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 シーリン過去編17ー3:スーンプ城迷宮探索参

食堂の賑わいがここまで聞こえてきます。

衛兵さん達が訓練を始めたばかりの頃は疲れ果て、皆で食卓へ突っ伏していました。

最近は陽気に騒いでいるか、食卓へ突っ伏しているかで、古参兵か新兵か分かります。

わたしは助祭様の昔語りへ捕まりました。

今から話される事は「お姉さん達へ聞かせたくない」話。

少しだけ期待して午前最後の苦行へ向かいます。




………………




巨大な芋虫が冒険者を下半身から喰っている。

犠牲になった冒険者の視線が動きわしと目が合う。

その目は「助けてくれ!」と声無き叫びを発しているように見えた。

わしが一瞬躊躇している間に鬼姉妹が駆け出し、イヌが一歩前に出て盾を構える。

神殿で身に付けた知識の中から魔物を特定する。


「キャリオンクローラー!」

「「普段の倍は大きいわ。良い狩りになりそうね」」

「よせ! おぬし達では相性が悪過ぎる!!」

「「触られなければ良いだけよ」」


キャリオンクローラーは体長一間半(約2.7メートル)ある巨大な芋虫だ。

見た目は芋虫だが肉食で鋭い牙を持つ顎が葉をちぎるように肉をちぎる。

この魔物を相手にした時、もっとも注意するべきは顎の下に生えた長い触腕。

烏賊いかの触腕に似たそれは八本あり麻痺毒を含む粘液で覆われている。

本体は鈍重でも機敏な触腕が鞭のように動き全方位を護り攻撃する。


このキャリオンクローラーは通常の倍は大きく、触腕の間合いも広い。

その上、鬼姉妹の防具はビキニアーマーで肌の露出が極めて多いのだ。

わしは彼女達の不利を悟り、初めて指示を出した。


「イヌサルトリ。魔物を攻撃して戦闘員を確定せよ。わしは犠牲者の救助へ行く」

「無理だよぉ。護符なしじゃぁ矢が味方に当たっちゃうよぉ」

ぜにでも良いから魔物へ投げつけよ。攻撃さえすれば良い!」


神の規則は区画内で戦える人数を敵味方それぞれ五人までと決めている。

その規則を利用して、わしは救助へ向かう。

イヌ達三人が銭を投げた。

これで戦闘員は確定したはずだが怖ろしいと感じる気持ちは変わらない。

わしはキャリオンクローラーから目を切らず、だが大きく迂回して犠牲者の元へ向かった。


「意外と触腕が厄介ね」

「今回は楽しめそうね」

「「ジャンジャカジャーン。ジャジャジャジャージャカジャン。ジャン。ジャカジャ……」」


鬼姉妹の二人が四方八方から襲い掛かる触腕を躱しながら聞き慣れない曲を口ずさむ。

不思議と気力が高揚する曲だ。

聖歌と同様にヒトの精神へ干渉する曲なのか?

わしはこのような聖歌の記憶がない。

まさか魔歌か?

もしくは呪歌?

どちらにしても神殿は聖歌以外の精神へ干渉する曲を認めていない。


本数的には二本対八本だが、常に金棒は弾く側で、触腕は弾き飛ばされる側だった。

曲へ合わせて舞うように戦い、曲の盛り上がりに合わせて触腕の動きも止まる。

全ての触腕が地に落ち『最後の一撃』と二人が金棒を振りかぶった時、事件は起きた。

触腕から粘液が二人へ向かってほとばしる。

突然の事で二人は粘液まみれとなったが舞は最後まで止めなかった。

きっちりキャリオンクローラーを叩き潰して戦闘と言う名の舞と曲を終えた。


わしから見たら化け物としか思えない魔物があっさりと倒された。

わしは二人で舞を踊るような美しい戦闘へ【畏怖】を覚える。

冒険者の救助を忘れ二人の舞へ魅入っていた。

金棒を床へ付け誇らしげに立つ二人を見て、わしの脳裏へ【鬼神】と言う単語が浮かぶ。


あってはならない事だ。


神や神の使いと二人を並べ見るというのか。

わしの信仰が揺らぐというのか。

神は絶対で並び立つ者など居てはいけない。

ヒトを神聖視してはならない。

たとえ教皇でも彼個人を神聖視してはならぬのだ。

わしはわしの底から生じる感情を押し殺した。

先程の戦いを脳裏から追い出す為にも、冒険者のもとへ向かった。



手遅れだと一目で分かる。

冒険者は腰から下を失っていた。

千切れた腹わたが露出して湯気をたて、流れ出た血は床を赤く染めていた。

何よりもわしを絶望させた事は、この惨状で冒険者が生きている事だ。


わしの力で死に行く冒険者へしてやれる事は多くない。

わしがすべきは手を握り、聖書の言葉を語り、神の御許みもとへ導く手助けだ。

冒険者からの反応は返ってこない。

ただ瞳の色から死への恐怖がやわらいだと思う……いや、思いたい。

キャリオンクローラーの麻痺毒が痛みを緩和し、必ず訪れる死の安息を遠ざけていた。



長い時をかけて冒険者が旅立った。

一言も話す事はなかったが最後に瞳が感謝の言葉を語っていたと思う。

埋葬はしてやれない。

パーティーメンバーならともかく『迷宮で亡くなった者は迷宮へ還す』慣習がある。

わしは冒険者の証と二番の護符を回収して、皆の方へ振り返る。


鬼姉妹は最後に見た時と一切変わらぬ姿勢でわしを見守ってくれていた。

イヌ達も安堵の表情を浮かべている。

わしはここが迷宮の三層目である事を失念していた。

鬼姉妹以外は逃げ延びる事ですら困難な魔物が徘徊する場所だ。

わしは皆へ「ありがとう」と感謝の言葉を贈った。

イヌサルキジがそれぞれ彼等らしい反応を返すなか、鬼姉妹は少しも動かない。

異教徒の生んだ言葉だが【仁王立ち】という単語がしっくりきた。


「何も言わずに見守ってくれてありがとう……?……おぬし達……」

「「……」」


鬼姉妹は麻痺毒におかされながら立ち続けていた。

彼女達の肌には粘液が残っている……どうやら麻痺毒にやられているようだ。

ヒトらしい一面を感じ安堵すると同時に死の恐怖がわしを襲う。

わしは急いで手拭いを取り出し、上から順に一滴残さぬ気持ちで粘液を拭う。

他の三人もわしへ続き動き出した。



粘液を拭う行為は【色欲】という名の身の内に飼う魔との激しい戦いだった。

イヌは「見張りを続けます」と最初から不参戦。

サルは一瞬で魔の誘惑へ堕ち、豊満な双丘だけを丹念に拭い続ける。

トリは懸命にやってくれているが、どうにも大雑把。

わしがトリの後に仕上げをする形で粘液を拭っていく。


一瞬でも気を抜けば『やわらかくて気持ち良い』と気を根こそぎ持っていかれる。

既に身体中の血液が下半身の一点へ持っていかれた。

身体と精神が魔に侵されても魂だけは護りきる!



次の魔物が襲ってくる恐怖と戦うなか、神の加護か、先に冒険者の一団が訪れる。

女性も居た為、粘液の除去を依頼するが、さすがに断られた。

代わりに二人が麻痺から回復するまでの護衛を提案される。

わしは相手が出した条件を全て受け入れて護衛してもらう事にした。


「こいつは最近話題のキャリオンクローラーじゃないか?」

「噂通り大きいわね。犠牲者も多く出ているのだっけ?」

「新たな犠牲者がそこに転がっているじゃねぇか」

「討伐しても取れる素材が危険と釣り合わないな」


護衛の礼としてキャリオンクローラーの素材を渡した。

護衛と解体に別れて作業中だ。

今回のキャリオンクローラーは通常より倍は大きかった。

巨大化した魔物は脅威度が増す。

通常より遥かに危険な存在となるが取れる素材に大きな違いはない。

そのせいで討伐する冒険者が減り、ますます脅威度が上がり続ける。

より深い階層へ潜る冒険者へ討伐依頼を出せば報酬が必要となる。

自分達だけ貧乏くじをひきたくない為、巨大化した魔物は結局放置されるのだ。

鬼姉妹が討伐した事で三層目の脅威度は下がるだろう。

自分の不利を承知で誰もやりたがらない討伐を行った鬼姉妹が尊く思えた。

亡くなった冒険者から装備を剥ぎ取っているところを見ればなおさらだ。

冒険者全体が普段からやっている事でも、わしは嫌悪感を覚えてしまう。



粘液を除去してしばらくすると鬼姉妹が麻痺から回復した。

幸いにもサルがもっとも危険な場所を受け持ってくれた為、わしの魂は護りきれた。

二人は護衛に付いた冒険者達も含め、この場の全てのヒトへ礼を述べた。


「「ありがとう。少し油断したわ」」

「今度俺達が困っていたら助けてくれよ」

「「ええ。約束するわ」」

「じゃあまたな」

「助力へ感謝します」


最後に謝礼金を渡して冒険者達と別れた。

彼等が別区画へ移動すると、背後から鬼姉妹の声とサルのうめく声が聞こえた。


「「月にかわって、おしおきよ!!」」

「あべしっ!!」


今「月にかわって」と言ったのか?

一部の【黒い月の住人】が好んで使う言い回し。

この化け物じみた強さは【黒い月の住人】だからか?

神殿は一般に公開しないが【出来損ない】と呼ばれる【黒い月の住人】の存在を把握している。

世界の理を変える力はないが、潜在能力は戦闘以外でも様々な一流の分野を持つと聞く。

意図せず自分の口から疑問がこぼれ落ちた。


「おぬし達は【黒い月の住人】なのか?」

「「! ……正確に言えば、その末裔よ……先祖の力は継承していないけど……」」

「待て! 今のはわしの口がすべった。聞かなかった事にしてくれ」

「「良いけど」」

「三人も今の事は外へ漏らさないで欲しい」

「分かりました」

「分かったよぉ」

「口を閉ざす理由は知りたいね」

「サル……分かった。自分だけでなく皆の命に関わる事だと肝に銘じて聞いて欲しい……」


わしは世界の真実の一部を公開した。

一般的にもっとも怖れられている【黒い月の住人】がこの地へ日頃から居る事を。

この地のヒトと交わり子をなしている事を。

月の満ち欠けに左右されるほど力を持つ者がこの地に居続ける事は叶わぬようだが。




………………




「お姉さん達が【黒い月の住人】なのですか?」

「あの悲劇を経ても、わしはどうにも口の軽さがなおらぬな。絶対内緒にしてくれ」

「わたしはお姉さん達の正体が何であろうと構いませんけど」

「あの二人に鍛えられたからか? おぬしも肝が据わっておるな」

「そうですか? それよりお姉さん達へ聞かせたくなかった事が何か分かりません」

「あの二人の戦う姿を見て、わしの信仰が揺らいだ事だ!」

「そうですか」

「……よくよく考えれば今後もわしの恥ずかしい過去を話すな……」

「わたしは知りたい事だけ教えてもらえれば十分なのですけど」

「年寄りの話は最後まで聞くものだ。どこに有益な情報が隠れているか分からぬぞ」

「そうですか」

「さて昼飯でも食べようか? 食堂で食べるのも久しぶりで楽しみだ」

「そうですか」


助祭様が立ち上がり扉を開けて礼拝所から出て行く。

彼の後を追い、わたしも食堂へ向かった。

今年もご愛読ありがとうございました。

来年もお読みいただけると嬉しいです。

一月は休載させていただきます。

良いお年を。


万年

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