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 シーリン過去編19:機密は必ず漏れるもの

「これからの話は下級冒険者が知り得ぬ事。機密事項だ。覚悟は良いな?」


普段に増して真剣な表情の助祭様がわたしへ尋ねます。

わたしは躊躇する事なく「はい」と答えました。

彼はわたしの返事へうなずくと昔語りを再開します。




………………





迷宮三層目にてわしは衝撃の事実を聞いた。

目の前にいる二人が「自分達は【黒の月】の末裔だ」と言ったのだ。

わしは知識として知っていた。

神殿は外部へ非公表だが【黒の月】の末裔がこの地で暮らしている事を認めている。

だが神殿内で、皇室や大将軍家、教皇様までもが【黒の月】の末裔との噂が流れた時。

この話題を声高々と話す一派が丸ごと神殿内から居なくなる事件が度々あり、噂は真実味を増しながらも『神殿の機密事項』として皆に認識された。


話を戻すが、わしの目の前に自称とは言え【黒の月】の末裔がいる。


末裔と言われて納得出来る実力を備えた者達だ。

どうやらわしの失言でイヌ達三人を神殿の機密事項へ触れさせてしまったな。

わしは一考し、彼等が中途半端な知識で噂を流言する事より、ある程度の機密を開示した上で機密事項の隠匿へ協力させる事を選んだ。

わしは正確な情報を知る事が彼等にとって一番安全と判断した。


「これから話す事は『自分だけでなく皆の命に関わる事だ』と肝に銘じて聞いて欲しい」


イヌとサルが無言でつばを飲み込む。

トリは瞳へ好奇心と言う名の光を輝かせて首を縦に振っている。

不安はあるが、それを了承とみなして、わしは普段より低い声色で語り始めた。


「わしも実際に見たのは初めてだが【黒の月】のヒトも普通に暮らしている」

まことですか?」

「化物じみた奴等は月の満ち欠けに影響を受けるがな。例をあげるならば、身体能力を上げる魔法が異常に得意な奴は多少なりとも【黒の月】の血を継いでいると言って過言ではない」

「冒険者の中には結構いると思うぞ。一流の冒険者はほぼ全員使えるのじゃないか?」

「同意する」

「本人に自覚がないだけだ。むしろ鬼姉妹のように自分が【黒の月】の末裔と知っている者はほとんど存在しないとわしも聞いておる。鬼姉妹ほど能力が向上する者は見聞きした覚えが無い。彼女達は【黒の月】の血が濃いと考えておる」

「確かに目前で鬼神の如き活躍を見せられては納得せざる得ませんな」

「こらこら。わしの前で『鬼神』の名を口から出すな。神はただお一人だぞ」


わしも自分の事を棚に上げてよく言う。

くだんの鬼共は何処吹く風と言った感じだと言うのに。


「だけどぉ。どうして【黒の月】のヒトが普段からるのぉ?」

「そこは【銀の月】も【金の月】も普段からるしな。不思議あるまい」

「じゃあ【赤の月】はどうなのさ?」

「そこは小人族が疑われておる」

「歳を重ねても大人になれぬ者達ですな」

「かわいそうよねぇ」

「年をた小人族の姿は子供で頭脳は大人。普段より虐げられているゆえにずる賢さが目立ちます。見た目をかした盗人ぬすっとが多いのもそれ故でしょうか」

「世間様ってやつぁ子供の見た目じゃまともな職に有り付けねぇからな」

「神へ仕える者として情け無く思うが否定は出来ぬ。定住出来ず『放浪の民』とも言われておる事も含めてな」

「かわいそうよねぇ」


わし達四人の話に興味無い感じであった鬼姉妹が突然会話に加わった。


「「この世界は色々混じっているわ。悩み多きあなた達へ良いモノを見せてあげるわ。六両持ってるかしら?」」

「六両だと!? 何へ使う気だ?」

「「迷宮の宿屋へ泊まる費用よ」」

「なんと暴利な……」

「「ここは地上じゃないの。水も酒も血を流して運ばれているのだから」」

「宿屋っ! 見たいっ。坊主。いこぉ」

「おぬしが言うとわしは貞操の危険を感じてならぬ」

「「大丈夫よ。みんなで雑魚寝だから」」

「じゃぁっ坊主の隣へ寝るぅ!」

「噂で聞いた事は有りましたが実在するとは……」

「「地上じゃ迷宮内の事は銭になるからね。意外と知られていないわ」」

「迷宮の秘密の一つに触れられるのか……坊主のおごりなら行きてぇぞ」

「「じゃあ満場一致で」」

「わしがまだ賛意を示しておらぬ! とは言え、ここから地上へ引き返す事も一仕事だな。後学の為に迷宮で宿泊をしてみようか?」

「坊主っ。大好きぃ」


トリが勢いよくわしに抱きついてくる。

軽装とは言え互いに鎧をまとっている為、柔らかさは感じぬが、色の良い香りが鼻腔をくすぐり、わしを桃色世界へ誘惑する。

サルの呪い殺さんとするするどい視線がわしを桃色世界の誘惑から救った。

心中でだけサルへ感謝の言葉を述べておこう。

今回の迷宮探索でわしの理性は少なくない回数を彼に助けられておる。



今後の予定は決まった。

トリがわしから離れると四層目の大階段へ向けて探索が再開される。

鬼姉妹の戦いは体格差で力押しをしてくる者に適していた。

彼女達は魔物の攻撃を体の正面で受け止めない。

体は攻撃を回避していても、武器は攻撃を受け止める。

いや……受け止めるは正確な表現ではない。

相手の攻撃は彼女達の武器がそのまま弧を描きおのれへ返ってくるのだ。

相手の打撃を利用して威力を増す鬼姉妹の攻撃は美しき舞であり嵐だ。

嵐の中心に居る鬼姉妹がゆったりとした動きに見えても、周囲は血飛沫と肉片が吹き荒れる。

何度も何度もわしの信仰心を試すように美しき鬼神が舞う。

二人の戦う姿はわしが初めて神の声を聞いたと思えた宗教画よりも鮮烈に心へ沁み入った。



数度の戦闘を経て、四層目に向かう大階段へ続く区画まで、どうにか辿り着く。

戦闘は全て鬼姉妹が嬉々として行なっていた。

それでも残りの四人は疲れ果てていた。

自分が全くかなわない魔物との遭遇はそれだけで精神力を大きく削るのだ。

疲れた体と頭で『嬉々』は『鬼々』と書いても問題無いと考えていた。

鬼々とした表情で二人が唄うように話し出す。


「四層目からは魔物がぐんと強くなるの」

「ようやく本気で楽しめるわね」

「あら。キャリオンクローラーは良かったわよ?」

「そうね。変異した魔物は楽しいわ。もっと戦いたいのだけどね」

「なかなか遭えない事が難点ね」

「下へ行くほど遭えるのよね」

「「ならば階下へ行きましょう」」

「待て待て! 先程の話でわし達は宿泊地へ向っておるはずだ」

「「減るものじゃないし、一戦だけ一戦だけ」」

「減る! わし達の寿命がすり減る!」

「「奥までは突っ込まないから」」

「一戦だけと言ったばかりだろう? 要求が増しておるぞ!」

「「大丈夫大丈夫。一戦すればすぐに気持ち良くなるから。奥まですぐよ?」」

「わし達が昇天する! 魔物も一層強くなるのだろう?」

「「天井の染みを数えているうちにっちゃうから」」

「魔物から目を切れるかぁ!」

「「確かに四層目からは地上で滅多に見られない魔物も居るしね。初物は見逃せない!」」

「初物を見たい訳ではない!」

「「仕方ないわね。奥は諦めて途中の【Gスポット】を攻めるだけで我慢するわ」」


今「ジースポット」と言ったのか?

嫌な予感がする。

わしは(つづりを聞かずにおられなかった。


「ジースポットだと。字を書けるか?」

「「こうよ」」

「なんと!」


鬼姉妹が床へ同じ綴りの文字を並べ、わしを驚嘆きょうたんさせた。

そこには神殿の最高機密の一つである【神の文字】が一文字使われていた。

迷宮内でも深く潜れば潜るほど【神の文字】が散見しだす。

記号の羅列として見られているだけならば問題無い。

だが今回は意味を持った文字として使われている可能性が大きい。

わしは鬼姉妹を問い詰める。


「おぬし達の言う【Gスポット】とは何だ?」

「巨人族の根城よ。いつからかは知らないけど巨人族が迷宮の一画を占拠したの。一番奥に親玉が居るって噂だけど、確認したヒトは居ないわ」

「巨人族だって莫迦ばかじゃないからヒト族と同じ対策をしているの」

「ヒト族と同じ対策?」

「「一区画に入れるのは敵味方合わせて二十人までって規則よ」」

「そうか……」

「「気の無い返事ね。気合い入れる為にも【Gスポット】行こっ」」

「可愛く言ってもわし達は行かぬぞ!」


巨人族がヒト族と同じ事をしているのは問題無い。

彼等も【銀の月】の魔族であり、文化の程度はヒト族より低そうに見えても知性がある。

問題は巨人族ではなく鬼姉妹だ。

冒険者が【神の文字】を記号の形として知っている事はよくある。

しかしほぼ全ての冒険者は迷宮深部で見る記号が【神の文字】という事実を知らない。

だが鬼姉妹は【神の文字】の意味を理解して使っていると思われる。

巨人族の迷宮名は「ジャイアント」で【神の文字】にすると頭文字は「G」だ。

確かめなければなるまい。

冒険者達はどこまで知っておるのだ?

場合によっては何よりも優先して上司へ報告する案件だ。


「「坊主!? どうしたの? 考え事? 考えるより先に行動する事が大事よ」」

「おぬし達は少し考えて行動した方が良いと思うぞ。それと一つ聞きたい事がある。冒険者達は皆で巨人族の根城を【Gスポット】と呼んでいるのか?」

「「わたし達だけよ。毎回毎回『巨人族の根城』じゃあ長いから略して【Gスポット】」」

「そうか。ヒト前でなるべく使わぬようにな」

「「平気よ。他の冒険者達も独自の暗号を使っているから」」

「そうなのか?」

「「そうよ。正確な情報は時として宝石より価値があるわ」」

「そこは同意する」

「「それじゃあしゅ)ぱぁっ!」」

「待て待て!」


鬼姉妹の陽気な掛け声に、イヌは普段から乏しい表情が完全に消失し、サルはあからさまに溜息を吐き、トリは「はやく坊主と寝たいのに」と物騒な言葉をつぶやいた。

トリの妄言を含め、わし自身もこれ以上の問題ごとは今日はもう勘弁願いたい。

迷宮内の宿泊場も気になるし、それ以上に【神の文字】を冒険者達がどれほど迷宮内で普段使いしているか調査の必要を感じている。

ここまで迷宮深くとなれば神殿の目はほとんど届かない。

今回は冒険者の実態が直接観られるのだ。


「今日はここまでにして、明日、巨人族の根城へと向かわぬか?」

「結局行くのかよ……」

「予定が日帰りでしたから残り物資量に不安が出ます」

「坊主が行くならぁ付いて行くよぉ二泊でもぉ三白でもぉ」

「トリ。ありがとう。だが二泊の予定はないぞ。イヌ。足りない物資は地上より高価でも宿泊地にて補充する。サル。我々四人だけではどのみち地上へ帰られぬ。鬼姉妹へ付き合おう。鬼姉妹。おぬし達は平気でもわし達がもたぬ。巨人退治は明日へ伸ばしてもらえぬか?」

「「わたしは良いわよ。宿泊費は坊主が払ってくれるのでしょう?」」

「あぁ全員分わしが面倒みよう」

「「それじゃあしゅ)ぱぁっ!!」」




………………




「迷宮深部に休憩所があるのですか?」

「ここには無いわよ」

「所属冒険者はシーリンちゃんだけだしね」

「では物資集積所でも良いのですが」

「「それも無理ね」」

「そこは物資を迷宮へ放置するとどうなるか思い出してみると良い」

「一日で消えます……」


わたしはそこで一つの事を思い出しました。

現在行方不明の彼が片目を失いかねない大怪我をして開けた宝箱。

それにはお姉さん達が仕込んだと思われる新鮮な食料などが入っていたのです。


「お姉さん。もしかして宝箱を物資集積所とする実験をしたのですか?」

「残念だけど違うわ。あくまで個人的な興味関心よ」

「だけどシーリンちゃんの発想は面白いわ」

「宝箱で物資補給ね……問題は偶然でしか補給出来ない事ね」

「そこはどうにもならないわね」

「無理ですか?」

「「無理ね」」

「それでは迷宮の宿泊場の物資はどうやって管理していたのでしょうか?」

「「それはね……」」

「待て待て。わしの話を横から取るでない」

「「元はわたしが教えた事じゃない」」

「今はわしが話しておる」

「「ぶぅぅ」」


助祭様とお姉さん達の言い争いが始まったようです。

もう諦めていますが、これ以上話の腰が折れて長引く事は避けたいと思います。

わたしは【神の文字】がとても気になっていますが、触れたら取り返しが付かなくなる予感も同時にする為、絶対に話題としない事を自分へ誓いました。

神殿の秘匿事項へ関わって良い事は一つもありませんし。

そんな事を考えながら、三人の争いが自然に終わるのを黙って待ちました。

今日は心の……忍耐力の訓練日です。

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