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河岸の市での出会い

 河岸かしの市の人混みに辟易へきえきしています。

 こんにちは。

 ユークリットです。

 これからドカチーニさんの馴染みの店を彼と共にまわる予定です。



 ドカチーニさんがフィーナさんから逃げるように移動を始めたので俺達も彼へついて行く。

 その時に視界の端へ港橋で見たピエロのようなヒトが入ってきた。

 結構遠くだと言うのに良く目立つ。

 独特の衣装と髪の色のせいだろうか?

 彼だけズームアップしたかのように、俺ははっきりと、彼の存在を意識させられた。



 その後俺は、八百屋を初めに、ドカチーニさんの顔馴染みの店長へ紹介され続けた。

 各店毎に魚屋で起こった事がそのまま再現される。

 一言で言うと俺は【丁稚でっち】として紹介して回らされたのだ。

 唯一の救いはベスとアンも瞳を輝かせている事。

 彼女達の好奇心を満たして機嫌が回復し始めている事だ。


 どうして俺は【丁稚】になったのだ?


 原因を考えてみるが完全に先日の【弟子入り】発言で決まりだろう。

 どうやら俺は冒険者としての【弟子】だけではなく、斡旋屋の【丁稚】にもなったらしい。

 冒険者としてだけでなく、斡旋屋の従業員としても、修行もつけてくれるようだ。

 ドカチーニさん。

 俺は【丁稚】で構いませんので、給金は部屋代と3人分の賄いが出ると嬉しいです。


 あれ?


 このまま俺は【丁稚】になった方が良いのでは?

 危険な事をせずに生きていけるぞ。

 望む給金が手に入ればだけど。


 今日のドカチーニさんの様子から、これから俺は1人で河岸の市へ来る事があるだろう。


 心配事は多いが湾岸施設と比べて良い事が他にもある。

 河岸の市も喧嘩の多さは湾岸施設と大きく変わらない。

 だがここならば例え喧嘩へ巻き込まれても口喧嘩で済むようだ。

 湾岸施設の、肉と肉がぶつかり、身体へ拳がめりこむ、喧嘩ではない。

 たとえ望む給金に足りなくても拳で語り合う喧嘩が無い場所で働けるだけでも素晴らしい!

 港湾施設と比べて嫌な事は人が多すぎる事くらいだ。



 河岸の市を一回りして【フィーナ診療所河岸の市出張所】へと帰る。

 この一回りは本当に俺の顔見世かおみせだった。

 俺がこれから芸をして回る訳ではないが挨拶あいさつ回りと言う意味で。


 出張診療所は終了した。

 思った通りドカチーニさんとフィーナさんが合流する事で終了の合図となったようだ。

 まだ並んでいる患者さん達も、2人の合流を見て、三々五々に散っていく。

 今度は文句を言う患者が1人もいなかった。



 フィーナさんは、後片付けをしてドカチーニさんへ軽くなった手提げ鞄を渡し、定位置へ。

 周りの目を全く気にしない老カップルのデートが再開された。


「今日はベスとアンがいるわ。裏道へ行くのはやめましょうか」

「そうだな。たまにはゆっくり店でも見て回ろう。掘り出し物があるかも知れないぞ」

「ええ。そうしましょう。あらまあ。ドカチーニ。あれは何かしら」

「フィーナ。早速良い物を見つけたのか」


 老カップルは道に並ぶ様々な商店を冷かしながら進む。

 現代日本で言うところの【ウィンドウショッピング】って奴だ。

 俺も河岸の市を今日は2回り目だ。

 2人の後ろをついて歩く俺にも周りを見る余裕が多少は出来た。

 1回り目で紹介されたヒト達へ挨拶をしながら片っ端から店を覗く。

 本当に色々な品が並んでいた。

 河岸の市を隅々まで回れば『手に入らない物は無い』と言われている事が良く分かった。

 ベスとアンも機嫌がかなり回復してきたようだ。

 瞳を輝かせながら売り物を見て回っている。

 視界の隅に入った不機嫌な笑顔を浮かべているシーリンさんの事は見なかった事にしたい。


「ベス。アン。せっかく河岸の市まで来たのだから何か……」


 俺は「欲しいものあるか?」と途中まで言いかけて言葉を止めた。

 危なかった。

 今の俺には銭が無い!!

 2人へ何かを買ってあげられるほど所持金に余裕がないのだ。

 何せ来月払う家賃の目途すら立っていない。

 その事を思い出し固まっていると、ヒトの悪い笑顔を浮かべた、シーリンさんと目が合う。

 同時にいつの間にかアンがシーリンさんと再び手を繋いでいた事を知る。


 シーリンさんも俺と同じで人混みが嫌いなはずだ。

 どこまで本当かは分からないが前回デートした時に言っていた。

 本人から直接聞いているし、間違いない情報だと思う。

 シーリンさんも雑踏のわずらわしさでさが大分溜まっているはず。

 今もストレスからイライラした気持ちを笑顔で隠した【怨】の念が俺へ向けられている。


 そんな不機嫌なシーリンさんに変化が現れる。

 ヒトの悪そうな悪人の笑顔から変化して悪さをする前のいたずらっ子の笑顔へと変わった。

 彼女は楽しそうに、この場で俺が言えなかった言葉を、ベスとアンの2人へ提案する。


「ベス。アン。せっかく河岸の市へ来たのです。何か欲しいものはありませんか?」

「いつも世話になっているのは私達です。シーリンさんに買っていただく理由がありません」


 アンもシーリンさんを見上げて首を縦にコクコク振っている。

 良いぞ2人共。

 武士は食わねど高楊枝だ!

 そんな事を思っている俺の瞳へ、完全に悪意を込められている、笑顔が映る。


 怖ろしい事に人数が2人。


 1人目は言うまでもなくシーリンさん。

 2人目が港橋の上であったピエロのようなヒトからだった。

 シーリンさんからは百歩譲って分かるが、見ず知らずのピエロのようなヒトから悪意を向けられる覚えが、俺には全く無かった。



 ピエロのような恰好をしたヒトは不思議なヒトだ。

 顔がはっきりと認識出来ないのにネモよりも美男子だと感じる。

 彼は世界遺産にでもなりそうな彫刻のような微笑みを静かに浮かべている。

 だがそれと同時に俺は彼の顔をはっきりと認識できないのだ。


 自分でもおかしな事を考えている……いや感じていると思う。


 彼の顔がはっきりと認識できない。

 だが実感として、どこが良いのか説明が出来ないけど、彼を絶世の美男子と脳が認識する。

 それに加えて得体の知れない怖さが、微笑みからにじみ出ていると、伝わってくる。


 今、俺は同じ事を2度考えたのか?

 自分の思考がまとまらない。

 目から入る情報と脳で処理される情報とが一致しない気持ち悪さ。


 こんな目立つヒトが近くにいるのに周囲のヒト達は彼へ注意を払っていないようだ。

 多くのヒトが何事も無い様子で彼と俺達の近くを通り過ぎていく。

 その事が俺の混乱を更にあおる。

 俺は何度も同じような事を考えているのか?

 この事を考えているのは初めてなのか、2度目なのか、それとも3度目?

 分からない事は考えないと決めているのに同じ事を何度も考えてしまう。

 少し前に考えていたのかどうかも分からない。

 答えが出ない。

 俺の思考と視線は『蛇に睨まれた蛙』のように彼から外す事が出来ない。



 ピエロのような彼が俺へ話し掛けてきた。

 俺の全てが彼に持っていかれる感覚。

 話し掛けられた瞬間から彼に対する俺の脳内画像が口だけの【のっぺらぼう】へ変わる。

 顔が大きな口だけになったと言うべきか?

 恐怖と羨望が入り混じる不思議な感覚。

 俺の理性は『絶対におかしい』と思いながら、彼の異形を感性は『美男子』と受け入れる。


 理性が感性に勝てない。


 彼の事を【おかしい】と思っても、体や心が、行動や感情が、ともなわない。

 彼の瞳を意識出来ないのに、彼が俺の事を見つめていると分かる。

 自分でも驚くほど素直な気持ちで彼の言葉へ返事をしてしまう。

 彼から離れたい気持ちで溢れているのに彼と話をしてしまう。

 彼がとても友好的な気の良い人物に思えてしまう。

 自分ではない誰かが俺の体と心を操っているようで気持ちが悪い。

 俺はいつの間にか彼に【魅了の魔法】でも掛けられたのか?

 そんなはずはない。

 彼が俺にそんな事をするはずはない。




 彼は素晴らしいヒトだと俺が一番良く分っているじゃないか。

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