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47.生まれた自覚

 ヘルムートはラファエルと共にテレージアの部屋を出て、今後のことについて話し合いながら神殿の通路を歩いていた。すると、前方にユリアーナがぽつんと床にしゃがみこんでいる姿が見える。ラファエルに「ちょっと」と言って、ヘルムートは軽く駆けてユリアーナの元へと行く。


「どうした。リーチェ様は」


「なんか、薬についてすごいこっちのお医者さんたちと話が白熱してて……全然わたしにはわからないから、出てきちゃった。お医者さんたちは、離れの二階に部屋があってそこで寝泊りしているらしくて、なんか知らないけどリーチェ様もそこの一部屋を貰っちゃったみたい」


「そうなのか」


「それで……あ、ラファエル」


 ユリアーナは立ち上がってラファエルにぺこりと頭を下げた。彼を見ても心が痛まない。その上、彼には「9回目で殺された」はずなのに、それについても何も気持ちは動かなかった。うん、大丈夫だ、と思う。


「あっ……ユリアーナか……えっ? 翼は……」


「この人に切られちゃったんです」


「何!?」


 驚いてヘルムートを見るラファエル。ヘルムートは苦々しく「そういうわけだ。彼女はコーカではなく、ラーレンだったのでな……やむ無く」と話す。


「何がやむなくよ。言っとくけど、ヘルムートのこと許してるわけじゃないのよ。生きられたのはヘルムートのおかげかもしれないけど、それだって賭けみたいなものだったし、翼を切られたのは本当に痛かったし、今でもまだ完治してないんだもの」


と、ユリアーナは少しむくれた表情を見せる。それについてヘルムートは何も答えないし、ラファエルも戸惑うばかりだ。仕方なく、ヘルムートが話を進めた。


「ラファエル。共に来たリーチェ様が離れで部屋を貰ったようなのだが……」


「ああ、じゃあ、こちらは二部屋だな。ユリアーナ。今晩は泊っていってくれ。明日以降のことはまた明日。夕食も食べるだろう?」


「本当に? わたし、お腹ちょっと減ってたんです。いただいても良いんですか」


「勿論だ。2人の部屋は我々騎士団と一緒で、神殿の護衛騎士が使っている宿舎になるので、あちらの渡り廊下から向う。こっちの神殿の本殿に寝泊りしているのは寝たきりの貴族たちだけだ」


 そう言ってラファエルは2人を、渡り廊下の先の別棟に案内をした。




 リーチェはきっと、面倒になれば勝手に一人になって、勝手にさぼったりするだろう。あるいは、逃げ出して「帰る!」とヘルムートやユリアーナを探しに来るに違いない。だが、その日彼からはそれきり。離れの方から何も問題は起きていないようだった。ひとまずラファエルが、ヘルムートとユリアーナを別棟に案内したことだけは、リーチェに伝えてくれるようだった。


 夜になって、神殿の二階の部屋の窓を開けるユリアーナ。バルコニーに出て、星空を眺める。


「わあ」


 今までは、翼で空を飛ぶ以外、高い場所から星を見たことがなかった。二階から見える夜空の様子を、なんだか新鮮に思う。


 それから、バルコニーの手すりを持ちながら、ぐい、と下を見下ろす。もう、ここから落ちても助からない、と思ってしまう。それぐらい、ユリアーナは「飛べる」ことが当たり前になっていた。転生前の自分には翼がなかったはずなのにな、とも思う。


 すると、ガチャ、と隣の部屋の窓が開く音がした。バルコニー同士は繋がっていないが、音ぐらいは聞こえる。そちらを見れば、ヘルムートがバルコニーに出てくる姿が見えた。


「ヘルムート」


「ああ、君も、空を見ていたのか」


「そう。あと、ここから落ちたら、もう飛べないから助からないのかもなぁって思ってた」


「……そうだな」


「意地悪で言ったわけじゃないよ。本当にそう思ってただけ。あとね、二階から景色を見ることがなかったから、不思議だなあって」


「うん」


 その「うん」がどういう意味の「うん」なのかはわからなかったが、ユリアーナは特に追及しなかった。


「ユリアーナ」


「なに?」


「君は、10回目だと言っていたな」


「うん」


 すでにそれについてはリーチェの家にいた時期に話をしていた。10回目だけれど、自分は今回転生をしたのだとも。ヘルムートはよくわからない、という顔をして「ユリアーナなのにユリアーナではない? だが君はユリアーナだ」と言っていたが、最後は「よくわからないが、君はユリアーナなんだな?」と聞いて来た。その辺のことはうまく説明が出来ないので、もう彼女も「そう」と答えてうやむやにしてしまった。


「今回、君は『白い神』のところに何度行った?」


「えっと、わたしは一回かしら……リューディガーのところ」


「リューディガー?」


 ヘルムートはその名に聞き覚えがなかったのか、首を傾げた。


「え? 白い神様よね?」


「それは、俺の神とは違うな。俺の神の名は、ハーベルタと言う」


 なるほど、白き光の神は1人ではなかったのか、と思うユリアーナ。


「ヘルムートは何回?」


「俺は二回。君があと二回残してくれるなら、ありがたいかな」


「えっ?」


 ヘルムートはバルコニーの手すりに背をつけて、夜空を見上げた。


「明日、ハーベルタに会いに行こうと思って。今は夜だからよくない。余計なことを言って時間を取られてしまいそうだし」


「何の話をしに?」


「ラーレン病で、この世界が滅びるのかどうかを聞いてくる。それから、ラーレン病の特効薬について。そこで、聞けなかったことなどは、後は君に任せれば良いし……俺は別にこの世界がなくなっても良いと思っていたが、今となっては……」


「……ね、そっちに行っていい?」


 ユリアーナはそう言った。ヘルムートは「え?」と尋ねたが、彼女はさっさとバルコニーから部屋に戻って、隣のヘルムートの部屋に入った。ドアには鍵がない。よって、彼女はあっさりと部屋に入って、ヘルムートがいるバルコニーに顔を出した。


「どうした」


「ヘルムートの声、途中からぼそぼそして聞こえにくくなるんだもん」


「そ、そうか。すまない」


「本当はいい声なのに、たまに話している間に独り言みたいになっていくから、そうすると何言ってるのかよく聞こえなくなるの」


 そう言われて、ヘルムートの頬がかっと赤くなる。その彼の様子にユリアーナは驚いて「な、なに?」と声をあげた。


「いや……その、子供のころ……独り言が多い子供だったのでな……」


「そうなの?」


「ああ。話しただろう。俺は私生児で……いや。その話はいい」


 ヘルムートはそう言って、邪険にいなすように手を振った。それを見たユリアーナは少しだけむくれて


「いつもそうやって話逸らして終わるけどさ……わたしは話をちゃんと聞きたいな」


「何?」


「あんまり話したくなさそうだから追及しないけど。リーチェ様のところでさ、色々お話してくれたじゃない。わたしが眠っちゃってどうせ覚えていないだろうからって、あの時はお話してくれたの?」


「あの時は『話をする』ことが大切だったからだ」


「今だってそうだよ。わたしはヘルムートの話聞きたいもん」


 そのユリアーナの言葉に、ヘルムートは驚きの表情を見せた。


「……そうなのか?」


「そうなのよ」


「何故だ」


「何故って……人と付き合うってそういうことじゃないかしら?」


「付き合う?」


 ヘルムートにオウム返しをされて、ユリアーナははっとなる。


「あっ、あっ、付き合うって、そういう付き合うじゃなくて、えっと」


「そういう付き合う……?」


「ううーん、いい、やっぱりいい。なしなし。今のなし」


 ユリアーナの頬は紅潮する。何を言っているんだ、と困惑した顔のヘルムートを見れば、自分が今意識してしまったことを口にすることが恥ずかしく思えた。どうかしている。男女の仲の「付き合う」について自分から彼に語ることは、いささか難しい。


 困惑してバルコニーの手摺りに肘をついて、夜空を見上げるユリアーナ。静かだ。まさか、ラーレン病が流行って、連日患者が押しかけているなんて。そんなことはまるで関係ないとばかりに星は美しく光っている。わずかな沈黙の後で、ヘルムートが声をあげた。


「ユリアーナ」


「ん?」


「俺は、君をこの先守ろうと思っているが、それは俺の勝手な一存であって、君は別に俺のことを憎く思ってくれていようが、俺をどう思おうが、それは関係がないことだ」


「……」


「勿論、君が嫌だと言えば、俺は諦める。君への償いを他にどうすれば良いのかはわからないが……償いが出来ないことが、俺の罪だと言うのならば受け入れるしかあるまい」


 その言葉を聞いてため息を一つつき、彼の方を見ずに問いかけるユリアーナ。


「ヘルムートはさぁ、もし、他の誰かにわたしが翼を切られていたら、大樹に連れて行ってくれていた?」


「君をみつけることが出来たなら、そうしただろうな」


「それで、大樹に連れて行ってから、すぐ、テレージア様のところに帰っていた?」


「そうだな」


「……そっか。そうだよねぇ。まあ、そうか……」


 当たり前のことを聞いてしまった。そして、当たり前のことが答えで返って来た。だが、ユリアーナの心の奥はずきんと痛む。わかっている。彼が自分のところに戻って来てくれたのだって、彼が自分の翼を切った罪悪感があるからだ。ほかに何があるわけでもない……そう思う。


(やだなぁ。この胸の痛みは)


 知っている。ラファエルに焦がれていたユリアーナが抱いていた胸の痛みと同じだ。それに気づいた途端、ユリアーナの鼓動が早くなっていく。これはよくない。今すぐ。今すぐここから逃げないと。そう思って、ユリアーナは慌てて彼を見た。


「とっ、とりあえず、明日、あの白い神に会うんだよね? その……お願い、ね」


「ああ。夜はいくらか感情的になるので、明日起きてから考える」


「わかった。じゃあ、おやすみなさい」


 そう言ってバルコニーからユリアーナは室内に戻ろうとする。が、その腕を、ヘルムートは後ろからがしっと掴んだ。


「な、何?」


「どうしてそんな顔をしているんだ」


「っ……」


 どうしてもこうしてもない。そう言って彼の手を振り払えばいいのに、ユリアーナは硬直をしてしまってそれが出来ない。何かを言わなければ。どうにかしなければ。そう思うのに体が動かない。


 ああ、ヘルムートのことが好きだ。突然やってきた実感は彼女の心を強く震わせる。こんな風に知りたくなかった。彼女は「うう」と唸って、涙をこらえる。いけない。最近涙もろい。そんな風に彼女が葛藤をしていると、彼は「ユリアーナ」と名前を呼んだ。


 名を呼ぶ声はどこか優しくて、勘違いをしてしまいそうになる。違うのだ。彼が自分の元に戻って来てくれたのも、こうやって共にいるのも、自分の翼を切った罪悪感からのことで、彼は自分のことをなんとも思っていないのだ。きっとそうなのだ……そう思えば、胸の奥がズキズキと痛みだす。だが、それと同時に自分の腕をつかむ彼の体温を感じ、それをなんだか嬉しいと思ってしまう。


「そんな顔って、どんな顔よ……」


 なんとか気持ちを落ち着けようと試みて、そう言葉を振り絞ったが声が震えた。それへ、ヘルムートは


「なんだ……なんというか……泣きそうというか……」


「そうだよ! 泣きそうなのよ、こっちは!」


 ユリアーナはそう叫ぶと、ようやく彼の手を払った。ついにバルコニーから走り出して、彼の部屋からバタンと大きな音を立てて飛び出た。それから、自分の部屋に戻って、靴を脱ぎ捨ててベッドに入る。


(ああ、ああ、バカバカバカバカ……!)


 何をしているんだ、一体。そう自分を叱責する。


(そうだよ。ヘルムートなんて、罪悪感で付き合ってくれてるようなものだし、今日だって、別にわたしなんかいなくたって良くて、ただリーチェ様に会うために、ラーレンだったわたしを連れて行っただけで、ここには必要がなくて……)


 なのに、こうやって部屋を貰って一晩過ごすことを許可してもらった。お荷物だ。それから。それから……。


(こんなことしても、どうせヘルムートなんて追いかけて来もしないし、明日になればどうせケロっとしてるんだろうし、本当に意味がない! わたしが馬鹿なだけだわ……!)


 そんなことを思いながら毛布をかぶる。涙がじわりと出てくるのを、ぐい、と毛布の中でぬぐった。


(嫌だ。嫌だ。嫌だ。どうして……)


 どうして、自分は、ヘルムートのことが。ユリアーナは、胸の奥の甘い痛みを思い出す。ああ、駄目だ、どうしてこんなことに。どうして、自分はヘルムートを好きになってしまったんだろう。


 だが、彼女はわかっていた。この心に理由なんてものはない。言葉に出来るような理由があれば、好きでなくなる理由だって探せる。だが、それが出来ない。そして、それが恋愛なのだと思う。ユリアーナがどうしてラファエルにこだわったのか。それだって、今まで彼女にはわからなかった。だが、そこには理由なんてなかったのだろう。ただ、好きになってしまった。それだけなのだ。


(ヘルムートのことが好きだ……こんなのって……本当に馬鹿だ……)


 生まれてしまったはっきりした自覚に苛まされて、その晩ユリアーナはうまく眠ることが出来ず、明け方になってようやく熟睡をした。長い、長い夜だった。


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