27.別荘
さて、ヘルムートが数日休んでいる間、テレージアのもとにはクライヴが回診にやって来た。相も変わらず主治医とはあまり仲が良くないが、たまに見に来る程度ならば特に考える必要はないと、クライヴは気にもしない。
テレージアの体調はどうもよろしくない。日々弱っているようにラファエルには見えていたが、主治医は「この季節はそういうものだ」とラファエルには言っていた。主治医は決して悪い人物ではないし、王宮付きの医師としてはそれなりに腕が立つ。しかし、どうもテレージアの「原因がよくわからない不治だと思われる病」については、あまり役に立っているようには思えなかった。
「先生、お疲れ様です」
「ああ、ラファエル」
寝室でテレージアはすでに寝息を立てており、その隣室にラファエルは顔を出した。書いたカルテをカミルに渡しながら、挨拶をするクライヴ。カミルはそのカルテをファイリングをして鞄にしまう。
「どうですか、テレージア様は……」
「うん……あまり、よろしくないね」
「やっぱり……」
クライヴは案外とはっきりと答える。歯に衣着せぬ、というほどではないが、王族の体調不良に関してはどの医師も気を使って発言をするし、それに比べたら相当彼はわかりやすい真実を告げる。
「正直、悪くなっている。とはいえ、何故そうなっているのかはわからない。何度も熱を出しているので、体内で炎症を起こしているんだろうが、それらが全部同じ症状で同じように熱が出ているのかも定かではないしね。熱さましを処方してよいのかどうかも疑わしい。それから、筋力の衰えが早いので、少し辛くても動くようにして差し上げないといけない。だが、発熱も多いので、それが難しいなぁ」
「……先日、熱さましを処方してくださいましたよね」
「うん? ああ、そうだね」
「その時、手持ちにはないものを、ユリアーナに持ってきてもらいましたよね」
「うん」
「……手持ちにはないもの、というと、何か、普通の熱とは違う、ということでしょうか」
「そうだね」
それについては、あっさりとクライヴは認めた。
「ちょっと強い薬を出した。痛みや炎症のようなものを作る大本を抑えるため、普段は作らないようなものを作ったのでね。あまり食事もとれていない状態で、胃にも影響があるだろうし、とはいえ、複合的な薬にすると効能が発揮されない」
「……はい」
「仕方がないので、胃への影響については考えない薬を作ったが、ちょっと反省している。熱が落ち着いても、食欲がずっと出ない状態だったからね。ずっとみなには言わなかったようだが、胃痛がしていたようだ」
「そうなんですか」
「うん。食欲がない、と言っていたが、胃痛だね。でも、それをいうとまた薬を飲まされると思ったらしく、黙っていたようだ」
ラファエルは目を細めて、小さくため息をついた。
「しかし、胃痛ならば、今度はそれに対する薬を飲めば」
「うん。でも、テレージア様は僕を守ろうとしてくださっていてね……僕の薬の副作用を、主治医にいうことは出来なかったらしい。申し訳ない話だね。病人に気を使わせてしまった。まあ、誰の目から見ても、我々は仲がよろしくなく見えるんだろうが、それなりに大人だから大丈夫なんだけどねぇ」
そう言ってクライヴは苦笑いを見せる。
「とても優しい方なんです」
「うん。僕もそう思う。思うけど、病状を伏せるのはよろしくない。あれは、もしかしたらまだ何か隠しているかもしれないね。今日はその点しか話は聞けなかったけど……ううーん、なんていうの。主治医、全然悪い人じゃあないんだけど、いや、ちょっとは悪いかなぁ……王城から雇われているんだろ? それを、テレージア様は怯えているんじゃないかな」
そのクライヴの言葉に、ラファエルは目を見開いた。
「怯えている」
「うん。自分の一挙手一投足がすべて王城に報告されているような、さ。そんな風にテレージア様は思っていらっしゃる。彼女は、王城に自分がいつ見放されるか、それを怖がっているように見えるんだよね……」
「……それは」
クライヴのその言葉にラファエルは胸を痛めた。それは、心当たりがあったからだ。だが、だからこそ、それについてはテレージアと話をしていない。
「それじゃなくてもさ、聖女の痣が薄くなっている。それだけで、テレージア様は王城から見捨てられることに怯えているんじゃないかな」
「はい……それは、そうなんです。ですが、何をこちらから王城に対してできるわけでもなく……そもそも、第三王女としてこの別荘に来た時点で、テレージア様をお守りする護衛騎士の人数も少なく……女中たちの人数も不足している状態だったので」
「うん。それは見ればわかる。いくら森に住んでいて世情に疎い僕でも、この館にいる人間は足りないなぁと思うよ」
カミルはクライヴの鞄のふたを閉めた。もういつでも帰られる状態だが、あえてそれを言わずに、二人の話が終わるのを静かに待っている。
「テレージア様はさ。多分、聖女なんてものにはなりたくないんだろうけど……でも、聖女だから自分が生かしてもらえているって思ってるだろうなぁ。痣がなくなったらさ、聖女ではないが第三王女、ってことで、どこかにすぐにでも結婚させられちゃうんじゃないかな……主治医は悪い人ではないけど、痣が消えたかどうかはすぐに王城に報告するだろうしね」
「そう、ですね」
「それで、政略結婚の後は、いつ死んでもいい。それぐらいのことを、国王陛下は考えていらっしゃるんじゃないかと。ああ、これはただの僕の独り言だからね。なんとか罪とかで、捕まえないでおくれよ。頼むよ」
そう言って、クライヴはカミルの肩をぽんと叩いて「帰ろう」と、少しだけ悲し気な笑みで言った。カミルは、彼の腕にそって腕を絡めて「はい」と答える。いつもはそんな風に寄り添って歩くことはなかったが、カミルはカミルで、彼をいたわりたかったのだ。
ヘルムートは別荘に戻ってから、テレージアのもとへ挨拶に足を運んだ。が、彼女は眠っているようだったので、仕方なく自分の部屋に戻る。クライヴに大樹の葉を渡して調べてもらおうと思ったが、彼は逆に森に戻った後だった。
(明日、クライヴ先生の家に行って頼もう)
今日はもう疲れた。主治医のところにいって、肩の傷を一応見てもらって……と考えながながら歩く。部屋に戻る途中で、彼はラファエルに出くわした。
「おお、ヘルムート」
「ああ、今、戻った」
「休みは明日までだったな? ゆっくりするといい」
「そうさせてもらう」
「とはいえ、少しだけ話、いいか?」
「ああ」
ヘルムートは自分の部屋にラファエルを招いた。ラファエルは、クライヴとの会話を包み隠さずにヘルムートに伝えた。
「薬については、それしか話さなかったので、あまり追及は出来なかった」
「そうか。わかった。何にせよ……テレージア様の容態がよろしくないことと、王城に対して怯えていらっしゃるということと……ううん、あまり主治医を頼るのも、という感じもありつつ、だからといってクライヴ先生を頼りすぎるわけにもいかない、ということか」
ヘルムートはどっかりとソファに座って、背をうずめた。その様子をラファエルは見て
「おいおい、お前、だいぶまいっているようだな。どうした」
「いや、なんでも……違う……ちょっと、疲れたなぁと思ってな……」
「それが、まいっているって言うんだ。どうした? お前がそんな風に、だらけた態度になるなんて珍しいな」
「俺だってたまには」
そう言ってヘルムートはずるずるとソファに体をうずめ、斜めになる。ますますラファエルは「おいおい!」と半笑いの声をあげた。
「本当にどうした!?」
「ううん……なんというか」
「うん」
「……難しいな」
そう言うと、ヘルムートはそれきり口をへの字に曲げ、何かを考えている様子になった。ラファエルは、友人のそのそぶりを見て大いに驚き
「お前がそんな物思いにふけるなんて、本当に何があったんだ……?」
と言ったが、それへの返事はない。こりゃ駄目だ、とラファエルは「じゃあまたな」と言って部屋を出た。一人、部屋に残ったヘルムートは「疲れたな……」と呟き、直後に肩の痛みを感じて顔をしかめる。
(主治医のところに行かなければいけないが)
肩の痛みを思い出せば、ユリアーナのことを思い出す。いけない。早く、肩が治ると良い。そうすれば彼女を思い出さなくて済むのだし……いや、そうではない。
(馬鹿だな。彼女がラーレンである以上は)
いつだって、自分は彼女のことばかりを考えているのに。ヘルムートは、瞳を閉じてため息をついた。




