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砂浜はどこまでも血を吸い込む

「いやはや、草原を馬で駆けるというのは、やはり気持ちが良いものですなあ、ハッハッハッ」


 海から吹き付ける風に目を細めながら、ベンが上機嫌にそう言った。

 ベンはだいぶ丸くなってしまったお尻を毛長馬の上にたっぷりと乗せており、重力銀のガッシリとした鎧と極太のメイスを装備していた。雪国の農民の様に素朴でタフな毛長馬でさえ、総重量に耐えかねたのか、恨めしそうな顔でベンを運搬していた。


 少し後ろには剣士ボウドの馬に、アポロとフラニーを乗せたエリンばあさんの馬、さらに人数合わせの為にベンの丘の兵隊が10騎ほど続いていた。

 グリとグラを留守番させたのは、前主人のベンと現主人のオレが揃っていては、何かと気を使うだろうと思ったからだ。


 ベンがポケットからチョコバーの様な物を取り出して、パクパクと食べ始めた。後ろに控えている剣士ボウドが、苦虫を噛み潰した様な顔でベンを見ている。


「なあ、ベン……最近は机仕事ばかりで大変そうだな」

「丘予算の割り振りに裁判官の真似事、学校や診療所の管理に、まだ少数ですが市場からの移住希望者との面談等、なかなかに忙しい日々です。戦争に勝って得る利益も大きな物ですが、平和によって獲得できる利益がここまで暴力的だとは知りませんでしたよ、ハッハッハッ」


 少し体を動かした方がいいのではと暗に言ったつもりだったが、ベンは屈託のない笑顔でチョコバーをもう1つ取り出した。

 後方から強い気配を感じて振り返ると、ボウドが懇願する様な目でオレの事をじっと見つめている。

 オレが嫌そうな顔を見せると、忠臣ボウドは僅かに目を潤ませた。


「あのさベン。ちょっと言いづらいし、余計な事なんだけどさ。その……少し体を動かして、汗を掻いた方がいいんじゃないか?」

「いやーレオンもそう思いますか、ハッハッハ。最近ボウドやグラックスも痩せろ痩せろと口うるさく言うのですよ。しかしフォレスビールを飲むとついつい食が進みましてね。そして肉やつまみを食べると、今度は喉が渇いてしまうのです。人間というのは不思議な生き物ですなあ、ハッハッハッ」


 ベンは機嫌を損ねた様子も無く、水筒に入っている甘そうな飲み物をぐびぐびと飲み干した。

 もし所有スキル『豚殺し』が発動してしまったら友情が終わってしまうだろう。この世界のスキルは本人の認識が大きく関係しているので、あり得ない話ではないのだ。オレは不安な気持ちでボウドと顔を見合わせた。こいつを減量させねば。


 険悪にならない様に細心の注意を払いながらベンを説得していると、やがてラッコ・コボルトがいる海岸が一望に見渡せる、小高い場所に辿り着いた。


「ぬ」

「なるほど、あなどれませんね」


 ラッコ達は一晩の間にずいぶんと働いたようだった。筏を材料にした水上要塞がすでに完成しており、拾い集めた流木が砂浜に集積されていた。貝を打ち付ける事で鍛えた両腕にトンカチを持たせれば、優秀な工兵に早変わりするのだろう。

 荷物を解いたのか、5匹の大人ラッコと子供ラッコの半数ほどが装備に身を包んでいる。好戦的な種族であるという噂通りの、魔石をふんだんに使った実戦用の装備である。


 オレは、エリンばあさんからアポロとフラニーを受け取って自分の馬に乗せた。


「じゃあエリンばあさん。頼むよ」

「お前たちはエリン殿の指揮に従うように」


 ベンの弓兵が2人ほど馬からおりて、エリンばあさんに挨拶をした。ばあさん達は念の為にここに伏せて、狙撃の準備をしてもらう。


 砂浜にオレ達が踏み入れると、人語の分かるラッコが出迎えに現われた。


「ようこそイラッシャイマシタ。ただいま葬儀をしていますので、しばしお待ちいただけますでしょうか」


 オレとベンは馬から降りて、海の方を眺めた。

 波打ち際にゆりかごの様な小さなボートが置いてあり、そこに生命を失った子供ラッコが横たわっている。

 まるで新品のぬいぐるみの様なそのラッコ・コボルトに、仲間達が順番に別れを告げている。それぞれが貝殻や花などをボートに置いていき、最後に女族長のチチリアが祈りを唱えた。


 そして心地良い波の音に包まれながら、海に向けてボートが押し出された。一匹のラッコが沖までボートを押して行く間、ラッコ達は水平線の方を微動だにもせず眺めていた。


 ラッコ・コボルト達は侵略戦争に負けて国を奪われ、命からがらこの海岸まで逃げのびて来た。

 前族長を殺され、女子供を殺され、20人に満たない数だけがなんとか砂に足を下ろすことが出来た。そんな風にしてやっと辿り付いた子供の1人が、衰弱により儚く死んでしまったのだ。

 悲しみに暮れる彼らを追い出す事など、誰が出来るというのか。



 と、以前の甘っちょろいオレならば思っていただろう。

 しかしソフィア・クルバルスと第2秘書プラウドの、自勢力の命運を賭けた茶番劇を見た事のあるオレは、別の事を思った。


 すでにゲームは始まっている。


 あの葬儀はオレとベンに見せる為に、わざわざ時間を選んで行われたのだ。つまり族長チチリアは、仲間の死を駆け引きに利用するだけの知恵と冷徹さを持っている、危険な相手という事だ。たかだか20匹程度と侮れば、酷い目に遭うだろう。そして酷い目に遭うのはオレ達ではなくて、ベンやグラックス達の子孫になるかもしれない。


 帝国貴族として十分な教育を受けているベンは、普段見せているのとは違う人工的な笑みを、顔に張り付かせていた。


 葬儀が終わると、海のすぐそばに用意された長方形の大テーブルに役者達が座った。

 オレとベン、フラニーとボウドが片側に並んで座り、少し離れた場所にベンの兵隊達を控えさせた。

 テーブルの向こう側には族長のチチリアと通訳のラッコ、そして鎧を着た戦士ラッコ2人が席に付いた。オレの目の前に座ったラッコは、可愛い顔が古傷だらけになっており、見た事のない魔石が装備品にびっしりと埋め込まれている。

 15人ほどの大小様々な子供ラッコ達は波打ち際に集まっており、ほぼ全員が弩を背中に乗せていた。


 オレ達がエリンばあさんを保険として伏せさせた様に、海にいつでも飛び込める位置にテーブルを置いたのが、ラッコ・コボルト側の保険なのだろう。穏やかな波音の中で、会談が始まった。



 まず始めに追手の有無と、仲間達の追加到着について話し合った。

 ラッコ船団は最後は10隻ほどが残っていたそうだが、族長と子供達の船を逃がす為に敵に突撃していったので、全滅の可能性が高いという。また、この海岸はラッコ達にとって未知の場所なので、敵が再び来る可能性も低いらしい。


 オレは膝の上のアポロをひと撫でしてからテーブルに身を乗り出した。最初にコンタクトしたオレが話すという事を、前もってベンと決めていたからだ。


「わかった。では、これからの交渉は敵と仲間の到着がないという前提で進めさせてもらう。特に追手の敵が来た時は、今日決まったことは全部白紙に戻させてもらう」

「わかりました」


 チチリアの言葉を通訳が訳した。


「この海岸はオレ達の土地ではないが、勢力圏内だとは思っている。はっきりと言ってしまうが、今の力関係であればラッコ・コボルト達を他の土地に追い出す事は容易い」

「ええ、仰る通りです」


 族長がそう答えると、傷だらけのラッコ戦士が不快そうな顔でオレを睨んだ。激しく岩にぶつかる波の音が、僅かに砂浜を震わす。


「結論から言うが、ラッコ・コボルト達がこの海岸で国を再建する事を、オレとベン・トールは認めよう。ただし、定期的に視察の兵を出させてもらう。そしてこちらの勢力の全人口の半分以下に、ラッコ・コボルト側の人口を抑えてもらいたい」

「なかなか厳しい条件に思えますが……」

「そんな条件飲めるか!」


 戦士ラッコが吠え、目を怒りで燃えさせた。


「すこし調べさせてもらったが、コボルトの成長力と繁殖力は人間を遥かに上回っている様だ。必要な物が全部揃っているこの土地で産み比べをしたら、とても人間側は敵わない。お互いの友好が深まった暁には、半分という比率については変更の余地はあるが、揉め事が起こりえないだけの戦力差は維持させてもらいたい。オレ達以外の人間に、ここいらの土地を汚させるつもりはオレとベンにはないから、防衛にはいつでも協力しよう」

「もし半分を超えてしまったら?」

「警告の後に改善が見られない場合は、宣戦布告と見なす」


 ラッコ達はむっつりと黙り込んだ。子供ラッコ達が不安そうな顔でこちらを眺めている。慣れない交渉事をしているせいで、オレの脇の下に汗が溜まっていた。


 力の差が大きいからといって、強弁な態度に出過ぎてしまったのだろうか。もう少し友好的な関係を作ってから、提案すればよかったのかも知れない。追い詰められた彼らが玉砕の様な選択を取れば、誰の得にもならないだろう。

 正直な所、この海岸でラッコ達が自由に国を作っても、オレはあまり気にならなかった。でもベンの丘の事を考えれば、しっかりとした決め事を作って置かねばならない。そういう中途半端な気持ちが、オレに選択を誤らせたのだろうか。共存して利益を得つつも、脅威になるほどの力は持たせない。考え方は間違っていなかったはずだが、方法を間違えたか。


 ポーカーフェイスを保ちながら、波の音を聞いていた。塩っぽい風のせいで髪の毛がべたつくのを感じながら、ラッコ達が態度を決めるのをじっと待つ。

 女族長チチリアはどうやら条件を飲むという方向で、仲間を説得し始めた様だ。それに対して傷顔のラッコが猛烈に反対をしている。チチリアが族長になって日が浅いせいか、戦士ラッコ達は対等に近い態度で族長と議論をしている様だ。チチリアが強い口調で何かを言った後で、オレに向き直った。


「この海岸は我らにとって理想的な場所です。貢物を要求しないという寛大な申し出に感謝致します」

「では――――」


 傷顔のラッコが、何やらコボルト語で喚き出した。他のラッコ達が諌めようとしているが傷顔ラッコは収まらない。チチリアに詰め寄って怒鳴り散らした後で、テーブル越しにオレに迫った。


 そして、その戦士ラッコはついに剣を抜き放ち、威嚇する様にこちらに突き付けた。

 エリンばあさんの照準が自分のおでこに合わさっている事を、彼は知らないのだろう。オレは座ったまま、仲間達に素早く視線を走らせた。不慣れな交渉が終わり戦闘になった事に、ほっとしている自分がいる事に気が付いた。


 目の前のラッコは剣を振り下ろした瞬間に、エリンばあさんが殺すだろう。

 族長のチチリアは魔法を使う暇もなく、アポロが食い殺す。

 ボウドとオレはテーブルを乗り越えて、残りの2匹を殺す。15匹の子供ラッコ達から弩の発射があれば、フラニーが弾き飛ばすだろう。もし戦闘になってしまったら、子供とはいえ殺さざるを得ない。

 ベンが指示を求める様にチラリとオレを見た。パワータイプのベンは。


 ……邪魔になるので出来れば座っていてほしい。


 1つの生き物の様に仲間達の意思が統一された事が、不思議と分かった。

 いつの間にか、波の音が世界から消えている。


 女族長チチリアの動きは素早かった。


 腰の短剣をスルリと抜き放ち、傷顔ラッコの首を躊躇いなく掻き切った。噴き出した真っ赤な血がテーブルを濡らし、驚きに目を見開いたままラッコが砂に崩れ落ちる。

 チチリアは短剣を投げ捨てると、口を開いた。


「申し訳ありませんでした。この者は前族長の時代に将軍の地位にありました。敗戦の原因の多くは、前将軍の失策によるものだと私は思っています。よって、族長の権限により処刑を実行致しました。ラッコ・コボルト族、族長チチリアは先程の提案をお受け致します。レオン様、ベン・トール様の庇護の元で、この地に国を作ります」


 硬直状態だった人語の分かるラッコがはっと我に返り、早口で族長の言葉を伝えた。


「分かった。平和条約を結ぼう」

「ありがとうございます。会談の場を血で汚したお詫びに、これを差し上げます」


 族長チチリアは、懐から握りこぶし大の石を取り出した。昨日、貝を叩き割る時に使った灰色の石である。オレは寝転がって貝を割るチチリアの姿を思い出し、急激に緩んだ緊張とも相まって、爆笑の発作に襲われた。絶対に笑ってはいけないので、唇を噛み千切る事で笑いを抑え付ける。


「……ク……ハ、友好の証しに、有難く受け取ろう。でも大切な物なのでは?」

「はい。私達ラッコ・コボルトは成人すると石を1つ与えられ、基本的にはその石を、生涯使い続けます。そして、族長である私の石は代々の族長から受け継がれて来た、族長だけが持つ事を許された特別な石です」


 オレのお腹ぐらいまでの背丈しかないチチリアが、テーブルを回り込んで石を手渡した。

 手に持った瞬間にすぐ分かった。

 欠片と言うにはあまりに大き過ぎるが、紛れも無く石版の欠片だった。


「こ、これは……」

「やはり、この石の力がお分りになるのですね。自在に操る術は大昔に失われてしまいましたが、その石には『世界の繋がりを制する力』があると言い伝えられています。その石をあなたが持っている限り私達があなたに抗う事はありません。出来ないと言うべきでしょうか……さあ、これを」


 チチリアが大きな貝を、オレに手渡した。右手に石、左手には貝。

 オレは仲間の顔を見回した。フラニーとベンが微かに頷く。オレは砂浜の上に胡坐を掻いて座り、太腿の上に石版の欠片を乗せた。そして貝を叩き割り、女族長チチリアに差し出した。


 こうして人間とラッコ・コボルト族の間に、従属に近い平和条約が結ばれた。




 その後の会議は、和気あいあいとした雰囲気で終始行われた。支援物資の品目や、交易の話などがトントン拍子で決まっていく。子供達も武器を放り出して、砂浜を走り回ったり海に飛び込んで魚を獲ったりし始めて、オレ達が帰り支度を始めた頃には網の袋に一杯の、新鮮な魚と貝がお土産用に用意されていた。


 馬に乗り込んだオレは、ベンとチチリアがボディーランゲージで別れの挨拶をしているのをほっとした気持ちで眺めていた。すると人語の分かるラッコがおずおずと近づいて来た。何やら言い難そうな顔で馬上のオレを見上げている。


「どうかしたのか?」

「それが……その……」

「言ってくれ、もう仲間なんだからさ」

「そうですか、では。ラッコ・コボルト族と人族では習慣が違う事は族長も分かっていらっしゃるので、これは参考程度に聞いてホシイのですが。ラッコ族のメスが自分の石を差し出して、オスがそれを受け取り貝を割ると、婚姻が成立した事になります」

「?」

「チチリア様とレオン様は結婚なされました。……と、少なくとも子供達は思っております」


 オレは一番最初に思った事を思い出した。族長チチリアは危険な相手であると。

 ユキになんて言えばいいんだ。






 つるはしの似合う男、ベン・トール。


 ラッコ・コボルトとの会談以来、ベンは毎日の様にオレの丘にやって来た。

 主君思いのボウドやグラックスにいくら言われても、まるで気にしなかったベンだが、実戦で役に立てなかったという重い事実が、ついに重い腰を上げさせた。


 お昼前に一騎駆けでやって来て、こちらの道路建設を黙々と手伝ってくれるのだ。わざわざこっちにやって来るのは、緩みきった不様な姿を、住人達に見せる訳にはいかなかったのだろう。

 事実、初日のベンはつるはしを3回半ほど振り下ろしただけで早々にバテ始め、20分ほどでダウンしてしまった。その際オレ達の大切な道に汚い物を大量に吐き出してしまい、汗まみれで穴の底に横たわるベンをそのまま埋めてしまおうという提案さえ出た。


 しかし、そこは血統の優秀さ故か、数日間の重労働を続けるうちにベンの体は見る見ると引き締まっていった。ランニングシャツ1枚で土を掘り続けるベンは、今ではパワータイプの名に恥じない重機シャベルと化していた。


 土木工事が終わった後は、みんなで少しだけ戦闘訓練もした。ベンの相打ち覚悟のメイスの大振りには、モンスター共も苦労をさせられるであろう。


 ベンの主君としての顔しか知らなかったグリとグラは、最初は随分と驚いている様だった。オレの丘に居る時は、ベンはよく笑うふっくらとした少年の顔をチラチラと見せるからだ。自分の丘に戻れば、500人を超える住民を率いるリーダーの仕事が待っている。


「さあ、皆さん。お昼御飯が出来ましたわよ。明日からはしばらくベン様が来られなくなるので、ご馳走を作りましたわ」


 少し背の伸び始めたフラニーが、おでこに張り付いた金色の髪の毛を撫で上げて、大きな声でそう言った。いつもの様にアポロとグラが屋敷に向かって走り出し、ご機嫌のベンがふざけて後に続いた。

 オレとグリィフィスも屋敷に入ると、テーブルには海の幸がどっさりと並んでいた。魚の塩焼きに魚の煮つけ、海藻サラダにタコのから揚げ。


 そしてお刺身である。


 内緒であるが豪快過ぎて料理の下手くそなエリンばあさんが、魚をさばくのだけはとても上手だった。特別にフォレスビールを持って来て、みんなで乾杯をする。乾杯の合図と同時にテーブルに飛び乗ったアポロが、狂った様に魚にかぶりつく。


「レオン、訓練に付き合ってもらってありがとうございます。だいぶ調子を取り戻しましたよ」

「うん」


 ビールをかちりとぶつけあった。オレが刺身を食べていると、グランデュエリルが顔をしかめる。


「やい、レオン。よくそんな物が食べられるなあ。ちゃんと火を通さないとお腹を壊すぞ。平気か?」

「新鮮だから大丈夫なんだよ。なあーエリンばあさん」

「ほっほっほっ、こんなに美味しい魚がまた食べられるとは、思ってもいませんでしたじゃ」


 生魚に舌鼓を打つオレとアポロとばあさんの事を、帝国人とフラニーが信じられないという顔で眺めていた。






 ☆☆☆


 1人でトレーニングをしていると、サッカーの練習を終えたタケシが元気一杯でやって来た。電灯の柱にしがみ付いていたオレは飛び降りて、タケシを出迎える。


「よう、無理しなくてもいいぞ」

「大丈夫だよ、兄ちゃん」


 知らぬ間に石ころが靴の中に入り込んでいたらしく、オレは地べたに座り込んで靴紐を解き始めた。タケシは網の袋にサッカーボールをぶら下げている。似た様な網の袋を、最近どこかで見たような気がする。


「試合が近いのだろう?」

「うん。そうだ! 兄ちゃんも応援に来てよ。優勝候補なんだぜ『石ヶ丘ホワイト・ラッコズ』はさ」

「な……」

「あれ? コーチだ」


 言葉を失っていると、タケシが公園の入り口を指差した。ジャージ姿のサッカークラブのコーチが、キョロキョロと地面を見回しながらこちらにやって来る。歩いている姿を見るだけで、服の下の引き締まった体が目に浮かぶ様な、しなやかな動きである。


「……こんにちは」

「……こんにちは」


 気まずい空気を感じながら、挨拶を交わした。


「あの、実はこの公園でネックレスを落としてしまいまして。……この間、競争した時に落としたのだと思うのですが、見ませんでしたか?」

「いや、見てないです」


 女コーチはスポーツタイプの腕時計をチラリと見た。


「あの、もし見かけたら教えていただけませんか、祖母に貰った大切な物なので。大きめの石が付いている物です、よろしくお願いします」

「分かった。捜してみるよ」


 コーチは何か予定があるらしく、それだけ言うと駆け足で公園から立ち去った。サッカーボールを取り出したタケシが、無邪気にボールを蹴っている。コーチと入れ違いでやって来たケンイチとナツミがそれに加わり、ボールを追いかけ回し始めた。


 靴を脱いで石ころを取り出すと、それは細いチェーンに石の付いたネックレスであった。自分の手の平を見下ろすと、凍えた様にブルブルと震えていた。






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