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そうだ朝食を食べよう

 正座で三つ指をつきホルスたんを見送った俺へ背後から声が掛かる。

 振り向くのをためらう冷たい声で。


 おはようございます。

 ユークリットです。

 人生山あり谷あり。

 大きな大きな2つの山を愛でた後は深く冷たい谷が私の背後へ現れたようです。

 ここは勇気を持って谷へ挑みましょう。

 この谷は時間が経つほど攻略が困難となりますから。


「ようやく邪魔者ホルスが消えましたね。先月は何があった月か思い出しましたか?」

「ベスさん。ホルスたんを邪魔者扱いするのはやめましょうね?」

「……それで先月はどれだけ大切な月だったのか思い出しましたか?……」

「とりあえずゆっくり朝食を取りながら思い出しませんか? アン手伝ってください」

「…………」


 勇気を持って振り返り発した私の提案は無視されました。

 アンが動く気配はありません。

 正確にはアンの体は動いていますが、ベスのリハビリを黙々と続けています。

 2人はホルスたんのいる間も沈黙とリハビリを継続していました。

 彼女達は静かにしていただけで、私に対しての、怒りも話も続いていたのですね。


 但しベスは、質問の答えになっていない私の言葉へ、耳を傾けようともしません。


 私がきちんと答えるまで何度でも同じ質問を続ける気が満々のようです。

 アンですら、何も反応を示さず、こちらを向こうともしません。

 俺の娘達からお怒りの気配をビンビン感じます。

 怒りんぼのベスばかりかアンも怒っているとなると事態は深刻と言えましょう。



 頭をフル回転させても、彼女達の望む答えが、全く思いつきません。

 異世界では分からない事を考えるだけ無駄です。

 ですが今回の場合は適用除外でしょう。

 答えを思いつかないのなら時間稼ぎをするしかありませんね。


 ここは一時転進しましょう。


 本当はアンをともないたかったのですが無理ですね。

 食事を取る事で、時間を置き、体勢を立て直しましょう。

 美味しい食事は心もなごませます。


 1人で解決できない事は他人を頼りましょう。


 勇者は1人で戦うヒトではありません。

 勇者として必要な五箇条に『悩んだら相談!』とあるくらいです。

 ヒトに頼る事は勇者ですら必要な事。

 一般人の私ならば絶対に行うべき事です。


 助けて港町の熊さーん!


 最大限に美味しい食事の効果を得る。

 そのために1人で3人分の朝食を取りに行きます。

 まずはベスとアンの分を運びましょう。

 私は2人へ「朝食を取ってきます」と告げ、返事を待つ事なく、食堂へ急ぎ向かいました。

 急いだ理由は2人から何も返事が返ってこない事が怖かっただけですが。



 私が食堂へ朝食を取りに行くとドカチーニさんに呼び止められました。

 鬼の顔へ微妙に浮かぶ笑顔らしき表情が逆に怖いですね。

 今日も元気に働く私の細胞達が「全力で逃げろ」と体の内で大合唱しています。

 大魔王ドカチーニが朝一番で襲撃してきたと。


「ユークリット。受付の列へ並んでいないようだが、今日は仕事をしないのか?」

「ええ。今日は先月頼んでおいた長靴ちょうかを取りに行く予定です」

「街へ出るのか? それは丁度良い。俺もお前を連れて行きたい場所があってな。今日はお前と共に行動したいと思うのだが。どうだろうか?」


 私は『連れて行きたい』『共に行動する』と言う言葉へ危険を感じます。

 ですが『どうだろうか?』と私の選択権を認めてくれる優しい言葉も含まれています。

 かつていにしえの大魔王が「世界の半分をやろう」と言った伝説はあります。

 ドカチーニさんは私へ選択する権利を与えてくれていますが実際どうなのでしょうか?

 まずは私の第一希望を正直に話してみましょう。


「今日はベスとアンと3人。親娘おやこ水入らずで出掛けたいのですが」

「家賃……来月の家賃の目途はついたのか? 俺と行く事はお前にとって悪い話では無いぞ」

「来月の家賃ですか……」



 一蹴されました。

 家賃の目途……全くついていません。

 荷物の運び方に革命が起きた現在、港の荷物運びだけだと、収入は足りなくなりました。



「もう一度聞こう。俺はお前を連れて行きたい場所がある。今日は共に出掛けないか?」


 ドカチーニさんから提案されたら、私には選択肢なんて最初から無いようなものでしたね。

 かつて【世界の半分】を望んだ勇者はそのまま帰らぬ人になっていたと記憶しています。

 私の記憶が確かならば。


 それにこの質問。

 何度『いいえ』を選んでも同じ質問が返ってくるパターンですね。

 だからと言って【世界の半分】を【対価】を望んでも帰らぬ人になるパターンです。

 私が対価として【今月の家賃】を望べば、古の勇者と同じ末路を取る事になるでしょう。



 自室から食堂へ激戦区を転進してきた私ですが転進先もまた死地でした。

 そしてこの戦場も先程と同様で私の分が圧倒的に悪いようです。

 今はベスとアンの朝食を運ぶ事を言い訳にして再び自室へ転進しましょう。


 それでもまだ私は親娘3人だけで出掛ける事をあきらめていません。


 どうせ戦場へおもむくならば戦果がより大きい方を選びたいものです。

 こちらには今までの生活で得た有益な情報があります。

 間も無くドカチーニさんはフィーナさんと2人で買い出しにいくはず。

 今は、時間を稼ぐため、この場はおいとましましょう。

 こちらの戦場はフィーナさんと時間が解決してくれる事を期待できます。

 ドカチーニさんとは戦わず勝つ事が最高の手です。

 対してベスとアンは直接戦わねばならない相手。

 逃げ出す事の出来ない相手。

 どちらと戦う事を選ぶかは一目瞭然いちもくりょうぜんです。


「すみません。今はベスとアンの朝食を運ばないといけませんので、後で伺いに参りますね」


 勿論【後で伺いに参るのは今日とは限らない】事は言うまでもない事です。

 この時の私はすっかりと忘れていました【大魔王からは逃げられない】事を。

 今後、私は【大魔王】から逃げ出す為に、頭と口を全力で動かす事となります。


「今日の予定を話すついでに一緒に朝食を取るか」

「いえいえ。食事を運ぶのに2往復しないといけませんから」

「俺を誰だと思っていやがる! なぁ見たくはねぇかい? 二枚の盆を片手で運ぶ姿をよぉ」


 銀河を救う愚連隊の隊長で無い事だけは確かですね。

 そんなキラキラした瞳で私を見ないで下さい。

 時々可愛いのは反則です。

 ブルドックや土佐犬のような可愛さですが。

 そんな輝く瞳で見つめられたら答えは1つしかありません。


「是非見てみたいですね」

「そうだろう。今朝はお前達の部屋で朝食を取るか。ベスの見舞いもしたいしな」

「きっとベスも喜びます」



 やはり【大魔王】からは逃げられなかった。

 その後すぐに、2枚どころか、3枚の盆を片手で運ぶ妙技をドカチーニさんは披露した。

 食器の上にお盆を載せる様な事なく、扇形にお盆を開いて、お盆は重なっていない。

 俺は1枚しか持っていなかったのでドカチーニさんから1枚受け取ろうとしたら怒られた。


莫迦ばか野郎。お前が両手塞いだら扉を開ける手がなくなるだろうが!」


 運ぶお盆の枚数が1対3だ。

 悔しいがドカチーニさんの言う通り。

 今の俺では片手に1枚ずつしかお盆を運べない。

 俺が2枚お盆を持てば最後に部屋の扉を開ける手はなくなる。

 現代日本の引き戸ならば足で開けられるが、この部屋の引き戸は建付けが悪い。

 足で開ける事もまた困難を極める。

 いつもは扉を開ける為にお盆を1枚床の上に置く。

 この運び方ならば床にお盆を置く必要がなくなる。

 4枚のお盆を一度に運ぶためには、この屈辱的な運び方が、ベストだった。


 ベスとアンへ俺が直接朝食を持っていく事はあきらめよう。

 そうだ。

 どうせドカチーニさんと関わるのならば情報収集をするべきだ。

 彼は先月、俺が旅に出ている間、ベスとアンの面倒をみてくれている。

 2人に何があったのかを知っている可能性は高い。


「ドカチーニさん。ベスとアンが怒っている理由を知っていますか?」

「お前に対してか?」

「はい。私に対してです」

「お前の部屋に掛けられていた最初の表札を思い出すのだな」

「思いだしたくもない表札でしたね」


 表札には『ベスとアンの二人部屋 ユークリットはお断り』と書かれていた気がする。

 今はしっかりと『三人部屋』になっている。

 駄目だ。

 思い出せない。

 ベスから「一生一緒」と言われた事しか覚えていない。

 何やら江戸時代の拷問らしき事をさせられた気もするが悪い事は記憶から飛んでしまった。


「まぁ思い出したくないのなら思い出さなくても良いさ」

「あんなに怒る理由が全く思い出せないのです」

「出来たら自分で思い出してやれ。子供にとっては大切な事だ」

「そうなのですか。もう少し自分1人で頑張ってみます」

「そうしろ。十五歳を迎えると娘なんて冷たいものだぞ」


 ドカチーニさんの言葉に不思議な重みを感じる。

 しかし考えてみれば【双子の魔王達】へ【紅蓮の大魔王】を当てる事は妙手かも知れない。

 俺を除いた3人は共通の認識があるようだ。

 ポロリと怒りの真相がこぼれる可能性がある。

 口では「1人で頑張る」と言いながらヒトに頼る気満々の俺だ。




 そんな甘い目論見もくろみを思い浮かべて、俺はドカチーニさんと部屋へ向かった。

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