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鉄さんと新型の槍

 こんにちわ。

 ユークリットです。

 一歩進む度に進退きわまってきます。

 私は土壇場どたんばに立たされようとしています。

 語源に限りなく近い意味で……



 シーミズの港町冒険者訓練場。

 屋内施設の巨大な体育館と屋外施設の運動場で構成された訓練場だ。

 冒険者訓練場という名だが、街を護る衛兵達もここで訓練をしている。


 先日は俺が冒険者の証を手にする為に来た場所だ。

 今日は巨大な体育館を通り過ぎて隣の運動場へ。

 運動場は一辺が100メートル以上ある正方形だ。

 完全な正方形かどうかは分からないが。

 その広い広場は貸し切りのようだ。

 動いているのは入口付近の1団体だけ。

 複数のヒトが槍を遠投している。

 他に人影はない。


 槍投げか。

 俺も「混ぜてぇ」と言って一緒に投げたい。

 この広さならば槍を思いっきり投げる事が出来る。

 そんな事を思っているとドカチーニさんは団体へ近づき親方っぽい老人へ声を掛けた。

 老人と言っても鍛え上げられた筋肉はとても老人のものとは思えないところが親方だ。

 この異世界で俺が知り合う老人は元気なヒトが多すぎる。

 深く考えると『老人は元気なヒトしか生き残れない』と思い至る。


隻腕ドカチーニの。今日は良く来たな。わしらの成果を見てくれ」

「鉄さん。今日はよろしく頼む。後ろに居るのが例の若い衆だ」

「なんだ。やはり嬢ちゃんの婿か」


 その瞬間にドカチーニさんが鉄さんと呼ばれた老人を射殺す目でにらみつける。

 俺ならば立っていられそうにない殺気をぶつけられても鉄さんは全くどうじない。

 それどころか、俺とシーリンさんを見て、好奇心と言う輝きを瞳に浮かべている。



 確かに俺は移動途中で天国と地獄を同時に味わった。



 内情は関節技の人体実験だが、外から見れば仲の良いカップルだった。

 独身男と思われる通行人からの『良い嫁貰いやがって』と怨嗟えんさがこもった羨望せんぼう眼差まなざし。

 娘達2人からいただく『私達は他人ですから』とばかりの冷え切った眼差し。

 どちらも共通して見えているのは俺達2人が腕を組んでいる事実だけだ。

 シーリンさんの関節技は掛けられている本人にしか分からないよう見事に隠蔽されていた。



「こいつがシーリンの嫁とは面白い冗談だな。鉄さん?」

「お前、目はどうした? 隻腕の属性に隻眼を追加したのか?」

「ちょいとばかり油断してな。そんな事よりユークリット! シーリンからすぐに離れろ!」

「やれやれ。相変わらずだな。自分の目より嬢ちゃんが大切か」

「ドカチーニさん。お言葉ですがはなしてくれないのはシーリンさんです」

「仲が良くて微笑ほほえましいな。嬢ちゃんへ恋のお相手が出来るとは感慨深い」

「良し! ユークリット。今から俺が強制排除してやろう。お前の左腕を斬り落としてな!」

「とても良い考えだと思います」

「ベスも同意しない! ドカチーニさんが私へ【隻腕】の称号を譲るのは早すぎですよ!?」

「俺が冗談や嘘を吐いた事はあったか?」

「残念なお知らせですが、私の記憶にありません」

「そうだろう? 俺も時には冗談も嘘も吐くが今日は本気でしかいられない気分でな」


 ドカチーニさんの周りでは、太陽が仕事をしすぎて、陽炎かげろうが立ちのぼる。

 太陽が良い仕事をしている事は、シーリンさんの貫頭衣を完全に乾いている事でも分かる。

 太陽がこれだけ仕事を頑張っているのに、俺の体は震えが止まらない。

 北風のような娘達2人の視線は俺の心へ吹雪を運んでくる。


 ドカチーニさんが止まったのは異世界から俺を排除する寸前だった。

 シーリンさんは、俺の腕を手放し彼の行く手を阻みながら、鉄さんへ挨拶をする。

 俺はやっと左腕の……いや体の自由を取り戻した。


 ありがとうシーリンさん。

 自由に動けるって素晴らしい!

 ありがとうシーリンさん。

 生きているって素晴らしい!!

 俺の中でシーリン株はストップ高まで買い注文が殺到さっとう中だ。

 ベス株なんて本来なら全部売ってしまいたいところだが俺には出来ない。

 これが年頃の娘を持つ父親の苦悩なのかもな。

 どんなに冷たくむごい仕打ちを受けても娘達への愛は決して変わらない。


「鉄さん。お久しぶりです。お元気でしたか?」

「おう。嬢ちゃんもな」

「近々棒手裏剣を補給にお店へお邪魔しようとしていますのでよろしくお願いします」

「そうか。嬢ちゃん専用に調整しておく。他の装備の使い心地はどうだ?」

「今のところ改良点は見つかりません。わたしにはとても良い装備です」

「それは良かった。なおしたいところが出来たらぐに店へ来てくれ」

「はい。お邪魔します」



 シーリンさんとの会話が終わると鉄さんは俺へ右手を差し出してくる。

 握手を求めているのだろうか?

 現代日本人と同じでこの世界で握手の慣習はあまり無いように思う。

 何かあるのかと思ったが相手は良い感じの笑顔で俺を誘っている。

 シーリンさんのように裏があるようには思えないおとこ微笑ほほえみ。

 俺は自然と彼へ手を差し出す。


 彼はドカチーニさんの殺気に震える俺の手をがっちりと握ってきた。

 ゴツゴツしたかたてのひらだが温かさがしっかりと伝わってきた。

 俺の体から震えが止まり、心から不安が消える。


「うむ。わし好みの良い手だ。今日は隻腕の若い衆が考えた投げ槍の出来を見てもらいたい」

「隻腕の若い衆とは私の事ですか? 私が考えた投げ槍? 全く覚えがありませんが?」

「では改良したと言葉を代えよう。持ち手に縄を巻いて投げやすくしただろう?」

「はい。確かに投げ易くする為に縄を巻きました」

「素晴らしい工夫だ。投げ槍の革命ともいえる工夫だ。飛距離も威力も格段に上昇した」


 鉄さんは見習いのヒトから投げ槍を受け取るとそのまま俺へ渡してくる。

 俺は投げ槍を受け取ると、縄の部分へ手を掛けて、投擲とうてき姿勢をとる。

 実に重量バランスが良い!

 俺は出来の良さに驚く。

 玄人プロの仕事だ。

 やはり素人の俺が即席で作った物とは全く違う。

 この槍を思いっきり投げたいという気持ちが湧いてくる。


「実に素晴らしい槍です。感服かんぷくしました」

「構えただけで分かるのか!? 良かったらその槍を思いっきり投げて欲しい」

「よろしいのですか?」

「頼みたいのはこっちだ。遠慮せず投げてくれ」


 周囲の視線が全て俺に集まる。

 これは「準備運動を」なんて言っていられないな。

 俺は周りの安全を確認してから無人のグラウンドへ向けて助走を始め投擲する。

 新品のブーツが助走の邪魔をしてくる。

 異原の地面ほどではないけどな。

 足元へわずらわしさを感じながら投擲。

 それでも槍は綺麗なを描いて青い空を滑空かっくうした。



 ちょぉ気持ち良ぃぃ!!



 距離を飛ばす事だけを考えて、思いっきり槍を投げたのは久しぶりだ。

 準備運動もせずに全力で投げたので少し体は痛んでも精神的な気持ち良さが上回った。

 だが一投で体が痛むとは異世界へ来てから明らかに練習不足だな。


 槍の飛距離は60メートルほどか?

 自己ベストには遠く及ばないが足元の悪さを考えれば上手に投げられた方だ。

 とにかく槍の重量バランスが良かった。

 競技用の投げ槍と比べてはいけないが。


「三十間は軽く越えたな。わしの槍はどうだった?」

「実に良い槍です。とても投げやすかったです」

「そうか! だが流石だな。わしの若い衆でここまで槍を遠くまで投げた奴はいなかった」

「遠くまで槍を投げるだけならばもっと良い方法がありますよ」

「それは本当か? もっと良い工夫があるのか?」

「槍本体を改造する訳ではないのですが。道具を使うともっと楽に槍を飛ばせます」

「教えてくれ……すまん。今の言葉は忘れてくれ。己の技術を簡単に教えるものではないな」

「そんなに大した事ではありませんので。何か良い物はあるかな?」

「わしの道具や資材で良い物があるなら自由に使ってくれ」

「ありがとうございます」



 鉄さんの持物を見て回るとバールを見つけた。

 長さは丁度良いが先端がもっと曲がっていてに近い方が良い。


「これおしいです。先端がもっと曲がっていて柄に近い棒はありませんか?」

「材質は鉄か?」

「材質はある程度硬ければ何であっても問題ありません」

「木で良いのならこの場で作ろう」

「ではこのような形でお願いします」

「ふむ。分かった。少し待っていてくれ」


 俺は地面へ【スピアスロワー】と呼ばれる投槍器の簡単な図面を描く。

 その図面をもとにほんの5分ほどで鉄さんが木で投槍器を作ってしまった。

 投槍器を地面に書いた図面へ置くとほぼぴったり重なる事が怖ろしい。

 どんな世界でもプロは凄い。




 こんな事になるのならば、もう少し丁寧に図面を書けば良かったと後悔した。

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