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 シーリン過去編32:手応え

 わしらは夕食を取りながら明日からの方針を決めていた。

 冒険者はわしらだけだが、食堂は衛兵達で埋め尽くされ騒がしい。

 そんな中、最も騒がしいはずの鬼姉妹が静かに食事をしている事が不気味だ。

 周りも察しているのか、遠巻きに様子をうかがっている感じだ。

 そんな空気を振り払い、酔いの回った衛兵が憂鬱を辺りへ無遠慮に振り撒く三人娘へちょっかいを掛けて来た。

 彼女達の肩へ気安く肘を乗せた衛兵が裏拳一発……二人分で二発か?


「ソウ。何か当たったかしら?」

「コウ。ハエよ。海も近いし多いのよ」

「「叩き潰した手の感覚が鈍いわ。これじゃ楽しめない。しばらく養生ね」」

「おぬしらヒトを殴る事を楽しむでない!」

「「今は疲れているから相手にしたくないだけよ」」

「その言葉に偽りないな」

「「せっかく殴るなら気持ち良く殴らないと相手に悪いわ」」

「ヒトを殴る事が悪いと思わぬのか!?」

「「全く思わないわ。殴られる方が悪いのよ」」

「………」


 勇気ある衛兵は文字通り顔を潰され心を折られた。

 ヒトが宙を舞う様を見た後、わしらへ絡んでくる強者はいなかった。

 陽気な盛場がすっかり冷め切った場へ変貌する。

 そこへモモ様が衛兵達に「あの三人娘に手を出すのは危険よ」と忠告してくれるが後の祭り。

 衛兵達は敗残兵の如く意気消沈してしまった。

 鬼姉妹の一撃は衛兵達が『手に負えぬ相手』と認識させるのに十分な威力であったな。

 だが怪我人を治療するわしの身になって欲しいものだ。

 鼻が完全に潰れておる……放っておいてもかまわぬが身内のしでかした事だからな……

 迷宮の外で無料治療した事が神殿へ知られたらわしは処罰の対象となる。

 早めに対策を立てねばならぬな。


「ではわしは一度里帰りをするとしよう」


 鬼姉妹の「養生」に乗じて、わしも治療の免状取得と報告を兼ねて神殿へ向かう事を決める。

 わしの言葉へ腕をつねりながら反応したのはトリだった。


「他のぉ女の所へぇ行く気なんだっ!」

「落ち着け。むしろ女がらぬ所へ行くのだぞ」

「浮気者はぁみんなぁ同じ言葉をぉ言うのですぅ」

「「トリちゃんの言う通りね」」

「おぬしらまで……イヌよ。手間を掛けるが行き帰りの護衛を頼めるか?」

「帰り道、トリ殿を護れば良いのですな」

「話が早くて助かる。日帰りできぬ事も考えられるからな。トリよ。わしがどこへ行くか自らの目で確認すると良い。だが中へは入れぬ。イヌと共に城へ戻るのだぞ。良いな?」

「坊主がぁ嘘吐いてなければぁ約束するよっ」

「イヌよ。あとは頼むな」

「お任せを」



 翌朝、昨晩のやり取りを忘れたトリと同じような問答を繰り返し、わしらは神殿へ向かう。

 斡旋屋ではっきり「神殿へ行く」と言えなかったのは衛兵達にわしが関係者と知られたくなかったからだ。

 一般信者は入れぬ待合室で半刻(約1時間)ほど待たされた後、上司の部屋へ通される。

 上司へわしは隠す事なく報告を始める。


「結果報告か?」

「いいえ、中間報告です。フクロ城二層目に【稲光】を使う魔物がりました」

「まことか?」

「この目で確認しております。魔物は討伐し、口止めもしております」

「市井へ風聞が広がぬよう処理してくれ」

「はっ。あとは私事で恐縮ですが、これまで何度か神から授かった魔法の力をお布施をいただかず奉仕しております。神殿の名を伏せ冒険者を名乗るとお布施をいただく事がどうしても不自然となってしまい、どうしたものか相談したくあります」

「此度は免状を出しておこう。無駄に心労をかけた。これまでの魔法使用も不問とする」

「お心遣い感謝いたします」

「他は無いな?」

「はっ。迷宮内の魔物が手強く時を必要としそうです」

「時より機密を優先に頼む」

「はっ」

「下がってよろしい」

「はっ」


 退室時に「神殿の手を煩わすでないぞ」とおっしゃられた上司の背中へ一礼して扉を閉める。

 フクロ城ならば「迷宮から魔物が溢れ出した」と言い訳もつく。

 機密重視だ。

 衛兵もろとも全員が神隠しにあったとて不思議ではない。

 それだけはなんとしても避けねばならぬ。

 まぁモモ様と鬼姉妹をどうこうできる戦力が神殿にあるかは疑問ではあるがな。



 もしかしたらと少しは予想していたが門前で待つイヌとトリ両名と合流する。

 お叱りもなく、日帰りで帰れたから良かったものの、反省部屋で連泊まであったと言うのに。

 両手を勢いよく振るトリを見て、少し頬が緩むのを感じながら、わしは二人と合流する。

 その後、本来は一人で行く気だったサルの馴染みの酒場へ三人で向かった。


「店主。あれからサルは飲みに来ていないか?」


 三人分の飲み代を出しカウンター(日本語を調べる)席へ座る。

 イヌとトリもわしの両脇を固めるように座った。

 店主が両腕を組みながら返事をする。

 これは何らかの情報が手に入った時の符牒だ。


「羽振り良く飲んでからは、とんとご無沙汰だねぇ。隣のお兄さんは女の子いるかい?」

「いえ。必要ありません」

「そんな事言わずにさ。うちは可愛いが多いよ」

「店主。おぬしを指名したい。奥座敷付きでな」

「こんなおばちゃんで良いのかい? 先行って待っていておくれ。支度ができたら行くわ」


 わしらは酒が出る前に場所を移す。

 草鞋わらじを脱ぎ床へ座ると盆へ四杯の酒と線香を載せた店主が現れた。

 奥座敷は時間貸しで線香一本で一両。

 ただし飲み食いは自由だ。

 食べ残した時の違約金は半端ないがイヌも居るし、そこは平気だろう。


「お待たせしたわね。食事は何を出そうかしら?」

「基本的なものを一通り。人数分頼む。そのあとは人払いを」

「人払いは手配済みよ」


 そう言うと店主は再び席を立ち軽食を持ってきた。

 話がしやすいように手でつまめる物が卓上へ並ぶ。


「彼の足跡そくせきが少しだけ掴めたわ」

「話せるのか?」

「大っぴらには無理ね。そこの二人は信用できるの? これ以上危ない橋は渡りたくないわ」

「わしが保証する。何が分かったのだ?」

「酔っ払った所を拉致されたようね。見たヒトも酔っ払いだから信憑性は欠けるけど、これ以上は踏み込みたくないわ。聞いた手口から推測する限り神殿のそれと同じよ」

「これ以上は無理だな?」

「無理ね」

「そうか。今日はここに宿泊するからな。三人共も遠慮なく飲み食いしてくれ」

「遠慮なくいただくわ」


 店主がわしの盃に酒を注ごう手を伸ばしたのを邪魔してトリが酒を注ぐ。

 店主は「あらあら」と小さな声で呟くとイヌの盃へ酒を注いだ。

 イヌは両手で盃を持ち恐縮しながら酒をいただいている。

 ここの店主は女性であるが独特の貫禄を持っているし、イヌが萎縮するのも仕方ない。

 店主も元は一流冒険者だった噂もあるし、イヌは彼女の強さを感じ取っているやも知れぬな。

 わしには全く分からぬが。


 店主とわしの会話でイヌも彼の事をサルと察したようだ。

 トリは……素で忘れているようだが、わざわざ思い出させる必要はあるまい。

 わしはイヌと共にサルの冥福を祈り、静かに盃を交わした。

 やはりサルは神殿に消されたのだろう。

 これまではわしの身内が神殿の手にかかった事はなかった。

 それゆえ、神殿の汚い裏の顔を容認できていたのか?

 わしの神殿に対する不信感、いや不快感は一気に深まった。

 わしはトリに腕を抱かれながら、サルを想い、悶々と眠れぬ夜を過ごした。



 翌朝、この店で三月みつきは好きに飲み食いできる銀を払う。

 一分銀が百枚敷き詰められた木箱を店主への情報料と口止め料込みの勘定として渡した。


「切餅で悪いな。銭束では重くて持ちきれぬ」

「全くよ。切餅は使い勝手が悪いんだから」

「また頼む」

「次は一人でいらっしゃい」

「坊主はぁトリの旦那様なんだよぉ」

「そうね。次はトリちゃんにばれないようにいらっしゃい」

「それはぁ浮気だよっ!」

「浮気ではない! そもそも夫婦では無いからな!」

「夫婦だもんっ!」



 わしは常に増して腕に絡み付くトリの文句を聞きながらフクロ城へ帰還した。

 イヌは元より寡黙な男ではあるが、明らかに表情が暗かった。

 サルとは馬が合わなかったと思っていたが、わしの勘違いだったのかも知れぬな。



 斡旋屋に戻り鬼姉妹と衛兵達の仲が良くなっていた事へわしは驚きを隠せなかった。

 鬼姉妹が暴れ回った事は間違いないのだろうが、衛兵達の顔は喜びに満ちているように思えてならない。


「何が起きたのだ?」

「「二日酔いよ心配ないわ」」

「わしはおぬしらが二日酔いで苦しんだ姿の記憶などないぞ」

「「沢山飲んだの。衛兵さん達も潰れているでしょ?」」

「衛兵達は酒で潰されたと言うより拳で潰された者が多いようだな」

「「お触り禁止を破った罰よ。調子が悪くて大人しくしていたらえらい迷惑よ」」

「これだけ騒ぐ元気があるならば命の心配は無さそうだな」

「「そんな事ないわ。死にそうよ」」

「おぬしらがこの程度で死ぬ者であれば、わしも苦労せぬわ」


 免状を手に入れたわしは憂う事なく彼女達へ魔法による治療を行う。

 酒を抜くのは【解毒】の魔法だ。

 わしの魔法ではあまり効果は期待できぬが少しくらい回復するだろう。

 わしは軽い気持ちであったが、血の気を失っていた二人の顔色が目に見えて良くなる。

 大した魔力を使う事なく酒の毒気が抜ける。


 回復の魔法は基本的に同じ魔法だ。

 根本的には「かすり傷」も「解毒」も「再生」すらも同じ魔法で治る。

 だが「かすり傷」を治すのと「再生」させるのでは使う魔力の量が桁違いなのだ。

 つまり「解毒」はわしにとって魔力を大量に使う魔法なのだ。

 ヒトには得手不得手があるので例外はあるが、わしは特に得意な分野はない。

 あえて得意分野をあげるなら【診断】だが、厳密に言えば別の魔法な為、回復魔法ではない。

 魔力が少ない者が効率良く治療するため会得するのが【診断】の魔法なのだ。

 つまり鬼姉妹は、常から超人的な回復力と思っていたが、魔法の効果が一般の者達より効きやすいと言う事で間違いなさそうだ。

 ついで倒れ伏した衛兵達の様子を見て回る。

 流石は鬼姉妹と怖れるべきなのだろうか、魔法が必要になるほど深刻な怪我を負った者は一人としていなかった。



 日に日に元気を取り戻す二人は衛兵達を相手に『彼らからはお触り禁止だが、彼らへのお触りは拒否禁止』と言う傍若無人な振る舞いが目に余るようになった……

 休憩に来た衛兵達が昼間から食堂へ陣取る鬼姉妹達の餌食となる。

 衛兵達は全く懲りていないどころか順応している。

 時折鬼姉妹から拳が振る舞われても陽気に酒を飲んでいるのだ。

 拳と共に酒も振る舞われているから喜んで飲みに参加しておるのか?

 それとも衛兵達が忘れっぽいのか酒がヒトの記憶を奪うのか?

 こやつらはトリと同程度の記憶力であると言うのか?

 止まらぬ狂乱でモモ様は呆れ果てたのか、最近はわしへ監督を任せ、自室へ戻られておる。

 抑止力足りえるモモ様がいない為、鬼姉妹へ絡んだ衛兵の発した断末魔は絶えることがない。


「「粗品に魔力充填して水を差すんじゃないよ!」」

「……おえぉいんあま……」

「「こっちはこっちで楽しんでんだ。邪魔したら潰すよ!」」


 二人が同時に哀れな衛兵の股間を蹴り上げる。

 十分潰れていると思ったのはわしだけではあるまい。

 免状をいただいて良かった。

 既に何人潰されたか数え切れぬ。

 わしは【診断】の魔法で玉が潰れていない事を確認すると【痛み止め】の魔法だけをかけた。

 絶妙な力加減だな……潰れてはおらぬが黄金水は真っ赤に染まり放出されるであろう。

 まだまだ何人被害者が出るか分からぬからな。

 魔法は節約せねばならぬ。

 わしとイヌとトリは鬼姉妹の二人から少し離れた場所で盃を傾けながら様子を見守った。

 続々と運ばれてくる傷病兵達。

 治療されると鬼姉妹の元へ戻って行くのだから、わしは治療を止めるべきなのだろうか?

 再び怪我する為に治療をする戦場の術者達の葛藤がわしにも少し分かった気がする。

 ともあれ狂乱の宴はわしの魔力が尽き、最後の衛兵が倒れるまで続いた……まさに全滅だ。



 鬼姉妹の調子が戻ると本格的に迷宮へ潜るための装備を整える。

 二層目に出現したワーラットの事もあり気が重い。

 鬼姉妹の二人と早々にとこに着いたモモ様だけが元気だ。

 探索に必要な物は主に水と食料だが、羊皮紙や矢立(後で調べる)と呼ばれる筆記用具を携帯する為の道具は斡旋屋の在庫が切れていた。

 ポーションの類は最初から扱われていない。

 地図は冒険者の誰もが使う物ではないが、未踏の地を行くには必須の道具と言える。

 既存の地図はなく、自分達で制作する必要がある。

 今はまだ羊皮紙の手持ちがあるから良いが、迷宮が広いほど数は必要となる。

 わしのうだうだとしている状態を鬼姉妹は一言で一蹴した。


「「明日の心配は明日すれば良いの。それとも今問題あるの?」」


 彼女達の能天気さへなかば呆れつつも腑に落ちる。

 足りない物資は発注すれば良い。

 明日とはいかぬだろうが切れる前には手に入るだろう……と言う甘い考えは「行商人は月に一度しか来ないわ」と宣われたモモ様の一言で絶望的になった。

 ならば物資が枯渇したら安息日として河岸かしの市にでも出向けば良かろう。

 気分転換にもなる。

 迷宮へ向かう鬼姉妹に引きずられながら、そう結論付けた。




 日が昇ると迷宮へ潜り、日が落ちる頃に地上へ戻る生活を繰り返す。

 予想通りと言うべきか特殊な能力を得た強敵が多く、長く迷宮へとどまれない。

 鬼姉妹の二人が致命的な傷を負えば命懸けの脱出行だ。

 だが、迷宮地図は日毎に広がり、反比例して奇形の魔物の数も減ってきている。

 わしは、終わりの見えなかった迷宮探索が、確実に進捗している手応えを感じていた。

 そして地図が埋まる事で見えなかったものが見えてきた。

いつも拙作をお読みくださりありがとうございます。

私事の事情ですが来月は休載させていただきたく思います。

今後も変わらずお付き合いいただけると嬉しいです。

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