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 シーリン過去編28:天使の娘

「初めてフクロ城を訪れた時は驚きの連続であった」


 助祭様が溜息を吐くように呟きます。

 辛い事を思い出し、気落ちしているのでしょうか?

 彼と比べるとお姉さん達の声音は変わりありません。


「「シーリンちゃんが来てから衛兵さん達もやる気を出したけど、怠け者の巣窟だったから」」

「こらこら。怠け者ばかりではあるまい。当時はモモ様がったのだぞ」

「「あのロリババァは規格外よ」」

「モモ様とはどのような方ですか?」

「真相は分からぬが、わしの若い頃は【天使の娘】と神殿で呼ばれてった。二つ名に偽りない魔力の持ち主だったのだが、ある日突然神殿から姿を消したのだ。無論、上は知っておったであろうが、当時のわしが知れる事ではなかった。彼女自身が軍事機密の塊のようなものであったしな。金の月の魔人と戦えると言われていたほどだ」

「魔人……お姉さん達よりも強かったのですか?」

「「悔しいから教えない」」

「まぁわしの話を聞けば自ずとモモ様の強さが分かる」

「世の中にはお姉さん達よりも強いヒトが居るのですね」

「「わたしなんてまだまだよ。上には上が居るわ」」

「強くなれば争わずに済む事を体現して居られたな」

「「上手くあしらわれたわ。最後まで一戦も交えられなかったのだもの」」

「……そうだな……そしてわしらはその強者の気分一つで生かされて居る……」

「魔人や黒の月のヒトビトですね」

「魔人か……必ず姉さんの呪いを解くわ」

「あれは安易に力を求めたあたしが悪いのだけどね」

「どういう事ですか?」

「それも話の先で語る事となる。今少し寄り道をしながらわしの昔語りを聞いてくれ」

「わかりました」




…………………




 フクロ城は指揮官である衛士すら詰めていない最低の城であった。

 物見櫓の上にいる衛兵ですら堂々と博打をしている声が聞こえてくる。

 会話を聞いての判断だが衛士補が率先して博打を打っているようだ。

 迷宮から湧き出た魔物を城内で仕留めているか疑問が残る警備状態だな。

 周りに人家も無いしある程度は討ちもらしても問題がない事が救いであり問題だ。

 沼地に大口蜥蜴とかげが生息している噂も真実かも知れぬな。


 だが今のわしの立場で警備体制へ口出しする訳にいかぬので衛兵達の事は放置する。

 気を取り直して教会へ向かおうとしたが周囲のどこにも見当たらぬ。

 城と斡旋屋以外の建造物がないのだ。

 わしは一旦教会を探す事を諦め、情報を収集する事を兼ねて隣接する斡旋屋へと入った。



 斡旋屋の食堂では冒険者の代わりに衛兵達が昼間から酔い潰れていた。

 わしは受付へ目を向けると修道女の姿をした者が姿勢良く立っている。

 一眼見て、わしは彼女の正体を思い出し、受付へ駆け寄った。


「モモ様! このような場所へ居られたのですか」

「あら坊やじゃないの。立派に成長して。あなた冒険者になったのね」

「見た目がこれほど違うわしの事を一眼で思い出していただき恐悦至極です」

「あなたの魂の色が変わらないから分かったのよ」

「モモ様も昔と変わらずお綺麗です」

「お綺麗と言ってもらえるのは嬉しいけど、外見はあなたの方が遥かに年上ね。全く歳を取らないのも苦しいのよ。自分だけ世界から取り残されている気持ちで一杯だわ」


 確かにモモ様はわしが少年時代と同じ容姿をしていた。

 わしが初老と呼ばれる歳へ達しようとしているのに彼女は十代後半から二十台前半の若々しさを維持し続けている。

 モモ様に見惚れるわしの腕を強くつねるトリがいた。


「紹介が遅れました。後ろにいる四名はわしの冒険者仲間です」

「イヌです。お噂よりも若く美しく戸惑っております」

「それはどうも。あなたも立派な体ね」

「トリは坊主のお嫁さんなんだよっ!」

「おめでとう。坊やが結婚するなんてここ十年で一番の驚きだわ」

「いえモモ様。わしは結婚などしておりませぬ」

「したんだよっ!」

「信じるわ。だって二人が仲の良い事は伝わるから」

「そこは否定しませぬが」

「坊主はぁトリの旦那様なんだからぁ取らないでよねっ!」

「大丈夫よ。あなたの邪魔はしないわ」

「「…………」」


 わしは迷った末、モモ様に自分の正体を隠した。

 神殿の密命である。

 必要があれば神殿からモモ様へ連絡が入っているはずだ。

 わしもモモ様の事は全く聞いておらぬし、協力を仰げと言うわけではないだろう。

 今の状況を隠す為にもトリの好きにさせておこう。

 とは言え、嘘は吐きたくないので、わしからは何も言わぬが。

 同じように何も言わぬ鬼姉妹が気になる。

 彼女達はモモ様へ挑戦的な視線をずっと向けている。


「「表へ出な」」

「こらこら。何を言っておるのだ」

「「別にここで始めても構わないわよ」」

「待て待て」

「坊や。大丈夫よ。あなた達、表へ出ましょうか」



 モモ様と鬼姉妹の三人が外へ出て行く。

 三人を追うようにわしが、わしの後をイヌとトリが付いてくる。

 雑草がお生茂った広場で三人は立ち会う。


「「わたしが先よ」」

「なら弱い方から先に立ち会おうかしら」

「「…………」」


 鬼姉妹の二人は互いに睨み合いながらも動きが止まる。

 なるほど「弱い者から」と言われて二人は率先して勝負を仕掛けられぬ。

 先に動いた方が「自分の方が弱い」と言っているようなものだ。

 最後にモモ様の口から出た「二人一緒で構わないわよ」との言葉がとどめを刺した。

 突然、鬼姉妹二人が決闘を始める。


「「怪我をさせるから坊主治してあげてね」」

「治療は請け負うが死んだら治せぬぞ」

「「平気よ。きっちり半殺しにするから」」


 わしらの会話を聞いたモモ様が振り返ってわしらに笑顔で語りかけてきた。

 鬼姉妹の二人は本気だ。

 どちらかが倒れて動けなくなるまで勝負はつくまい。


「長くなりそうだから中に入って待ちましょうか」

「このような結末を想像しておられたのですか?」

「なんとなくね」

「昔から変わらず怖い方です」

「あら。そうなの?」



 鬼姉妹を除いた四人で斡旋屋へ戻ってくる。

 背後からは鉄と鉄が激しくぶつかり合う音と怒声が響いてきた。

 食堂は酔っ払いで一卓も空いていないため、食堂の奥にある薄暗い廊下を通り、最奥の小部屋へと招かれた。

 その部屋は質素ながらも教会を模していた。

 薄暗い廊下を通ってきたからか、小さな窓から差し込む光が神々しく見える。

 わしはモモ様と並び神へ祈りを捧げてから車座に座った。


「昔語りをしたいところだけど、本題から入ろうかしら。フクロ城の迷宮を探索に来たの?」

「はい」

「どうしてかしら? こう言ってはなんだけど、スーンプ城の方が良いわよ」

「モモ様ならばお気付きとは思いますが、わしらは欠員が出て五名となりました。スーンプ城では六名でないと迷宮へ潜れません。ヒトのいないフクロ城ならば五名でも潜れると思いつきまして、まかりこしました」

「坊やは迷宮の約束事を破る気なのかしら?」

「駄目でしたら欠員を補充します」

「ふふっ。良いわよ。他のパーティーがいるわけではないし。今なら二十人で潜ってもらっても良いくらいよ」

「モモ様は容姿も考え方も昔から変わりませんね」

「だからかしら。こんな所へ島流しにあうのね。好きにやれるから神殿に居るより良いけど」

「ではモモ様。わしらのパーティーへ入ってはいただけませんか?」

「駄目っ!」

「トリよ。いきなりどうした。何か問題があるのか?」

「だってぇ坊主がぁだらしない顔してるもんっ!」

「だらしない顔?」

「ずぅっとにやけてるっ!」

「にやけておりますな」

「イヌよ。おぬしまで」

「モモ様の加入は反対しませぬが、にやけておるのは確かと思います」

「トリはどうして反対なのだ?」

「坊主の朴念仁っ!」

「わしは無口でも愛想なしでもないつもりだ。朴念仁の意味を間違えておらぬか?」

「どうせぇトリは莫迦ですぅ」

「待ちなさい。坊やのパーティーへ参加するとは言っていないわよ」

「参加していただけないのですか?」

「斡旋屋を留守にできないわ。一応神殿からの意向もあるし」

「それでは無理に誘えませんね。フクロ城の特異な魔物もモモ様一人で退治できそうですが、神殿から迷宮探索の指示はなかったのですか?」

「それがね。最近きた司令書に書かれていたのが『勝手に迷宮内へ入るな』なの。だから坊やのパーティーへも参加できないわ」

「モモ様ならば迷宮を一掃できそうなのですが」

「それは無理よ。倒している間に新たな魔物が湧くのだから」

「それでも長く生き抜いて特殊な力を持った魔物がいなくなります」

「上は迷宮へ潜るより入り口を塞ぐ事を選んだのよ……きっと」

「衛兵達は役に立ちそうですか?」

「必要とされない事が最高ね」

「そうですな」


 モモ様と話せば話すほど、わしは神殿の意向が分からなくなっていた。

 モモ様は【天使の娘】と呼ばれるほどお強い。

 モモ様が居て、なぜわしは鬼姉妹を率いてフクロ城へ来なければいけないのか疑問ができた。

 間違いなく鬼姉妹二人よりモモ様一人の方が強いだろう。

 モモ様が本気を出せば、拳は城門を突き破り、蹴りは城壁を崩す。

 わしは鬼姉妹の凄い力を直接見てきたが、それでもなお、モモ様へ軍配をあげる。

 そう言えば鬼姉妹はどうした?

 いつの間にか鉄のぶつかり合う音がしなくなっておるではないか。


「妙に静かとなったな。わしは鬼姉妹の様子を見てくる」

「トリもっ!」

「そうですな」

「あなたは駄目よ。話し相手になってね」

「イヌよ。モモ様の相手をしていてくれ。すぐに戻る」


 わしに同調して立ち上がったイヌはモモ様に引き止められ、わしはトリと二人で鬼姉妹の確認に訓練所と言う名の野原へ向かう。

 腰の高さまでお生い茂った草の海で、一見すると鬼姉妹の姿は見えぬが、二人の罵り合いは未だ続いていて、風に乗って彼女達の声が聞こえている。

 どうやら両者共に倒れ、雑草の海へ沈んでいるようだ。

 声を辿り二人を発見すると、予想通り、揃って大の字で寝そべっていた。


「おぬし達。大丈夫か?」

「「坊主がいるから久しぶりに動けなくなるまで思いっきりヤり合えたわ」」

「おぬしら……骨が折れて手足が曲がっておるではないか! トリ。手伝ってくれ」

「任せてぇ」


 トリは物忘れは激しいが、意外と理解力があり指先は器用だ。

 何よりも良くも悪くも物怖じしない。

 的確な指示さえ与えれば素直で有能な助手となる。

 転じて欠点は言う通りにしか動かないから、頭は二人分動かす必要がある。

 応急処置で骨を継ぎ、回復魔法を掛けると、二人は礼より先に負け惜しみを同時に吐いた。


「「今日の所は引き分けにしておいてあげるわ」」


 わしから見て、いや、他人が見たらどう見ても引き分けなのだが、二人とも「自分が優勢だったけど勇戦を讃えて引き分けにしてあげる」と言っているようにしか聞こえぬ声色で相手の上へ立とうとするのだ。


 切断された時と同じく、粉砕された骨も異常な回復力で元に戻った。

 驚くべき回復力も「鬼」と呼ばれる所以ゆえんなのかも知れぬな。

 わしの魔法が強力になったのではなく、彼女達が異常と思った方が良かろう。

 無い事に越した事は無いが、他の者の怪我を治した時、はっきりと分かるはずだ。

 治療後は二人とも、すっきりと満足した顔をしているし、今日はもう喧嘩をするまい。

 その判断通り鬼姉妹を伴い、四人で斡旋屋へ戻った。



 モモ様を見て、再戦を申し込むと思われた鬼姉妹だが、どちらが【弱い】か勝負がつかなかった為か、モモ様との争い事は起きなかった。


「どちらが挑戦してくるのかしら?」

「「先に倒すべき相手を思い出したから。あなたは後回しよ」」

「そう頑張ってね」


 煽らないでください、ひやひやしましたぞ、モモ様。

 二人への挑発をやめて欲しいですが、思い返すに売られた喧嘩は必ず買うヒトでしたな。

 モモ様と共に残ったイヌの様子が少しおかしくなっている事は気になった。

 だが久しぶりにモモ様と夕食を食べられたわしは気分を良くして、彼を放置した。

 わしと同様に衛兵達は若い娘が三人加わった喜びを全身で表していた。

 いつも以上に無口なイヌをおいて、食堂はお祭り騒ぎとなり夜がけていった。




…………………




「モモ様も現在この斡旋屋へられませんよね?」

「そうだな。そのうち語る事になる。しばし待って欲しい」

「分かりました」


 ようやく助祭様達がフクロ城の迷宮へ潜ります。

 本当にフクロ城の隠し通路の事も教えてもらえるのでしょうか?

 もぐりの彼の持っていた護符はまだ戻ってきていません。

 まだ迷宮内で生き残っている可能性が全く無いとは言えません。

 情報を集め彼を探しに行く。

 彼の為でなく、わたしの矜持きょうじを守る為に。

今年も拙作をお読み続けてくださりありがとうございました。

毎年の事ですが一月は休載させていただきます。

来年もよろしくお願いします。


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