幸せのおすそ分け
普段の日常ならば港で荷揚げをしている時間。
最近はホルスたんと心の距離が遠い。
挨拶をしても話しかけても返事は「ふんっ」と一択状態。
反応が返って来るだけでもホルスたんは本当に可愛いです。
顔は武士のように凛々しいけど。
こんにちは。
魔人と天使が出てきた夢を見て以降、あらゆる場所で孤独な時を繰り返したユークリットです。
その後彼らとの遭遇はありませんし、都合が良すぎるし、やはり男の身勝手な夢だったのです。
今朝は『久しぶりに特殊イベント突入か』と思いましたが、結局【罰ゲーム】が続いていました。
そんな絶望感溢れた毎日の中、素晴らしい事が起きました。
ついに我が娘ベスの左腕が回復したのです。
間違いなく、繰り返しの今日は終わり、新しい今日が始まったのです。
喜びもつかの間、フィーナさんに命令されて、部屋から追い出されていますが……
この喜びを共に祝う恋人もいないし友達も思いつきませんが……
このまま『ドカチーニさんの執務室』と言う名の地獄へ素直に帰りたくないと思う真っ只中。
背後から「ブラックたん。ホワイトたん。行ってきます」と甘えた声が聞こえてきた。
ベスの回復は俺の精神に余裕を持たせたようだ。
誰だ「ネモが俺の心友」と言った奴は?
俺と奴は『水と油』『犬と猿』『勇者と魔王』と言ってもよい。
たまには、混ざったり、背に乗ったり、共に世界を敵にまわす、みたいな事はある。
俺とネモだって、よく聞けば【掛け算の左辺と右辺が逆】の同志、くらい仲が良い。
類友かも知れないが不倶戴天の敵。
今の俺は、そんなネモを相手にしてもイラつかないどころか、親切心が芽生えてくる。
「よぅ。ネモ。珍しいな。出掛けるのか?」
ネモは実に嫌そうな顔で俺を見てくる。
だがその程度で俺の幸せは吹き飛ばせない。
あり溢れる俺の幸せをネモにもおすそ分けしてやろう。
嫌がら……親密さのアピールの為に、俺は奴の右肩へ自分の左肘を乗せながら提案した。
「ネモはこの異世界へ来てからも引き篭もり生活なのだろう? 街を案内してやろうか?」
「要らぬ世話だ」
ネモは鬱陶しそうに俺の肘を払うが……奴の筋力では無理。
演出効果も考えて、俺の方から奴と距離をとり背を向ける。
「そうか……残念だ……眼鏡を作れそうな人物へ心当たりができたのだがな……」
「忘れたのか? オレはおまえほど眼鏡属性を持ち合わせていないぞ」
「設計図さえあればホワイトさん仕様の眼鏡が手に入るとしてもか?」
「詳しく聞こうか」
「今日は俺も名指しの依頼が入っている身だ。貴重な休憩時間を貴様の為に使おうとしたが」
「頼む。教えてくれ……ください」
振り向けばネモが三角定規で計った如くきっちり30度。
腰から曲げて礼の姿勢をとっている。
実に美しく様となっている姿勢が悔しく感じてたまらない。
俺は「頭が高い」とネモの後頭部を押さえ付けて頭を更に下げようとするがビクともしない。
「営業成績でトップを護り通して来たオレをなめるなよ。この姿勢は1ミリたりとて乱さん」
「言うだけの事はある。その功夫へ敬意を表して職人を紹介してやる」
「その言葉に偽りはあるまいな?」
「俺が嘘を吐いた事などあったか?」
「あるな。数えきれぬほど」
「俺が貴様に吐いた言葉は【嘘】ではなく【虚偽】だ!」
「どちらがどう違うのかオレには分からぬが、嘘の報復はさせてもらう」
「よかろう。一刻後が楽しみだ。間違いなく貴様は地面に両手を置き俺様へ感謝しておるわ!」
互いのわざとらしくも乾いた笑いで決着し、今後の方針は決定した。
俺は、力でネモを屈伏出来なかった悔しさを呑み込み、久しぶりにネモと街を歩く。
機嫌が良い事もあるが、今日の俺は奴と話をする目的がある。
今期二次元嫁達のその後をほんのわずかでも知りたい。
それと値段によってはベスとアンへ伊達眼鏡を買ってやりたい。
なに?「本人達が欲しがったか?」だと?
この異世界で眼鏡っ娘は1度たりとて見た事ないし、眼鏡の概念があるかもあやしい。
いや……概念はあるか……不死山の氷穴で見つけた自動機械人形の初期装備。
その中の1つに【眼鏡】があった。
だが一般には出回っていないだろう。
よって「俺の国の慣習」と言えば、2人共苦もなく掛けてくれる事は間違いない。
御守りもあんなに喜んでくれたしな。
プレゼントで、2人の機嫌を取りつつ、俺の欲望も満たす。
まさにウィンウィン。
俺だけが!
さて、どんな眼鏡にしようか?
お揃いだけどキチンと違いもあるやつが良いな……眼鏡限定脳内ファッションショーが捗る。
ベスとアンが眼鏡を次々と変えながら俺の脳内へ交互に時々2人セットで浮かぶ。
いかん。
妄想はここまでだ。
危うく現実異世界へ戻る事が出来なくなるところだった。
鉄さんの工房へ着く前に、まずは奴から俺の嫁の近況を確認しないとな。
「それでどうなのだ? まゆまゆさんとトラトラさんの近況は」
「あぁそのアニメは最初から切ったな。今期もオレの嫁に加わる女は1人も居なかったな」
「お前の嫁事情なんざ1ミリも聞いてネェよ! 1話も観ずに伝説の名作を切っただと?」
「伝説だからこそだ! あの名作にオレの嫁はいないと良く知っているのだと何故分からぬ!」
「……分かりたくないが、分かる自分が哀しい……」
「最高得点少女のアキノは惜しい所までいったな」
「待てゴラッ! アキノは黒髪ロング貧ヌー娘ぞ? 俺と一戦交える覚悟はあろうなぁん!?」
「お前にはノリコがお似合いだ! 別属性金髪娘達に囲まれて黒髪が好きとは良くも言える!」
「二次元と三次元は別物と貴様とて知り尽くしているだろう? 一見様以外お断り野郎が」
「一見様すら来ないおまえに言われたくないな。このツンデレロリコン好き好き野郎!」
「……」
「……ん? どうした? 急に黙り込んで」
………………
ふと思い出が古いアルバムの中から溢れ出す。
あれは俺が会社帰りの時の事だ。
部活の終了後、俺は苦手なランニングをしながら帰宅していた。
一定以上の運動負荷が掛かると5分しか保たない俺には一番過酷なトレーニング。
帰宅途中で塾帰りに転んだのだろうか?
膝を擦りむき泣いている少女へ、俺は息を整える前に無言で絆創膏を差し出す。
ファーストエイドは携帯キットで常に持ち歩いていた。
このシチュエーションを夢見ていた訳ではなく、あくまでも自分の為に携帯していた。
たまたま……そうたまたまだ。
少しでも早く泣き止んでもらいたい。
俺の心にはいたわりと友愛しか満ちていなかったが、少女の心は開かない。
三次元の結果は悲惨であった。
ピタッと泣き止んだ現実少女は無表情で無言のまま無情にも防犯ブザーの安全装置を抜き放つ。
周囲へけたたましく鳴り響く警戒音。
俺の本能はノータイムで『とうそう』を選択する。
100メートルを10秒切る勢いで俺は駆けた……
……少女の涙だけは止める事ができた達成感だけをともにして……
……翌日から現場の周囲で聴き込みをする【おまわりさん】が出現するようになる。
おまわりさんの隣は、今現在俺の隣にいる金髪野郎と、嬉しそうな笑顔で奴へ話掛ける少女。
この事件以降、俺は通勤路を変更した。
時空は無限のつながりで金髪野郎への怨みは終りを思いもしないね。
たとえ異世界へ来たのだとしてもだ!
あの時、俺が別の漢字を選べていたら未来は変わっただろうか?
少女が金髪野郎ではなく俺へ笑いかけてくれる未来もあったのだろうか?
答えは否だ!
三次元に二次元的【ツンデレ少女】は存在しない。
いや。
確かに三次元にも【ツンデレ少女】は存在する。
学生時代から常に存在を確認している。
常にだ!
『他の人には愛想が良いけど俺の事だけ【ツンツン】と言うより【目に入らない】少女』
『だが俺の妄想世界では周囲の視線が【目に入らない】ほど常に【デレデレ】状態少女』
この2つの要素を同時に満たせる少女。
その少女こそが正しい三次元の【ツンデレ少女】だ!
たとえ仲良くなったと俺が思っても、相手はすぐに視線すら合わせてくれなくなる。
挨拶の為に挙げた右手の行き場は無くて、そのまま下げる事を選ばねばならない。
周りの目が気になるのかと気を回し「校舎裏とか人目のない所で逢いたい」と手紙を送れば……
……翌日彼女の友人が「お願いです。それだけは許してください」と断りの手紙を運んでくる。
俺が学生時代から何度となく同じような観測をした結果だ。
間違いない。
世の中は【三次元的ツンデレ少女】で満たされ【二次元的ツンデレ少女】の存在余地がない。
ブラウン管の中でしか彼女達は存在できない。
ブラウン管じゃ分からない景色が見たくても、俺にダイアモンドは見つけられない。
いくつも恋して、エ◻︎本で順序を覚えても、キスだけは上手くなれない!
ゆえにタイムリープを繰り返し別の未来を求めても無駄に終わるだろう。
あの少女は金髪野郎へ微笑む。
世界線は必ず1つへ集束するのだから。
石の扉は見つからない……改めて隣の金髪野郎を憎む理由は思い出せたけどな。
………………
「すまぬ。ふと昔の事を思い出してな」
「なんだ。眼鏡をかけた貞子さんの事か。あいつは【ツン】と言うより……」
「奴を話題にあげるな! どこの物陰で聞いているか分からぬ! 俺の背後に現れたらどうする!」
「おいおい。ユークリットさんよぉ。ここは異世界だぜ? あいつは漫画のキャラか何かか?」
「俺は奴が『…異世界から来た…』と言ってきたら間違いなく支持する自信ありだ」
「おいおい……確かにオレも否定しきれないな……未来人でも宇宙人でも超能力者でも同様だ」
「そのまま奴をおまえの嫁として迎えてやれ」
「オレには嫁を選ぶ権利があり、嫁候補には受け入れる義務がある」
ネモへ「下衆野郎」と言おうとしたが、俺は背中で危険な視線を感じた。
人影、物陰、屋根の上を確認しても当然だがあやしい者はいない。
……気のせいか……ネモが余計な話題を出してきたので神経質になったようだな。
「ん? どうした? 急に辺りを見回して」
「すまぬ。少し気が張っているようだ」
「普段は日本と変わらぬ平和な空気だが、道行く親父がダガーを普通に腰へ差しているからな」
「もしくは武器要らずの【筋肉の鎧】で武装していやがるな」
「正直に言う。おまえクラスの筋肉野郎が一般人として生活する世界の存在は未だ信じられぬ」
「今の言葉。悪口か判別はつきにくいが褒め言葉として受け取ろう」
「オレが珍しく褒めたのだ。素直にもらえ。なぁ。この異世界は冒険者をあまり見ないよな?」
突然、俺の心へマグマの如き怒りの熱が吹き上がる。
ネモ。
貴様が毎日毎日「キャッキャウフフ」と戯れているアルフィアさんは冒険者だ!
異世界生活俺嫁候補暫定首位の彼女がおまえが探している冒険者だ!
俺の左腕から【暗黒龍】が暴れ出そうだ……鎮まれ俺の暗黒龍……
「貴様が毎日毎日イチャついているアルフィアさんが冒険者だ! そして俺も先日冒険者に……」
「そうか。すっかり忘れていたがアルフィアは冒険者だったな。おい。急に考え込んでどうした」
「……悪い……俺も何か重要な事を忘れている気がしてな……少し時間をくれ……」
「それはかまわぬが」
俺の本能が命の危険を感じている。
俺の勘は当たらないが本能は割りと当たってきた。
特に命へ関わる事ほど……
この機会に改めてしっかりと思い出そう。
この1週間……この異世界には『週』の概念がないようだから……この7日間。
俺が『魔人に襲われた所を俺の守護天使が舞い降り護ってくれた』夢をみてからの7日間。
美化しても駄目だな……悪夢はどこまで行っても悪夢だ。
思い出したくもない、ましてヒトへ語りたくない夢をみて以来、俺の周りは狂い始めた。
ベスとアンは俺を無視し続けている。
ベスは徹底しているが、アンは突然振り向けば俺を時々目が合い、顔を赤くして目をそらす。
わざとらしく無視を続けるベスも、アンの恥ずかしげに目をそらす姿も、実に可愛い。
そうか!
これが本物の『リアルツンデレ』なのか?
三次元では起き得ない事態だが、ここは異世界だからな、そこが現代日本と違うのだ。
いかん。
思考がそれてしまった。
違う。
ベスとアンではない。
2人は、俺の命と釣り合う宝物だけど、命へ関わる事はしてこない。
嘘を吐いたら針千本飲まされ小指の切断の件は子供の冗談だ……冗談のはずだ。
では俺が一体何を忘れているのか?
起床してからの日常を思い出そう。
こうなったらローラー作戦だ。
起きる。
ベスとアンの可愛い寝顔を見ながら木戸を開ける。
運動をする。
仕事の受け付けを済ませる……
ここか。
ホルスたんが一緒に仕事を請けなくなったな。
俺に構う事なく受け付けを済まし、朝食を受け取ると、自室へ帰ってしまう。
だが彼女は斡旋屋へ引っ越してきたばかりだ。
きっと部屋の整理でもしているのだろう。
彼女も俺の命を狙う理由は無いはずだ。
では何だ?
本能が「ここだ」と告げている事は果たして何なのだ?
忘れたままだと「命に関わる」と感じる重要な事だ。
この時間で他に会うヒトはドカチーニさんとシーリンさん。
最近は、娘達から無視をされても部屋で共に食べている為、フィーナさんと逢う事がない。
ドカチーニさんから視線を感じるが、いつも通り安楽椅子の上で、うたた寝をしている。
まぁ俺が「殺気!」などと思い振り返った所で本当に危険だった事など皆無だ。
何度も言うが俺の勘はあてにならない。
ドカチーニさんの事も気のせいだろう。
彼が本気なら俺は気付く事なく別世界へ旅立っている。
残りはシーリンさんだが、彼女とはこの7日間、ずっと同じやり取りを続けている。
本当に同じなのか?
細部まで、わずかな違いも逃さず、思い出せ……
……違う……見た目も声音も同じだが……見えない所と込められた感情が変わっている……
1日1日、日を重ねる毎に、額の【怒りマーク】も声に込められた【諦めムード】も増している。
その瞬間、俺の脳細胞が閃き、無意識のうちに危険信号を送り出し、体全体を震え上がらせた。
足の指先から頭の天辺まで電気が走り抜ける!
「ネモ済まぬ! 命に関わる大事な要件を思い出した。眼鏡の件は次にしてくれ!」
「ホワイトたんの眼鏡がおまえ如きの命と釣り合う訳がない」
「俺が眼鏡よりも優先する事で重要性を感じ取れ」
「場所だけでも教えてから消えろ」
「そのわずかな時間が生死を分ける。俺の命が失われたら、眼鏡の情報も、永遠に失うぞ」
「遺書だと思ってオレにおまえの眼鏡愛を残してくれれば良いぞ」
「死の間際でそんな事やれる時間があったらベスとアンへメッセージを残すわ!」
「おまえに眼鏡よりも大事なものがあると言うのか!」
「ある! 貴様にも娘ができれば自ずと知る事になろう」
「冗談はさておき、場所と名を教えてくれれば、自分で探すぞ? 後は勝手に死に晒せ」
「何度も言わせるな。貴様と争う時間すら惜しい。一刻も早く斡旋屋へ戻らねばならぬ」
「思い出してもらえて良かったです。さあ帰りましょう。まだ依頼を終わらせていませんよ」
後ろから俺へ死をもたらす笑顔魔人の声が聞こえ、逃げ出そうと考えた途端、小指を握られた。
「シーリンさん。滅茶苦茶痛いです。指が折れちゃいます」
『シーリンさん。街中で手を繋ぐのは恥ずかしいので放してください』
「大丈夫ですよ。無駄に抵抗しなければ折れませんから」
「やはり誰かの指をへし折っていやがりますか。抵抗しなくても私の指も折る気が満々ですね」
『抵抗しませんから、指へ動く自由を返してください』
「抵抗して折ったのは自分の指ですよ。私もこの技をヒトへ試す事は初めてですから」
「どれだけやったら折れるか試していやがりますね。この拷問大好きっ娘が!」
『もう少しだけ手加減してください。指が折れそうです」
「私は『拷問が好き』とは思いませんが、どこまでやると折れるかは知る必要を感じていますよ」
「的確に私の心を読むなんて……このヒトは魔人としか思えません……逆らっては駄目だ」
『今試すのは勘弁してください。決して逆らいませんので』
「私は心を読んでなどいませんよ? 全てあなたが話した事へ返事を返しているだけです」
「こいつ……凄い冷汗をかいて……痛みで錯乱してやがるな……」
私が痛みで錯乱していると言うのですかネモさん……
ネモさんまで『心の声』を聞いていた?
もしかして私は間違えて『心の声』を口から出していたというのでしょうか?
今度は間違いが無いように無言で考えます。
「間違いなくいつも通りですよ」
「……」
「黙っていないで行きますよ。フィーナさんもマリーも待っていますから」
「待て! ユークリットさんよ……そのハーレム状態は聞き捨てならぬな!」
「あぁん? いつでも代わってやるよ……痛い痛い! シーリンさん関節はそちらへ曲がらない!」
「訓練次第です」
「……くうぁぁぁあっ……」
思わず「訓練次第で何が変わるのですか」と聞く為に【見てはいけない笑顔】を見てしまった。
笑顔魔人の表情は、いつもの冷たい視線へ熱い怒りが混じっている……
隣でネモが冷や汗を流しながら「メド◻︎ーア……」と呟き俺から離れていく。
ヤバイ。
逆らえば今日こそ消滅させられそうだ……
俺は命以外の全てを諦めた。
少しでも自由意思で動けば握られた小指から激痛が走る。
シーリンさんに引かれて『売られる子牛』の歌を頭で流し、他の事を考えず、ただ歩く。
ほとんどの野郎どもは額へ汗を流し働いている時間。
奴らがどんな気持ちで俺達2人の事を見ていたのかを後に体で知る事となる。
だがそれはまた別の話。




