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 シーリン過去編3:悔しい思い

 休憩する場所を求めたわたしへと返ってきたお姉さんの言葉は、予想出来るような答えでは無かったわ。

 わたしには『一体なぜ?』と思ってしまう答えよ。


「部屋を貸すのは良いけど、成人したばかりのあなたにとって、迷宮より危険な場所よ?」

「おっしゃる意味が分かりませんが?」

「それなら尚更、部屋を貸す訳にはいかないわねぇ……そうね……あたし達の休憩所にいらっしゃい。あなた女の子よね?」


 失礼ね。

 わたしは背も高いし、色も黒いけど女の子よ。

 どうして受付のお姉さんは、そんな当たり前の事を、わたしの胸を見ながら聞くのかしら!


「女の子なら、あたしの相方が居るけど安全よ。宿代も要らないわ」

「ありがとうございます。遠慮なく休憩させてもらいます」

「廊下の右側一番手前だからね。部屋にあるものは好きに使って良いからね」

「重ね重ね感謝申し上げます」

「硬いわねぇ。女の子はもっと愛想よくしなさい」



 受付のお姉さんの忠告には頭を下げて礼をしただけで何も言わずに休憩所へと向かったわ。

 わたしみたいな子が愛想を振りまいても意味が無いわ。

 受付のお姉さんは美人だし、愛想を振りまいても無駄なヒトが居る事は、分からないのね。



 わたしは受付のお姉さんに指示された部屋の前に来ると扉の越しに声を掛けたわ。

 受付のお姉さんが言うには『相方』が中に居るはずだから。


「休憩させてもらいに来ました。御一緒に休ませてもらってもよろしいでしょうか」

「どうぞ。お入りください」

「失礼します」



 引き戸を開けて部屋に入り、受付のお姉さんの相方へと挨拶をしようとして、わたしは一瞬固まった。

 そこには受付のお姉さんが居たわ。

 正確には少し違うわね。

 酒を飲み過ぎて顔が真っ赤になっていない受付のお姉さんが居たわ。

 背筋を伸ばして正座をした姿が美しく、少しの間、わたしは見蕩みとれてしまったの。



「いらっしゃい。あなたが噂の新人冒険者ね?」

「噂になっているかは分かりませんが、先日からここへとお世話になっております」

「はじめまして。なにはともあれ、これからよろしくね」


 酔っぱらっていないお姉さんから言われて初めて気が付いたわ。

 わたし、まだこちらのお姉さんへと挨拶をしていない。

 わたしは慌てて受付のお姉さんへと挨拶をした。


「はじめまして。シーリンと言います。挨拶が遅れてすみません」

「良いわよ。姉には挨拶をしたのでしょう?」

「はい。多分……緊張していましたので挨拶をしたかどうかを正直に言うと覚えていません」

「そう。正直で良いわね。それで何の御用かしら?」

「休憩をさせてもらいに来ました」

「毛布も自由に使って良いから。好きなだけ休んでいってね」

「ではお言葉に甘えて休ませてもらいます」



 わたしは「休ませてもらいます」とお姉さんへ言っても、初対面のヒト。

 美しさと共に危険な気配もする。

 完全に気は抜けない。

 少し気を張りながら毛布にくるまり休もうとした所でお姉さんの手がわたしの肩を掴んだの。

 魔法を使っていた訳では無いけど、お姉さんの気配は全く感じなかったわ。


「あなた。濡れたまま毛布に入るの?着替えを貸してあげるから着替えてから休みなさい」


 言うが早いか手が早いか。

 同時にわたしの貫頭衣が魔法のように脱がされていたわ。

 なんとか情けない悲鳴を上げないでとどまったけど、わたしはその場に体を隠す様にうずくまったわ。

 お姉さんは無遠慮にわたしの体を眺めるだけでなく触りまくったわ。

 手足を縮めた亀のようになっている、わたしの腋から手を入れて、胸を揉んでくる。


「若いだけあって良い弾力ね。胸が無いから男の子かもと思ったけど触ればそれなりに柔らかい所もあるじゃないの」

「それはどうも」


 わたしは振り返ると同時にひじを彼女の顔に叩きこもうとしたが、簡単に受け止められて、今度は腕をさするように揉みまくられた。

 全身に鳥肌が立つ。

 掴まれていない側の腕で掌底を顔面に叩きこもうとしたが、それもかわされた。

 それどころか、殴りかかったわたしの勢いを利用されて腕を引っ張られて、そのまま床へ仰向けに転がされてしまった。

 股の間に体を入れられて密着されて、こんどは脇腹やお腹を撫でまわされる。

 この位置では足で攻撃する事も不可能な場所に入られた。

 

「下の物も付いて無いみたいだし、本当に女の子のようね。残念だわ。女の子とは思えない良く鍛えられた引き締まった筋肉をしているのにね」

「お姉さんは変態さんなのですか!?」

「私は新人冒険者がどれだけ体を鍛えているのか確認しているだけよ?」

「裸にする事は無いですよね!?」

「そうかしら?裸の方が筋肉の微妙な動きとかも見る事ができるから良いと思うのだけど?」



 一度、脱力して体の力を抜き、反撃の意志が無いように見せた後、再び彼女の顔に目掛けて拳を振るう。

 だけど当たらない。

 思いっきり殴りに行ったわたしの拳を横から軽く手を添えただけで完全に軌道を逸らす。

 簡単にやってのけているが、実は非常に難しい技という事を、わたしは知っていたの。


 加えて驚くべき事に彼女は正座をしたまま今までの行動を全てこなしているのよ。

 士族の武術に、自分がどんな状態でも戦う事を目的とした武術があると聞いた事があるけど、お姉さんはその武術を使っているの?

 少し尊敬の念が生まれかけたわたしの心を再び闇に閉ざす言葉がお姉さんの口から出たわ。


「それ以上暴れるようなら、あなたの大事な部分を開いて中まで覗いちゃうからね?」


 わたしは初めて『開いた口が塞がらない』と言う言葉の意味を真の意味で理解したと思う。

 わたしは抵抗を完全に諦めた。

 お姉さんもそれが分かったのか、わたしに貫頭衣を渡すと、うつ伏せにして寝かせたわ。



「あなたは訓練した後に、体の手入れをしていないでしょう?今は若いから良いけど、そのうち無理が効かなくなるからね。今のうちに体の手入れの仕方を覚えなさい」

「……はい……」

「まずは体の末端から中心に向けて『疲れた気持ち』を戻してあげる感じで揉みあげるの」

「……はい……」


 お姉さんは、抵抗しなくなった、わたしの足の指の関節をいじっている。

 指がどれくらい動くかを確認しているようにも思えるわ。

 そして最後に足の指を手で拳を作るように足の裏へ向けて曲げた。

 関節と言う関節が「ぼきぼき」と音を立てながら無理矢理曲がる。

 少し痛かったけど気持ち良かった。


「あなたは普通のヒトと比べれば足の指も鍛えてあるけど、まだまだよ。これくらい出来るようになりなさい。これが出来れば、あなたの機動力はまだまだ上がるはずよ」


 見本とばかりに見せたお姉さんの足の指は、手の指でやるように拳を作っていたの!

 信じられない光景だったわ。

 足の指ってあんなに内側へ曲がるの?

 だけど実際にお姉さんはやって見せているわ。

 それを見たわたしが自分の足の指で拳を作ろうと、力を込めたの。

 そして力を込めて曲げようとした瞬間に足の裏がったわ。


「あはは。やっぱりあなた良いわね。すぐには無理よ。毎日訓練しても何年も掛かるのよ」

「これから頑張ります」

「頑張る子は好きよ」

「お姉さんに好きと言われても本当に複雑な気持ちです」

「あはは。やっぱりあなた良いわね。今まで随分無理をして鍛えてきたようね。若いのに体を酷使しすぎよ。すぐに私無しでは暮らしていけないくらい気持ち良くしてあげるからね」


 お姉さんの言葉に鳥肌が立ったけど、わたしの攣った足の裏の筋肉をもみほぐしてくれる。

 お姉さんは変態なのに、もみほぐされている足の裏が気持ち良いからか、全てを許しても良い気持ちになってきてしまうの。

 最後まで諦めたら駄目だからね!

 巨大蛙の時と同じで、お姉さんに食べられてしまうと、なぜかわたしは危機感を持つの。

 このままではいけないと思いながらも、気持ち良さが、抵抗する気概をわたしから奪う。



 足の裏から始まって、足首、ふくらはぎ、ももと段々と揉む場所が上がって行くわ。

 揉む場所が上がるにつれて、お姉さんの息も荒く上がっていくのは気のせいよね?

 身の危険を感じながらも、わたしは気持ち良さに負けて、いつの間にか眠ってしまったの。



 わたしが次に目を覚ました時は、変態のお姉さんは部屋に居なくて、酔っ払いのお姉さんが横で寝ていたわ。

 わたしは起き上がるとすぐに体の変化に気付いたわ。

 体が軽い。

 そう表現するしか無い程、体の動きがよどみが無く滑らかだった。



 酔っ払いのお姉さんを起こさないように部屋を出て、変態のお姉さんを探すと、彼女は受付にいたわ。

 お客の来ない受付に姿勢良く立っている。

 昨日の変態ぶりは微塵も感じない。

 そして隙の無い立ち姿だと、美しいと、再びわたしは感じてしまったわ。


 辺りは薄暗くなってきていた。

 食堂にいる衛兵さん達は酔い潰れたのか、全員寝ているようね。

 これから銀色の月の満月の夜が始まると言うのに!

 ここのヒト達は本当に気が緩み過ぎよ。

 わたしは変態のお姉さんのところまで行き、体が軽くなった、お礼を述べる事にしたわ。



「先程はありがとうございました。お陰様で今までと比べられないほど体が軽くなりました」

「おはよう。今までの疲れが溜まっていたのね。よく眠れたようで良かったわ」


 わたしはお姉さんの言っている事が、すぐには理解出来ず、聞き返してしまった。


「すみません。『おはよう』とはどういう事でしょうか?」

「そのままの意味よ。朝だから『おはよう』って言ったの」

「冗談ですよね?では銀色の月の満月の夜はどうなったのでしょうか?」

「いつもと同じ。フクロ城の地下迷宮から溢れてきた魔物は今回も居なかったわよ」



 もしかしてわたしは初めての銀色の月の満月の夜を寝て過ごしたというの?

 後ろで酔い潰れている衛兵さん達と同じで全く役立たずだったの?

 辺りは薄暗くなってきたのでは無くて、明るくなり始めていたのね。

 そう言えば子供の頃「朝と夕方の明るさは同じ」と聞いた事があったわ。

 今は朝なのね。

 信じたく無い事だけど、すっきりとした自分の頭と体が、朝である事を伝えてくる。



 その後の事はよく覚えていないわ。

 いつの間にか迷宮の斡旋屋を出て、沼地を歩いていたの。

 初めての日と同じく意気込みが完全に空振りで終わって、意気消沈して、家路を歩いたわ。

 自分の事が情けなくて、周りに誰も居ない事を確認してから、少しだけ涙をこぼした。



 家に……ドカチーニの斡旋屋へとわたしが帰ると、丁度城壁の外から帰って来た冒険者達が討伐した魔物を取りに行く為の人夫達を雇っているところだったわ。

 わたしの沈んだ気持ちと正反対の陽気な雰囲気が斡旋屋に満ちていたわ。


「おかえり。シーリン。初めての銀色の月の満月の夜の首尾はどうだった?」

「…………」


 わたしは何も言わずにその場を逃げ出して、自分の部屋に籠った。

 おとうさ……館長は何かを察してくれたのか一日わたしをそっとしておいてくれた。

 館長の気遣いが余計に自分を惨めに思わせた。

 毛布に包まり、声を殺して外に漏れないように、泣き明かした。



 涙が枯れるまで泣いて、分かった事が出来たわ。

 どれだけ泣いたって気持ちは変わらない。

 二度と今日と同じ思いをしない為には自分をもっと鍛えなくてはいけないわ。

 わたしは自問自答しながら問題点を見つけていく。



 一番悪かった事は魔力が切れて寝てしまった事ね。

 魔法は使えば使うほど成長すると言う噂もあるわ。

 とりあえず噂を信じて使いまくろう。


 まずは『気配を消す魔法』と『気配を感知する魔法』同時に使えるようになる。

 気配を消す魔法は『もぐり』達だけでなく巨大蛙からも消えるようにならないとね。

 気配を感知する魔法は『もぐり』達と魔物の区別くらいは付くようにしたいわね。

 後は、小さな魔物も感知出来るようにならないとね。



 最終的な目標は、二つの魔法を迷宮で常に使っていても、一日持つようになる事。

 今日の失態は絶対に忘れないけど、引きずらない様にするわよ!

 二度とこんなに恥ずかしくて悔しい気持ちになる事は起こさないわ。

 心に甘えがあったのよ。

 言葉だけ「敬語」を使って大人になった気では駄目だわ。

 これからは心の中も敬語で考えて本当の意味での大人になる!



 そう心の中で誓いを立ててわたしは、母の形見の鏡で身なりを整えて、色々と忙しいはずの館長の手伝いへと向かいました。




…………………




 どうやらお湯が沸いたようですね。

 

 今日は忘れたいけど忘れてはいけない、はずかしい昔の事を思い出してしまいました。

 その後一年くらいは一番の護符を持って迷宮を探索したのでしたね。

 迷宮の入口から二つの魔法を使い続けての探索。

 討伐よりも迷宮の構造に興味を持ったわたしは色々と調べまくりましたね。


 討伐したのは迷宮の浅い位置に現れる大きく育ってしまった魔物くらいでしたね。

 巨大魔物になる前に討伐しておかないと『もぐり』達が危険にさらされてしまいますから。

 あまり討伐成果をあげないわたしを衛兵さん達は莫迦ばかにしていましたけど、お姉さん達はあまり気にしていませんでしたね。

 それに加えて、わたしが一番の護符を使う事を、喜んでいるようでもありましたね。




 では新たなお茶の準備も出来た事ですし、新たな話をする為に執務室へと戻りましょう。

 ユークリットをしっかりと教育しないと本当に自分の命に関わりますから。

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