シーリン過去編27:フクロ城へ
「トリとの結末は後で必ず話す事になるから、それまで待ってくれ」
「はい。楽しみにしています」
「ははっ。あまり楽しい話でもないがな」
「「…………」」
助祭様とお姉さんたちが珍しく少し寂しげな表情を浮かべて黙り込みます。
わたしは一つの予想を立てますが、あまり当たってほしくない結末です。
結末?
助祭様は「結末」と言いました。
わたしの予想はほぼ確信へ変わりましたが、今は黙って助祭様の話を聞く事にします。
「さて、どこまで話たかな」
「「わたし達をフクロ城へ誘う所までね」」
「そうであったな」
「「フクロ城は地獄巡りだったわね」」
「おぬし達は楽しんでおったではないか」
「「あいつと会うまでの話だけど」」
お姉さん達の瞳に剣呑とした光が宿った事をわたしは見逃しませんでした。
昔「鬼」と呼ばれていた時代のお姉さん達を一瞬垣間見た気持ちです。
もしかして「あいつ」とは「魔人」の事でしょうか?
間違いなく、神殿の機密事項に触れていると思いつつも「毒を食らわば皿まで」と言う格言を思い出し、中途半端で終わるより、最後まで聞く事を覚悟しました。
助祭様、信じていますからね?
…………………
わしは日没を迎え多くの冒険者達が帰ってくるなかに鬼姉妹の姿を見つけた。
手をあげて存在を主張するが彼女達は気付かない……いや無視されているのではないか?
わしは席を立ち、彼女達の元へ向かう。
「久しいの」
「「あら。斡旋屋へ何度も来ていたくせにわたし達には顔を出さない不義理の坊主じゃない」」
「おぬし達は毎日迷宮へ潜っておったではないか」
「「夜に来れば大体居るわ」」
「それは悪かった。わしが動いていたのは昼間だったのでな。席を用意してある。おぬしたちの帰還と再会を祝して宴をせぬか?」
「「どんな相手でも宴の誘いは断れないわね。不義理の利子付きで盛大にやるわよ?」」
「無論だ」
彼女達がわし達の卓へ座り発した第一声へわしは即座に反応をする。
「「あら? 騒がしいのが一匹足りないわね」」
「ヒトに匹はよせ。確かにサルは行方不明だ。何か知っておる事があれば知りたいのだが?」
「「身代金の要求は?」」
「それも含めて情報が全くない」
「「営利じゃないなら神殿絡みでしょ? 坊主こそ何か聞いてないの?」」
世間では身代金を要求されない行方不明者は神殿が行なっていると噂されている。
俗に言う「神隠し」とは神殿への揶揄も含まれておるのだろう。
「神殿を疑うか……だが残念ながら知らぬ。知っておればおぬし達へ聞く必要もなかろう」
「「彼はあの品の事を吹聴して回っていたみたいなの。わたし達へ事の真偽を確かめに来た奴もいたから。それで神殿が動いたと思ったの。わたし達も少し迂闊だったわ」」
「いや。わしがはっきりとサルの口止めをしておくべきだった。迂闊だったのはわしだ」
「「それで。わたし達と宴を開くのは彼の所在を調べるだけなの? 彼と直接会ったのは坊主達と一緒だった時よ」」
流石に鬼姉妹は勘が良い。
こちらも慎重に真実の浜辺へ一粒の嘘を隠さねばならぬな。
「サルの話とは別で、またおぬし達の力を借りたくてな」
「「迷宮探索かしら?」」
「あぁ」
「「あら。坊主の事は気に入っているから、パーティーを組むのはやぶさかではないわ。だけど五人だと人数に問題があるんじゃない?」」
「その通りだ。スーンプ城で五人はありえぬ。おぬし達はフクロ城の事を知っているか?」
「「名前だけね。場所は知らないわ。遠いのは嫌よ」」
「スーンプの街にはもう一つの城があるのだが、そちらは閑古鳥が鳴いておるのだ。シーミズの港町の南にある沼地の中にある小さな城でな」
「「シーミズね。で、そちらの迷宮に何か良い事があるのかしら?」」
「あまりにも人気がないのでな。強くなりすぎた魔物が入口付近から跋扈しておるとの噂だ。その中には個別な特殊能力を持つ魔物も居る。一般的な魔物の常識が当てはまらず危険だけは高いくせに実入りが一般的な魔物と同程度で、冒険者が寄り付かぬ」
「「面白そうじゃないの」」
良し、予想通り喰い付いたな。
「おぬし達向きだと思うてな。それとここだけの話だが神殿の目が緩い。何せフクロ城には常駐の冒険者が一人も居らぬのだ。人数制限など有って無きが如しだ」
「「率先して迷宮規則を破るお誘いなんて、坊主が語る言葉じゃないわね」」
「迷宮の規則はヒトが決めた事と神が決めた事に分かれる。人数制限はヒトが決めた事。わしは仲間の安全が大事だ。ならば面識の無い者を加えるよりも、五人の方が安全と思うてな」
「「そうそう。出会いは初心者狩りパーティーに殺される寸前だったわね」」
「忘却したい記憶だ」
「「新人を入れない事はわたしも賛成よ。サルは探さないの?」」
「フクロ城探索は任務なのだ。遺憾だがサルよりも優先せねばならぬ。個人的に行方を探す事はやめる気は無いがな。公費を使うわけにはいかぬし、時間が掛かるだろう」
「「そういうところは好きよ。で、本当のところは? 神殿は何を狙っているの?」」
「先程言った通りだ。迷宮の魔物が独自進化しすぎて初見殺しが多く一般冒険者が寄り付かぬ。かと言って一流冒険者も実入りが少なくて寄り付かぬ。そこで神殿は『強き魔物との戦いを一番の喜びと考える』おぬし達を利用して強くなりすぎた魔物を排除しようとしておるのだ。正式に神殿から報酬は出せぬが、諸費用はわしが持つ。こちらは神殿の機密費だがな」
「「正直ね。それにわたしの事を分かっているじゃない。まさにウィンウィンね」」
我ながら咄嗟に上手く言い訳が出たきたな。
しかし彼女達が両手の指をニ本ずつ立て並べながら「ウィンウィン」と言った事が気になる。
迷宮言葉の「ウィンウィン」を【神の文字】で表せば頭文字は【W】だ。
やはり彼女達は【神の文字】を理解しているとみて、間違いない。
ここばかりは彼女達の動向を注意しておかねばならぬな。
わしがまともに思考できる時間はここまでだった。
交渉が終わったと感じたのか、イヌとトリも会話に参加してきた。
あとは「出陣式」とばかりに五人で大いに呑み、大いに食らった。
翌日、太陽が真上を通り過ぎた頃、酒酔いから船酔いへ。
実際は全く揺れておらぬが昨夜の酒が抜けきらぬ。
日が昇る寸前まで呑んでいたのだから昨夜と言えるかは疑問に残る表現だな。
わしの「準備する時をくれ」は鬼姉妹により「「即日移動」」と却下され朝一番頭痛と吐き気と眠気を我慢しながら迷宮探索の準備をして今に至る。
解毒魔法で酔いが覚めると聞いた事はある。
神聖なる魔法を「酔い覚ましに使うとはけしからぬ」と思うていたが、考えが変わりそうだ。
迷宮へ潜らぬ事が決まっているからか鬼姉妹の呑み食いは度を過ぎていた。
そんな身でスーンプ城から舟でトモウェイ川を下り、わしらはフクロ城へ向かっていた。
トモウェイ川はシーミズの港から皇室別邸を通過しスーンプ城外堀まで繋ぐまことに流れが緩やかな川で、途中の支流や水路を使い、スーンプの街全体の物流を支えている。
「見て坊主ぅ! 皇室だよぉ。すごいねぇ。トリもこんなところに住みたいなぁ」
「こらこら。そんなに身を乗り出すでない。落ちるぞ」
トリが川へ飛び込む勢いで舟から身を乗り出す。
トリは鬼姉妹と同じく酒に強いが、それにしてもはしゃぎすぎだ。
わしは慌てて彼女の腰へ両腕を回し、トリとわしの重心を舟に残す。
トリが途端に落ち着いた。
「どうした? 怪我をしたのか?」
「坊主がぁ抱きしめてくれたぁ……夫婦になったんだなぁって」
「おぬしが川に落ちぬようにしただけだ」
「トリが落ちても坊主は助けてくれるもんっ」
「わしは泳げぬ。鎧も着ておるのだぞ」
「それでも助けてくれるもんっ」
「わしは落ちる前に落ちないよう手を回す」
「へへへっ。まさに今の状態だねっ」
トリの「あなたを信じています」と訴える輝く瞳に、わしは普段なら語らぬ言葉を口にした。
トリの蕩けるような笑顔を見れたのだから良しとしよう。
少しばかり頭痛も吐き気も眠気も遠のいた気がする。
最近はトリのお莫迦な行動が可愛く見えてきた。
「「バカップル」」
「意味は分からぬが褒められた気はせぬな。トリよ。そろそろ離れぬか。人目がある。わしは神殿へ属する者。女人と抱きおうとるのはまずいのだ」
「今の坊主はぁ誰が見ても冒険者にしか見えないからぁ大丈夫なんだよっ」
「そうですな。トリ殿の言う通りです。二人はお似合いの夫婦冒険者ですな」
「イヌよ……おぬしまで……」
トリは舟から乗り出した体を今度はわしへ預け、首をわしの肩へ乗せながら問うてきた。
「坊主のお家とどっちがすごいのかなぁ?」
「わしの家とは神殿の事か? 皇室別邸へ入った事がないのでな。わし個人からどちらが凄いかは言えぬ。だがあえて神殿の方が凄いと言っておこう。神殿の中へ入られたのならば、山頂にある分、見晴らしも良いし誰もが神殿を選ぶであろう」
「「言っているじゃない」」
「明らかな身内びいきですね」
「個人の好みの差だ」
「そっかぁ。でもトリは坊主のお家に入れないからなぁ」
「すまぬな。規則だ」
「平気だよぉ。トリが坊主と一緒に住むお家はしっかりとあるしぃ。トリは坊主と一緒のお家が一番だよぉ」
「そっそうか……」
「あぁっ! 絶っ対っ! 今、嫌な顔したぁ?」
「いやいや。忘れ物を思い出しただけだ」
「坊主の顔は見なくても分かるもんっ!」
ぬかった。
トリの勘も確かだが、忘れ物をした事も嘘ではない。
こんなにも早くフクロ城へ向かうとは思わなかったので仮住まいの始末を忘れておったわ。
貴重品がある訳ではないし、しばらく放置しておいても問題はなかろう。
もっとも価値がある【無限袋】はわしの腰に下げられている。
あの場を処分したらしたでトリがうるさそうであるし最良の選択であったと思う事にしよう。
「「へー」」
「どうした?」
「「トリちゃんとヤった?」」
「おぬしらは表現が露骨過ぎだ。しておらぬ」
「トリと坊主はヤってないけど夫婦になったんだよぉ」
「喜ばしい事です」
「イヌまで……わしの味方はおらぬのか……」
「トリはいつでも坊主の味方だよっ!」
「その気持ちは嬉しい。だが今は味方のはずのおぬしが敵の本丸なのだ」
「トリは坊主の敵じゃないもんっ!」
トリは完全にへそを曲げたが、河岸の市と呼ばれるシーミズ最大の市場が見えてくると、機嫌の悪さはどこぞへと旅立ち、無邪気にはしゃぎ始めた。
機嫌が悪い間もわしの腕を放す事はなかったのだが……むしろ密着度は上がった。
「坊主ぅ。ヒトが蟻さんの行列みたいに沢山だよぉ」
「「トリちゃん。そういう時はこう言うの『はぁはっはっ! 見ろっまるでヒトが芥のようだ』ってね」」
「トリは芥より蟻さんが良いなっ」
「そうだな。わしも蟻の方が良い。どちらか選べと言うならばの話だがな」
「そうだよねっ! 坊主っ! 見て! 今度は大きな橋をくぐるよぉ」
「そうだな。大きい橋だな」
トリが絡めたわしの腕を引っ張りながら「見ろ見ろ」と頭上を指差す。
トリの指差した港橋と呼ばれるトモウェイ川に架かる最大の橋を舟がくぐると、途端に建物の数が減り始め、ヒトの住まぬ土地となった。
同時に海の香りが漂い始める。
流れの緩やかなトモウェイ川は時に海の水が逆流する事もあるのだ。
古い記録にはスーンプ城外堀まで波が遡上したとの記述が残る。
そしてフクロ城はこの先、河口付近にあり、他の人工物が無い為、予想以上に目立っていた。
………………
ようやくフクロ城が見えてきました。
わたしの依頼した情報が見えてきたと言う事です。
今の助祭様しか知らないわたしは彼が女性と親密な状況を全く想像できないのですが……




