シーリン過去編29:フクロ城の蛙
「モモ様がパーティーへ参加されなくても、わしらは護符を持ち迷宮へ潜った」
「誰がどの護符を使ったのですか?」
「「使わないわよ。あんなもの」」
「その選択がわしら三人の命を救うきっかけとなったのだがな」
「代わりにあたしは呪いを受けたわ」
「姉さん。あれは狡猾な罠よ。仕方ないわ」
「あんたはしっかりと拒否をしたでしょ!」
「私も呪われているわ。フクロ城へ縛られて遠くへ行けないもの」
「「どちらにしても奴をどうにかしないとね」」
「奴ですか?」
「うむ。わしらの人生を大きく変えた奴だ。まだ話す時は先となる。名を語る事も出来ぬ。そして奴こそがおぬしに【迷宮深部への隠し通路】を教えたくない理由の一つだ」
「「わたしはもう一度逢わないといけないのだけどね」」
「お姉さん達が迷宮探索しているところを見た事ありません」
「「他人を巻き込めないから。こっそりね」」
「現役だったのですか? それとも【呪い】なのですか?」
「「どちらも違うわ。まだ奴へ勝てる気がしないからよ。一番の理由は他のヒトを巻き込みたくないからね」」
「わたしじゃ駄目ですか?」
「「戦力外よ。気持ちは嬉しいけど、死体が無駄に一つ増えるだけね」」
「やはりここに居ないヒト達は亡くられたのですね?」
「こらこら。先読みするでない。物語は順を追って聞くものだ」
「分かりました」
………………
わしらは迷宮探索の拠点として斡旋屋へ部屋を確保した。
冒険者は本来二階へ案内されるらしいが、わしはモモ様と知己と言う事もあり、身内枠扱いで一階の個室へ案内された。
わしとトリ、鬼姉妹、イヌと三部屋を借りた。
この部屋割りとする為に、当然のごとく、トリが一悶着起こしてきた。
「なんでぇトリと坊主が別のお部屋なのぉ?」
「男部屋と女部屋で良いであろう」
「やだっ。坊主と一緒が良いよっ。結婚したばかりなんだよぉ」
「結婚はしておらぬと言うておろう」
「したもんっ」
「「わたし達はトリと坊主が同じ部屋でかまわないけど、夜の内にハッスルしすぎて迷宮入る前にへばるんじゃないわよ」」
「わしはまだ【聖人】への道を諦めておらぬわ!」
「「童貞なのっ!?」」
「悪いか?」
「「悪くはないんだけどね……萌えないわ……中年の童貞はないわ……少年が良い」」
「ハッスルだ萌えるだなどと……それにしても失礼極まりないな」
「「童貞は年下じゃないと萌えないわ……言うまでもないけど処女もね」」
「装備品から見ても性に奔放な方々のようですが、衛兵さん達に悪さをしないでね」
鬼姉妹の言う「ハッスル」や「萌える」は一般に知られておらぬ単語のはず。
神殿内部の上層部の方々が使う隠語だ。
黒の月の末裔と神殿上層部には何かつながりがあるのであろうか?
やはり鬼姉妹へ深入りはせぬ方が良いな。
わしは上層部を探り僻地へ飛ばされ音信不通となった者を山ほど知っておる。
話を変えてモモ様の懸念はわしにも分かる。
鬼姉妹はビキニアーマーと呼ばれる達人仕様の鉄鎧を着ているのだ。
最低限の面積で相手の攻撃を防ぐ事を目的としている為、金属鎧でありながら機動性を失っていない【理想の甲冑】だ。
ある者は「男の夢の結晶」とまで言い切る。
かく言うわしも何度となく目を奪われてきた。
誤解なきよう詳しく話せば、彼女達の美しき舞の如き戦いへ、目が奪われるのだ。
一般的な冒険者の装備であっても、わしは彼女達へ目を奪われていただろう。
だがビキニアーマーは彼女達の美しさをより際立てた。
わしはビキニアーマーが「男を幻惑する魔法が付与されている」と言われても信じる。
そして彼女達はわしのビキニアーマーへの認識を変えさせた。
わしは「男を幻惑させるだけで実戦では役立たずの鎧」と思っていたのだ。
しかし彼女達は「ほぼ裸と言っても過言とは思えない鎧」で強敵の攻撃を受け止め傷跡が虎柄に見えるほど実戦を耐え抜いてきたのだ。
鬼姉妹はわしへビキニアーマーが【実用品である】と教えてくれた。
彼女達と同様に使いこなせる者がどれほど居るかは分からぬがな。
そして現在、ビキニアーマーの「男を幻惑する魔法」が衛兵達を蝕んでいる事も事実。
「あの鎧はヒトを惑わせます。不祥事が起こさぬよう見張ります」
「何かあった時の責任は坊やが負うのね?」
「はい。もっとも鬼姉妹がその気にならねば事を成せる者は居らぬでしょうが」
「それはそうね。じゃ監督責任はよろしく。本題の迷宮探索の話へ進みましょう。護符はいくらでも余っているわ。好きなだけ持っていきなさい」
「モモ様。その事は……」
「機密事項だっけ?」
「機密事項です」
「機密なんてどうでも良いわ。それであなた達が生き残る確率をあげられるのなら」
「「どういう事?」」
「この場に居る者達ならば機密漏れは起きまい。それでも一応言っておく。他言はするな。護符は原則一人一枚しか効力を発揮せぬが、稀に複数の護符を持てる者が存在する」
「「そんな事はとっくに知っているわ」」
「何!?」
「『知らぬは神殿ばかりなり』ですな」
「イヌまで!?」
「トリはなぁんにもぉ知らないよぉ」
「予想は出来ていたが少しだけ心安らいだぞ」
「坊主がぁ安心出来たならぁトリは嬉しいなっ」
「迷宮内には志半ばで倒れた者も居りますから。護符は放置しておいても戻ってきますが、冒険者の中には倒れた冒険者から護符を奪い持って居らぬ冒険者へ売る者もいます。ほとんどの者は護符を二枚保持した瞬間に二枚とも効力を失うのですが、そんな多くの冒険者の中から一人、効力を失わぬ者が現れました。一人出れば皆試します。当然、他にも複数の護符を使える者が現れました。理由は分かりませぬが複数使える事実は広まっております」
「冒険者が知る事は必然と言う事か……」
「そうですな。『公然の秘密』と言うやつです。口に出す冒険者は居りませぬが」
「他にも色々と機密が漏れていそうだな」
「そこは『漏れる』と言うよりは『経験している』と言うべきですな。一流の冒険者達は神殿が秘密にしている事のほぼ全てを経験で知っていると思いますぞ」
「そうよね。神殿の中に居るとずれるのよね」
「モモ様。何とずれるのでしょうか?」
「そこは坊や自身で気付きなさい。もう気付いているかも知れないけど。目を逸らさない事ね」
「『目を逸らすな』ですか……心得ました。冒険者として神殿を外から見てみようと思います」
「そうね。神殿を外から見ると違った顔が見えると思うわ」
「では手始めに軽く迷宮の様子を見に行こうと思います。皆の者、護符は何を使う気だ?」
「トリはぁ二番っ!」
「五番を頂きたい」
「トリは二番、イヌは五番か。わしは一番が良い。鬼姉妹は何番だ?」
「「要らないわ」」
「コウが四番、ソウが三番を使えば理想的と思うのだが」
「「要らないわ」」
「そうか。とりあえず今日は遅いし様子見だ。必要と思ったら使ってくれ」
「「必要ないわ」」
鬼姉妹の二人が護符を拒否する理由は予想がつく。
彼女達は自分の力だけで魔物と対峙したいのだ。
古い文献に【戦闘猿】記述があったな。
確か「死にそうになるたびに戦闘力が上がる」だったか……わしも何度か「死線を越える」事でヒトが変わったように強くなった者を見ている。
彼女達の戦闘へ対する心構えと言い、装備と言い、わざと自分を死地の近くに置いておるとしか思えぬしな……
拠点が確保されると「軽く偵察へ行こう」と話がまとまった。
モモ様に見送られ迷宮の入口を降りていく途中で明らかに様相が変わる。
人が造った建造物から神が造った区画へ。
その差は誰が見ても明らかだ。
そしてフクロ城の迷宮は海の下にある迷宮で人が造った建造物の天井から染み出た海水が階段を降りきった最初の区画を水簾で区切っていた。
「「ペッペッ。最悪。海水じゃないの」」
「本当だぁ。坊主っ。しょっぱいよっ!」
「こらこら。飲むでない。腹を壊すぞ」
「入口は暗くて心配しましたが中はスーンプ城と同じですな」
「イヌよ。迷宮は神がお造りなされたのだ。完璧であるならば同じとなって当たり前だ」
「「神ねぇ……」」
鬼姉妹の声音が『神を莫迦にされた』とわしには思えた。
わしが文句を言おうとした瞬間、隣でトリが「何か怖いのがいるっ」と突然叫ぶ。
トリの叫び声と同時に鬼姉妹が駆け出す。
海水が張った床面へ彼女達の駆け抜けた綺麗な波紋を残した。
ヒトの頭よりも高く積まれた土の塊と思われる物が裂け、あざやかな桃色が現れ、同時にそこから何かが飛び出した。
目にも止まらぬ速さのそれを避け、鬼姉妹は土の塊を殴りつけた。
土の塊は「グゲゴォ」と断末魔をあげ、舌と目玉と血を噴き出し、痙攣を続ける。
わしは数瞬の間呆けた状態で正しく状況を把握できなかった。
土の塊と思えた物はどうやらヒトを丸呑みできるほど巨大な蛙であった。
蛙が周りの景色へ同化していたと言う事か?
正しく事態を把握したのは全てが終わった後だ。
それくらい一瞬の出来事だった。
「「でかいだけで所詮は蛙ね。全く歯ごたえがないわ」」
「蛙がこれほど巨大になると言うのか!? ヒトを丸呑みできそうではないか!」
「大きいぃねぇ。これでぇ毎日ぃ蛙食べ放題だねぇ」
「飽きるぞ。その前に食べきれずに腐るやも知れぬ」
「だよねぇ。けどぉ毎日食べたらぁ水掻きできるかなぁ?」
「そのような現象は聞いた事がないな」
「残念っ」
「毎日蛙を食べるなどヒトとしてもどうかと思うぞ」
「毎日は無理ですな。それにしても怖しいほど景色へ完全に同化していて驚きました」
「「迷宮を地上と同じように考えては駄目よ。地上では考えられない事が普通に起きるわ」」
「神の試練と言う事か……」
「「神ねぇ」」
「……鬼姉妹よ。あまり神を軽んじてくれるな……ヒトを試しておられるのだ」
「「ただの擬態よ。気付かずに近づいてきた獲物をパクリとする為の」」
「神の試練とは思わぬのか……」
「坊主殿。抑えてください。鬼姉妹殿が気付かねば我々も危なかったのですよ」
「イヌも気付けなかったようだな?」
「遺憾ではありますが……」
「トリは気づいたよぉ。大きすぎて蛙さんとは思えなかったけどぉ」
「トリ殿はよく気付かれましたな。危険を察知する能力に長けておられる」
「えっへんっ!」
「あまり褒めるな。トリが図に乗っては困る。しかし入口からこれほどの魔物が居るのか……神の試練と言えど初心者では全滅しかねぬぞ」
「その通りですな」
わしは最初の区画からスーンプ城の三層目に匹敵する魔物へ先行きの不安を感じていた。
………………
「護符を二枚以上使えるのですか?」
「「助祭様! シーリンちゃんに余計な機密を漏らして」」
「そこは謝罪しよう。公然の秘密とは言えあまり吹聴せぬようにして欲しい」
「分かりました。助祭様も巨大蛙と遭遇したのですね」
「わしは討伐されるまで気付きもしなかったがな」
わたしも先日必要あって巨大蛙と戦い左腕を折っています。
正直言って再戦はしたくありません。
なんとか勝利したものの、その後も生きるか死ぬかの思いで迷宮を脱出する事となりましたし、自分の直感は信じるべきですね。
生きるか死ぬかの戦闘はなるべく避けるべきです。いえ、無用であるなら戦闘そのものをなるべく避けるべきです……お姉さん達は違うようですが……
蛙も毎日食べていますが問題ありません……助祭様は違うようですが……
「「シーリンちゃんも蛙と戦ったのだったわね」」
「今のフクロ城は毎日モグリが蛙を獲ってくるほどだからな。巨大蛙が生まれる事は必然と言えるだろう。歴代の巨大蛙の中でも周りの景色へ同化するほどの蛙はこの時くらいかも知れぬが」
「わたしが倒した巨大蛙よりもずっと強かったのですね」
「「それは分からないわ。確実な事は不意打ちが得意と言うだけ。どちらが強いかは正直言って分からないわ」」
「そうですか。こんな巨大蛙がいてモグリの子供達はどうしていたのでしょうか?」
「「前の事は知らないわ。迷宮で死んだら何も残らないし」」
「そこは迷宮の怖さですよね」
「「なんにしても生き残ったのだからシーリンちゃんは大したものよ」」
「まだまだです」
「「そうなのよね。上には上が居るから。わたしもまだまだよ」」
「お姉さん達ですらですか。終わりの見えない道のようですね」
「「そうよ。シーリンちゃんほど蛙好きはいないかも知れないけど」」
「安くて美味しいですよ。調理方法を変えたらまた違った良さが引き出せそうです」
「「面倒だから嫌よ」」
「道に終わりはない。終わらせる事は出来るがな」
「「どうしたの? 突然聖職者が言いそうなくさい事を言うなんて」」
「わしは一応助祭だ。歩みを止めた所が道の終わりと言う事だな」
「「自分で『一応』とつけるところがいつもの助祭様らしいけど、くさいわね」」
「たまには説法も良かろう?」
「「面倒だから嫌よ」」
蛙道を極める気はないようですが、すでに引退した館長やお姉さん達がこの強さです。
現役冒険者がどれほど強いのか今のわたしには全く想像できません。
自分が今、どれほどの強さであるのか。
わたしが現在潜っているフクロ城の迷宮の話を聞けば分かるかも知れません。
そんな期待と共に助祭様の昔語りへわたしは再び耳を傾けます。
二月へ入ってあけましておめでとうございますでもありませんが、本年もよろしくお願いします。




