シーリン過去編22:リポップ
頭上に両腕で三角形を作りながら、助祭様の周りを踊るように跳ね回るお姉さん達二人。
当事者ではないわたしですら、鬱陶しいと感じているのです。
助祭様の心中が穏やかでいるはずがありません。
それでも彼は、いえ、だからこそ彼は淡々と彼の物語を語り続けます。
………………
わしらも含めて十六人居る冒険者。
何かあっても冒険者の圧倒的勝利で終わる。
数を頼りにわしは気を抜いてしまった。
その隙を見逃さないように迷宮は攻めてくる。
それはまさに女性冒険者がわしを回復魔法の使い手と相方の冒険者へ説明始めた時起きた。
突然始まった出来事にわしは全く反応できなかった。
色とりどりの霧が一点へ集まり凝縮して、目の前へ突然魔物が生まれた。
「リポップだ! タゲ取れ!」
一番早く気が付いた者が警戒の声を上げる。
それに呼応して周囲で見張りをしていた冒険者達が次々と現れる魔物へ攻撃を仕掛けた。
区画各所に現れた魔物達へ攻撃を仕掛け戦闘の権利を取得した冒険者達が後退しながら戦列を構築する。
わしは迷宮で魔物が生まれる瞬間を初めて見た。
神殿で学んだ通り、本当に何も無いところから突然魔物が湧くのだな。
まさにヒトへ神が試練を与えてくださっておるとしか思えぬ。
緊張感の足りぬわしと違い、冒険者達の緊張は頂点へ達しておる。
その緊張感がわしへ伝わり、わしも気を引き締める。
「相手は四匹だ。マンツーでいくぞ! 俺はカバーへ回るが抜かれて背後を取られる間抜けになるな」
「「「「了解!」」」」
「戦線を構築後、順次俺のパーティーと交代してくれ」
戦闘権利者が魔物の隙を伺いながら交代する。
現れた四足歩行の魔物はたしか……
「くそう。ライオンか。強いくせに銭へならぬ」
「せめて雄がいればな」
そう。
ライオンだ。
この星原産の草原の王と呼ばれる魔物。
体長は五から八尺(約1.5メートル〜2.4メートル)、体重は五十貫(約190キログラム)を超える、集団で狩りをする大きな獣型の魔物だ。
肉は臭く、冒険者は食べるが、一部の愛好家を除けば売り物にならない。
毛皮がそれなりの値で売れるが、立派なたてがみを持つ雄と比べると雌は安い。
それでいて雌の方が強いと言われているのだから、冒険者の嘆きも分かる。
戦闘は魔物側が主導権を確保して進む。
もっとも大きな個体が一匹前へ出て冒険者を威嚇、残りの三匹は距離を取りつつ大きく移動しながら隙を伺っている。
後ろで交差しつつ移動する相手に冒険者達は対処しきれていない。
「マンツーやめてゾーンでいくぞ。五番、一歩前。ボックスワンだ」
「「「「了解」」」」
最も重装備な冒険者がもっとも大きなライオンと対峙する。
残りの四人は我々を護る為、等間隔に間を取り、ライオンの動きに惑わされなくなった。
冒険者達の適切な対応で戦闘は膠着状態となる。
わしが書物で学んだライオンの最も怖ろしい攻撃は噛みつきだった。
だが実戦では、口を大きく開け牙を見せて威嚇するだけで、噛みついてこない。
ライオンの主な攻撃方法は鋭い爪によるひっかきだ。
対する五番の冒険者は巨大な盾で身を守り、接近した相手を小剣で刺す戦い方のようだ。
互いの武器が届くか届かないか微妙な距離で牽制しあっている。
この間、わしは息を呑む事しかできなかった。
戦闘は次第に冒険者が押し込まれてきた。
互いに致命傷を避ける戦い方では、体格差からか、人数差を物ともせずライオンへ軍配が上がり、五番の冒険者はゾーンの列まで押しこまれた。
その事で五番の両隣りに構える冒険者も攻撃の機会を得るが、攻撃をすると同時に隙も生まれ、後列のライオンが一撃離脱を行ってくる。
その一撃を防ぐために、手の空いた者が間へ割って入り、ライオンの動きを牽制。
両陣営共に見事な連携をわしへみせつけた。
そんな中、事故が起きる。
後列から飛び出したライオンの爪が列で守る左端の冒険者へ届き、そのまま引き倒す。
引き倒された彼は金属鎧で護られておるが両腕は前脚で床へ押さえつけられ、渾身の蹴りをライオンの腹へ繰り出すが何ら痛痒を与えていない。
普段は敵からの攻撃を防ぐ頼もしい金属鎧が重力へ逆らい放つ蹴りの威力を殺していた。
時が止まったような静寂の中、彼の首もとへライオンの牙が喰い込んだ。
「ゔぉぉおおおお!!!」
「二番、六番と交代だ!」
「了解」
一番からの指示と同時に六番へ噛みついていたライオンはまるで興味を失ったかのように彼を口から放し元の列へ戻る。
二番が六番の穴を埋めるが、男性冒険者の中でも大柄な六番と比べると女性である二番は正直に言えば頼りなく見えた。
それはライオン達も同じようで、明らかに彼女を獲物として狙っている。
彼女を心配しながらもわしはわしの仕事をする。
トリと協力して六番の彼を後方の簡易キャンプまで引きずった。
その途中で見た彼女は十分以上に六番の穴を埋めていた。
後方から飛び出そうとする相手を的確に弓で狙い撃ち、出足をとめる。
致命傷を与えている感じはないが、相手の攻撃を事前に止める事で防衛戦線はより安定した。
この情勢ならば集中できる。
「気を保て。わしが魔法で治す!」
「本当に回復魔法が使えるのか?」
「…………」
流れる出す血が止まらない傷口を確認して少しだけ安堵する。
幸い欠損部位はなく、これならばわしの回復魔法でも元へ戻せるからだ。
「答えろ!」
口で答える事なく、魔法で傷を治し、答えとした。
傷口は塞げても、流れ出た血は元に戻せない。
一刻も早い治療が必要だった。
わしの回復魔法は使い勝手が悪い。
全神経を集中して、やっと傷を塞げる程度だ。
普段なら戦闘中で使用する事も出来ないし、神へ感謝の言葉を捧げる事もできない。
傷口が塞がると同時に周囲の冒険者からも歓声が上がる。
「……治ったのか……助かった。礼を言う」
「戦闘の交代要員が居ってよかった。わしは集中せんと魔法が使えぬのでな」
「大声を出して悪かった」
「慣れておるよ。血は戻せぬから安静にしておれよ」
「あぁ」
この冒険者と同様に満月の夜で傷付いた者達も治療者へ悪態を吐く。
痛みが精神の余裕を奪うからだ。
今回は運が良かった。
戦闘中の者へ外からいかなる支援も行えぬが、交代して後方で安全に回復できた。
わしの存在が転機となった。
回復魔法の使い手が居る事で冒険者達の動きが変わる。
魔物の攻撃を大きく回避したり、しっかり受け止める一つ一つの動きがはっきりと分かれた行動よりも、かわしながら斬ったり、受け止めつつ刺すなど、攻防一体の行動が増えた。
相手より踏み込みが大きくなり、必然として相手まで攻撃が届く。
ようするに怪我をおそれなくなり、人数差がそのまま戦力差へ反映された。
一対一の者は膠着状態を維持して二対一の者達が確実に勝利を収めていく。
戦闘は圧倒的に冒険者有利へ傾き、追加の怪我人がないまま終了した。
武器を収めた一番の冒険者がわしの元へやってくる。
「これをきっかけに本格的な冒険者を目指さない?」
「わしは駄目だ。集中できぬと魔法が使えぬ。実戦では役立たずだ」
「それでも居てくれると助かるわ」
「冒険者で回復魔法を使える者は少ないからな」
「そうなのか?」
「回復魔法の使い手はほとんど神殿へ連れて行かれる」
「たしかに元冒険者の聖騎士は多いな」
「半ば強制的に連れて行かれるぞ。おまえも気を付けろよ」
「心配要らぬ。わしは元より神殿関係者だ」
弛緩した空気が瞬時に引き締まった。
話をしておる者達ばかりか、倒したライオンを解体している者達の手も止まる。
またか。
先日と同じ事が繰り返されようとしておる。
鬼姉妹がこの場に居らぬのが辛いな。
「おまえは何を探っている?」
「それは言えぬ。だが迷宮内の様子を報告する義務は背負っていない」
「その言葉を信用できない」
「迷宮へ喰わせよう。後腐れがなくて済む」
「あぁ」
「待て待て。神殿関係者を嫌っておる事は承知だが無闇にヒトを殺そうとするな。わしは本当に迷宮内の事へ調査報告の義務はない」
「そうだよぅ。坊主は坊主だけどぉ良い坊主だよっ!」
「坊主ってのはこの親父の事か?」
「そうだよっ!」
トリがわしの前に両腕を広げて立ち庇う姿を見て、冒険者達が呆気に取られておる。
何やら信じられぬモノを見たと言う感じが伝わる。
たしかに「坊主」は神殿関係者を蔑んで使う時の言葉の代表だしな。
神殿関係者のほぼ全員が異教徒の僧職を表す「坊主」と呼ばれる事へ嫌悪感を示す。
酷い時は呼んだ相手をその場で「魔族」と認定する者も居ると聞く。
そのような蔑称である「坊主」と呼ばれ平静でおるわしを訝しむのだろう。
追撃の援護が受付嬢をしていた冒険者から飛ぶ。
「この娘の言う事は保証するわ。昨夜、隣の区画で同じような事がおきたの。半日の付き合いだけど、この坊主と呼ばれても平気な方は神殿関係者と思えないヒトよ」
「そうか……おまえが言うなら間違いなかろう……なぁみんな?」
この区画にいる冒険者全員が承諾して自分の仕事へ戻っていく。
仮設の休憩所へ残った者は一番の護符を持つ冒険者と受付嬢の冒険者、トリとわしの四人。
わしが「怪我の治療費は要らぬから迷宮の情報が欲しい」と言ったところで再び不審な目で見られるようになってしまった。
周囲の者も手を動かしつつ、耳がこちらを向いている気配が伝わってくる。
「本当に個人的な興味なのだが……神殿関係者がここまで嫌われておるとは」
「面従腹背ってやつだ。地上ではともかく、迷宮内で神殿の言う事は聞かねぇよ」
「どうかわしを信用して欲しい」
「良いぜ。仲間が信用した相手だ。それで、何が聞きたい?」
「まずは『何故ここの物資が迷宮へ喰われないのか』からだな」
相手の瞳から剣呑さが消える。
「神殿はそんな事も知らないのか。一日二回、客が出た後と来る前に全ての荷物を持ち上げているだけさ」
「神殿ではなくわしが知らないだけかも知れぬがな。そうか。かなりの重労働だな」
「二十人でやればすぐ終わる。大人数で活動している事へ何か言う事はないのか?」
「命令は受けておらぬからな。だが個人的な興味ならあるぞ」
「報告はしないのか?」
「義務はないからな。元よりわしは迷宮所属でないから規則の知識がないのだ。わしの考えを言えば六人と人数を決める神殿が間違っておる。今の言葉、神殿関係者には内緒にしてくれよ」
「あんた、本当に神殿関係者か? あんたみたいなのは初めてだよ。まあ神殿が行動人数を六人と言う事も分からなくはない」
「何かあるのか?」
「一人で護符を二枚使おうとしたり、二人で同じ護符を使おうとすると、どちらの護符の加護も失われる。だから六種類の護符へ合わせてパーティーも六人なんだろ」
「ふむ。公式で発表されておる記憶はないが、護符にそのような決まり事があったのか」
「一度に複数の護符を使える奴もいるけどな。神殿は案外その事を隠しているかもな」
「否定はできぬな。この事実を発見した者が神殿関係者でなければ尚更だ」
「あんた、本当に神殿関係者なのか?」
「わしはあと何度『そうだ』と答えれば良いのだ」
「すまんな。にわかに信じられなくて」
相手の瞳へ親愛の情が生まれたように思える。
ここでわしは受付嬢の冒険者から頼まれた事を再び提案した。
「そう言えば回復魔法を掛けて欲しいと頼まれたのだったな」
「本当に回復魔法を掛けてくれるのか? 何を要求する気だ? 無料は信用できぬぞ」
「そうか。たしか回復魔法の相場は一分だったか?」
「それは迷宮外の相場だ。ここは迷宮内だぞ?」
「問題あるまい」
「あんた、本当に神殿関係者なのか?」
「神は赦してくれるさ。ただし神殿関係者には内緒にしてくれよ」
「あんたには負けたよ。これからも四層目へ行く時は是非ここを使ってくれ」
「その時は頼む」
「坊主はぁ良い坊主でしょ?」
「本当だな。お嬢ちゃんも良い嬢ちゃんだな」
「トリはお嬢ちゃんじゃないよぉ。大人だよぉ。坊主と結婚するんだよぉ」
「こいつは失礼。奥方様」
「こやつの言う事を信じるな。わしは生涯通して独身だ」
その後は宿屋区画へ戻り、談笑を交えつつ十人以上の冒険者へ回復魔法を掛けた。
こんなに魔法を使ったのはいつ以来か思い出せぬ。
心地良い疲労を感じておると、冒険者の代表から「今日はこのまま一日滞在して欲しい」と誘いを受ける。
わしは迷宮深部の宿屋の経営へ興味があり言葉に甘え滞在しようとした。
二匹の鬼の存在を失念して……
………………
「「冒険者にも尊敬されて坊主三角形ぇ」」
「まだ言うか?」
「昨日の今日で宿の雰囲気が変わったから何かあったと思っていたけど」
「当時は教えてくれなかったよね」
「「そうそう『男同士の秘密』とか言って」」
「お姉さん達が言う通りです。男子が女子を追い出す常套句ですよね」
「女も同じ言葉を使うではないか」
「「それもそうね」」
助祭様の話は個人的な興味があれど、フクロ城の迷宮に深部へつながる隠し通路があるのか、と言うわたしの質問へ全く答えていません。
わたしの質問など忘れてしまったと思える調子で助祭様の昔語りはこれからも続きます。




