妄想破壊者
こんにちは。
ユークリットです。
投槍器の威力に古代人への尊敬の念が止まりません。
投槍器を使った俺の投擲は魔力で身体を強化して行った行為と疑われた。
それも当然かもしれない。
この異世界人にとっては魔法を使ったとしか思えない飛距離だったのだ。
その疑惑を払拭する為、シーリンさんが投槍器を使用して投擲する事になった。
俺はベスとアンに無視される現実から逃避して、シーリンさんへ投槍器の使用法を教える。
あれ?
シーリンさん。
私の【シーリン怒りレーダー】が再び反応していますよ。
反応の矛先は私ではないようですが、このままでは、とばっちりを受けそうですね。
シーリンさんは度々私をストレス発散に使います。
少しばかり怖いので私はさらに深く妄想世界へと逃げ込みましょう。
シーリンさんの隣にはベスとアン。
にこやかに笑いながら指導を受けようとしている彼女達3人がはっきりと俺の心眼へ映る。
「まずはシーリンさんから教えます」
「わたしからですか?」
「はい。まずは投槍器を薬指と小指、親指の付け根で握ってください」
「こうでしょうか?」
「上手く握れています。流石ですね。2人もシーリンさんを見習って」
「……二人も?」
「次に投槍器の先端へ槍の柄頭を引っ掛け、親指と人差し指と中指の3本で槍を支えます」
「シーリンさんはオッケーです。2人には、手が小さくて、まだ難しいかな?」
「……『オッケー』ですか?」
シーリンさんの笑顔へ警戒が入ったように見える。
そうか『オッケー』はまずかった。
思いっきりカタカナ言葉だ。
「あっ。神の言葉で『それで良い』と言う意味です」
「前にも注意しましたが神の言葉はむやみに使うものではありませんよ」
「注意していただきありがとうございます。お前達も気を付けるのだぞ」
「……わたしの他にこの場へ二人居るのですね……」
シーリンさんの笑顔に愉悦が入ったように見える。
彼女は、槍をセットしていない状態で、投げ方を確かめるように、投槍器の素振りを開始。
数回の素振りの後、普段よりもわずかに口角が上がった笑顔で、俺に質問をしてくる。
「あなたは、わたし以外のどなたへ、この危険な武器の使い方を教えているのですか?」
「聞くまでもない事です。べ……」
俺は「ベスとアンです」と答えようとして言葉が止まった。
俺が武器の使い方を2人へ教える?
絶対にありえない事だ。
大切な娘達は俺が護るべき者だ。
俺は彼女達へ危険な真似をさせたりしない。
シーリンさんの一言で、俺の幻想世界は空間へヒビが入り、完全に砕け散る。
妄想破壊者の本領が発揮された。
もう俺の心眼でシーリンさんの隣を確認してもベスもアンも見つける事が出来なくなる。
「どうかされましたか?」
「いえ。なんでもありません。持ち方上手です。そのまま投槍器の先が自分の指先だと思い投げてください」
「他の二人には説明をしなくても良いのですか?」
「……なんの事でしょうか……」
「ユークリットさんが気にしないのでしたら、わたしは構いませんよ。では投げますね」
言うが早いか、シーリンさんは投擲の見本のようなフォームで、投槍器を使い槍を投げる。
槍は、勢いよく飛んでいき、建物の寸前まで届いた。
再び、若い衆が木戸を全開に開けて、歓声をあげている。
今度こそは鉄さんもドカチーニさんも共に驚きの顔をしている。
「シーリン。本当に魔法を使っていないのか?」
「嬢ちゃん。投げ心地はどんな感じだ?」
2人が食い入るような勢いでシーリンさんへ同時に質問した。
「館長。わたしは投擲魔法を使えません。鉄さん。少し練習すれば誰にでも投げられますよ」
「そうか」
「改良点をあげるのならば槍の石突に溝をつければ投げやすくなりそうです」
「早速試してみよう」
ドカチーニさんと鉄さんが一言もらすと、後は顔を見合わせて無言で見つめあっている。
ベスとアンに良く似た少女達は、相変わらず俺を見ず、そっぽを向いている。
2人は【怒りゲージ】をなぜか上げながら。
俺の隣のヒトも2人へ呼応するように【怒りゲージ】が上がっていく。
少女は誰にでも分かりやすく、シーリンさんは誰からも秘めるように。
私の【シーリン怒りレーダー】から隠匿する事は出来ませんがね!
俺へ向け怒りをぶつけてくる少女達はベスとアンにとても似ている。
良く似た少女達だが、ベスは俺の腕の中、アンは俺の貫頭衣の裾を握っている……はず。
ニタリと笑いシーリンさんは俺が妄想世界で2人を創り出す事を邪魔してくる。
ベスとアンが俺のそばに現れかけても、怒りを秘めた彼女の笑顔で、簡単に霧散する。
「次はわたしの番ですね。ユークリットさん。投擲の練習をしますので的になってください」
「本気で私を的にするのですか?」
「大丈夫ですよ? あなたが全て回避すれば怪我人はでません」
まさに小首を傾げた悪魔の笑顔。
俺は【蛇に睨まれた蛙】の如く恐怖で動く事も話す事も出来なかった。
シーリンさんはやると言ったら必ずやるヒトだ。
俺は今日だけで後何回死の恐怖を味わうのだろうか。
なんであろうと俺が答えるべき言葉は1つだけだ。
「イエス! マム!」
「良い返事です」
首を真っ直ぐに戻して満足そうなシーリンさんの笑顔。
手のひらを顎の下で斜めにあわせている事があざとい。
諦めの境地へ達した俺の傍へドカチーニさんと鉄さんがやってきた。
「本当に投擲魔法では無いのだな。この棒だけで槍があんなに飛ぶようになるのか?」
「はい。魔法ではありません。私の故郷は魔法が使えない人ばかりなので道具が発達しました。これは何千年も前に作られた槍を投げる為の道具です」
「そうか。本当に誰でも使えるのだな……隻腕の。この若い衆と一緒にちょいと来てくれ」
「シーリン。悪いな。ユークリットは俺達が借り受ける」
「分かりました館長」
「お前ら! この棒……投槍器と言ったか? を試せ!」
「「「「「へい!」」」」」
鉄さんが大声で建物にいる弟子達へ指示を出す。
ドカチーニさんは、嫌がるベスを無理やりシーリンさんへ預けて、鉄さんと俺を連れ出す。
ベスの【怒りゲージ】は上がる一方だが、シーリンさんの【怒りゲージ】は一気に下がる。
どうやら俺が動く的になる事はこのままうやむやになりそうだ。
それならと俺がベスを引き取ろうとしたら、ベスとドカチーニさん2人から拒否された。
どうやら死刑執行人がシーリンさんからドカチーニさんに代わっただけのようだ。
ドカチーニさんに加えて鉄さんまで怖ろしい顔をして俺を睨んでいる。
どうやら俺は何かとんでもない事をしでかしたようだ。
それが何かは見当もつかない。
異世界の常識は俺にとっては非常識。
考えても時間の無駄だ。
それにしてもベスの嫌がり方は俺の心を折るのに十分な罵倒だった。
あまりものショックで、ベスの言葉は記憶から飛び、俺の脳へ刻み込まれない。
俺の心は完全に折られた。
ポッキーゲームで一口も食べ進む事無く折られる時と変わらない痛みをともない折られた。
全てを諦めて放心した俺は青い空を見上げながら考える。
今日は何度も心を折られている。
命の危険も感じている。
そろそろ本気で1人になり、ひたすら部屋の壁を見つめていたい。
壁の代わりに天井でもオーケーだ。
染みの数を1つ残らず数えてやる。
考えてみたら天井は全体が黒くすすけていたままだったな。
ベスよ。
シーリンさんへ炎の瞳を向けても鉄壁の笑顔で軽く受け流されているぞ。
諦めて大人しく抱かれていなさい。
これからお前達がお世話になるヒトかも知れないぞ。
シーリンさん。
俺の身に何かあった時はベスとアンの2人をお願いします。
どれだけ現実逃避をしていても死刑台の階段を確実に上がっている。
俺の体は2人に引きずられて再び運動場の片隅へ。
野球部のバックネット裏のように周りから姿が見えにくい死角。
これが俺を取り合って可愛い女の子が争うハーレムイベントなら良いのだが……
この異世界が簡単にハーレムイベントを発生させてくれる程甘くない事は学習している。
現実は自分より筋肉がムキムキな老人2人が俺を真ん中にして深刻な顔を突き合わせいる。
ついに俺も最後と時がきたか……
選べるならば老衰でベットの上で眠るように死にたかった。
ベスとアンに看取られながら。




