕にも重心を安定させる役割があったのだと。普段より気持ち前につんのめって次の行動へ移るのに体勢を立て直す為の時間が必要でした」
「今はそれだけ分かれば十分ね。本当の戦闘では腕を無くした痛みもあるから更に厳しいわよ」
「時々あるものだと思って行動するのよね。本気で『あれっ?』と思う時があるわ」
「腕が無くても頭は『ある』と勘違いしているから」
「そうなのですか?」
「「実際に経験すれば分かるわ」」
片腕を失くす状態になどなりたくありませんが、片腕を失くした事が理由で死ぬのはもっと嫌ですね。
世の中には片腕でも強いヒトが居ると知っていますが、わたしには真似出来ません。
先日、片手でやっているつもりでいた事が、実は両手を使っていたと思い知ったばかりです。
自分の頭で考えていた以上に片腕の状態は戦闘へ影響を及ぼしそうです。
だけど『親を殺す覚悟』は持てそうにありません。
物理的に『殺せそうにない親』である事は脇へ置いて。
「次はあたしの番ね。シーリンちゃん。本気で良いわよ」
「…………」
待ちかねていたたぃ姉がわたしの前へ音もなくすっと立ちます。
彼女の身体中から溢れ出ている圧倒的な魔力量にわたしの意志と腰は砕け散りました。
全く隙が無いどころか、攻撃したら自分の命が危ういと、本能が攻撃を拒否します。
それどころか腰が抜けてその場に座り込む醜態を見せてしまいました。
「シーリンちゃん。強くなったわね。気を保てただけでも合格よ」
「姉さん! 無理しないで! シーリンちゃんも大丈夫?」
「大丈夫です。お見苦しい姿を晒しました」
たぃ姉が魔力を緩めた瞬間、わたしの身体中から汗が噴き出しました。
ちぃ姉が凄い剣幕で怒るなか、たぃ姉はどこ吹く風とぐびりぐびりと酒で喉を潤しています。
普段より多く口にした酒を拭った手の甲に赤色が混じって見えました。
まさか吐血?
その疑問はたぃ姉がすぐに答えてくれました。
「見られちゃったわね」
「姉さんが無理しすぎなだけよ」
「病気なのですか?」
「シーリンちゃんは遠慮ないね。病気と言うより呪いかな。安易に強さを求めた代償よ」
「まさかちぃ姉もですか?」
「えぇ。私も姉さんとは別の呪いに掛かっているわ。答えられるのはここまでだけどね」
「呪い? 何があったのですか?」
「「答えられないと言っているの」」
冷たい声色で背中に寒気が走ります。
お姉さん達からいつもの余裕が消え、鬼姉妹と呼ばれた一面を見た気がしました。
それも一瞬でわたしが唾を飲み込むと同時に元のお姉さん達へ戻ります。
「「きっと助祭様が話すと思うわ。わたし達から語る事は出来ないの」」
「それも呪いなのですね?」
「「後はシーリンちゃんのご想像にお任せするわ」」
世の中にはわたしが全く及ばない強いヒトが沢山いると知っています。
そしてその強いヒトが全く及ばない更に強いヒトがきっと居るのです。
武の頂は遠く未だ分厚い雲の中で垣間見る事すら赦されません。
わたしは今、どの辺りに居るのでしょうか?
二人の姐さんに抱きつかれ眠れぬ夜の中思いました。
そしてわたしは二人が寝静まるのを待ち続けました。




