シーリン過去編18:昼休み
わたし達が食堂へ顔を出した頃にはお昼休みも半ば過ぎていました。
ほとんどの衛兵さん達は食事を終え、各々が好きに過ごしているようです。
わたしは誰も居ない隅の食卓を見つけて助祭様と二人で座りました。
衛兵さん達から遠巻きに監視されている気がします。
わたしの気のせいでしょうか?
周囲を見回しても彼等はこちらを見ていません。
ただ一人ちぃ姉が反応してわたし達へ近づいてきました。
「ご注文は?」
「いつものだ」
「蛙をお願いします」
「二人共。たまには他のも食べないの?」
「「……」」
「まあ良いわ。姉さん。パンとワインと蛙を一人前ずつお願い」
「了解」
奥の厨房からたぃ姉の返事が聞こえ、ちぃ姉がそのままわたしの隣へ座ります。
衛兵さん達は訓練に戻る時、一人一人がわたしへ一言声をかけてくれました。
ヒトによって細部は違いますが「無事で良かった」と。
わたしも立ち上がり礼をして謝辞を述べます。
彼等へ素直に感謝できたのはここまででした。
とある一人の衛兵さんが突然わたしへ抱きついてきました。
反射的に彼の両腕をかいくぐり、足を引っ掛けて床へ転がせてしまいます。
その様子が面白かったのか、周りの衛兵さん達は大爆笑。
これより後は彼等の中で【一度だけ抱きつき行為が可】と暗黙の了解が決まったようです。
次々と襲い掛かってくる彼等の腕を蹴って払ってかわして逃げまわります。
折れた左腕と肋骨の痛みが増す中、信じられない言葉が耳へ届きました。
味方から背中を射られた気持ちです。
「怪我をしている時しか出来ない訓練ってあるのよね。みんなぁ頑張れぇ」
「「「「「よっしゃぁ! 俺が嬢ちゃんを抱きしめるぜ!!」」」」」
「させません!」
「シーリンちゃん。頭から落としたら駄目よ」
お姉さんの一言で思考回路が切り替わりました。
わたしであってわたしではない不思議な感じ。
考えるより速く体が滑らかに動く。
緩急は付けても決して止まる事のない足さばき。
心は背後霊のように後ろから自分の体を見ているだけ。
再び心と体が重なり合った時、最後の衛兵さんと背中合わせになっていました。
振り返れば呆けた顔をした衛兵さん達が立ち並んでいます。
誰かが小さな拍手を始めました。
すぐに周りへ伝播して拍手の音が大きくなります。
まるで大粒の雨が降り出した時と似た、拍手の雨。
彼等がわたしへ「良い動きだ」とか「このまま精進を重ねろよ」とか「次は負けないからな」とか語りながら去っていきます。
今回の暴挙をみなさんは良い感じで終わらせる気ですね?
わたしは今回の仕打ちを忘れませんよ。
心臓の鼓動に合わせて痛みを主張する左腕と肋骨へ誓って。
衛兵さん達を見送ると、たぃ姉は着席し、共に運ばれた蛙料理も冷めていました。
いつの間に?
気配も感じ取れないお姉さん達が今回の騒動へ参戦しなかった事に感謝しましょう。
衛兵さん達をけしかけた怨みと相殺ですが。
わたしは誰も居なくなった斡旋屋の入口を最後に睨むと気持ちを切り替え着席しました。
「「お疲れ様。みんなシーリンちゃんを心配してたから無事な姿を見て嬉しかったのね」」
「若い娘と戯れたかっただけかも知れぬがな」
「「わたしも十分若いわよ!」」
「見た目はな」
「「中身もよ!!」」
「あぁ。確かにおつむも幼いな」
「「……」」
「……」
三人の間に漂う空気が張りつめていて息苦しさを感じます。
わたしは三人の争いへ関わらないように冷めた蛙を黙して食べ続ける事としました。
助祭様は圧倒的な戦闘力を持つお姉さん達へ対等の立場で文句をつけるのです。
共に居ても馴れ合わない空気。
これが正しい【パーティー】の空気なのでしょうか?
ひりひりとした尖った空気の中に不思議と互いの信頼も感じました。
「「どこまで話したの?」」
「この場では何も語らぬぞ」
「「そうね。続きは礼拝所で」」
わたしが食べ終わるのを待ち、お姉さん達が席を立ちます。
お姉さん達は騒動の間に食べ終えていたのか飲み物を口にしただけでした。
お姉さん達が斡旋屋臨時休業の支度を済ませ、わたし達四人は礼拝所へ戻ってきました。
斡旋屋の業務は休業しても助祭様の日課はやめたりしません。
食後の祈りが終わるまで女三人で雑談をして彼を待つ事となりました。
ここぞとばかりに自分の興味をお姉さん達へ投げかけます。
「お姉さん達は戦闘中に歌を歌うのですか?」
「歌? もしかして私達の村へ古から伝わる曲の事かしら?」
「あれ。気持ちが高揚するのよね」
「何か特別な曲ですか?」
「「どうかしら。村に口伝で継承された【大物狩り】をする時の曲よ」」
「そうですか」
わたしは迷いました。
お姉さん達から直接【黒の月】の事を聞くのかを。
うつむくわたしの下へ潜り込んだ四つの瞳が悲しげに見つめてきます。
「「シーリンちゃん。わたし達先祖の事を助祭様から聞いたの?」」
「……はい……」
「「わたし達が怖い? 憎い? それとも嫌いになったかしら?」
黒の月の住人は世間から蛇蝎のように嫌われています。
理由は満月の日の被害があまりに大きい事です。
彼等はヒトをヒトとして認識していません。
一人の敵を倒すため街を滅ぼしても平気で高笑いして勝利を自賛する奴等です。
控えめに言っても狂っています。
二対の不安気な瞳がわたしを見つめてきます。
わたしはお姉さん達を怖いとも憎いともまして嫌いだなんて思っていません。
それに「お姉さん達が黒の月の住人」と聞いても信じられませんし。
ただ昼食時、同席していたにも関わらず、わたしが黙して無視した事も事実です。
真相は助祭様とお姉さん達の争いへ関わりたくなかっただけなのですが。
「そんな事ありません。これからも御指導お願いします。ただ……」
「「ただ?」」
「わたしが二人の秘密を聞いて良いのか悩みます」
「「ここだけの話にしてくれるなら何でも聞いて。何でも答えるわ」」
「良いのですか?」
「「愛弟子に裏切られたのなら諦めもつくわ」」
「やれやれ。おかげでわしも話しやすくなった」
「「シーリンちゃんを巻き込んだ助祭様は赦さないけどね」」
「そうだな。そこはおまえ達の言う通りだ。赦して欲しい」
助祭様がわたしへ頭を下げます。
ですがわたしは何に巻き込まれたのか具体的に分かりません。
ですから聞きました。
「わたしが何に巻き込まれたのか詳しい情報をください」
助祭様は渋い顔をしながらも答えてくださいます。
「現世では知らぬ方が幸せな事も沢山あるぞ」
「助祭様。正しい判断を下すには正しい情報が必要です」
「「助祭様。隠蔽は駄目よ。隠蔽は。事実の捏造もね」」
「港町一番の大店が帳簿を偽り信用を失って潰れた話を聞いた覚えがあります」
「あったわね。本当に悪いのは店主だったと思うわ。悪い店主の言う事はみんな同じ」
「全て大番頭がやりました。先代から店に尽くしてくれた方で完全に信頼していました」
「「帳簿の不正は大番頭のやった事でわたしの記憶に全くございません」」
「わたしが聞いた話も同じような言い訳でした。店員さん達が路頭へ迷っていました」
「それでいて店主は悠々自適に暮らしていたり」
「不思議と犯人の大番頭も責任取らなかったり」
「帳簿を偽っても金銭が増えないのに……」
「「そこは少なく偽るの。お金がなくて賃金が払えないとかね」」
「そうだったのですか?」
「「他にも色々あるけどね。そういうところは神殿も同じよね……」」
「待て待て。わしの前で堂々と神殿の批判をするな」
「「そう言いながら助祭様も実は神殿を……」」
「それ以上言うな。わし自身も捏造を嫌い左遷された身。おぬしらの意思を尊重し話す」
「「さすが助祭様。そこに痺れる憧れるぅ」」
「おぬしら姉妹からおだてられて、ろくな目にあった覚えがないわ!」
「「そこはお互い様よ!」」
隠し通路の情報は未だに出てくる気配がありません。
とは言え今からでは想像も出来ないお姉さん達の過去も気になります。
午後も三人の昔語りへ付き合う事としましょう。




