バディ
◆◆◆
タケシは5時限目の授業が終わると、慌ててランドセルを掴んだ。
教室から出ようとすると、同じサッカークラブの親友ケンイチに呼び止められた。
「おいタケシ、また帰るのか? サッカーして行かないのかよ」
「ああ、わりーけど」
「おまえ最近どうしたんだよ、試合も近いのにさ。塾でも始めたのか?」
「ちげーよ」
「じゃあ、何なんだよ!」
険悪な雰囲気に気が付いたクラスメート達が、それぞれの会話を止めて2人を盗み見る。同じサッカークラブに所属する、眼鏡のヨシヒコやボーイッシュなナツミが心配そうに近づいて来る。
「……言えねーよ」
「ツートップでコンビ組んでる仲間にも言えないのかよ」
タケシは迷ったように顔を俯けると、小さく謝罪の言葉を口にして、教室から出て行った。
残された友達思いの少年少女達は、タケシの事が心配だった。相談の結果、こっそりとタケシの後をつける事になった。
タケシは、よく犬の散歩をしている大きな公園に、息を切らしながら辿り着いた。最近、知り合いになったお兄さんが腕立て伏せをしている姿を見つけ、タケシは目を輝かす。
一歩踏み出そうとすると、誰かにグッと肩を掴まれた。驚いて振り返ると、ケンイチにヨシヒコ、そしてナツミまでが息を切らして自分を見つめている。
「タケシ、悪いが尾行させてもらったぜ。……で、あのおっさんに会いに来たのか? オレ達とサッカーをやらずに」
「ケンイチ! おっさんとか言うなよ! 絶対に言うなよ、殺されるぞ!」
タケシのあまりの剣幕に、仲間達は息を飲んだ。そして、芝生の真ん中にいる男に目を向けた。男は腕立て伏せを止め、カゴの付いた長い棒を手にしていた。あれは確か、ラクロスとかいうスポーツで使う道具だったはずだ。
男は自分の2メートルほど前方に、懐から取り出した猫のぬいぐるみを置き、ラクロススティックを槍の様に構えた。
少年少女が眉をひそめて見ていると、男はまるで香港映画の様に、スティックを高速で回転させ始めた。
そして地面に置かれた猫のぬいぐるみを素早くカゴで拾い上げ、棒を回転させながら、目にも止まらぬスピードでぬいぐるみを後方にそっと置いた。子供達が瞬きをすると、今度は猫のぬいぐるみが、男の肩にワープしている。
真剣な表情の男は、ぬいぐるみをカゴの中で揺する様に転がした。
スティックを大きく振りかぶり、踏込と共に突き出す。すると、カゴの中のぬいぐるみが消えている。周りの地面にもぬいぐるみはない。
タケシが空を見上げているので、仲間達は同じ様に顔を上げた。
上空50メートルほどに、猫のぬいぐるみが舞い上がっている。男は演武を続けたまま、流れる様な動きで落下するぬいぐるみを受け止めた。
「タ、タケシ、お前、あんな危ない奴と関わっているのかよ?」
「大道芸か何かですか?」
「凄い! 凄いねー」
仲間達の三者三様の反応を見たタケシは、少し得意そうに鼻を鳴らした。
男は演武の練習を終えるとスティックを木に立て掛け、次に短距離ダッシュを始めた。100メートルぐらいの距離を何度も何度も往復する。ヨシヒコが眼鏡越しに腕時計を覗き込むと、片道のタイムが7秒を切っていた。ヨシヒコは腕時計をばしばしと叩いてから、ポケットに仕舞う。
やがて走るのを止めた男が、タケシの方に近づいて来た。ナツミが手を震わせて、タケシの服の端を掴む。
「やあ、タケシ君。今日もお願い出来るかな? 準備はもうしてあるんだ」
「はい!」
タケシが元気良く返事をすると、男は静かに笑ってみせた。その胸元には仕舞われた猫のぬいぐるみが、僅かに鼻を覗かせている。子供達はぞろぞろと男の後に付いて行った。
男は細い柵の上に立ち、動きを確認する様に少しシャドーボクシングをしてから、タケシに頷いた。
柵の周りには枝や石を積み上げた小山が、いくつも準備されている。タケシは初めて頼まれた時と同じ様に、柵の上の男に向けて石を投げつけ始めた。
男はろくに見もせずに石を躱し、軽く握った手で枝を弾き落とす。時には弾いた枝を次の投擲にぶつけたりもする。ケンイチ、ヨシヒコ、ナツミは、その異常な光景を茫然と見ていたが、やがて男に頼まれるがままに、石投げに参加した。子供らしい無邪気な歓声を上げながら、少年少女は夢中になって石を投げる。
太陽が傾き始めた頃に男のトレーニングは終わった。
目を輝かせている友達を横目に見ながら、ケンイチは思い切って男に質問した。
「おじ……お兄さん、本当に凄かったです。でもさ、どうしてこんな事をしているんですか? ラクロスの選手ではないですよね。何の為なのか聞いてもいいですか?」
お兄さんは遠い目で、しばらく夕日を眺めていた。
皆が固唾を飲んで答えを待っていると、やがてお兄さんは胸元のぬいぐるみの鼻を撫でながら、寂しそうな声で話した。
「ひとりの少女の思いに応える為、そして滅びかかった国を救う為……とだけ言っておく。今日はありがとう、いずれ何かのお礼はさせてもらうよ。じゃあ、また」
お兄さんはニコリと笑ってから、ジョギングで公園から立ち去った。
子供特有の好奇心としつこさが発揮され、タケシ達は男の後をこっそりとつけた。ランドセルを公園に置き去りにして、軽いペースで走る男を追い駆ける。
坂道に差し掛かると子供達は付いて行けなくなり、男を見失ってしまった。
探検しながら坂道を登っていると、タケシの頬に突然、冷たいものがかかった。びっくりして上を見上げると、ブロック塀の上に少年がしゃがんでいた。
いや、少年に見えるが、どうも大人の様だ。しかも外国人である。
その大人子供の外人は、ブロック塀の上でいたずらっぽく笑うと、ハンドガンの引き金を引いた。飛び出た水が今度はケンイチの頬にピシャリと掛かる。
怒ったケンイチが詰め寄ろうとすると、突然、赤茶色の髪の外人は立ち上がり、背中にあったスナイパーライフル型の水鉄砲を両手で構えた。ライフルを坂道の向こう側に向け、スコープを覗き込んでいる。
そのあまりの迫力と冷たい表情に、子供たちは沈黙した。
しばらくして引き金を引かずに銃を下ろした外人は、元のいたずらっぽい笑顔に戻る。気を取り直したケンイチが、声を荒げた。
「おい、何するんだよ! 冷たいじゃないか」
「フフフッ、少年達よ。あまりレオンのダンナの邪魔をしてはいけないよ?」
ナツミが一歩進み出て、訴えかける様な声を出した。
「レオンってあのお兄さんのこと? だったら邪魔なんかしていないよ。タケシ君はずっと手伝っていたんだからね」
「……ゴメン、それは知らなかったよ。でもこの丘にはあまり近づいてはいけないよ。これはお詫びさ」
ブロック塀の上の外人は面白そうにそう言うと、ポケットから取り出した金色のコインをタケシに向けて放り投げた。
タケシは手の平で受け止めたコインを眺める。ビスケットぐらいの大きさのコインは、どこかの国の小銭の様だった。タケシは小間使いの様な扱いだと感じ、馬鹿にするなと内心思ったが黙ってコインをポケットに入れた。
何か言い返してやろうと見上げると、その不思議な外国人はブロック塀の上をスタスタと歩き、どこかに消えてしまった。仲間達の顔を見回すと、今日見た色々な事は、全部が幻だったのじゃないかと疑っている様だった。
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長い長い地下への階段を下りる。
何度か練習で来ているのにも関わらず、深く深く潜るうちに恒例の圧迫感が精神を擦り減らす。息苦しさは多分気のせいだが、その暗闇は本物。10歩後ろで誰かが殺されても、気が付く事は難しいだろう。
ゴブリン新兵訓練所に着いたオレとアポロは、まずは6つある宿舎の雑魚ゴブリンを片付けた。綱渡りの最中に、敵に後ろから迫られたら酷い事になるからだ。練習ではなく突破予定の今日は、いつもより念入りに掃除をする。汚物の山が乗っている3段ベッドを蹴倒していき、厨房では腐臭を放つ大鍋の蓋を開ける。
そして第一関門のロープの前に辿り着く。
断崖絶壁の遥か下は煮えたぎるマグマ。ロープはぴんと強く張られてはいるが、激しい動きに対しては容赦のない揺れの返礼がある。オレは、アポロをランドセルに入れるか、ここに残していく可能性を少し考える。しかし、やる気満々のアポロは、うずうずとお尻を振っている。
「よし、行くぞアポロ。オレ達はバディだぞ」
「ニャーイ」
50メートルほど進むと、足元のロープがどす黒く変わり始める。それは、縄を強制的に渡らされたゴブリン新兵達の流した血だ。その血を踏みしめれば、死んでいくゴブリン達の姿が瞼に浮かぶ。
ナイフが飛んで来る。
オレは心の中で『枝』と呟いた。
ナイフを躱すのではなくて、星銀の爪でコツリと弾き落とす。躱すよりも小さな動きで済み、ロープの揺れも少ない。次の攻撃を見たオレは『石』と呟く。
びちゃびちゃの溶岩の塊が真っ直ぐに飛んで来る。これは最小限の動きで体ごと躱す。足元を狙う弓の一斉射撃は、ジャンプするのではなくて跨ぐ様にして素通りさせる。5メートルほど前を進むアポロも、順調にナイフや鉄球の攻撃を躱し、たまに後ろのオレを振り返る余裕さえある。
枝、枝、枝、石、枝、枝枝枝石石、そして跨ぐ。
ロープがほとんど漆黒に近い色まで染まっている場所が数か所ある。それは大量の死の痕跡だ。
オレは天井から落ちてくるギロチンを、素早く潜り抜ける。
すぐに次のギロチンがあり、そこも突破する。そして3つ目のギロチン。このギロチンは前2つよりも遥かに落下スピードが速いので、同じ調子で進むと間違いなく首を落とされる。
仕方なく直前で急停止をすると、待ち構えたかのように100本近いナイフが飛んで来る。ここで止まったり後ろに退いてしまったりすると、2本のギロチンとナイフに完全に絡め取られてしまう。
よって、下まで落ち切った、前方のギロチンの上を飛び越える。上部にもいやらしく刃が付いているので、遅ければ股を引き裂かれる。
実はここまでは、実地練習の時にアポロが仕掛けを見せてくれていた。人型用の訓練施設とはいえ、アポロの敏捷性は、どこかのダンジョンボスでもおかしくないレベルに到達している。
ロープの丁度真ん中まで進むと、パタリと攻撃が収まった。休息地点である。汗を拭い一息付いていると、アポロが振り返って唸り声を上げた。
スタート地点に、軍帽を被った一匹のゴブリンがぽつんと出現していた。じっと見るとゴブリン教官兵とある。どこに潜んでいたのかは知らないが、そいつは縄の上をスタスタと歩き始めた。一瞬、縄を切られるのではないかと思ったが、そういう素振りはない。たぶん時間制限という事だろう。
そこから先は未知の領域だったが、やる事は変わらなかった。難易度の上がった投擲とギロチンのコンビネーションを一つ一つ確実にクリアしていく。時間制限の教官ゴブリンが少し歩速を上げた様だが、まだまだ余裕がある。先導しているアポロが情報を与えてくれるのが、この上なく大きい。
ついにゴールまで残り50メートルの地点に辿り着いたアポロが、得意気にこちらを振り返った。アポロへの攻撃が終わり、ロープも汚れのない綺麗な山吹色に戻っている。オレはニヤリと笑い最後の数メートルに集中する。アポロが、オレの方を見ながら一歩踏み出した。
それは、エリート戦闘種族のアポロにとっては珍しい、そして致命的なミスだった。
アポロの前足がツルリと滑り、バランスを崩す。
驚き、しがみつこうとしたアポロは、ロープに塗られていた粘液だけを虚しく掴んだ。
アポロが「あれ?」という顔をして、マグマに落下していく。
オレはランドセルの投げ縄を引っ掴み、落ち行くアポロに向けて飛ばした。ギリギリ届いた縄に、アポロが歯で掴まった。しかし、オレの背中にドカドカとナイフが突き刺さり、岩石が腰骨に直撃する。ロープの上に四つん這いになり、必死になって体勢を立て直すが雨の様に攻撃は止まない。マグマの上で宙ぶらりんになっているアポロにも、次々に投擲が命中している。
オレは投げ縄を引き寄せて、アポロを胸で受け止めた。半分意識の無いアポロが、必死でオレのハードレザーアーマーにしがみつく。もはや躱す事が不可能になり、亀の様に丸まりながら少しずつ縄を前進する。バスバスと矢が突き刺さり、灼熱の岩石が鎧を溶かしている。
ロープに血を擦り付けながらしぶとく進み続けると、ついに攻撃が途切れた。
先程、アポロが足を滑らせた場所に触れると、べったりとオイルの様な物が付着している。霞む眼を凝らして先を見ると、オイルが塗られているのは3メートルぐらいの幅だ。つんとした匂いを嗅ぎ、懐かしいガソリンスタンドの風景が頭に浮かぶ。
向こう側のゴール地点に、新しいゴブリン教官兵が出現していた。そいつは口に咥えた葉巻で矢尻に火を付け、粗末な弓に火矢を番えた。そしてオイルの塗られた縄に向けて、無造作に撃ち込んだ。
オレは血の流れる手を伸ばし、火矢を弾き飛ばした。
ゴブリン教官兵はオレを弄ぶかの様に、手が届くか届かないかの場所に、葉巻を味わいながら火矢を撃ち込んでくる。オイルまみれのロープを股に挟みながら、一生懸命に手を伸ばす。
チラリと後ろを見ると、もう一匹のゴブリン教官兵がすぐそこまで迫っていた。しかも手には、いつの間にか刀身の燃え上がる剣を持っている。完全に挟み撃ちな上に、ロープに引火すれば切れてしまうだろう。万事休すか。
そこで1つの命題が生まれた。所有スキル、異次元パリィは飛び道具に対しても有効なのか?
そんな事は無理と勝手に思い込み、実際に試したことは一度もない。だが良く考えてみれば、出来ないと言うのは可笑しいのではないのか。考えれば考えるほど、それは素晴らしいアイデアに思える。
オレは飛来する火矢に星銀の爪を合わせ、魔力を込めた。
答えはすぐに出た。そんな事は出来ない。出来る訳がないのは馬鹿でも分かる。
前方の教官兵は退屈そうな顔を浮かべ、火矢の射線を僅かに下げた。オレは前に滑り出る準備をする。しかし真後ろに迫っていたゴブリン教官兵が、炎の剣を振りかぶった。
狙いはオレではなくてロープ。終わったか。
最後の命題が浮かんだ。間違えれば命を失うだろう。しかし、オレはすでにその命題の答えを知っていた。理論的には可能、でも現実的には不可能。後ろのゴブリンに向き直ると、炎の剣はオレの頭に向けて振り下ろされた。きっちりとパリィを決め、多めに魔力を投入する。異次元パリィの成功により出現した闇のオーロラが、教官兵の体をすっぽりと包みこんだ。
上空に吐き出し用の異次元の扉が出現する。
実は、入口のオーロラが操作出来るのと同じ様に、出口のオーロラも操作する事が出来るのだ。少し動かすだけでも魔力を大量に持っていかれる入口と違い、出口の方はあたかも氷の上をバイクで走るかの様に簡単に動かせる。しかし動かした所で、対した意味はない。
オレは魔力を注ぎ込んで、出口のオーロラを移動させ始めた。目標は今にも火矢を撃ち出そうとしている前方のゴブリン教官兵。うまい具合にオーロラは向かって行くが、無駄だという事は分かっていた。
何故なら加速したオーロラを止める事は、オレの魔力量では出来ないからだ。しかしやるしかない。
テキーラ1本を飲み干すぐらいの覚悟を決めて、全魔力を放出した。
頭の血管が破裂しそうなほどに膨れ上がり、鼻血が吹き出し、喉に吐瀉物が詰まる。
闇のオーロラが急ブレーキをかけて減速した。さらに無いはずの魔力を注ぎ込むと、オーロラがゴブリン教官兵の体に重なった。オレは朦朧としながらも、ワクワクと胸をときめかせた。
矢を構えていたゴブリン教官兵が、頭に疑問符を浮かべる。
次の瞬間、体が膨れ上がり水風船の様に弾け飛んだ。吐き出された方のゴブリンは、腕が3本に足が1本、そしてお腹の辺りにもう一つの顔が出来ている。離れる事の出来ない醜い肉のバディと化した2匹のゴブリンは、数秒間バタバタと暴れた後にぐったりと息絶えた。
……へへっ、やっぱり大当たりスキルだな。でも、せっかく倒したが、ここまでか。
オレは意識を失い、真っ赤なマグマに向けて落下した。
ポタポタと首を濡らす水滴が、オレの意識を覚醒させた。
仰向けの状態で目を見開き、顎を持ち上げると、アポロの白と黒の毛が見えた。
アポロは、鎧の胸元を牙と前足でガッチリと掴み、後ろ足と尻尾でロープにぶら下がっている。小さな体は傷つき、牙からは血が流れ続けている。
オレは豚の丸焼きの様にロープに掴まり、アポロを重みから開放した。相棒のアポロは、オレの顔をチラリと見ると、胸の上で気を失う。オレは豚の丸焼きのまま、残りのロープをのろのろと進み、ついにゴールに辿り付いた。
冷たい石の床に頬を擦り付け、その安心感に身を震わす。ゴブリンの死体をマグマに蹴り落とし、また数分間気を失う。やがて、なんとか立ち上がると、新しい石碑があった。
涙が出るほどにありがたい。きっと神様の良心なのだろう。
訓練所の次のアトラクションを見る余裕もなしに、石碑にすがり付いた。
やはり神様には良心など無かった。
次の日オレは、地獄の様な魔力酔いに苦しんだ。簡単に言えば、死ぬほど辛い2日酔いの5倍ぐらいは辛かった。オレはグリとグラの寝室への入室を禁じ、魔力酔いの専門家であるフラニーの看護を受けた。
フラニーは常に冷徹な態度でオレに接し、泣き言をいうオレに1時間置きに水を大量に飲ませ、何度か寝巻とシーツを新しい物に取り換えた。夕方に、まるで霧が晴れる様に楽になり、スープを無理矢理飲み込むと、フラニーが初めてほっと笑顔を見せた。
聞けば、死んでもおかしくないレベルの魔力酔いだったという。
オレとアポロの怪我は、後に残る様なものではなかったが、しばらく休養が必要だった。
寝ているあいだ暇だったので、ライオンキングとの戦いで柄にヒビの入ってしまった、竜牙の槍の使い道を考えていた。かなり前から考えはあったのだが、もう一工夫ほしかったのだ。
動ける様になるとグリィフィスと一緒に工作室に籠る。男2人であれこれと意見を出し合い、カイン用の新装備を作った。
イノシシのカインは、すでに小ぶりなツキノワグマぐらいの図体になっており、尚も成長を続けている。ウリボウの頃の縞模様はとうに消えてなくなっており、茶色の体毛は場所によってはブラシの様に硬い。オレとグリィフィスは、カインの機嫌を窺いながら、まずは背中に鞍を作った。
これは、背中に乗るとお尻に毛が刺さって痛いという、フラニーの希望である。そして鞍に可動式の穴ぼこを作り、そこに長さを半分に縮めた竜牙の槍を垂直に立てられる様にした。
騎乗時は背もたれになり、そうでない時は槍を倒して仮面に固定すると、まるで一角獣の様な姿になる。ただし一角獣の角よりも、竜牙の槍はずっと鋭い。
機械化イノシシの誕生である。はっきり言ってかなり恰好が良い。
さらに竜牙の槍には、旗や鉄のカゴ等を簡単に付け外し出来る仕掛けを作った。オレは短槍をガチャリと鞍から外し、カゴを取り付けた。
そして工作室をうろちょろしていたアポロを捕まえて、カゴ付きの槍を振り回した。
床のアポロをカゴで拾い上げ、槍を回転させながらグリの肩に素早くアポロを乗っけた。グリは驚いて目をぱちくりさせ、アポロはもう1回やって欲しそうに槍を見つめる。
「レオンさん。作ったばかりなのに凄いですね」
「ハハッ、まあな。実戦で使えるかは分からんが、恰好がいい事は確かだな。市場でやったらおひねりが貰えるかも知れない」
「フフッ、そうですね。……ところでレオンさん、カイン君の事を何故だか皆が別々の名前で呼んでいますが、私もいいですか? トンペイというのを考えているのですが――――」
「いや、悪いがこれ以上の名前は絶対にダメだ」
グリィフィスが残念そうな顔で、カインの毛をジャリジャリと撫で回す。
機械化イノシシのカインは、気持ち良さそうに頭を一振りし、仮面と人格を颯爽と入れ替えた。




