異世界人生最大の危機
こんばんは。
ユークリットです。
新たな出会いの予感です。
ファーストコンタクトで名前を聞く事はできませんでしたが。
恋愛シミュレーションでは良くある事です。
絶世の美女がこの食堂に来て誰も声を掛けなかった不思議。
どうやら『俺以外に彼女の存在を気付いていない』までありそうだ。
それとも彼女は俺の【新しい脳内嫁】だったとでもいうのか?
ちょっとばかりベスと似ていた事は気になるが。
ついに俺の脳内嫁はここまで現実化が可能になったのか?
だと嬉しい限りだが俺ですら現実と虚構の判断が付かない。
念の為だ。
カウンターにいるシーリンさんへ確認しよう。
「シーリンさん。私の隣に美しい女性が座っていましたよね?」
「ええ。座っていましたよ。いつも通りにあなたの頭の中でだけは」
「それはおかしいですよ。シーリンさん。今まで私は彼女と会話をしていたのですが」
「あなたはいつも一人で会話をしているではないですか。昼間の事を思い出してください」
「確かに。そんな事もありましたね」
シーリンさんからとても良い笑顔をいただきました。
ついでに彼女を取り巻く酔っ払い達からは怨嗟の視線をいただきました。
背後の幼馴染からは「この女どういう関係?」と耳元で囁きをいただきました。
シーリンさんは「頭の中でだけは」と言いますが本当に魔法で覗かれていませんよね?
俺の隣へ座った彼女はシーリンさんにすら気配を感じさせない隠形の達人。
それとも俺の背後から未だに姿を消さない幼馴染と同じで妄想世界の産物。
どちらだとしても最初に俺の背後から離れず取り憑く幼馴染を記憶の扉に閉じ込めよう。
本日の彼女はなかなか消えてくれない。
食事が終わり、酔っ払い達から絡まれる前に、幼馴染と2人で部屋へ戻る。
ベスとアンはドカチーニさんとフィーナさんが先に部屋へ送ってくれていた。
この建物の中で廊下が一番暗い。
わずかな距離だが2人の気遣いが嬉しい。
仮初の保護者達は現在食堂で酔っ払い達の監視と介護に従事している。
俺の背後には幼馴染が憑いてくる。
暗闇のせいか存在感を増した彼女。
足音まで聞こえてくる。
だが後ろを振り向いても観測して存在を確定できない。
まるで【量子テレポーテーション】のように俺の真後ろへ必ず移動する。
この位置は現代日本の時代から彼女の指定席とも言うべきポジション。
気が付くと……いや気付く事が出来ない事が多いほど俺は彼女に後ろを取られていた。
こちらからは観測出来ないが、あちらからは常に観測されている気がしてならない。
俺は【記憶の扉】へ幼馴染を放り込み閉じる事を必死に考えながら【自室の扉】を開けた。
部屋の明かりは木戸の開いた窓からの月明かりのみ。
現代日本ではほとんど暗闇だが異世界に来てから2ヵ月。
暗闇に慣れてきた俺の目には今日の月明かりは十分な明るさを持っていた。
何かの月が満月に近い状態なのだろう。
俺の目に【裸のベスの体をてぬぐいで拭う裸のアン】がはっきり映る。
俺の耳に『あの小娘達は何を誘惑しているの?』と幼馴染の声が届く。
俺の部屋へ沈黙が流れる。
俺の思考も一瞬停止した。
刹那の間で、俺の目は彼女達の全てを写真の如く写し、脳へ鮮明に記憶した。
ベスは膝までのびる綺麗な金髪が体へ落ちてこないよう手拭いの中に仕舞い頭を覆う。
真横から見ているからこそ、全身の厚みがしっかりと見える。
彼女は両足を投げだすように床へ座っていた。
両手足は未だに細いが【骸骨】とまでは言えなくなっている。
贅肉がまるでないのでバレリーナのように皮膚の下の筋がはっきり見えている。
鍛え上げられて細くなっている訳ではないのでバレリーナ独特の美しさはないけど。
不自然にお腹が膨れていない分だけ栄養失調ではないと安心できる。
完全で完璧な絶壁ボディ。
失礼。
凹凸は【あばら骨】の分だけはあるな。
どこまであばら骨があるかも分かるぞ。
肋骨から下は急激に体の厚みが凹んでいる。
直接裸を見たのは最初に体を洗った時以来か?
本当に【まな板】ならぬ【洗濯板】だな。
それでも最初の【骸骨】に比べれば幾分か健康的になっているのだろうか?
俺は彼女の回復具合が直接見れて嬉しかった。
アンは正座して手拭いを持った手をベスへ伸ばしたまま固まっていた。
ユルフワの長い金髪を手拭いでポニーテールにまとめている。
ベスと比べて髪の毛が体の多くを隠しているがベスよりも肉付きが良い。
それでも十分痩せ気味であばら骨は浮き出ているが。
腕で隠れているためはっきりと確認できないが胸もわずかに膨れてきているのではないか?
直接見えない分だけ俺の妄想は膨らむ。
それにしてもどうして彼女達は裸なのだ?
お湯で体の汚れを拭っている事は分かる。
だがいつもなら俺がいない時間に行うはずだ。
俺の答えはすぐに出た。
俺は裸族だ。
そして彼女達は「ずっとずぅっとずぅぅっと一緒に暮らす」の家族と言ってくれた。
ついに彼女達も【俺の流儀】に合わせてくれた。
俺は自分を偽らず帰れる場所が出来たのだ。
こんなに嬉しい事はない!
それならば!
貫頭衣などと言う煩わしい拘束具を俺も脱げば万事解決ではないか!
これからは家族3人が、せめて自分達の部屋くらい、自由に裸で過ごそうではないか!
素晴らしい考えを即座に実行した瞬間に刻は再び動き出す。
ベスさん。
ベスさん。
耳をつんざくような悲鳴は何ですか?
アンさん。
アンさん。
お湯の入った桶を頭の上に持ち上げるのは危険ですよ?
ほらせっかく隠せていた膨らみ始めた【桜色の蕾】が丸見えですよ。
ツンと上向きで小さく可愛らしい蕾ですね。
季節外れの【桜の蕾を愛でる会】だ。
誰にも招待されていないが自分で自分に招待状を送るぞ。
ここは俺の……いや俺達の自室だ。
俺が俺自身を招待したとして誰も文句は言えまい。
同じ当事者のベスとアン以外は。
プルプル震えるアンの腕から桶ごとお湯が飛んでくる。
桶を避ける事も可能だが俺はそれよりも目と思考が奪われていた。
それは『2人はなぜこんなに怒っているのだ?』と言う素朴な疑問。
俺の家族になったのだから【裸】で問題ないじゃないか。
2人もそれに賛同してくれたのだろう?
それとも3人の意見の一致を確認するべきなのか?
桶は俺の胸に当たり体がずぶ濡れとなる。
お湯は火傷するほど熱くなかった。
「今すぐ部屋から出て行ってください」
「…………」
「裸族の俺に2人が合わせてくれたのではないのか?」
「今すぐ部屋から出て行ってください」
「…………」
「なぜ? 家族だし3人一緒の恰好で嬉しいじゃないか」
彼女達へ自分の全てを晒しながら近づく。
「そこまで言うのでしたら、あなたの股のものを斬り捨てて、三人一緒の姿へなりましょう」
「ベスさん。ベスさん。何を言っているのですか?」
「アン!」
アンが普段の倍は時間を掛けてのろのろと立ち上がり俺の冒険者装備が置いてある場所へ。
そこからドカチーニさんから預かっている小刀を取り出す。
俺の命を何度も救ってくれた相棒はアンの手で鞘から抜き放たれる。
「アン。小刀は危ないから仕舞おうね」
「アン。切り捨てて良し」
「なにを?」
答えは想像できているが一応聞いてみる。
ベスからの返事はない。
言われなくても斬り捨てられるのはナニでしょう。
アンがユラリユラリと一歩一歩俺に近づいてくる。
ベスもアンも感情を捨てたように表情がなくなっていた。
俺は小刀の手入れを怠った事はない。
刀身の美しさが使用後の放置を赦さない。
さながら国宝である厚藤四郎のように引けるものが何一つとしてないシンプルな美しさ。
大事に使わなければバチが当たるというものだ。
月明かりを受けて、何一つ装飾のない小刀がこの世のものとは思えない、輝きを放つ。
アンが左足を前に出すと首が左へカクンと。
右足を前に出せば右へカクンと。
左右に首が振れる中でまばたき1つしない青き視線は俺の息子へロックオンして離れない。
俺の可愛い愛娘達に悪霊が憑いています!
とにかく俺の息子が危ない。
まずは部屋の外へ緊急避難だ!
俺は回れ右をして部屋を出ると【記憶の扉】を閉める時の気持ちで【自室の扉】を閉めた。
背後に憑いていた奴も同時に閉じ込める事も出来たようだ。
後ろから幼馴染の気配を感じない。
いや。
より強力で邪悪な霊に存在を消されているのか?
とにかく助けを求めに食堂へいこう!
食堂へ続く短い廊下。
途中夕食を終えたホルスたんと目が合ったが一言も声を掛けられる事は無かった。
先日引っ越してきた隣の部屋へと動きをカクカクさせながら入っていく。
俺と目が合った途端に顔が真っ赤に変わったように見えた。
廊下が暗いとはいえ彼女は俺の事に気付いていないはずもない。
顔を真っ赤にしながら無視されたのだ。
今回の事でかなり彼女を怒らせてしまったようだ。
少し心にグサリときたがホルスたんではベスとアンの悪霊を払えない。
他のヒトを探さないと!
彼女の機嫌は明日こちらから夕食へ誘って直してもらおう。
暗い廊下から見る明るい食堂は希望の空間だった。
普段は煩わしい酔っ払い共が救世主に見える。
俺は裸足のまま食堂へ一歩踏み出し大きな声で助けを求めた。
「誰か助け……」
「それで汚いものを隠しなさい」
股間へ懐かしくも激しい痛み。
下を確認すると直径20センチほどの木製のお盆が俺の足元に転がった。
……お盆か……何もかも……みな懐かしい……
俺は楽しく陽気に騒ぐ酔っ払い達をうらやましく思いながら静かに倒れ目を閉じる。
遠のく意識の中アイアンクローで顔を掴まれ廊下を引き摺られている感じがした。
ここはどこだ?
いまはいつだ?
なにがおきた?
暗闇とぬくもりに包まれて目を覚ます。
未だにジンジンと痛む股間。
すでに切り取られた後なのか!?
俺は『お願いだ。息子よ。俺と一緒にいてくれ』と祈りを込めて手を伸ばす。
誰かが言っていた『朝立ちは生理現象。夕立は自然現象』という言葉。
そのありがたみをこの手に感じいる感触。
俺の息子は異世界最大の危機を乗り越えてそそり立っていた。
安堵して辺りを見回す。
部屋は暗く木戸も見当たらないが床の感触からドカチーニの斡旋屋の一室とわかる。
隣へ寄り添って俺を抱き枕にしているのは誰だろう?
俺は腕枕をしている為、左腕の感触はないが、今は直接触れる肌のぬくもりが嬉しい。
割と細くて筋肉質で胸の膨らみを感じない!
まさかのシーリンさん!?
他に該当する人物が思い浮かばない。
そんな期待に胸を膨らませたところで隣のヒトから声を掛けられた。
「酷いなぁ。ボクを抱きながら他のヒトを想像するなんて。ここはこんなに立派なのに」
隣に居たのはセーレだ。
野郎が俺の大事なジョイスティックの先端を掌で転がしながら微笑む。
実際は暗闇で見えないはずなのに、俺の心の目には、はっきりと極上の微笑みが映る。
真夜中であろう時間。
本物の異世界人生最大の危機はこれからだった。
人生で一番大きな声が体の奥から迸った。
「なんじゃこりゃアッーぁぁあ!!」
いつも私の妄想をお読みいただきありがとうございます。
次回は5月第1金曜日から【迷宮過去物語編】の続きをやりたいと思います。
次の本編が出来上がるまでまた月1更新になると思います。
尚、途中で「2ヶ月以上更新がされていません」とならないよう番外編を挟む予定です。
全ての読者様に感謝の気持ちを込めて。
万年




