シーリンさんいつもありがとう
全員の支度が終わり、マリーとベルガーさんに見送られ、河岸の市へ出発する事になる。
今日のパーティーメンバーは6人になっていた。
この異世界にある迷宮の探索ならばフルメンバーになる大人数パーティーだ。
おはようございます。
ユークリットです。
最初は親娘3人で出掛けようとしていたのですが、気付けば多人数でお出掛け。
この状況を喜んで良いのか悲しんで良いのか。
とにもかくにも、せっかくのお出掛けなのですから、楽しまないとだめですね。
これからの話はほんの少しだけ時が戻ります。
………………
今日共に出掛ける6人の用意が完了して食堂へ再び集合した。
ネモとは出発しようと食卓から立ち上がったその時にすれ違う。
厨房から出てきた奴と俺の視線が一瞬交差する。
刹那の間で互いに【呪い】の視線を飛ばし合う。
ネモは目から血の涙が流すと同時に廊下の奥へと駆け出した。
俺の耳へ「シャイニング・ルナルナとお出掛け……だと」とネモのかすかな声が届いた。
奴には「アンの前でその名を口にするな」と言ったはずだ。
更に奴はアルフィアさんとイチャラブリハビリをこれから始めるのだろう。
玄関先の見送りにも顔を出さない。
スリーアウトだネモ。
俺はおまえを赦さん。
アルフィアさんと毎日2人きりでリハビリか……心の底から羨ましい。
血の涙を流しながら呪いたいのは俺の方だ。
アルフィアルートへの入口はフィーナさんとマリーの手で強制的に閉じられたのだぞ。
心の底から恨めしい。
そんな俺の心を覗いたのか。
他のみんなはマリーから「いってらっしゃいませ」とのお言葉を。
俺だけは【G】を見る視線をいただいた。
今までの待遇から考えれば、心なんて覗かれなくても、結果は全く変わらないな。
いつも俺だけ特別扱いで嬉しいぞマリー。
マリー1人だけなら、どれだけ無視されても、俺は既に慣れているから平気だ。
だが今日は愛娘2人もマリーと同じような瞳で俺を見ている。
子供組3人の視線は俺の気持ちを完全に落ち込ませたよ。
それにしても俺はここまで嫌われる何かをマリーへしたのか?
考えても思い出せないし覚えもない……訳ではないな。
スカートの中を覗いた事もあったか。
だが俺の記憶が正しければマリーはスカートの中にズボンを履いていたのだ。
そこまで怒られるような事ではない……と思う。
それとも異世界ではアウトなのか?
分からない事は考えても無駄だ。
異世界の不思議と同じくらい思春期の女の子は理解できない事でいっぱいだ。
ベルガーさんからは昼食と水筒が入った背嚢を渡された。
俺が礼を言うと彼は「あまりものだ」と言うが人数分用意してくれた事が嬉しい。
ありがとう。
港町の熊さん。
今日の楽しみが1つ増えて、へこんだ俺の気持ちがしっかりと上向いたよ。
一行は斡旋屋から出発して河岸の市へと行く為に港橋を目指す。
通り道はいつもの通いなれた湾岸施設の中。
ほとんど男しか見掛けない環境だ。
女性も確かにいて働いているはずなのだが……今までで俺が見掛けた事は本当に少ない。
そんな環境の中を男2人に女4人。
加えて小汚い恰好の男性陣と綺麗な恰好の女性陣で衣服に格差がありすぎる。
始業迄まだ時間がある為、ヒトの数は少ないが、注目は集まる。
道行く野郎共の視線は『リア充爆発しろ』と呪いを込められているのかもな。
もし俺が逆の立場なら確実に俺を呪っている。
実際に俺もアルフィアさんと2人きりでキャッキャウフフするネモへ呪いを飛ばしている。
ベルガーさんもマリーと2人きりで厨房の仕事をするとの事だが、ツンデレメイドから刺抜きをして、是非ともデレ部分が俺でも食べられるように下ごしらえをして欲しい。
道ですれ違う野郎共の視線を集めて進む我が一行。
外から見たら、内情はどうあれ、3世代家族に見えないだろうか?
俺は頭の中で検証する。
駄目だな。
どう見ても、女性陣と男性陣との格差がありすぎて、家族に見えない。
隊列の先頭はドカチーニさんとフィーナさん。
今日のフィーナさんは黒のドレスに赤十字の入った白いマントを身につけ、ドカチーニさんの左腕を隠すマントを右手でつまんでいる。
斡旋屋では、普通の貫頭衣で過ごしているので、ドレス姿の彼女を見る機会は少ない。
本人は「年を取ったせいか最近はしわが増えてね」と言っているが顔に【しわ】など無い。
彼女が外見で子供ではないと分かる事は、白髪が多少混じっている事くらいだ。
普段の中身は、まるで子供のように、いたずら好きでからかい好き。
但し治療中の彼女が醸し出す雰囲気はとても子供には見えないが。
ドカチーニさんはいつも通り黒の貫頭衣だが右手に大きな手提げ鞄を持つ。
この大きな手提げ鞄の中には医薬品が、これでもかと、積み込まれている。
パンパン過ぎて鞄がかわいそうになるくらいだ。
左腕のマントに隠れ見えないが、腰には銭束を何本もぶら下げ、武器は大振りの小刀のみ。
この小刀が冒険の時にも使用する彼の愛用品だと俺は知っている。
一見黒で揃ったペアルックだが貴族と平民の間には越える事が難しい壁が存在している。
それでも後ろから見ている俺の目には2人が長年連れ添った老夫婦にしか見えません。
2人のすぐ後ろを1人で歩くシーリンさん。
彼女は、斡旋屋の受付で普段から使う、特注の紺色に染めた貫頭衣を着用している。
この貫頭衣は【ぴったりフィット】で体のラインが良く分る。
彼女はあらゆる部位がスレンダーだ。
……BもWもHも……特に【B】が……
髪型は王女編みで俺がプレゼントした【銀色のかんざし】という名の先端が鋭く尖った武器が差してある。
他にも色々と武器を隠し持っていそうだが一見すると無手であるところが怖い。
俺は『もしかしたらシーリンさんは【四次元倉庫】的なものを所持しているのか? ならば俺もこの異世界で手に入れる事が出来るかもしれないな』などと妄想を広げられる。
シーリンさんを見ていると、すれ違う男性の半分位は、彼女を振り返る事が良く分る。
彼女の貫頭衣は、俺が今まで異世界で見た貫頭衣の中でも、格別に出来が良いからな。
通りすがりに一見するだけならば立ち姿と言い所作と言い際立って美しい。
俺は【尻フェチ】ではないが彼女のお尻は最高だと思う。
俺の好きな古典漫画の一冊である夢戦士を描かれた大先生のお尻に匹敵する。
すれ違い振り返り見たシーリンさんは……はっきり言えば『後ろ姿』は最高に美しいのだ。
そしてあのスレンダーな手足が凶悪な凶器である事はすれ違うだけでは見抜けないだろう。
悪意を持って彼女へ直接的な接触を求めなければ。
最後尾を歩くのは俺とベスとアン。
ベスとアンも色は付いていないが眩しいほど白い貫頭衣。
子供用だが、2人共背が低い事と大きめのサイズな為、標準的な貫頭衣よりも裾が長い。
現代日本のお嬢様が避暑地へ遊びに来ている時に着るワンピースようだなと俺は思っているが親バカ目線である事は否定しきれない。
弱点をあげるとサイズが大きい為、首元と腋が甘く、割と奥まで肌が見えてしまう事だな。
加えて毎日洗濯してくれているのはシーリンさんだ。
眩しいほどの白さを俺が誇る事は間違いだな。
シーリンさんいつもありがとう。
何度も言うが、2人共まだまだ痩せすぎだと思うけど、彼女達の外見はもう骸骨ではない。
俺的には大事な事なので繰り返す。
毎日陽が昇る度に健康を取り戻していくアン。
この異世界では前代未聞の【魔力を使わず四肢を動かす】事を成功させたベス。
完璧な食生活を個別に提供してくれた港町の熊さんと呼ばれるベルガーさんへ感謝だ。
2人の頭には、シーリンさんから借りた、麦わら帽子をかぶらせて暑さ対策も万全。
そうだ。
2人の麦わら帽子も早く買わないとな。
港で初めて会った時から見たら2人共元気になってきた。
これからは外出の機会も増えそうだ。
いつまでもシーリンさんから借りる訳にはいかない。
今は俺に金銭の持ち合わせはないが。
どの世界で生活しても貧乏はやはり【罪】のようだな。
シーリンさんいつもありがとう。
俺は、夏の避暑地に来たお嬢様2人に囲まれているが、普段通り安物の貫頭衣を着ている。
荷揚げ屋の仕事と海風で普段から汗や塩まみれになるためもあり大分くたびれてきている。
毎日シーリンさんが洗濯をしてくれているが現代風に言えば【よれよれのTシャツ】だ。
そんな俺が、左腕にベスを抱え、右手でアンの手を握る。
背中には弁当が入った冒険用の背嚢。
物自体は質も手入れも良いが冒険で使う品。
くたびれ具合汚れ具合は共に激しい。
現代日本では【お嬢様を誘拐する小汚いおじさん】と周りにいる善良な市民から通報されてもおかしくないくらい服装に差がある。
港で働く野郎共なら通報などしなくても腕力に任せて俺など簡単に始末できると思うが。
よれよれのTシャツくらいなんとかしたいが、余分な服を持っていないのだ。
俺の持つ貫頭衣の中では、ドカチーニさんからもらった、【黒い貫頭衣】が一番格好良い。
だがあれは太陽が仕事をしている時に着るものではない。
暑すぎる。
ドカチーニさんは毎日着ているが良く平気だと改めて感心してしまった。
俺には新しい貫頭衣を買う銭もない。
無いものをねだっても服は降ってこない。
服が降ってくるぐらいなら三つ編みの少女が青い光を放ちながら空から降りてきて欲しい。
共に冒険に出掛けて……俺には無理だな……タイムリープか不死身の体が必要だ。
莫迦な事を考えるのはやめて現実を見つめ直そう。
それなりに裕福な3世代家族とお付きの下男が1人の集団へぎりぎり見えなくもないぞ。
誰が下男かは考えたくないが、いつだって真実という名の答えは1つだ。
これもむなしくなる。
ここで考える事はやめよう。
せっかく仕事を休みにして出掛けているのだ。
少しでも楽しい事を考えよう。
今日は全財産をつぎこんだロングブーツを取りに行く日。
イベントはそれだけで良かったのに……
俺とベスとアン。
3人だけで良かったのに……
あと1人加えるなら「最後まで長靴の面倒を見ます」と言ってくれたシーリンさんだな。
シーリンさんいつもありがとう。
普段から本当に彼女へお世話になっているのだな。
感謝の気持ちを彼女へしっかり伝えなければ。
彼女とのやりとりを思い出すと嫌な思い出ばかりが浮かんでくるけど。
プラスマイナスしたらゼロじゃないか?
むしろマイナスな気もする。
駄目だ。
また気持ちが落ち込んできた……




