トモウェイ川戦争
こんにちは。
ユークリットです。
今日新しい仲間が無理矢理加わりました。
魔人セーレです。
一連の騒ぎが終えるとドカチーニさんが『ついて来い』と親指で指示をして道を進む。
セーレを加えた一行の行き先はトモウェイ川を横断する渡し舟の乗り場だった。
シーリンさんとの異世界初デートを思い出す。
登場人物を脳内嫁と変換して。
渡し舟は現代日本で言うならば【水上バス】みたいなものか?
俺の行動範囲でトモウェイ川に架けられた橋は港橋だけ。
支流の小さな川には太鼓橋と呼ばれる上へ丸く反ったアーチ橋が掛かっている。
その下を大量に荷を積んだ舟が通る。
川幅も広く橋を架ける事が困難なトモウェイ川の本流は渡し舟で渡る事が一般だ。
1人4文の渡賃をドカチーニさんが全員分まとめて払い舟に乗る。
渡し船の席は、1列3人が並び向かいあって座り、6人1組になるように出来ていた。
座席といっても木の板が4枚渡してあるだけだが。
先頭と最後尾に船頭が乗るので6人1組のグループが3組出来上がる。
俺の右隣でベスが右手で川面から水をすくって遊んでいる。
はしゃぐ彼女が川に落ちないよう俺は彼女の腰へ腕を回した。
ベスが驚いて振り返り俺を見る。
大丈夫だ。
彼女は怒っていない。
今日一番の良い顔をしている。
左隣りはドカチーニさん。
ここ最近で一番渋い顔をしている。
俺は天使と隻腕の鬼に挟まれて舟の中央へ座る。
向かいはベスの正面からアン、シーリンさん、フィーナさんが座る。
3人は全員俺の事を見ている。
正確には俺の顔の後ろか?
そこへ後ろからセーレが俺に声を掛けてきた。
「キミの背負っている邪魔なバックパックをおろして欲しいな。ボクが座りにくいよ」
「すみません。すぐ降ろします」
後ろの客とは一枚の板の上で背中合わせに座る。
こんな大きな背嚢を背負って座ったら間違いなく後ろの客は迷惑だ。
俺はその言葉を聞き背嚢を背中からおろして足元へ置いた。
ここならば荷物は誰の邪魔もしないだろう。
だがドカチーニさんと太もも同士が密着している事だけが気掛かりだ。
反対側のベスは交互に両足で、自分の前にきた俺の右足を、蹴っている。
ヤバい。
涙が出そう。
足をブラブラさせられるくらいに彼女のリハビリは進んでいる。
自分の足で歩ける日も近いのではないかと楽しみになる。
渡し舟に乗った事が楽しかったのだろうか。
鼻歌でも歌いだしそうなくらい今日一番に彼女の機嫌が良い。
「大分足が動くようになりましたね」
「今日は調子が良いみたいです。足を蹴ってしまい迷惑でしたか?」
「私は迷惑どころか嬉しくてたまりませんよ」
「それならこのまま足を動かしますね」
「そうしてください。私もベスの足が当たる事が気持ち良いです」
ベスが俺に対して怒っているから敬語なのではない。
ヒト前なので2人共敬語なだけだ。
大事な事なので繰り返す。
彼女の機嫌はすこぶる良い。
このままベスと話していたかったが、俺の思いは叶わなかった。
まるで『ボクの事を忘れないで欲しいな』とばかりに俺へ触れてくるヒトがいる。
1人で6席を占拠してセーレが俺の背中にもたれかかるように座る。
普通は他のヒト達と6人で相席になる。
明らかにおかしな状況だが、誰一人として、セーレに対して文句を言うヒトがいない。
舟は満員となったように隣の岸へ向けて出発した。
乗りきれなかった乗客を次の舟へ残して。
もう良い。
セーレの事は考えるだけ無駄だ。
分からない事は分からない。
ありのまま受け入れよう。
そう思っても次の瞬間に俺は自然と彼の事を考えてしまうのだ。
俺とセーレ以外の大人3人に重い空気が流れている。
大人達の空気を軽くするためだろうか?
彼女の機嫌がすこぶる良いためだろうか?
川の真ん中でベスがアンへ水を掛けた事から第1次トモウェイ川戦争が開戦した。
指を開いき指先で掛け合いをしているため飛んでくるのは水飛沫。
ベスは勿論、アンからもかすれた笑い声が聞こえてくる。
なんとも相手への思いやりで出来ている戦争だ。
2人の笑顔に俺はほっこりする。
渡し舟へ乗って良かった。
ありがとうドカチーニさん。
この戦争で周りのヒトも少しだけとばっちりを受ける。
彼女達の隣に座る俺やシーリンさんへ水飛沫が少しだけ飛んできていた。
この暑さの中だ。
俺は、たまに飛んでくる水飛沫が、むしろ気持ち良いと思っているが。
シーリンさんに迷惑が掛かっていないだろうか?
「ベス。アン。周りに迷惑を掛けるから止めましょう」
「わたしなら構いませんよ。たまに水飛沫が掛かる事が気持ち良いくらいです。ベスとアンの後ろには誰もいません。少しくらい子供がはしゃいでも問題ないと思いますよ」
「シーリンさんが迷惑でなければ良いです。先日2人で渡し船に乗った事を思い出しますね」
「あら。あの時はあなたと水を掛け合うような事はしませんでしたよ」
「私達は子供ではないですからね」
俺はシーリンさんとデートした時に脳内嫁と水の掛け合いをし忘れた事を後悔している。
俺はなぜ美味しいシチュエーションを妄想し忘れたのか!
俺は彼女とのデートを思い出しながら脳内嫁に変換して水の掛け合いを楽しんだ。
時々掛かる水飛沫で妄想が捗る。
第1次トモウェイ川戦争は、娘2人の楽し気な笑い声の終わりと共に、突然終戦する。
終戦後。
ベスが、右手ですくえるだけの水をすくい、俺の股間へと精密爆撃を行った。
第2次トモウェイ川戦争の勃発だ。
黄金水を漏らしたような染みが俺の股間へと出現する。
たったの一撃で凄い威力だ。
脳内嫁との楽しいデートは一瞬で破壊された。
舟を降りたら、股間の染みを晒して、人混みの中を歩くと思うと俺の心が折れる。
俺が脳内嫁と妄想世界へ浸っている間に俺とベスとの間で戦争が始まったようだ。
彼女からの宣戦布告は無かった。
いや股間への精密爆撃が宣戦布告と言うべきか。
俺は第2次トモウェイ川戦争を、新型水掛爆撃の一発だけで、終戦とするため決断する。
ベスの機嫌がすこぶる悪くなっている。
彼女とは一刻も早い和平交渉が必要だ!
「ベスさん。ベスさん。突然どうしたのですか?」
「いやらしい目でシーリンさんを見ているようでしたので」
確かにシーリンさんを素材にして脳内嫁は見ていましたが。
シーリンさんを見ていた訳ではありません。
そんな言い訳をベスにする事もできません。
やめて!
シーリンさん。
小首を傾げて私を見つめないで。
他のヒトならともかく、その仕草であなたが笑顔でいるのは怖すぎます。
それと新鮮で可愛いですが年を考えてください年を。
「私はシーリンさんを見ていた訳ではありませんよ」
「今も見ていると思うのは私の気のせいですか?」
「気のせいですよ。私の視線の先よりも水を掛けた先の方が問題あると思うのですが?」
「私は子供ですから! 水を掛けて遊びましたが問題ありますか?」
ベスの語気と蹴りが強くなりました。
これ以上被害を広げないよう彼女との和平交渉を続けましょう。
「せめて水を掛ける場所を選んで欲しかったです」
「しっかりと吟味した結果、最良の位置へと水を掛けた、と自負しております」
「相手の戦意を奪う見事な攻撃でした」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
俺はベスを褒めている気は一切無いけどな!
ベスが俺からそっぽを向いて和平交渉は決裂して終わった。
彼女からの蹴りは無言の抗議と言わんばかりに続いている。




