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 シーリン過去編14-2:幸せな思い出

 昼食時うちの斡旋屋には閑古鳥かんこどりが鳴いていました。

 今日はたまたまなのでしょうか?

 それともいつもの光景なのでしょうか?

 夜ほどではありませんが昼間の食堂も、わたしが迷宮探索へびたる前は、もう少しにぎわいがあったと記憶しています。


 一向に現れないお客様を待ちながら食卓を綺麗にしてまわります。

 先日一度綺麗にしたからでしょう。

 前回よりは各食卓の汚れが簡単に落ちました。

 長年染みついた汚れの一部は相変わらず頑固ですが。



 昼食の時間が過ぎます。

 港で働く多くの労働者は昼休みが終わり仕事へ戻ります。

 これ以上お客様を待つ事は完全に時間の無駄ですね。

 気持ちを切り替えていきましょう。


 次は厨房ちゅうぼうで、夕食の下ごしらえをしてしまいましょう。

 今日はお芋が一杯です。

 きっと館長が安く大量に仕入れてきたのですね。

 お芋の皮むきは子供の頃から手伝っていた事です。

 うちの斡旋屋はどこもかしこも館長との思い出で一杯です。

 勿論厨房にも館長との思い出が沢山たくさんあります。

 一人で単純作業を繰り返していると、ここで起きた昔の一場面が脳裏へ再生され始めます。




………………




「おとうさん。おいものかわをかたてでどうやってむいてるの?」

「片手でむきたいか? まずはシーリンが両手でしっかり皮をむけるようになってからだな」

「わかった。りょうてでむく。おとうさんのおいもはずっとかわがつながっていてすごいね」

「シーリンも毎日手伝ってくれているのだ。これくらいはすぐ出来るようになるさ」

「むけた! でもわたしのおいもかくかくだよ」

「本当だな。お芋がかくかくだな。シーリン。皮むきで一番大事な事を覚えているか?」

「おぼえているよ。かわをむくときに【は】はじぶんへむけない」

「良し! よく覚えているな。えらいぞ。絶対に怪我だけはするなよ」

「わかった。いっしょにかわむきたのしいね。おとうさん」

「楽しいか? それは良かった」




………………



 この斡旋屋が出来て間もない頃の記憶ですね。

 あの頃は今日と同じように食堂で閑古鳥が毎日鳴いていました。

 それもあってこんな事を思い出したのでしょうか?

 あの頃のわたしは館長おとうさんと一緒に居る事が一番の幸せでした。

 今までの人生で一番の幸せがかわった記憶はありませんが。


 因みにわたしも野菜によりますが今では左右の手で同時に二つの野菜を皮むき出来ます。

 二つ同時に皮をむく時間は一つずつで二つ皮をむく時間とあまり違いがありません。

 完全に曲芸でしかありませんね。

 幼い頃から館長の真似をしていた結果ですね。

 わたしは館長が片手で行う事をほとんど自分でも出来るようになりました。

 

 館長専用素振り用木刀は両手で持ち上げる事すら困難ですが……


 あれは木塊もっかいです。

 ヒトの持ち物ではありません。



 館長と過ごした子供時代の幸せな記憶を思い出しているうちに仕事が終わります。

 長年続けて手が覚えている仕事です。

 半分寝ていても、考え事をしていても、勝手に手が動きお芋の皮をむき続けました。


 次のお芋を取ろうとした手が空振りします。

 全てのお芋を皮むきしたようですね。

 山になったお芋達を見ると『むきすぎた』と思いましたが、きっと大丈夫でしょう。


 今夜はお客様に様々なお芋料理をすすめてまわります。

 そうそう。

 お芋の半分はかしておきましょう。

 更にその内の半分を潰しておきましょう。

 これでお客様に出せるお芋料理の種類がかなり増えるはずです。


 お芋は最後の仕上げに調理するだけの状態です。

 わたしは、陽が傾き始める前に、下ごしらえを全て終えました。



 一仕事終えて食堂へ戻れば、館長は変わらず安楽椅子の上で寝たままです。

 彼は異変を感じると起きるので、わたしと分かっての、狸寝入たぬきねいりですね。


 子供の頃は館長のひざの上で一緒に昼寝をさせてもらったものでした。

 今のわたしでは流石に彼の膝の上で昼寝は出来ませんね。

 二人で昼寝をするには安楽椅子が狭すぎます。

 体の大きさもありますが、わたしはもう子供ではありません。

 わたしは彼と一緒に過ごしたかったので残念でしたが昼寝の邪魔も出来ません。

 狸寝入りは気付かない振りをして、館長にゆっくり休んでもらうとしましょう。



 日没になり夕食のお客様が来るまで自由時間です。

 鉄さんからいただいた棒手裏剣をつかむ練習から行いましょう。

 室内でも出来る事ですが無様な姿を他のヒトに見られたくありません。

 子供の頃のように裏庭でひっそり修行するとしましょう。

 うちの斡旋屋にある裏庭は覗こうと思わない限り外から見えない造りとなっていますから。


 ……らない記憶を思い出してしまいました……

 名前も思い出したくない幼馴染が裏庭に続く通路から覗き見していましたね。

 先日まで共に迷宮へ潜っていた彼と言い、わたしの同年代は、魅力的な男がいません。

 館長や鉄さんのような尊敬出来る立派な男性はいないものでしょうか?

 ……考えてみたら館長も鉄さんも共に変人なところがありますね……

 ヒトは美点が欠点を上回っていれば良いのです。


 下らない事で時間を潰してしまいました。

 裏庭で訓練を始めましょう。



 まずは足の指で棒手裏剣を掴む練習から。

 わたしの足の指は訓練をて大分動くようになりましたが動くだけですね。

 まだまだ『自由に動かせる』と言えるほどではありません。


 わたしは草鞋わらじを脱ぎ裏庭の地面へ座り込みます。

 理想としては親指と人差し指で挟むように持ちたいのですが理想通りには動きません。

 棒手裏剣を手に持ち、足の指で掴めるまで、試行錯誤の繰り返しです。

 足の指を何度もりながら最後は、親指の爪の横と人差し指の腹の横で、なんとか掴む事が出来る事を発見しました。

 棒手裏剣をしっくりと掴む足の指の形は囲碁の石を指す時の手の指の形に似ています。

 足は親指と人差し指、手は人差し指と中指、と使用する指に違いはありますが。



 棒手裏剣の足の指での掴み方をさぐるだけで夕方になりました。

 そろそろ本格的に夕食の準備を始めないといけません。

 朝干した洗濯物を集めて斡旋屋へ戻ると厨房では館長が火をおこしていました。


「館長。洗濯物を仕舞しまって着替えたら手伝いに入りますね」

「おう。今夜もよろしく頼む。下ごしらえ助かった。ありがとう。シーリン」

「どういたしまして。仕事ですから感謝は無しです」

「そうか? 俺が助かったと思う気持ちは本当だ。お礼の一言くらいは良いだろう?」

「それではお言葉をありがたく頂戴します」


 館長とわずかなやり取りでしたがわたしの気持ちは頂点まで昇ります。

 そして綺麗になった食卓もお客様の気持ちが上向くようで今夜も先日と同様の大宴会。

 綺麗にした食卓は元の状態へ戻りました。



 連日で騒がしかった夜が明け朝の仕事を終わらせてから迷宮の斡旋屋へ向かいます。

 普段と変わらず通い道で石を拾いながら到着。

 最近は沼地に出来た道の上で良い石を見つける事が大変になってきました。

 それでも道を外れて歩けば、まだまだいくらでも、良い石が見つかります。

 衛兵さん達が訓練をしている時の掛け声を聞きながら斡旋屋の入口をくぐります。

 今日はお姉さんへ朝の挨拶をする前に邪魔が入りました。


「ぺちゃ。今度はしっかり目を治したからな! 一緒に迷宮行こうぜ」


 朝一番で近すぎるくらい顔を寄せてくる彼の瞳の色が右と左で違います。

 残念ながら瞳は機能の回復をしていないようです。

 昨日の今日ですっかり忘れていましたが彼とは絶縁したのでした。

 それだけ確認すると、わたしは彼の存在を無視して、お姉さんへ挨拶と護符を頼みます。


「おはようございます。お姉さん」

「おはよう。シーリンちゃん」

「おい! 無視すんなって!!」

「お姉さん。一番の護符をお願いします」

「もう迷宮へ行くの? 気を付けていってらっしゃい」

「ぺちゃ! 聞けよ! 目を治したんだって」



 わたしは護符を受け取ると、彼に一瞥いちべつもせず、迷宮へと一人で向かいました。



「ぺちゃ! おれの話を聞けってば! 無視すんなって」


 迷宮へ向かう下り階段で彼がわたしの肩を掴もうとする気配を感じました。

 後ろから伸びてくる手をかわすと勢い余った彼は階段を転げ落ちていきます。

 はっきり彼が手を伸ばしてくるのを背中で感じ取れました。

 お姉さんが言っていた『魔法を使わず気配を感じる』とはこういう事かと理解します。

 見た感じですが彼に自力で動けなくなる大きな怪我はありません。

 このままここへ放置しても問題は無いでしょう。


 世の中にはおぞましい伝承があります。

 男女がからまりあい階段を転がり落ちると互いの心と体が入れ替わる怖ろしい話。

 数々の伝承が物語の形で語り継がれています。

 彼とそんな事にならないで良かったと心底思いながら水の暖簾のれんをくぐりました。



 入口の区画では【もぐり】達が今日も元気にかえるつかまえています。

 らえた蛙はわたしの昼食になるのですから是非頑張って欲しいですね。

 もぐり達へ会釈えしゃくだけの挨拶を交わして次の区画へ向かいます。


「ぺちゃ! 待てって」


 彼が珍しくもぐり達と一言も会話をせずにわたしを追ってきます。

 本当にしつこいですね。

 次の区画へ移動したら気配を消す魔法で姿を隠蔽いんぺいしてきましょう。



 魔法で姿を隠すとすぐに彼が隣の区画から現れました。

 構造物の陰をのぞみながらも急ぎ足で次の区画へ移動していきます。

 無事彼をやり過ごせたようですね。

 わたしの予想では彼は先の区画へ移動し続けるはずです。

 この区画で少しだけ様子見ですね。

 隣の区画にいる彼の様子を魔法で探り続けましょう。

 


 どうやら予想通りの結果になったようです。

 彼は更に奥の区画へ移動していきました。

 次の区画へ気配を探知する魔法を使いながら彼と一区画距離を取りわたしも移動します。


 今日は目的の為にほとんど構造物が無い区画を探します。

 残念な事ですがこれまで移動してきた区画には構造物が多い所ばかりでした。


 迷宮の不思議の一つに【区画内の構造物の変化】があります。


 いくつか区画を移動すれば構造物が少ない区画も見つかるはずです。

 わたしは今までの経験からそれを学んでいます。

 さいわいな事に数区画移動で木造の構造物が一つだけの区画を発見しました。




 今日の目的に理想的な場所を浅い区画で発見できました。

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