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喜びの黄色・愁いの青・絶望の黒

 朝から色々な事が起こりすぎて昼前に身も心もクタクタ。

 そんな日があったりませんか?

 こんにちは。

 ユークリットです。



 今日は起床してから様々な事があった。

 思いがけず良い事もあったが、悪い事の方がはるかに多い、朝からそんな時間を過ごした。

 あと半刻(約1時間)もせずに太陽が南中を越える頃、俺の目的地である靴屋へ着いた。

 待ちわびた俺の長靴ロングブーツが手に入る。


 今、万感の思いを込めてドアベルが鳴る。

 今、万感の思いを込めて扉がく。

 ヒトのターンは終わり、俺の新しいターンがはじまる。

 さらばセーレ。

 さらば雑踏街道。

 さらば酷遇こくぐうの日よ。


 だが店へつき人心地がついて完全に気が抜けたからだろうか?

 店に到着した途端、まだ昼前だと言うのに朝まで残業したくらいの、疲れが表面化する。


 1日24時間戦えるのがニホンノビジネスマンと言う名の黄色と黒の企業戦士だ。

 一週間に土日が無い昔の軍歌が歌われ続け、24時間仕事を続ける流行歌が生まれる国。

 現代日本は企業が黒じゃない。

 国そのものが黒なのだ!

 幸せになれる黄色は自分自身で見つけなければならないのだ。

 俺は今から幸せの黄色を自らの手で掴みに行くのだ。


 幸せの黄色はすぐそこなのだから。

 俺は、愛娘たち2人を先日と同じ椅子へ座らせ、アンにベスを任せてブーツを取りに行く。

 気力を振り絞り受付へ。

 カウンターへ肘をつき、先日に頼んだ長靴の事を話すと、品はすぐに用意された。



 俺の気力は限界に近い。

 だがここはやせ我慢をしても恰好をつける場面だ。

 十両。

 俺は今までの生活で異世界の4文が現代日本の約100円と計算している。

 約4000文で一両。

 十両とは100万円の買い物なのだ。

 身の丈に合わない買い物だからこそ胸を張る必要があると俺は思う。



 産まれて初めての革製長靴ロングブーツく。

 ブーツの外側はまるで自分に硬い皮膚がもう一枚出来たかのように。

 裏地は現代日本で触ったカシミヤのように滑らかな生地が肌へ馴染なじむ。


 当時ほぼ全財産だった10両を払った価値は十分にあった。 


 腿まであるブーツの2つある関節部分は固く動きづらいが、毎日手入れをしながら使い込む事で、所有者一人一人のくせに合わせた仕上がりになると職人から教わる。

 最後の仕上げは俺が自分自身でするって事だ。



 幸せの黄色が心に広がる。

 文字通り命を懸けて手に入れた金銀で買ったロングブーツ。

 これで下草やひるに悩まされる事が減る。


 俺にはまだ買えるふところがあったのだ。

 こんなにうれしい事はない……今は懐に何もないけど……


 やはり黄色と黒はセットになっているものだ。

 望みの物を手に入れて【黄色一色】に染まった俺の心。

 今日1日24時間戦えそうな気力が湧きだしていた。

 これで、ほぼ一文無しとなった俺は、明日から【黒一色】の展望しか見えないが。

 これからの事を考えると駄目だな。

 再び凄い勢いで気力が減っていく。



 絶望してうつむく俺の前へシーリンさんが座り込みブーツの具合を確かめてくれた。

 ブーツの事を何も知らない俺は、シーリンさんが確認してくれて、非常に助かっている。

 非常に助かるが俺の視線は未だ彼女の肌にピッタリと張り付く特注貫頭衣の一部分へ。

 激しく自己主張する一対の突起物へ向けられた。


 いや。

 突起物が俺の視線を捉えて離そうとしないのだ!

 この突起物は危険物。

 危険物の監視をおこたる事はできない。


 そしてこの危険物へ自然と目が行ってしまうのはおとこさがだ!

 漢の性だが亀さんに貫頭衣の裾を持ち上げさせてはいけない。

 素数を数えるのはいつもやっているから100まではほぼ記憶してしまっている。

 ここは素数以外を数えるのだ!

 1、4、6、8……9、10……12……14……15……意外とこれ難しいな。

 俺の努力むなしく貫頭衣の裾がわずかに持ち上がる。



 顔を上げたシーリンさんと視線が合った。

 彼女の瞳はおだやかだ。

 大丈夫。

 まだばれてない。

 それとも彼女は一対の突起物をそれほど意識していないのか?

 真相は分からないが助かった。


「良い長靴ですね。問題はなさそうです。次の満月までに履き慣らせば良いと思います」

「何か気を付ける事はありますか?」

「自分のくせがしっかり付くまで毎日手入れを欠かさない事ですね」

「手入れの仕方がわかりません」

「そうでした。思い起こせば、あなたは草履ぞうりの履き方も知りませんでしたね」

「はずかしながら。草履同様に長靴の手入れも知りません」

「仕方ないですね。わたしが教えましょう。その代わり毎日手入れを怠らないでください」

「シーリン。手入れの仕方は俺が教える。物事は最初が肝心だからな!」

「はい。館長」


 シーリンさんとの新たな約束に私の気力がぐんぐん回復していきます。

 彼女の後ろへ、真新しい黒の眼帯で右目を隠した、ドカチーニさんが立ちました。

 大魔王の迫力で俺とシーリンさんの希望に満ちた会話をさえぎります。


「ユークリット。おまえの右目に誓って正直に言え。シーリンのどこを見ていた?」

「……それは……」

「大丈夫だ。おまえの場合は目玉をえぐられてもフィーナがすぐ治すさ」

「シーリンさんの胸を見ていました!」

「良く正直に言った。右目は勘弁してやる。代わりに午後は訓練場で俺と最後まで付き合え」

「分かりました。お供させていただきます。サー!」

「おまえのその返事。嫌いではないぞ」


 正直に答えても嘘を吐いても行き先は地獄でした。

 訓練場へ行く事は朝から決まっていましたが【地獄の訓練場】に変わりました。

 女性陣が一斉に冷たい視線を向けてくる事になった分、正直に答えた事は間違いでした。

 私を見る目は日本の台所でもっとも嫌われている【G】を見る目と完全に一致しています。

 この冷たい視線に『私の気力は根こそぎ奪われていくのだ』と分かります。

 流石さすがは年の功でしょうか?

 女性陣の中でフィーナさんだけが温かい視線で私を見守ってくれました。



 どのみち今日は女性陣からの俺に対する好感度が下がりっぱなし。

 下がりきれば後は上がる……はず……気を取り直していこう。

 俺の心とは真逆で今日の空は雲一つなく青いから。


 店員から手入れの道具を受け取り、履き慣らすため、このままブーツで歩く事を決めた。

 ベスとアンを迎えに行ったところで今日最大の悲劇が起こる。

 それは俺がベスを抱きかかえようとした時の事だ。


「ユークリットさんでは嫌です。ドカチーニさんお願いします」

「おう。ベス。おまえはまだ軽すぎだな。療養中とはいえめしをもっと食べろよ」

「はい。ベルガーさんのご飯は美味しいので食が進みます。今日のお弁当楽しみですね」

「そうか。なら良かった。ユークリット。悪いがこれを頼むな」

「ドカチーニさん。どこでお弁当を食べるのですか?」

「そうだなぁ。ベスはどこが良い?」

「どうせなら景色が良い所で食べたいです」

「そうか。ならばあそこだな」

「どこですか?」

「それは着いてからのお楽しみだ」


 ベスが俺に「さん」付け!?

 その上、彼女は凄く親しそうにドカチーニさんと会話を繰り広げている。

 彼女は、赤い瞳の奥で黒い炎がらめいている視線で、俺を一瞥いちべつする。

 ドカチーニさんがベスを奪い、代わりに自分が持つフィーナさんのバックを俺へ預ける。

 片腕をもがれた気持ちだ。

 片腕?


「ベス。ドカチーニさんは片腕です。ベスを抱えたら何かあった時に対応できません」

「ほう。良い度胸だ。ユークリット」


 その声を聞いたと同時に、俺は床に手をつけて、つんいになっていた。

 一体何が起こった?

 背中へ突き抜ける衝撃の後、内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたように腹の中が痛い。

 横隔膜おうかくまくがストライキを起こしているようで呼吸も上手くできない。

 さっとフィーナさんが俺の隣へ寄ってきた。


「ユークリットは頑丈ね。ドカチーニの蹴りを腹で受けても回復魔法の必要がないのだもの」


 フィーナさんが俺の腹を触診してそう告げる。

 俺はドカチーニさんに腹を蹴られていたのか?

 全く分からなかったぞ。

 大事なお姫様の1人は大魔王に連れ去られた。

 だが俺にはもう1人の大事なお姫様アンがいる。



 姿勢は四つん這いのままだが、時間がつにつれて、息も少しずつ整ってくる。



 酸素が脳までまわり、頭もようやく働き出す。

 なるほどボディーへの攻撃は確かに足へくる。

 だがドクターストップはかからなかった。

 お姫様がコーナーポストならぬベンチで待っているのだ。

 ここで倒れる訳にはいかない。

 テンカウントを聞くのはまだ早い。


 立ち上がるいま一度この足でぇい上がる気合の炎を燃やして♪


 色々ときわどいが、勇気の湧き上がるいにしえの歌を心で歌い、俺は立ち上がる。

 俺はドカチーニさんが置いたフィーナさんのバックを床から拾い上げてアンへ手を伸ばす。

 ドカチーニさんのバックとベスとのトレードは成立させたくない。

 完全に俺の割が合わない。



 だがこの異世界は強い者が常に正しい。



 この異世界を生き抜いて幸せな老後を迎える為にも最低限の強さは必要だな。

 俺より弱いヒトを思い浮かべたが全く浮かばない。

 最初に思いついたのは【ネモ】だが、あいつも俺と同じ現代日本人だ。

 外道にも【港の子供達】や【たすきおじさん】を思いつくが手を出せばヒトとして終わる。


 あれ?

 俺より弱いヒトっていないぞ?

 その事にショックを受けながら、俺のいやしへ救いを求めるように、手を伸ばす。


「アン。行きましょう」

「…………」

「あらあら。アンちゃんはあたしと行きたいのね」


 伸ばした俺の手をアンが握る事は無かった。

 俺と目を合わせる事なく椅子から立ち上がる。

 そのまま彼女はフィーナさんの手を握りドカチーニさん達と共に店を出て行ってしまった。

 扉が開閉する時に鳴るドアベルの音がむなしく響く。


 俺の耳に『アンと言う名前はね。最後にEが付くアンなの。EはエンドのEよ!』と幻聴が聞こえてきた。




 再び俺は四つん這いとなった。

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