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 シーリン過去編20:迷宮の宿

 目の前で大人三人が醜い言い争いを繰り広げています。

 今後、誰がわたしへ話をするかと言う不毛な争いです。

 わたしは情報さえ手に入るのならば誰の話でも良いのですが……

 お姉さん達の口から「「神のダイスで決めるわよ」」と聞き捨てできない言葉が出たところで、わたしは横から割り込み、依頼者権限で助祭様から続きの話を聞く事にしました。

 これ以上の寄り道は勘弁願います。

 お姉さん達も文句を言いつつ、決定に従ってくれます。

 二人も助祭様の話は飽きてきたらしく【神のダイス】で気分を変えたかったのでしょう。

 こうしてお姉さん達二人が不機嫌になった分だけ助祭様の機嫌は良くなったようです。

 助祭様の意外とおしゃべりだった口が滑らかさを増して回り出しました。




………………




 わしらは袋小路にある迷宮の宿の一つへ向かう。

 同じような迷宮の宿は複数存在しており、鬼姉妹が普段から世話になっている宿を紹介してくれるとの事だ。



 鬼姉妹の案内で、四層目に下る階段がある区画から数区画を移動した。

 そこで冒険者の一団と遭遇した。

 一団は一時拠点を作っており、見張り以外は腰を下ろし、くつろいでいた。

 見張りが鬼姉妹と顔馴染みのようで、互いの姿を確認すると、片手を挙げて挨拶する。

 だが一団の人数が十人いる……人数がおかしい……気にしているのはわしだけか?

 冒険者の一団と鬼姉妹は何の問題も無いかのごとく会話を始めた。


「今日は珍しくフルパーティーで仕事か? この区画も十六人になれば楽になる」

「「今日は客よ。一見さんを四人連れてね」」

「客か……もう一組来るときついな……」

「「その時は最前線へ立つわ」」

「相変わらず頼もしい。その時はよろしく頼む。一見さん達も歓迎する。安全は保証するから、たっぷりと飲み食いして、たっぷりと金銭を落としてくれ」


 冒険者が奥の区画へ合図を送ると一人こちらへ移動してきた。

 その後、わし達も「すぐに一人移動してくれ」と指示された。

 隣の区間は満員なのか?

 一人ずつ交代で出入りを繰り返した先の区画。

 そこで見た光景に自分の目を疑った。



 先の区画は、言われた通り行き止まりであったが、他がわしの想像を超えていた。

 地上の施設と比べては駄目だが、迷宮内と思えない施設が区画いっぱいに広がっている。

 区画内は大きく分けて、住居部分と倉庫部分と管理部分に分かれていた。

 住居部分には六人掛けの食卓が三卓、三段になった寝台が六台十八床……つまり三組の冒険者が寝泊まり出来る。

 わし達は三組目で、冒険者の一組は防具を脱いで完全にくつろぎ、もう一組はいつでも戦える状態を保ちながら談笑していた。


 倉庫部分には棚がいくつも並び、所狭しと大量の荷物が整然と置かれている。

 その棚の奥に背の高さが四尺前後の人影が見えた。

 その人影は全く動く気配が無いため、背景に溶け込んでいたが、よく見れば人形だ。


 おそらくは自動機械人形。


 わしもこれまでの人生で実物を見た事は滅多にない。

 非常に高価な為、街中で見かける事は皆無で、神殿内へ持ち込むを許されていない人形。

 赤の月の満月の下で巨大な人型兵器を動かす為に必要とされる人形。

 迷宮では【員数外】とも言われる迷宮の区画における人数制限の外にいる存在。

 分類的には破壊不可能の構造物に近く、一切の攻撃を受けないが、攻撃もできない。

 ただし荷物持ちとしてみれば、これほど優秀な存在はなく、奪い合いになるほど人気だ。


 管理部分では二人の女性冒険者が働いていた。

 一人は煮炊きをしていて、一人は受付嬢のようだ。

 わしはパーティーを代表して六両を渡しながら受付嬢と会話を始める。


「世話になる」

「四人は新顔ね。残り二人は馴染み過ぎだし、信用するわ。たっぷりと金銭を落としてね」

「隣の区画でも言われたが怖いな」

「大丈夫よ。飲み代が足りない時は飲み食いした三倍の物資を運ぶだけよ」

「命懸けだな」

「そうよ。荷運びを一度経験すれば物価が高い理由は納得できるわ」

「おぬしも運んだくちか?」

「ご想像にお任せするわ。何か注文は? 今日は新鮮な物が無いけどね」

「注文したくとも値段が分からぬとな」

「物価は地上の十倍と思ってくれたら良いわ。品の良さはその逆ね」

「十倍か……では予算一両で飲食を適当に頼みたいのだが……」

「一両出せば大丈夫よ。あとは任せて。顔馴染みもいるし不正はしないわ」

「まるで顔馴染みが居なければ不正をするような言い方だな」

「あはは。ご想像にお任せするわ」


 受付嬢とのやり取りを終えると他の五人は既に食卓へ着席していた。

 サルとトリが予想に反して大人しい。

 もっとはしゃぐと思っていた。

 たしかに地上と比べて冒険者の人数こそ少ないが雰囲気は別格だ。

 わしも含めて三人共、肉食獣の檻へ入れられた草食動物の気持ちなのだろう。

 怖れを顔へ出さないように注意せぬとな。


「あそこにある人形ってあの人形だよな?」

「「そうよ。冒険者達は地上にいる時ここへ預けているの」」

「近くで見たいなぁ」

「「近づく気なら命を賭けな」」

「怖いからやめるぅ」

「それが良い。ヒトに触らせたくないから、ここへ預けておるのだろう」

「「マスター登録されているから盗んでも無駄なのだけどね。それを知らないヒトの方が多いし地上へ持ち帰ると盗難と言うか誘拐が後を絶たないのよ」」

「なんで命を賭けるのぉ?」

「絶対に手放したくないからだ。俺達の人形なら見せてやるぜ?」


 隣の食卓から突然、トリの肩へ腕が、耳へ声が掛かった。

 防具を脱いでくつろいでいる若い男性冒険者だ。

 嫌がるトリは腕を払おうとするが動かせる気配を感じない。


「あんたら、ここは初めてのようだな。仲良くしようや」

「それを合意する為にも彼女を解放してくれないか?」

「おっと、すまん。迷宮の奥では稀な美女だったのでな。せっかち過ぎたか?」

「いきなり触れてくるヒトは嫌い!」

わりわりい! 謝るからゆるしてくれ。仲良くしよう。なっ?」


 トリの言葉で男が離れた。

 男は酔っ払いではなく素である。

 突然見知らぬ女性の肩へ腕を掛ける行為など、わしにはできぬ。

 一周回って男の勇気へ敬意を感じる。

 男が「ロボコ」と少女を呼びつける。


「ご用件を伺います。マスター」

「四半刻(約30分)ほど、そこの六人の相手をしてやれ」

「承知しました。6人を30分だけゲスト登録します。よろしいですか?」

「よろしい」


 少女……ではなく「ロボコ」と呼ばれた自動機械人形がわしのところへやってきた。

 わしが知る限り、自動機械人形は全身金属で覆われているモノからほとんどヒトと見分けがつかないモノまで千差万別だが、全ての自動機械人形が同じくするモノは三つある。

 素体と呼ばれる本体は、人間族の形を模し、同じ大きさで、耳が必ず金属なのだ。

 ただし「オプションパーツ」と呼ばれるモノで例外も多々生まれるらしい。

 このコはほぼヒトと見分けがつかない女性型で一般的な貫頭衣を着ていた。

 神殿で生活していては話す事が一生なかっただろう存在へ、わしの心が奪われる。

 わしばかりではない。

 鬼姉妹を除いたイヌ達三人も「ロボコ」へ完全に気を取られてしまった。

 そんなわし達の様子を男のパーティーが優越感をにじませたい笑みを浮かべて眺めている。

 それでもわしはこの好機を逃すまいと思い「ロボコ」へ尋ねた。


「おぬしのような存在はどうしたら手に入れられるのだ?」

「ゲスト登録の方に教えられる事へいくつかの制限が掛かっています」

「では教えられる事を教えて欲しい」

「初期状態から稼動させるとマスター登録が可能です」

「マスターとは主人の事だな?」

「はい」

「マスター登録はこの区画で置かれているモノで良いのか?」

「全て稼動済みのためマスター登録は不可能です」

「マスター登録の変更は可能か?」

「ゲスト登録の方へお答えできない質問です」

「では未稼動のモノはどこにあるのだ?」

「どこにでもありますが、現在、発見される事は稀です」

「そうか。手にする事は難しいのだな」

「入手をご希望でしたら踏破されていない地の探索を推奨します」

「ありがとう」

「「欲しいの?」」

「いや。単なる好奇心だ。わしが手にして良いモノではないしな」

「「神殿へお持ち帰りできないものね」」

「「「「「「神殿!!」」」」」」


  一瞬で場の空気が固まった。

 区画内にいる全冒険者の視線がわしへ集中する。

 迷宮を管理して情報統制する神殿の事は冒険者達が良く思っていないと知っている。

 情報統制を乱す者が行方不明となる事は有名な事実だ。

 そして神殿は自動機械人形を好ましく思っていない。

 だが魔族と認定する事なく黙認している事も事実だ。


 どうする?


 わしの正体を明かし、敵意が無い事を伝えるべきなのか?

 だが、わしにはどうして区画内の空気が一変したのか理由すら分からない状態だ。

 正体をさらす事でより追い詰められる事も考えられる。

 迷宮を管理している者達は冒険者達へ何をしたのだ。

 神殿が冒険者達を粛清している噂は事実なのか?

 視線が痛いと思えるほど冷たく刺さる。


「坊主はぁ坊主だけどぉ良い坊主だよぉ!」

「「真面目だけど坊主臭く無い事は同意するわ」」


 トリと鬼姉妹がわしをかばう。

 嬉しくもあるが莫迦ばかにされた感もあり微妙な気持ちだが、区画全体に充満していた一触即発の空気は多少薄れて、鬼姉妹が発した次の言葉でくすぶった火種を残しつつも周囲の敵意は表面上鎮火したようだ。


「「文句があるなら決闘でのみ受け付けるわ」」

「「「「「「…………」」」」」」

「「一人も居ないの? つまらないわね」」

「あんた達が味方するんだから、悪い奴じゃないんだろうよ。喧嘩は終わりだ。交流もな。ロボコ戻ってこい」

「はい。マスター。では失礼します」

「色々と教えてくれてありがとう」

「お役に立てたのなら幸いです」


 ロボコと呼ばれた自動機械人形は元のパーティーへもどっていった。

 誰かに声を掛けられるまで、微動だにしない事が、余計に彼女を人形だと認識させる。

 わしを神殿の回し者と警戒したのか、他のパーティーどころか、受付嬢達からも遠巻きに観察されている気分になった。

 わしはこの場を楽しめるほど豪胆ではない。

 質は乾物を煮たり焼いたりしただけの『酒のつまみ』としか思えない、だが量は腹を満たしても余るくらいたっぷりな夕食を黙々といただき、わし達はすぐに寝所へ向かった。



 三段寝台の寝心地は食事より悪くなかったが、どうにも寝付けない。

 目は閉じていても耳が懸命に周囲の様子をうかがっていた。

 時折、鬼姉妹二人の笑い声だけが静まり返った区画に響く。

 二人はまだ食べているのか?

 冒険者の食欲は旺盛おうせいだ。

 鬼姉妹の豪快な食べっぷりを見る度に思う。

 良い意味でも悪い意味でも鬼姉妹達は冒険者達から一目置かれているようだ。

 うるさい二人へ文句を言う者は誰もいなかった。





………………




「その後、疲れていたし、わしはいつの間にか寝てしまったけどな」

「わたしは自動機械人形を見た事がありません」

「「それが普通よ」」

「お姉さん達は手に入れた事がありますか?」

「手にしたら私は働かないわ。全部任せて受付で寝て過ごすわ」

「それでも受付にはいるのですね」

「機械へ全て任せる事は、姉さんへ全て任せる事と変わりないわ」


 ちぃ姉らしいと言うか……


「そんな事言うなら、あたしは休憩室でシーリンちゃんを抱いて寝るわ!」


 発言と同時に両脇へ腕を通されて拘束されました。


「しっかり食べているの? ふくよかさが全く足りないわ」


 胸をさすりながら言わないでください。


「色々と邪魔になりそうだから要りません……」

「「胸の大きさの違いが戦力の決定的な差でない事を教えてあげるわ!」」

「…………」


 くだらない事ばかり二人の息が揃います。

 わたしは呆れて二の句が継げません。


「大きくても大丈夫! これから寝技の稽古よ! 力尽きるまで寝かせたりしないから!」

「ずるいわ姉さん。それに実力も教えるのも私が上手よ?」

「あたしがいつも手加減してあげているのに気付かないの?」

「「どちらが上か勝負して決めるよ!」」


 わたしを置き去りにしたまま二人が勝手に盛り上がっていきます。


「待ってください! 今は片腕が折れていますし……」

「「迷宮の深部だと五体満足で戦える方が珍しいから! 良い訓練になるから!!」


 ちぃ姉は普段真面目ですが、本性はたぃ姉と変わりない事を思い出しました。

 たぃ姉は誰が居ても変態、ちぃ姉は誰も居ない時に変態化……いえ、本来の姿へ戻ります。


莫迦ばか者共! わしの話が途中だ。嬢ちゃんは渡さぬぞ」

「「シーリンちゃん。この『くそ坊主』のくだらない話とわたしとの有益な訓練。どっちを選ぶの!?」」

「わたしは情報料を払ってここにいます。本来ならどちらもお断りします」

「意外と嬢ちゃんもはっきり言う。フクロ城の迷宮へ移動するのはまもなくだ。もうしばらく、わしの思い出話へ付き合ってくれ。礼として回復魔法を掛けてやるぞ?」

「このまま昔話へ付き合いますが回復魔法は要りません。お姉さん達の言う通り怪我をしているからこそできる訓練もありますから」


 わたしは館長の顔を思い浮かべ、助祭様の回復魔法を断りました。

 先日、片腕を『使わない事』と『使えない事』の差を経験したばかりです。

 自分を甘やかさない為に、自分の口から出して、回復魔法を受けない決意を固めました。

 いつか今の経験が生きると信じて。

 一生役に立たない事が幸せと思いながら。

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