シーリン過去編24:主部屋
「どこまで話したっけ?」
「途中隠し通路の事を話したからね。雑魚と戯れるうちに隠し通路を発見して、そこが『主部屋』だったところまでよ」
「そうそう。『ミノタウルス』の主部屋ね。シーリンちゃんは知っているかしら?」
「実際に見た事はありませんが噂なら。牛族と似ていると聞いています」
「「見比べたらはっきり違いが分かるわ。野生と家畜って感じね」」
「こらこら。問題になるような事を言うでない。家畜と言われては良い気がせぬだろう」
「「正直な感想だけど? じゃあマッチョ」」
「まっちょ?ですか」
「「あっ筋肉盛り盛りって意味ね」」
「正直さはおぬしたちの美点でもあるが、言葉も選べばもっと良いぞ。おぬしたちは禁じられた言葉を普段から使い過ぎる」
「説教が始まりそうだから続きを話すわ」
「説教が始まりそうだから続きを話して」
「おぬしたち、たまにはわしの忠告を聞かぬか……」
「「聞いてるじゃない。『たまに』は」」
「…………」
呆れ顔で黙ってしまった助祭様を無視してお姉さん達の武勇伝が再開されました。
「今まで知らなかった隠し通路だったから、すぐ探索へ行く事が決定したわ」
「助祭様を置いて行ったのですか?」
「「足手まといだし」」
「おぬしら……」
「二人で通り抜けた瞬間『当たり』と思ったわ」
「ミノタウルスが居たのですね」
「その通りよ。それがただのミノタウルスじゃなくてね。ミノちゃんって、大体背丈が七尺(約2.1メートル)くらいなのだけど、そいつは十尺(約3メートル)はあったのよ」
「両手持ちの長柄斧を片手で持っていたわ。驚きよ」
「あの迫力をどう説明すれば分かってもらえるかしら?」
「簡単よ。シーリンちゃん家の館長さんが十尺になったと思えば良いの」
「……それは……迫力ありますね……」
「でしょ」
「私も館長さんと一度お会いしたいですね」
「ちぃ姉も是非来てください」
「「今度は二人で訪ねたいわね」」
「そしてわしは仲間はずれか……」
「「助祭様が外へ出ようとしているわ。明日は雨ね。水の精霊が感涙しているわ!」」
「おぬしら……」
「助祭様は来ないほうが良いです。館長は神殿を憎んでいると言っても良いほど嫌いですから」
「「シーリンちゃん。塩対応過ぎ」」
「塩対応?」
「安心せい。わしも意味は知らぬ。なんとなく分かる事が腹立たしいがな。そして本来なら、そう言う者にこそ『神の教え』を説きたいのだがな」
「やめてください。助祭様が『神を信じるな』と言われた時の事を考えてください」
「それは……うむ……あまり良い気はせぬな。無理強いは良くないからな」
「「助祭様が神殿関係者か疑われる事、分かるでしょ?」」
「他の神殿関係者を知らないので、わたしには分かりません」
「「シーリンちゃんはシーリンちゃんで問題ね。助祭様は特別よ。他の神殿関係者と話す時は言動に注意してね。一番良いのは『説法を黙って聞いている事』ね」
「わしが言う事ではないが、それが無難だな」
「分かりました。ですからミノタウルスとの戦いの話を早く聞かせてください」
「「嬉しい事言ってくれるわね」」
わたしは館長が神殿嫌いだった為か、神の存在を身近に感じませんし、神殿関係者も助祭様くらいしか付き合いがありません。
斡旋屋のお客様達は熱心な信者もいれば、館長と同じく嫌っているヒトもいます。
館長も含めて嫌っているヒトのほとんどが「神を嫌っているんじゃねぇ、神の言葉を捏造するやつらが嫌いなんだ」との事。
いつか、わたしにも分かる時がくるのでしょうか?
そんな事を考えているうちにお姉さん達の武勇伝が再開されました。
「強そうな巨大なミノタウルスが一匹。正直言って歓喜に震えたわ。その瞬間に思いもしない事が起きたのだけど何だと思う?」
「そうですね『巨大な斧が飛んできた』とかですか?」
「「ぶぶぅ。外れです。その程度なら躱して蛸殴りよ」」
「わしも同じ事を思ったが何があったのだ?」
「「吠えたの」」
「吠えただけだと?」
「吠えたのですか?」
「そう。ただ吠えたの。だけどそれだけの事で体は一瞬硬直したわ」
「その瞬間にこいつの片腕が斬られちまってな」
「姉さんじゃなくて良かったわ。不器用な姉さんだと片腕で戦うなんてできないもの」
「できますぅ。片腕なんてなくても問題なく武器を振り回せますぅ」
「できません。姉さんには無理です。片腕を失った重心の変化に対応できません」
「できる!」
「できない!」
「今、この場で証明してやるよ。シーリンちゃん短刀貸して!」
「貸すわけありません! ちぃ姉。わたしもたぃ姉はできると思います。あれだけ見事な体捌きを無意識でやれるのですよ」
「無意識にできるから駄目なの。達人だから無理なの。こんな事は起きて欲しくないけど、修行の果てに片腕を失った時、シーリンちゃんも分かるわ」
「……そうですか……確かに一生分かりたくありませんね……」
わたしの頭へ館長の姿が浮かびます。館長は片腕を失い冒険者を引退し、孤児となったわたしを引き取りに育ててくれました。
館長も片腕を失い最前線を退いたのでしょうか?
自分の過去をあまり語らない館長へ聞くことも気がひけます。
「おぬし! 戦う前から片腕を失っていたのか? なぜ逃げぬ?」
「「いきなり片腕を奪う強敵と出逢えたのに逃げるなんて『もったいないお化け』がでるわ」」
「お姉さん。血は大丈夫なのですか? かなり出血しますよね?」
「ぎゅっと力を入れるとね。流れ出る血も減るのよ。けど滴り落ちる血が、砂時計の砂のようで良かったわ。『全ての砂が落ちると私は死ぬの』ってね。ぞくぞくしない?」
「しません!」
「他にも蝋燭とか葉っぱとか色々あるわね」
「炎が消えるとか最後の一枚とかね。ポタリポタリと命が溢れていると思うともう……」
「恍惚とした表情をするでない。この変態が!」
「そうそう。この変態を助ける為にあたしは金棒を両手で思いっきり振ったんだけどね。片手持ちの斧で簡単に受け止められたわ。あたしの全開を受け止めるなんて興奮するじゃない? しかもこっちはミノちゃんの攻撃を受けると武器を吹き飛ばされそうになるのよ!」
「そんな相手の攻撃にちぃ姉はどう対処したのですか?」
「私は姉さんと違うから。相手の攻撃をいなしたわ。その流れで攻撃も当てたのだけど、痛痒を与えていたと思えなかったわ。興奮よね?」
「なんで勝てそうもない相手に興奮するのですか!?」
「変態だからだな」
「「違うわ『敵tueee』からよ! そんな相手に勝ったら『俺tueee』でしょ!」」
わたしはふと疑問に思いました。
まだ最前線で戦えそうなお姉さん達が『なぜ受付嬢をやっているのか』と。
話を聞いていると自分の意思で引退したと思えません。
「強い相手と戦いたいお姉さん達がどうして冒険者を引退したのですか?」
わたしの言葉を聞いたお姉さん達の顔がみるみると曇っていきます。
「「その話は後で助祭様が話すと思うわ」」
「そうですか」
「「そうですよ。だからわたしに聞かないでね」」
「分かりました。では、この強敵をどのように倒したか教えてください」
お姉さん達の顔に血色が戻り肌の下が桃色に光っているようです。
正直に言えば、わたしには理解できない事ですが、本当に強敵と戦う事が好きなのですね。
「「それよね! 今思い出しても興奮するわ」」
「変態どもが。話も寄り道が多くて聞きづらいぞ」
たしかに助祭様と比べてお姉さん達の話はあっちへふらふら、こっちへふらふらと、なかなか先へ進みません。
「ミノちゃんは強かったわ。力と力の勝負では全く勝ち目がなかったくらい」
「強かったね。だけど弱点もあったの」
「弱点ですか?」
「圧倒的な強さだったせいかも知れないけど、戦技が拙かったの」
「どう言う事ですか」
「力に対抗する為の技を知らなかったって言うのかしら。技を防ぐ為の技を知らなかったの」
「技ですか」
「技と言うほどの技でもなかったけどね。ミノちゃんは攻撃後、硬直したのよ」
「薪を割った後、次の薪を用意するまで地面に斧を置きっ放しみたいにね」
「置きっ放しですか?」
「姉さんのは比喩表現だからね。けどそのくらい隙があったの」
「と言っても、その隙を突くのも大変なうえ、そこにしか勝ち目もなかったのよね」
「そうね。相手の攻撃方法は斧を横に振るか、縦に振るかだったわ。雄叫びも時々したけど二度目以降は耐えられたから問題なかったわ」
「斧の持ち手を変えて間合いを変化させたりもしないし、距離感は結構すぐ掴めたよね?」
「そうね。問題は一撃一撃が必殺な事ね。間合いも呆れるほど広かったし」
「何度も攻撃を受け止めたら間違いなく武器と鎧ごと斬られたわね」
「私は受け流せたけど。片腕でも」
「ろくな反撃もできなかったわよね?」
「姉さんもね」
また話がそれて喧嘩が始まりそうな雰囲気です。
話を引き戻す一言が必要ですね。
「ろくな攻撃もできず、よく倒せましたね」
「ミノちゃん、明らかに持久力なさそうだったし」
「私の血が全て流れ出るのが先か、ミノちゃんが斧を振れなくなるのが先か、一瞬一瞬が至福の時間だったわ。視界はだんだんと暗くなるけど、その分、余分な力も抜けたの。達人の域に達したと思ったわ」
「それは死に掛けていただけですから!」
「いやマジだよ。この戦いの後で、こいつ本気で強くなったから。すぐ追いついたけどね」
「そうですか」
「悔しいけど本当よ。その後の戦闘は、姉さんと言葉で打ち合わせする事なく、相手の攻撃を空振りさせる戦いに変わったわ」
「力は凄かったけど、戦いは素人だったからね。不意打ちを食わなければ当たらないわ」
「あら? 姉さん最後に足を斬られたじゃない」
「あれはミノちゃんが倒れながら斧を振ったから上手くフェイントになっただけよ!」
「まぐれだとしても、私の腕と姉さんの足を一本ずつ奪ったのだから良い戦いだったわね」
「その後、ミノタウルスはどうなったのですか?」
「「さぁ。今も生きているかもしれないわね」」
「殺していないのですか?」
「おぬし達が倒しきれぬミノタウルスか……もはや『罠部屋』だな」
「「疲れ切ってろくに動けなくてもトドメを刺すのは一苦労しそうな相手だし、こっちもそんな余裕なかったから。示し合わせたかのような休戦状態になったわ。その間にしっかり止血して【無限に物が入る袋】へ斬られた腕と足を仕舞って撤退、助祭様のところへ帰ったわ」
「あの時は本当に驚いたぞ。おぬし達の大怪我も含めて、国宝級の宝物が出てきたのだからな」
「だから助祭様を通して神殿へ寄贈したのよ」
「結局わしから再び奪ったではないか」
「「生きているなら再戦したいわね」」
「わしにはどうにもできぬからな」
「「助祭様の役立たず!」」
「わしもおぬし達とほぼ同じ立場だ。仕方なかろう」
「「わたし達は完全に自分の過失だけど、助祭様は違うじゃない」」
「そうだな……わしは自ら望んだ事が大きいな……」
少しの間、わたしは唖然としてしました。
噂はありましたが【無限に物が入る袋】は実在したようです。
この袋を誰が持つかでもめて『壊滅したパーティーがある』と言われる貴重品です。
さらりと機密を暴露した後でも三人が平然と話を続けている事は理解に苦しみます。
「お姉さん達はそんな凄い宝物を所持していたのですね」
「「内緒だけど、今も厨房へ転がっているわよ。気付いたヒトはいないわ」」
「全く内緒になっていません!」
「「重過ぎて誰も動かせないから平気よ。それに貯蔵庫として最高よ」」
「動かせないのですか?」
「「無限に物が入っても重さはそのままだからね。中身が腐らない事だけは最高よ。新鮮な方がくっつきが良いしね。それよりも斬られた腕と足が意外と重くてびっくりしたわ。魔法で身体強化すれば軽いものだけど」」
「色々と驚きすぎて話へついていけません。少し頭を整理する時間をください」
「「そう? それなら話のキリも良いから一度休憩にしましょうか」」
「そうしよう。わしもはばかりへ行ってくる」
「「いてらぁ」」
助祭様が退室します。
ちぃ姉も「お茶を用意するわね」と言って厨房へ向かいました。
たぃ姉も「用事を片付けてくる」と部屋から出て行きます。
思いがけず一人になれました。
落ち着いて情報の整理ができます。
今回のお姉さん達の話で分かった事がいくつかあります。
まずは間違いなくフクロ城迷宮入口付近に『即死級の罠部屋』があり、それは同時に『未知の通路』でもあると思われる事。
そこへ『もぐりの彼』が迷い込んだ可能性が無いと言い切れません。
お姉さん達の話はわたしが情報提供を依頼した答えである可能性の高い話でした。
次が【無限に物が入る袋】の実在。
驚きです。
噂は本当だったようです。
ですが冒険で携帯するには実用性が乏しいですね。
お姉さん達と同じで拠点の貯蔵庫にするより効果的な使用法が思い浮かびません。
その使用法ならば中身が腐らない事が最高です。
一年中、旬の食材をお客様へ提供できる事は控えめに言っても最高ですね。
家の斡旋屋の厨房にも是非一つ欲しいと思います。
実力に合わない高価な品を持つと命を狙われるので良し悪しですが、そんな高価な品が無造作に厨房へ置かれているとは……誰も気付かないと言われても、わたしには真似できるでしょうか……できませんね。
お姉さん達はやはり傑物です。
最後にくだらない事ですが『お姉さん達は昔語りが下手』と言う事です。
自分達だけは悦に入って話しているのですが、聞き手に伝わりません。
ただ、お姉さん達が時々言っている『あへ顔』がどんな顔か分かった気がします。
もう一つの『だぶるぴぃす』は今回の話でしていないようですが。
二つ揃うと『最強』との事ですが、わたしには「まだ早い」と意味を教えてくれません。
副産物で助祭様の昔語りが少しは苦痛なく聞けそうです。
どちらかと言えば『助祭様の昔語りの方がまし』なだけですが。
今日一日で、わたしのような初級冒険者が通常知る事がない情報を得ましたが、何でしょう、要らぬ命の危険も増した気もします。
誰にも話さなければ大丈夫でしょうが、明らかに誰にも話せない秘密が増えました。
最初は『隠し通路があるのか』を聞きたかっただけでしたのに……




