シーリン過去編15ー3:購入すべき情報
迷宮へ向かう道での事です。
片手が不自由だからか、金銭を普段より多く持っているからか。
理由は自分でも分かりません。
移動中、石拾いをする事なく迷宮の斡旋屋まで着きました。
石を入れている袋の中身は迷宮へ全て捨てたので空なのに……
理由はきっと、今日は迷宮へ潜る気が無い事ですね。
あれだけの石礫が本当に消えているのかは気になります。
それでも現在の状況で迷宮へ潜る訳にいきません。
どんなに浅く安全な場所だとしても。
わたしを自分の娘のように心配してくださるヒト達がいるから。
それと、実は沼地を一人で歩く事が心細く、フクロ城が見えて少し安堵した事は秘密です。
何度も往来して本当に危険な魔物はいない事を知っていても。
稀に出現した時は依頼された冒険者が素早く駆除してくれていても。
斡旋屋の入口をくぐるとちぃ姉が一瞬だけ驚きの表情を浮かべた後は普段通りでした。
衛兵さん達は今日も朝から訓練へ出ていて一人もいません。
彼らは司令官の交代以降、訓練へ余念がありません。
最初の酔っ払い達は一体どこへ消えたのか不思議です。
衛兵さん達は、役目を終え多少の入れ替わりがありますけど、ほとんど同一人物達ですが。
迷宮の斡旋屋をぐるりと見回して、わたしが怪我をしても彼が行方不明になっても、世界は変わらず回る事を実感しました。
どうやら彼の……元もぐりの行方を探すヒトはいません。
迷宮でヒトが亡くなる事は日常茶飯事。
しかもフクロ城は【初心者殺し】としても有名な迷宮。
その事を再度確認しました。
それでも、わたしはこれまで迷宮内で拾った銀の粒を合わせて約一両ほど受付へ置きます。
それを見たちぃ姉に喜びの笑みが浮かびました。
「シーリンちゃん。治療魔法を受けるのね。骨折の治療にこんな多くは要らないと思うわ」
「いえ。魔法は要りません。情報を売ってください。【松】です」
「まずは自分の怪我を治してからよ」
「いえ。怪我は勝手に治りますが、情報は勝手に入りません」
「そう……これだけの銀の粒を出すのなら私の知る一番の情報を出すわ。何を知りたいの?」
「迷宮入口付近に迷宮深部へ続く隠し通路が存在するのかを」
「そう……お店を臨時休業にするから少し待ってね。姉さん。今日は臨時休業よ!」
わたしは彼が迷宮の中で消えた一つの可能性を聞く事にしました。
彼の実力でわたしの行動範囲から抜け出すよりも可能性が高いと考えたからです。
想像していた状況より大事になりそうな予感がしますが……
たぃ姉が厨房から顔を出し、わたしを見て喜び、ちぃ姉の話を聞き黙って閉店準備を始めます。
二人から「「休憩室で待っていて」」と言われ、わたしは休憩室でお姉さん達を待ちました。
どちらか片方だけでなく二人で来るようなので貞操の危険は低いでしょう。
二人きりだと高い確率で「修行」と言う名の「お触り大会」になってしまいます。
……一方的な……
それほど待つ事なくお姉さん達が部屋へ入ってきました。
「「お待たせ。シーリンちゃん。わたしから何を聞きたいの?」」
「姉さん。この依頼は私へされたものよ」
「なら、どうしてあたしへ報告したのよ」
「黙っていたら怒るでしょ!?」
「当たり前でしょ。あんたは黙って誰も来ない受付業務をしていなさい」
「そう言うと思って店を閉じたのよ。姉さんこそ昼食の下ごしらえを続ければ良いわ」
「「シーリンちゃん。教えて欲しいヒトはどっち?」」
「倍の報酬を払いますので二人から学びたく思います」
「「そうきたか……最良じゃないけど良い策ね……残念だけどわたし達二人で教えるわ」」
「よろしくお願いします」
何が残念なの?
わたしは、二人の変態へ二人の護衛を雇い、迷宮の極秘事項を聞き出す事になりました。
満身創痍のわたしを襲う鬼畜ではないと信じたい気持ちと事前の危機対応は別物です。
危険の芽は遭遇する前に摘み取るべき事なのですから。
今日の二人の顔を見れば、そんな危険はないと思えるのですが……
相手がお姉さん達ですから卑猥な方面への油断は禁物です。
そんなお姉さん達は、膝を突き合わせた正座の状態で、互いの手を打ち払っています。
『隙があれば遠慮なく殴るけど、そこまでお互い弱くないよね?』と無言の応酬。
そんな心の声が聞こえてくる【ただの殴り合い】とは違う手技が飛び交います。
『ヒトの手がこんなに速く動くのか?』とか。
『互いの手は見えているのだろうか?』とか。
『そもそも二人は何を争っているの?』とか。
わたしの頭の中は疑問符だらけだったのですが、結果を見て少しだけ納得しました。
ちぃ姉が左手でたぃ姉の右手首を握り、それだけで、たぃ姉を平伏させています。
何をどうやっているかは相変わらず分かりませんけど。
「それじゃあシーリンちゃん。隠し通路について話すわね」
わたしを見つめるちぃ姉は、たぃ姉の左手による反撃を見る事なく掴み取ります。
全く身動きが取れなくなったたぃ姉はちぃ姉へ呪詛を呟くだけの存在となりました。
「あたしの【力】を完全解放すれば、あんたなんて挽き肉だからね」
「姉さん。頭がおかしくなったの? シーリンちゃんに呆れられるわよ?」
「この【呪われた力】でいつか必ず挽き肉にしてやるから」
「姉妹喧嘩くらいで【妄想力】を完全解放したら本気で怒るわよ」
「あたしが【力】を完全解放すれば、あんたがどんなに怒っていても挽き肉よ」
呆れ顔のちぃ姉は、たぃ姉の存在を消去して、わたしへ迷宮の秘匿事項を語ります。
今日もたぃ姉は朝一番から酔っ払っているようです。
そもそも黒の月の住人でもない限りヒト族は【力】を持っていません。
例え【力】を標榜していても、正体は【魔法】である事ばかりです。
二つの能力で一番の違いは【魔法】が有限であるのに対して【力】が無限である事ですね。
無限である能力には【魔術】と呼ばれる能力もあります。
わたしは詳しくありませんが様々な制約があり【魔法】より色々使い勝手が悪いとの話。
元は【魔法】を使えないヒトが生み出した【学問】と言われていたはずです。
世間からは【魔術】は【魔法】の下位互換と考えられています。
ある一点を除いて。
【魔法】より優れているところは【魔術】は無限である為、地形も変える威力を持つ事。
身の内から力を生み出す【魔法】では犠牲無しに成す事が不可能な威力。
戦争のような大規模な戦闘で大きな威力を発揮する【魔術】。
その事実は学者達が戦争へ無理矢理参加させられ多くのヒトを殺す事になりました。
そしてそれを嫌った学者達の多くが失踪し行方をくらませました。
その為でしょうか?
現在では【魔術】を使うヒトはほとんどいません。
少なくとも私は人生で一度も会った覚えがないほど希少な存在です。
それから神から与えられた能力とも言われる【力】には様々な呼び名があります。
たぃ姉は【呪われた力】と言う呼び方が好きなようですね。
誰も聞いていない妄想劇の中で【呪われた力】という単語が何度も呟かれています。
姉妹喧嘩で相手を挽き肉へ変えるまでの生々しい描写はやめてほしいですが……
たぃ姉の凄惨な妄想へ引き摺り込まれる前に、ちぃ姉が現実へ引き戻してくれました。
「隠し通路の話をする前に一つ約束して欲しいの。必ず守ると誓って」
「聞いてからでは駄目ですか?」
「駄目よ。シーリンちゃんみたいな頑張り屋さんは特にね」
「どうしてもですか?」
「約束するまで話しません」
「たぃ姉も?」
「「話しません」」
「わたしが聞いた後で約束を反故にする可能性もありますよ?」
「「シーリンちゃんは約束を反故にしません!」」
ここまで信用されているならば仕方ありません。
わたしもお姉さん達からの信頼へ応える事にします。
「分かりました。約束します」
「ありがとう。結論から言えば隠し通路はあるわ」
「どこにあるのですか?」
「それは言えない。シーリンちゃんが本気で探せば一日で見つけてしまうから」
「わたしは今までの探索で隠し通路を見つけていません」
「だからこそなの。知らなければ見つからない。だけど知れば必然的に見つかるの」
わたしが本気なら一日で見つけられる?
そんな事ありえないわ。
わたしはこれまでの迷宮探索で隠し通路を一つも見つけていないから。
更に加えれば迷宮の区画を構成する構造物が関わる罠の類も見つけていない。
隠し通路は【迷宮の区画を構成する構造物】だと思う。
つまりわたしは【正規の通路以外で迷宮内の区画を移動する手段】を一切見つけていない。
これまでは自分の探索能力へ自信があった。
わたしの顔へ疑問と言うより不満が色濃く出てしまったのだろう。
ちぃ姉からは少し言い訳じみた口調の言葉が。
たぃ姉からはちぃ姉を怨む呪詛の繰り返しが。
二人の言葉は少し動揺して脳の働きが鈍ったわたしの耳へ右から入り左へ抜けていく。
「合図よ。秘密の合図を知らなければ熟練冒険者でもみつけられないからね」
「……あんたも自力でみつけられなかったものね……」
「それは姉さんもでしょ!」
「……大金出して偽情報を掴まされたっけ……」
「黙りなさい!」
「助祭様が……」
「黙りなさい!!」
「……とにかく、二つ名を貰うあたし達ですら、自力では発見できないものよ」
「では誰がどうやって見つけたのでしょうか?」
「「……偶然よ……」」
「偶然ですか?」
「「……本気で悔しい事だけど真実は自分の口から言いたくないわ……」」
ちぃ姉がたぃ姉の拘束を解きました。
ちぃ姉はそのまま立ち上がり一つの提案をしてきます。
「迷宮の重要機密だからね。保険に助祭様を巻き込むわ。礼拝所へ移動するわよ」
「我が妹ながら主も悪よのぅ」
「助祭様は一緒に島流しされた仲だし。私達は運命共同体よ。全ての罪は助祭様へ」
「それは運命共同体と言うより生贄と言うべきだと思いますけど」
「あたしがこんな体になったのも半分は助祭様の所為だし」
「それは全面的に姉さんの所為だと思うけど」
「確かにそうなのだけどね……」
「三人の間で何があったのですか?」
お姉さんたちが直接わたしの問いへ答えてくれる事は無かった。
斡旋屋の中で助祭様とお姉さん達が仲良くしていた覚えはありません。
それでも三人が古い付き合いである事は確かなようです。
わたしは礼拝所へ移動する理由を告げられないまま連行されました。




