シーリン過去編10:迷宮案内
恒例行事の先月のあらすじを3行で。
・翌日も元もぐりの大将と迷宮へ行く約束をしたシーリン。
・突然ドカチーニからデートのお誘いを受けてすっかりと彼との約束を忘れる。
・デートではなく待っていたのは幾つもの武器を使い続ける実験動物としての一日だった。
先月度重なる不幸があり半分脳みそが死んだ状態で書く事は無理かなとも思いました。
しかしどうやら書かないと生きていられない体へとなってしまったようです。
色々と取捨選択をして結局残った事が書き続ける事でした。
拙作をお読み下さる全ての読者様へ感謝して一ヶ月ぶりの更新です。
2019/07/05 何遊亭万年
「ぺちゃ。お前は俺と一緒に昨日も迷宮へ潜ると約束したくせに! 何で来ないんだよ!?」
わたしが【鉄さんの実験動物】にされた翌朝。
フクロ城の迷宮の斡旋屋の入口で待っていたのは、わたしへと不満をぶつける、彼でした。
すっかり迷宮内で先日彼と交わした約束を忘れていました。
約束を破るとはわたしも彼の事を悪く言えませんね。
彼の不満を聞き流して、何を約束したかを思い出します。
わたしの要求は覚えています。
『一度迷宮の外へ出る事』
彼の要求は何でしたっけ?
記憶に残っていませんが『面倒な事』という思いは残っています。
「わたしはあなたと何を約束しましたか?」
素直に聞いたわたしの質問が彼の怒りの炎を大きくしたようです。
真っ赤に顔を赤く染めた彼が不満の他につばまでわたしの顔へ飛ばしてきます。
不快なのでわたしが一歩後ろへ下がると彼が二歩間合いを詰めてきます。
「おれと一緒にずっと迷宮へ潜ってくれるんだろ!?」
ずっと?
すぐにでも【ペア】を解消したのがわたしの本音。
流石にここまで面倒な要求をのむ事はないと思いますが、記憶になくては反論すらできませんね。
彼とはもう一度契約条件を整える方向でいきましょう。
わたしとしては【ずっと】彼と一緒に迷宮へと潜る気はありません。
「わたしはあなたと迷宮へ潜る気はもうないのですが」
「はぁ? 何言ってるんだよ! おれと迷宮を潜るって約束しただろう!?」
「その事なのですがわたしはあなたと本当にそのような約束をしたのでしょうか?」
「しただろぉぅ!!」
彼が更に顔を赤黒くしながらつばを飛ばしてきます。
とても不快です。
今すぐに髪をほどいて水浴びをしたいくらいです。
「このままお店の入口を二人で占拠していたら迷惑が掛かります。食卓へ移動しましょう」
その言葉と共に彼を無視してわたしは移動します。
受付近くにある四人掛けの食卓へと着席しました。
今朝も衛兵さん達は訓練を頑張っているようで食堂にはお姉さん達しかいません。
今日受付に入っているのはたぃ姉ですね。
いつものようにくいっと酒を呑みながら『こちらには関心ないよ』と振る舞ってくれます。
ちぃ姉は厨房で朝食の後片付けをしているようですね。
彼との口喧嘩を聞かれるのがお姉さん達だけなのは不幸中の幸いですね。
彼が不満を言いながらもわたしの隣へ座ってきます。
即座にわたしは立ち上がり、彼の対面へくる位置へと、席を移動しました。
これで少しはわたしの顔まで飛んでくる彼のつばも量が減るでしょう。
一呼吸おいて気持ちが落ち着いたところでわたしの要求を彼へ告げました。
「もう一度言います。わたしはあなたと迷宮へ潜る気はありません」
「迷宮でこれからもおれと【ペア】を組むのを約束したから【緑小鬼】をあきらめて帰ってきたんだろう? もう忘れたのかよ!?」
「あなたの口の軽さと迂闊さは絶対許せません。今後は冒険を共には出来ません」
「なんだよそれ!? おれは一日で犬蜥蜴人を三匹も倒したんだぞ!!」
何を約束したのか少し思い出してきました。
昨日の鉄さんとの記憶が強烈すぎです。
一昨日の彼との約束は頭の中から飛んでいました。
「分かりました。それでは緑小鬼を倒しに行くのを最後の冒険としましょう」
「はぁ? 何を言っているんだよ! それじゃおれは緑小鬼なんて退治に行かねぇからな!」
「何が不満なのですか? あなたは緑小鬼を討伐でき、わたしはあなたと別行動ができる。二人にとって良い事ではないですか」
「本気で言ってるのかよ!?」
彼が食卓に身を乗り出してわたしの顔へつばを飛ばしてきます。
顔色が赤黒いを通り越して紫黒くなり始めています。
わたしは良い提案だと思ったのですが、彼はとても不満があるようです。
「あなたは他に良い案がありますか?」
「だからさぁ。おれ達はずっと一緒に迷宮へ潜るんだろ?」
「その提案には応じる事ができません」
「それじゃぁ今日はおれと一緒に迷宮へ潜るのか!?」
顔を赤く染めて彼がわたしへ尋ねてきました。
先程の暗い赤と違い少し明るい赤ですね。
彼も少しは気持ちが落ち着いたのでしょうか?
わたしは『顔が真っ赤になる』という事にも『色々な種類がある』と知りました。
ようやく彼の問いへまともに答えられます。
「勿論です。それは約束ですから。昨日は『迷宮へ来れない』と何も連絡をいれなかった事を謝ります。今日の午前中はあなたと一緒に迷宮へ潜ります」
「そうか!!」
彼は、わたしの一言で機嫌が良くなったらしく、受付へと足取り軽く移動します。
「ぺちゃ。早く来いよ! 今日もおれが魔物倒しまくってやるからよ」
元気になったらなったで鬱陶しいですね。
早いうちに【緑小鬼】を倒して彼との【ペア】を解消しましょう。
そう胸に秘めて立ち上がり、たぃ姉から二番の護符を受け取ると、迷宮へと向かいます。
護符と共にたぃ姉からは「悪いけどよろしくね」と労いの言葉をもらいました。
迷宮の入口がある部屋で彼ともぐり達の長すぎる挨拶を待ち探索へ出発です。
わたしは迷宮内の区画の中で【水が流れ続ける入口の区画】が幻想的で一番好きです。
彼ともぐり達の挨拶を待つ間に、区画を眺めながら、やるべき事を頭の中で整理します。
先日の探索で、巨大な蛙に続き、体の大きな犬蜥蜴人も確認しました。
決して万能ではありませんが向かう先の区画へ気配を探知する魔法を必ず使いましょう。
強敵の気配が無い事を確認してから慎重に迷宮を進む事にします。
迷宮内部へ出発しても彼は相変わらず意味の無い会話を後ろを歩くわたしへ語ってきます。
ここは迷宮だというのに遠足気分がいつまでも抜けないヒトです。
彼の良い所を一つだけあげるとしたら【常に先頭へ立つ】事くらいですね。
迷宮内で彼のだらだら続く意味の無い会話へわたしが相槌を打つ事はありません。
わたしはわたしのやるべき仕事を全うするだけです。
それとも彼が遠足気分なのは事前に大きな危険を察知して忠告する事が悪いのでしょうか?
たいした危険を感じないから、いつまで経っても、彼が油断したままなのでしょうか?
そんな事を考えているわたしへ珍しく意味のある会話を彼がしてきました。
「なぁぺちゃ。今日はどこへ行くんだ?」
「行き先ですか? それは周囲も後ろも気にする事なく勝手に進むあなたが聞く事ですか?」
「なんだよそれ! それでも聞くけどさぁ。今までお前はどこで魔物を退治していたんだ?」
わたしが普段一人でやっている事は【迷宮の仕組み】を解き明かす事です。
神殿が言う【神の試練】の解明とは言いませんが、わたしにとって迷宮は不思議の塊です。
迷宮の不思議な現象を見て『どうなっているのか』と考えるだけでも楽しく過ごせます。
魔物を積極的に退治するのはヒトを襲う事が少ない魔物が巨大化した時でしょうか。
今までの経験から大人しい魔物も大きくなるほどわたしへ襲ってくる危険が高まりました。
二匹目の巨大蛙が現れたらもぐり達は大変な目にあいます。
あとは投擲の訓練で小さな魔物を標的に使う事がありますね。
攻撃の気配を察知されると逃げられるので気配を消す良い訓練になっています。
一番の護符を使っていた最初の頃と比べると、二番の護符を使い始めた最近は、投擲の訓練に時間を多く割いていますね。
わたしは魔物を積極的に退治している訳ではありません。
加えて彼は【迷宮の仕組み】については全く興味が無さそうです。
わたしの普段の行動を彼に言うべきか非常に迷いますね。
「それじゃぁさ。今日はおれがお前の迷宮探索へ付き合うぜ」
片方だけ口の端を上げて彼が、返答に困っているわたしへ、提案をしてきました。
一体今度は何をたくらんでいるのでしょうか?
わたしは早くゴブリンを倒して彼とのペアを解消したいとは思っています。
しかし今日はこの提案に乗りましょう。
彼が今後一人で迷宮を探索する為にもある程度は迷宮の道順を知っておくべきです。
「もぐり達の行動範囲は入口から三区画ほどです」
「あぁ。おれも元もぐりだ。良く知ってるぜ」
「今日これからまわる区画は入口から一番近くを周回出来る道順です。今日はこの道順に現れる巨大化しそうな魔物達を退治しましょう」
「巨大蛙の事か!?」
「いえ。さすがにあれはわたしも手が出ません。二匹目の巨大蛙を出さないようにします」
「確かにおれ達もぐりを襲ってくるのは巨大化した魔物ばかりだったな」
「この道順ならば滅多に自分から襲い掛かって来る魔物は出ません」
「それじゃあ犬蜥蜴人とかも出ないのか?」
「絶対とは言えませんが滅多に遭遇しませんね」
「今日はおれがいるから犬蜥蜴人が出ても安心しろよな!」
「遭遇した時は頼りにしますね。話は以上です。では行きましょう」
「待った! 今日はお前の指示で動くが先頭だけは譲らねぇぞ」
彼が再び前だけを向いて歩き始めます。
わたしはこの道順で食料になる小さな魔物相手へ投擲の修行をしつつゆっくり巡回します。
今回は彼がいますし投擲の修行はできそうにありませんね。
できたら構造物の物影を覗いて何か落ちていないかを調べるくらいはしたいですね。
区画内の探索は迷宮探索の基本行動の一つだとわたしは思っています。
今回の道順だと戦闘は滅多におきません。
戦闘をしたいと鼻息が荒い彼がいつまで我慢できるか。
迷宮内で一番安全に巡回出来る道順を教えながら彼の後ろをついていく事にしましょう。
彼の我慢の限界はすぐにやってきました。
予想通りと言えば予想通りの結果ですが、彼は迷宮内の探索を一刻と続けられません。
彼はわたしの忠告を道順以外に聞こうともしません。
周囲を警戒する事も区画内を探索する事もなく進む為、今回周回している道順も既に二周目が終わりに近づいています。
一番の護符を使っていた時代に半日かけて探索し一周していたわたしとは大きな違いです。
「ぺちゃ! 大きくなった魔物なんてどこにも居ないぞ!」
「そんな頻繁に出て来られたら困ります。それよりも区画内を探索しましょう」
「なんでだよ?」
「ごくまれにですが金銀が落ちている事もありますよ」
「まじかよ!?」
「えぇ。ほとんどの場合何も落ちていませんけど」
「なんだよそれ! つっまんねぇっ!!」
彼は怒りをぶつけようと小さな蜥蜴型の魔物に近づきますが、彼の攻撃が届かないぎりぎりを見切り、蜥蜴は絶妙な距離をとり続けます。
これがヒト同士の【鬼ごっこ】だったのならば彼は完全に【蜥蜴より格下】ですね。
小さな蜥蜴との【鬼ごっこ】にも完全敗北をした彼の機嫌はますます悪くなります。
彼は最後に槍を蜥蜴へ投げつけますが見事に外れています。
わたしは、床へ転がる槍を拾いにいく、彼の背中にあわれみを感じました。
この後もわたしが次の区画を指示すると、彼は次から次へと、区画を移動して行きます。
わたしが提案した区画内を地道に探索するような事はしません。
迷宮の不思議の一つに【区画内の構造物の変化】があるのですが彼は気にしないようです。
前日無かったものが有ったり、有ったものが無かったりします。
迷宮内で比較的危険が少ない、浅い区画をまわる、この道順。
日毎に変わる区画内を探索すれば有用なものが落ちていたりもするのですが。
彼に説明した通り、宝物と呼べるようなものが落ちている訳ではないのですが、まれに金銀が落ちていた事もあります。
一周する間に、区画内をしっかり探せば、金銀の一つくらいは結構な確率で見つかります。
彼には比較的安全なこの道順で地道に稼ぐ気は無いようです。
せめて今回の探索で彼が少しだけでも迷宮の構造を覚えてくれたら嬉しいのですが。
彼が道順でわたしの指示に従わないのは一ヶ所だけ。
普段わたしが迷宮の出入りでしか通らないもぐり達がいる迷宮の入口。
ここは入口を含めて四方向全てに次の区画へと続いている場所です。
入口の区画から奥へと続く区画は迷宮内で一つにつながっています。
確かにここを通れば周回するには折り返しにならないため近道なのですが……
「今日はお前達の為に大きな魔物を退治してまわってるんだぜ!」
「すげぇ! かっけぇぇ!!」
「お前達が安全に蛙を捕れるのもおれのおかげって事だ!」
「すげぇ! かっけぇぇ!!」
「ぺちゃは物影を探して小銭を拾えなんて下らない事言うけどな。おれは違うぜ。魔物を退治してこその冒険者だろう?」
「すげぇ! かっけぇぇ!!」
彼はもぐり達へ同じ会話を何度する気なのでしょうか?
この区画へ来る度に同じような事を言っています。
もぐり達も何人かは入れ替わっていますが、だんだんと瞳の輝きが無くなっていますね。
彼の言葉に「すげぇ! かっけぇぇ!!」と定型文を返しているだけです。
もぐり達にのせられて彼の機嫌が直っているので良しとしておきましょう。
今日もわたしの悪口を言っていますが気にしません。
移動するだけの探索が続きました。
わたしの感覚ではようやくお昼です。
そろそろ今日の迷宮探索も終わりですね。
今日は、一人で迷宮へ潜る時と比べ、明らかに多くの区画を移動しました。
一日でこんなに区画を移動した事はわたしも初めてです。
「そろそろ斡旋屋へと帰りましょう」
「まじかよ!? まだ何も収穫がないぜ?」
「巨大蛙も入口付近にいない事も確認出来ましたし、巨大化した魔物もいません。わたしとしては十分な収穫なのですが」
「まじかよ? もぐりの方が絶対稼いでるぜ!」
「わたしはあまり金銀銭を必要としていませんから」
「これだから育ちの良いお嬢様は困るぜ」
今日は本当に迷宮の中を【散歩】したようなものです。
今回の道順を地道に探索すれば何も収穫が無いなんて事は滅多にないのですが。
実際には今日の収穫は何もありません。
彼が不満を隠そうともしない顔で文句を言ってきても仕方無いですね。
最短の経路で迷宮の入口へ向かって移動しようとした時に隣の区画に異変を感じました。
この気配は巨大蛙で間違いありません。
幸い迷宮の入口からはかなり離れた区画です。
下手に手を出すよりも迂回して危険を避けましょう。
わたしは未だあの巨大蛙に敵いません。
「こちらの道から帰りましょう」
「あん? そっちよりもこっちの方が入口に近くなかったか?」
「何となくこちらから良い気配がするのです」
「ぺちゃの勘じゃあなぁ。まぁ良いぜ。何も良い事なかったら昼飯はぺちゃの奢りだからな」
「分かりました。良いですよ。ただし蛙です」
「蛙かよ! まぁお前と一緒に昼飯が食べられるならそれで良しとするか」
昼食の奢り程度で巨大蛙との戦闘を避けられるのならば安いものです。
わたしは二つ返事で承諾して遠回りの道を進みました。
偶然にも帰り道には彼へ昼食を奢る必要無くなる事が待っていました。
それは一年以上この迷宮に潜り続けたわたしも【初めての遭遇】でした。




