シーリン過去編14-1:怒り沸騰
日頃から私の妄想をお読みいただきありがとうございます。
今月は毎週金曜日19:00に4回の更新です。
一話あたり約四千から五千文字のボリュームとなりますがご了承ください。
2019/11/01 何遊亭万年
わたしは怒りで強く大地を踏みつけながら歩きます。
彼の愚行に今度と言う今度はもう呆れて物も言えません。
今朝の事は、思い出したくも無いと思っていますが、どうしても頭から離れません。
彼とは二度と関わらない事だけは決心しました。
思い出さないようにと思いながらも、今朝起きた斡旋屋の光景が、頭に浮かんできます。
………………
「おはようございます。お姉さん」
「おはよう。シーリンちゃん」
斡旋屋へ入ると受付にいるお姉さんと朝の挨拶を交わしました。
今朝はお姉さんが困った顔をしています。
わたしは何かあったのかと思い話を続けます。
「お姉さん。何かあったのですか?」
「シーリンちゃん。あんまり彼を怒らないであげてね」
「わたしは何もなければ怒りませんよ。何があったのですか?」
「私達は止めたのだけどね。彼。また【神のダイス】へ手を出してしまったの」
「そうですか。あとは彼と直接話し合います」
わたしは自分の血が冷たくなるのを感じながら受付近くの食卓へ腰かけます。
怒りの熱を通り越して、逆に心と頭が冷たく冴えてきました。
毎朝わたしより先に食堂へ来ている彼が姿を現さない事を理解します。
簡単に言えば『ばつが悪い』のですね。
魔法を使うまでもなく、食堂の隅にある食卓の陰で、彼の気配が感じ取れます。
「いることは分かっています。姿を現してください」
彼が食卓の陰から頭をかきながら姿を現し、わたしの斜め前へ座りました。
普段はわたしの隣へ座ってこようとするのに、今は少しでも遠くへ座ろうとしています。
そのおかげで彼の顔を見る事が出来ました。
彼の目は、未だに包帯が巻かれていて、回復魔法を掛けられた感じではありません。
「なぜ回復魔法を掛けていないのか。ご自分の口で説明してください」
「だってよぉ。目の治療をしたら稼ぎがなくなるんだぜ? 金持ちになりてぇじゃん」
「それならば尚更目の治療をしてください。探索に差し障りがでます」
「お前と一緒に迷宮潜っていて問題なんて起きねぇじゃん。がっつり稼いだら治すよ」
「あなたは助祭様の話を聞いていましたか? 目が腐ったら治療費は一両になるのですよ」
今まで忘れていたのでしょう。
はっとした表情をした後で彼の目が泳ぎます。
彼の言葉にわたしも一度は冷えた頭が再び怒りで沸騰しそうです。
「とにかくおれは金が欲しいんだよ!」
「具体的には幾ら欲しいのですか?」
「一両! 漢なら一両稼がないとな!」
「なぜ一両も必要なのですか?」
「一日で一両稼ぐってなんか恰好良いじゃん」
そんな理由だけで神のダイスをやるのですか?
わたしは神のダイスで一両稼いでも格好良いなどと少しも思いません。
何を格好良いと思うかはヒトそれぞれなのでしょう。
わたしは黙って先日換金した四分を食卓の上へ置きます。
「先日の迷宮で素材を売った金銀が一両あります。これをあなたへ全て渡します」
「凄えじゃん。おれが倒した魔物だから全部おれのな。これからは素材も売ろうぜ」
彼に悪気は一切なく四枚の一分を全て懐へいれます。
本当に戦利品を小隊内で分け合う気が全く無いのですね。
それを確認してわたしの決意が一層強くなりました。
「小隊を解散します。これ以降わたしとあなたは他人です。一切関わってこないでください」
彼の顔が呆けます。
わたしから何を言われたのか理解できないかったのでしょうか。
しばらくしてようやく理解したのか、我を取り戻し、わたしへ食い掛ってきました。
「何を勝手な事言ってるんだよ!? ずっと【ペア】を組む約束だろ!!」
「わたしがあなたと小隊を組みたくない一番の理由がそこです」
自分の感情を殺し、彼へわたしの考えを淡々と、静かに説明します。
まずは【迷宮内でしか使ってはいけない言葉】を、どこでも、誰にでも、平気で使う事。
次に【怪我の治療をしない】で体調を万全に整えない事。
最後が【小隊内で戦利品の分配】をしっかりしない事。
以上三つを柱に【共に迷宮へ潜る事がわたしには益が無い】と明言しました。
途中で彼が感情的に話を遮りますが、一つ一つを理屈で返して潰します。
いつしか彼からの発言もなくなり、わたしは席を立ち、話し合いが終わりました。
最後に「今日は帰ります」とお姉さんへ挨拶をして斡旋屋から出ようとします。
そこへお姉さんが、わたしの帰りを遮り、「待って」と声をかけてきました。
「シーリンちゃん。迷宮は一人で潜るより二人。二人で潜るより六人の方が安全よ」
「確かにお姉さんの言う通りです。通常ならば。お姉さんは万全の備えを怠るヒトと安心して小隊を組むことが出来ますか?」
「それは……確かに厳しいわね。一人の不備で小隊全体に迷惑が掛かる時もあるわ」
「そういう事です。わたしは彼と心中したくありません」
「……ぺちゃ……悪かった……おれ頑張るから……」
「あなたは自分の何が悪かったのか本当に分かっていますか? これからは言葉ではなく行動で示してください。今回はもう手遅れですが」
「……それは……」
わたしは、問いに答えられない彼を見る事なく、歩き始めます。
斡旋屋を出て行くわたしを止めるヒトは誰もいませんでした。
………………
シーミズの港町へ向けて、迷宮との間にある沼地を、歩いている途中で我に返りました。
沼地の柔らかい場所を踏み抜き、泥へ足首まで突っ込み、怒り沸騰の頭が冷えたのです。
腹が立ち斡旋屋を飛び出してきたのですが、冷静になると今日一日何をするか迷います。
再び迷宮の斡旋屋へ帰る選択肢はありません。
同じくお姉さん達に黙って迷宮へ潜る事も行いたくありません。
何もせずにそのままドカチーニの斡旋屋へと帰る事は一番気が乗りません。
何をしようかと考えた結果『新しい武器が欲しい』と思いつきます。
連日になりますが【鉄さん】の店へお邪魔する事にしましょう。
武器は先日の【棒手裏剣】が良いですね。
購入する為の値段を聞きましょう。
手持ちの銭では足りないと思うので、結局はうちの斡旋屋へ一度戻る事になりそうですが。
トモウェイ川のとある河岸で足についた泥を落とし鉄さんの店へ向かいます。
「お邪魔します」
「良く来た嬢ちゃん」
店に入ると入口付近で鉄さんから声を掛けられました。
たまたまだとは思いますが、店へ来て、彼が何かを作っていない事は初めてだと思います。
わたしは彼に見つかると、そのまま手首をつかまれ、店の奥へと拉致されます。
鉄さんも館長と同じく指を動かすと連動して腕の筋肉一本一本の動きがはっきり見えます。
極限まで鍛え上げられた筋肉に目と心を奪われ気が付くと先日の中庭へ連れ込まれました。
「嬢ちゃんに試してもらいたい武器がまだまだあるのだ」
「ごめんなさい。鉄さん。今日は質問があって来ました」
「何だ? わしの知っている事なら答えよう」
「先日の棒手裏剣ですが、お値段は幾らになりますか?」
「嬢ちゃんが気に入ったと言っていたやつだな? あれは確か一本で一朱になるな」
「結構高いのですね」
「武器の中では安い方だけどな。投げて使う消耗品だと思うと結構な出費になるな」
一朱ですか。
文で換算すると約二百五十文ですね。
わたしは普段からそんな大金を持ち歩いていません。
普段からうちの斡旋屋の手伝いでいただいた給金は館長へ預けてあります。
わたしは五百文と言わずかなりの金銭を貯めているはずです。
幾ら貯めているかの詳細は館長を信頼して気にしていませんが。
棒手裏剣は今すぐ欲しいのです。
予想通り、一度うちの斡旋屋へ帰り、銭を用意する必要がありますね。
二本は欲しいので五百文用意しましょう。
「投擲練習用に二本欲しいので銭を取ってきます。銭を五百文で良いですか?」
「嬢ちゃんの投擲練習用か……良し! 四本くれてやろう」
「無料でもらう訳にはいきません」
「無料ではないぞ。練習中に気付いた事を教えて欲しい。改良点があったらな」
鉄さんが笑いながら『無料で良い』と答えます。
瞳の奥を怪しく光らせながら。
つまりわたしを武器改良の実験動物にする気ですね。
諺には『無料より高いものはない』などと言うものもあります。
ですが今回は相手の意図が分かっています。
ここは喜んで彼の好意を受け取る事にしましょう。
ただ懸念を伝えておくべき事がありますね。
「ヒトによって癖があるので参考程度にとどめていただけるのであれば」
「勿論だ。わしは一人の使い心地だけで決めたりはしないぞ」
「ありがとうございます。それならば遠慮なくいただきます。なぜ四本なのですか?」
「予備だ。なくしたらまた来い。補充してやる」
「よろしいのですか?」
「嬢ちゃんの腕ならそうそう無くしたりしないだろう。遠慮はいらん。あまりに無くすようなら嬢ちゃんではなく隻腕へ請求するさ」
鉄さんに【素人の懸念】など要らない心配でしたね。
それよりもわたしの冒険者活動で館長へ金銭の請求が行く事は気持ちの上でいやです。
棒手裏剣は絶対に無くさない気持ちで使わないといけませんね。
わたしは鉄さんへ『時々使い勝手の報告へ来る』約束をして店から出ました。
わたしは鉄さんから気に入られ良いように使われている気がします。
わたしも鉄さんの事が好きですし悪い気はしません。
武器を試験の為に無料で支給してもらえる事はわたしにとっても悪い話ではありません。
こういう事を神の言葉で『ギブアンドテイク』と言うのでしたっけ?
それとも『ウィンウィン』でしたっけ?
普段から教会へ足を運ばないわたしは神の言葉が詳しくありません。
こういう時に使う神の言葉は詳しくありませんがヒトの言葉は知っています。
鉄さんへ心の中で『ありがとうございました』と感謝の言葉をもう一度捧げましょう。
そろそろ昼飯時です。
せっかくです。
うちの斡旋屋で昼食の手伝いをしましょう。
きっと館長も喜んでくれるはずです。




